殺生院キアラが死んだ。
比喩ではない。本当に、自分の天敵はあっさりと霊子の海に還ってしまったのだ。
……モニターに、キアラ達と、岸波達らしき反応はあった。
だから凛とラニに報告し、迷宮探索の要領でバックアップを行っていたのだが――
『隷属しておけば殺されない? 馬鹿じゃないの、虫ケラを潰すのに理由なんていらないのよ』
彼女を手にかけたのはメルトリリス。
コードキャスト、万色悠滞は既に受け取っている、
キアラがわざわざ迷宮に出向いたのは、単に「追いかけられたかった」ということらしい。
なるほど分からん。
…………しかし、まさか
マスターがいなくなれば、サーヴァントもその後を追う。アンデルセンも手足から崩れだしていた。
『何か遺言はある? アンデルセン』
『フン、遺言なぞ残さんが、呪いは残すぞメルトリリス。お前の愛が果たされる日は永遠にない』
『……アナタ、子供のクセに何様のつもりよ?』
『作者様のつもりだ、馬鹿め。真にお前を愛する者が現れたとするなら、その者はお前の献身を許さない。そんなものに付き合わされる奴も迷惑だ』
言って、アンデルセンは一冊の本を取り出した。
タイトルは、裸の王様。
……彼は著書にちなんだ魔術を扱う。
物語の一文を唱えることによって、その物語の再現を行うのだ。
例えば、今出した本ならば――
『消えた……!? 余計なマネを……!』
岸波とギルガメッシュの姿が迷宮から消え失せた。
ログアウト、ではなく緑衣のアーチャーと同じ透明化のスキルだろう。
『あとはお前たちの仕事だ。お嬢さん、そしてそのサーヴァント! 小市民らしく懸命に、当たり前の幸福を守るがいいさ!』
そうしてアンデルセンもまた、アルターエゴに切り裂かれて消滅した。
岸波たちも今は手に入れたコードキャストを持ち帰ることが重要だと悟ったのか、透明化が効いている内にその場から逃げおおせる。
……これが、自分が
❀
「……精神侵入用のコードキャスト、ね」
無事に岸波は戻ってきた。
今は「万色悠滞」の解析を生徒会で進めている最中だ。
その内容は、簡単にいえば霊子化した身体の意識だけを分離させ、分身として好きな領域に潜り込ませることができるというもの。
天才であり外道。まぁ、既に死んだ人間をあれこれ言っても仕方がないか。
「電脳体への侵入は危険を伴います。防衛本能についてはAIである桜なら制御できるでしょうが、メルトウイルスとの戦闘は避けられません」
「それと、メルトリリスが言ってた『とっておきの蜜蜂』っていうのも引っ掛かる。気をつけた方がいい」
なんとなく正体の想像はつくが。
想像でしかないので口には出さない。実際見て、確かめた方が確実だ。
「よっし、解析完了。いつでも立ち上げられるわよ」
凛がそう言うと、じゃあ今すぐ! と岸波が返事をする。
桜たちもだが、当の岸波本人も桜のことが心配で仕方ないのだろう。
――コードキャストが発動する。
光が収まると、岸波は椅子に座ったままピクリとも動かない。
しかしモニターを見れば、デジタル化された構造の世界に岸波の姿があった。
意識……魂だけを桜の精神世界へ送り込む、というのが万色悠滞の能力。なんとも不思議な光景だ。
しばらく進むと、ゲートが乱立しているスペースに出る岸波たち。
しかし入った途端、通路に隔壁が下りて閉じ込められてしまった。……電脳体の中にトラップ……なんて、ありえないと思うのだが。
『私のスペシャルシュガーケージの味はどう? ふふ、遅かったじゃない子リス。やっと会えたわね!』
などと。
姿を現したのはエリザベート。
『なっ……どうしてここに!?』
『マネージャーが変わったのよ。でも私を溶かしてウイルスに再構成して利用するなんて、中々に最悪よ? おかげで私はナノサイズになって、この小娘をハッキングしているの』
ナノサイズ……つまりエリザは実体のまま小さくされて、あの場にいるのだろう。要はメルトウイルスの親玉である。
そしてハッキング、というのはおそらく――
『私はこの身体を「私」にするの。それで晴れて完全復活! 現世に定着した生命として生まれ変わるのよ!』
――ということらしい。
ウイルスが全身にまわれば、桜を失うばかりか敵を増やすことになる。
『……先ほどから気になっていたのだが。貴様、ランサーではなくなったな?』
『えぇ、メルトリリスが変えてくれたのよ。知りたいならこのパズルを解いてみなさい。まぁ、子リスには難しすぎてすぐにゲームオーバーになるでしょうけど!』
言って、エリザは消えた。
そしてウイルスの侵攻スピードが速まった。自我領域が溶かし切られてしまうまであと少し。
事は一刻を争うが、パズルを解かなければ進めないのも事実。
だが、序盤なこともあってか、そう難しい問題ではなかったようで、すぐに岸波は解いていってしまった。
『ちょ……早!? ま、まぁ、最初だしこんなものよね』
姿は現さず、声のみを空間に響かせるエリザ。
それに岸波は堂々と返答する。
『パズルは解いた。クラスを教えてほしい』
『……いいわ、教えてあげる。歌って踊れるバーサーカーアイドル、それが私よ!』
「え――――」
ならば何故、正気を保っているのだろう。
バーサーカーは凶暴化させて能力を上げるクラスだ。理性が残っているのはおかしい。
『狂化はバッチリかかってるわよ? けど自我は手放してないわ。だって私、最初から狂ってるもの!』
………………………………。
…………へえ。
『さ、まだまだ遊んであげる! 追いつけるものなら追いついてみなさい!』
そしてバーサーカーの声は途切れた。
岸波も一応、納得はしたようで、空間の奥へと進んでいく。
『あ、お前――』
二つ目のパズルを解いて進んだ先に一人、取り残されたシンジがいた。
彼もメルトリリスにウイルスと共に桜の精神世界へ送り込まれていたらしい。
サーヴァントとの契約を破棄、外に出る術もない――死刑宣告のようなものだ。シンジ自身、今は置き去りにされた絶望に病んでいるのだろう。
『シンジ……! 無事でよかった……』
心から安堵した様子でそう言う岸波。
すると、シンジを助け出せないかこちらに聞いてくる。
「……一応聞くけど。そいつ、マスターじゃなくなっても、裏切り者には変わりないわよ?」
『それは……』
「いや、いいんじゃないか? あの『まるごしシンジ君』に似てるし」
と、思わず私も口を挟んでしまった。
しかしこれは仕方がないのだ。あの食事会は一種の激闘だった。それを共に戦った者と似る存在を、どうして見放せようか。
『おい、ベースは僕の方だっての!』
「ま、貴方達ならそう言うと思ってたし。白野と月成さん、あとキアラに感謝なさい。今のアンタでも変換できるソフトはあるわ」
「じゃあ入り口の座標を送るから、シンジはそこで待機だ。岸波は引き続きウイルスの駆除を頼む」
そうして、シンジ救出の話は終わった。
本命はこの先。
ウイルスの親玉であるエリザベートを打ち倒すことができれば、今の探索も終了する。
さて――直感的にだが、嫌な予感がしてならないのは、何故だ?
悩みはすぐに解決した。
❀
『キャ――――! ヘンタイ! ゴージャスな変態がいるわ――――!!』
『すまない、本当にごめんなさい、エリザベート……!』
「……………………」
予感的中。
三つ目のパズル。
それをエリザは神のパズルといった。
相当難易度は高いのだろうが……しかし、こういった類の問題は得意なのか、それを岸波はあっさりと解いてしまった。
で、奥にいたエリザベートのSGを、英雄王が暴き、そして今まさに摘出されたところなのだが。
「……天才とアレは紙一重、か」
シリアスにもギャグにも適応できる英雄王、マジ有能。
そして予想の斜め上をいきすぎてしまうのも流石、ということだ。
詳しくは言わないが、これ、ただのセクハラである。
「生徒会室はここ五分間の記録をデリートすることを決定します。異論ありませんね?」
ラニの提案に、凛と共に静かに頷く。
今は、岸波にもウイルス除去に専念してもらうとしよう。
桜の思考中枢――そこに、エリザベートのレリーフが出現してしまっていた。
先ほどの出来事がかなりショックだったのだろう、見事に心に閉じ篭っている。
『キアラがいない今、どうすれば……』
「いや、今のお前はもう精神体だからレリーフに触れるだけで入れると思うぞ」
零した疑問にすかさずそう答えると、「え、そうなの?」と驚きつつレリーフへと近づいていく岸波。躊躇なし……一応これ、決戦なのだが。
などと思っている内に、岸波とギルガメッシュの姿は消えてしまった。
サイコダイブ完了。いや、ダイブしている中でさらにダイブ、というのが正しいのか。
私達が手に入れたSGは既に岸波へ渡しているので、まぁ上手くやってくれるだろう。
「やっと一段落ついた、って所かな?」
「それは決戦が終わってから言うもんだ。つーか、お前が念話通してずっと笑ってたの知ってるからな?」
「激辛の衝撃が引いてきたところに不意打ちされたからねぇ……」
あはは、と朗らかに笑うのは、隣りに座っている幼女姿のエルキドゥ。
やっぱりその姿気に入っているんだろうか。いや可愛いので特に文句はないけど。
「仲良しなのはいいけど、ちゃんとプログラムの準備はしておいてね。バーサーカーが出てきたら、多重
「あー……封印ね。またすごいの作るなぁ……」
主に精神的にくるヤツである。
あえて、とか狙って、とか思ってのものなのかは知らないが、牢獄という場所はエリザベートにとってトラウマものだろう。
レリーフを壊しても、エリザベートそのものを排除しなければウイルス完全除去にはならない。
彼女を殺せずとも、倒す術はある、ということだ。