「――ICEウォール展開、意識体をホールドした」
約十分後、岸波たち、そしてエリザベートは現れた。
ウォールを展開すると、案の定エリザベートは牢獄は嫌だ、せめて殺してくれ、と必死に哀願してきたが、そんなことを聞く気はない。
……彼女の過去には同情くらいしてやれるが、したところで何があるわけでもない。
だから、今は自分の仕事を全うする。
「封印、完了しました。お疲れ様です」
ラニの声でほっと息を吐く。
ひとまずこれでやっと一区切りである――モニター内の岸波は、勝者らしからぬ沈んだ表情をしているが。
「早速で悪いけど、桜の体内洗浄を始めるわ。ウイルス自体はまだ残ってるしね」
『ありがとうございました、先輩。洗浄が始まると危険なので、早く入り口まで戻ってください』
桜の意識も回復したようだ。
いや、彼女にはウイルスに感染する前から負担をかけてしまっていた。だから多分意識自体はあったのだろうが、あまり声は出せなかったのかもしれない。
岸波たちが入り口まで戻ると、言いつけ通りシンジがそこにいた。
一時は彼女と契約していただろうか、エリザについて聞いてきたが「監獄に封じた」とだけ岸波が答える。
『――驚いた。まさか本当にウイルスを駆除しちゃうなんて』
ふと、画面に現れたのはメルトリリス――いや、その分身。
アレは既に“誰か”がウイルスに感染し、姿を変えたモノ。桜も助からなければ、
『あぁ、安心して。ここにいる私はただの端末。洗浄が始まればすぐに消えちゃう程度のものよ』
『……くだらないお喋りに付き合う気はないよ。さっさと帰れ』
『貴方は本当に余裕がないのねシンジ。何も残さず、消費するだけの三流――それを噛み締めて、世界の端で独りよがりに浸ってるといいわ』
『な、――――っ』
悔しげに歯噛みし、顔を俯かせるシンジを一瞥し、今度は岸波へと向き直る。
本命はこっちだろう。ニヤリと笑う顔が不気味で恐ろしい。
『改めて提案するわ。この世界の全てを、BBではなく私が溶かす。だから白野、私に付きなさい』
BB、ではなく――と。
……今、彼女は明確にBBを否定した。
曰く、もう彼女は今も自我が消えかけているらしい。確かにムーンセルの支配という無茶をおかせばそれは当然のことだ。
だが、彼女とムーンセルが一つになり、「意志ある願望器」に成った暁には――
『――精神潜入体を
桜の声で岸波、ギルガメッシュ、間桐シンジが画面から消える。
三人とも、桜の体内から生徒会室に戻って来た。まぁシンジには、予備のリソース供給と、修復作業があるのだろうが。
「よしっと……それじゃあ、月成さん。貴方は桜を保健室に運んで、体内洗浄の経過を見てもらえる?」
「了解」
凍結状態が解けた桜をエルキドゥが支えていた。
それを代わり、校舎を管理するAIの桜の権限を利用し――保健室へと
❀
「すみません……お手数をおかけしてしまって」
いいよと答えながら、桜をベッドまで支えて歩く。
月の裏側の保健室は旧校舎らしい、木造の部屋だった。
体内洗浄を行っている影響か、桜の足取りはおぼつかない。下手に手を離すとその場に倒れこんでしまいそうである。
「洗浄が終わっても、まだ休んでた方がいい。無理はしないように」
「はい。ありがとうございます……ケホッ」
「――――」
休む、といっても未だ桜の身体は万全と呼べる状態ではない。
凛とラニによって、常時アップデートはされているのだが、そんなものは誤魔化しにすぎない。
基本、追加パッチなどの作成はあの二人の仕事だ。私にできることといったら――
「……そうだ、サクラメントがあったな。余った分、適当に投入するぞ」
「え――――だ、ダメです! それは月成さんが自分のために使ってください!」
AIらしく忠告してくれる桜。まぁ止めるのは当然だ。
しかし使ったところで全てが無駄、ということにはならないだろう。
元々サクラメントとはこの裏側の虚数空間における
……なんか岸波がやりそうなことだが、思いついてしまったからには試さずにいるのはもったいないので、遠慮なく実行させてもらう。
桜の体内洗浄は完了していたので、経過のデータを生徒会室へ送っておく。今頃向こうでは、岸波たちやシンジも戻って休んでいることだろう。
「――じゃ、いくぞ」
これからの生活に支障がない分だけのサクラメントを取り出し、ベッドに寝転がる桜へと譲渡する。案外、手順は簡単だったのでこれならもっと早くに行えばよかった、と軽く後悔した。
「……変化あるか?」
「……あ、はい……すごく、楽になりました。けどよかったんですか? エルキドゥさんの、パラメータ向上に使うんじゃ……」
「改竄はもう終わったからな。あとは購買で買い物できる程度の分があれば、それでいい」
席を立つ。
エルキドゥは……外だろう。今は桜からの許可が下りているから保健室に入れているが、常にここは岸波と桜しか入れないよう設定されている。
岸波と桜の間に何があったかは知らない。けど、きっとそれが原因で、BBは――
「――月成さんはここじゃない、別の世界線から来た方なんですよね……?」
「え? あぁ、そうだけど」
ふと、ベッドに寝たままの桜がそう問いかけてきた。
起き上がらないのは、寝て休んだ方がいい、という私の言葉を聞き入れてくれているからか。
「私は……ご存知の通り、表側では保健室で支給品を配る役目のAIだったんですけど……実は、そこで月成さんと、会ったことがあるんです」
「――――」
表側の保健室。
あまり私はそこへ行った記憶はない。表側でよく利用していた場所といえば、あの教会や、地下の購買、そしてアリーナくらいもの。
確かに桜と会った、ということだけならあったかもしれないが――
「……どんな奴だったんだ?」
興味本位で、そんなことを聞いていた。
桜が会った「私」とは、この世界線における月成ルツのことである。
既に死んだ者。もう、現世には蘇ることのない死者について――少し、気になった。
「明るい方……だったと記録しています。最後に会ったのは三回戦開始のときで、『お疲れ様』とだけ言っていきました」
お疲れ様。
……残念ながら、私には桜にそう告げた記憶はない。
しかしAIにお疲れ様と言う人物――なんだか魔術師らしくないな、と思ったが、元一般人な私も魔術師らしくなかったので、そこら辺の点は似たようなものだったのかもしれない。
だが明るい方……って、それじゃあ私は暗い人なのだろうか。
「えっ、いや決してそういう意味ではなく……! その、
テンションときたか。
ますます人物像が掴めなくなってきた。つまり楽観的な奴、だったということだろうか。
「……まぁ、いいや。というか、なんでそんな話を?」
「……誰かに彼女のことを伝えておきたかった、のかもしれません。一応、情報提供の一環だと思ってやったんですけど……」
情報提供――にしては、遅すぎることだったかもしれないが。
けれど、全く意味のないことではない。少なくとも私にとっては、知っておくべき情報の一つではあっただろう。
「そっか。それじゃあ感謝しておくよ――おやすみ、桜」
「はい。おやすみなさい、月成さん」
そっと保健室から退室する。
扉を閉めた後、もう一度開けようと試みてみたが、ビクともしなかった。やはりここは“聖域”のような場所らしい。
諦めて廊下を見ると、エルキドゥが立っていた。
「終わったかい?」
「あぁ、今日の仕事はな。生徒会は?」
「今日はもう休んでいいって。後始末はリンとラニがしてくれるみたいだよ」
報告を聞き、二人に感謝しながら夕日に染まった廊下を歩き出す。
殺生院キアラ、アンデルセン、エリザベートは退場した。
次の敵はメルトリリス――そしてBBだ。
ここからは厳しい戦いになる。
対抗策は次に目が覚めたときに練ればいい。今は、ゆっくり休息を取るとしよう。
◈
――既に終わった
負けた。
誰にとは言わない。いや言うことにはなるんだろうが今は言わない。
いやぁ、しかしアレだよ、昼間の間は力が三倍って、強力すぎやしませんかねぇ!?
ヴラドさんだってルーマニアという土地でならもっと力を引き出せたんだろうけどなぁ……ホンット、運がなかったわ。
いやいやいや、こういう時こそ臥藤直伝、「間が悪かった」詠唱!
よーし、落ち着いたぞー。心も身体も軽くなった気がする!
……ところで自分、今どこにいるんですかね?
閑話休題。
というか全然状況がワカラネーので投げる。
聖杯戦争に参加する前は、西欧財閥に反抗して地味な手のこんだ嫌がらせをしてやっていた。世界の三割を管理下において管理社会にするとか何それ怖すぎる。
だからといって、別に聖杯にかける願いは「世界平和」とかではない。それもそれでつまらないし。
なので――自分は「世界が別の可能性を辿ってもっと楽しくなれ!」という願いにしたのでしたー!!
なんでも魔術世界では、「儀式」とやらの失敗で色々と世界が変わっちまったらしいのだ。
だからその儀式が行われた年代からやり直させ、全く別の世界に変えてしまおう、というワケよ!
今の世界は、なんていうか飽きた。
同じことを繰り返して、全然技術も進歩しないし、すっごいつまらない。
いっそ並行世界とやらの存在を信じて、滅茶苦茶な大規模魔術儀式とかやった方がマシ。
そういえばどこかで並行世界の運営者、とかいう話を聞いたけど……ま、これは所詮ただの噂話だろう。だが、こんな結果になるならいっそアイツの言う通り、人類史の焼却とやらに手を貸した方がよかったんだろうか。
けどたぶん自分も王様も死んでるし! なんでこうして思考できてんのかは謎だけど!
あーあ、桜ちゃんのことが恋しいよー……聖杯戦争中で一番の癒しだよあの子ー……
ちなみに教会の人たちは駄目だ。あの人達はね、天敵の気配を感じたよ! 特に姉の方がな!
ありゃきっと相当腕の良い魔術師なんだろう。ウィザードもどきな自分はああいう天才という気配に弱いのだ。
それは勿論、最後の対戦相手のマスターも同じこと。
天性の才能とかどこのチートですか。滅びよ!
あんな人が陽気に笑う顔とかまったく想像できんわ。でもはっちゃけたら案外、自分と息合いそうなのにナー。
……けど聖杯、か。
自分の欲を叶えるためだけに私はソレを望んだ。
もう全人類を巻き込もうと、最強の蜘蛛とかに人類が滅ぼされることになろうと、なんでもよかったのだ。今の世界は本当に――つまらない。
そして召喚したのはかのルーマニアの王である。
召喚時はすごいテンション上がった。実家の書庫から引っ張り出してきた本に英霊召喚の呪文があったときは、もうこれやるっきゃねぇな、って覚悟を決めたよ。
呪文を唱えて、魔方陣が輝き出したときは思わず叫んだ。おかげで最初にかけられた言葉は「騒がしい」だったけど!
でも王様とは中々うまくいっていたと思う。自分は相手が望むような対応を心がけたし、向こうも私の要望に応えてくれた。
趣味が裁縫ってのにはたまげたけどな。
……しかし、後は前述の通り。
三回戦にて「最強」とぶつかり、私たちは倒れ伏した。
そういえば決戦場に行くまでのエレベーターの中で、常勝の王は私の願いを聞いて、世界平和だと解釈したらしいが……別に訂正はしなかった。一生勘違いしてろヴァカめ!
太陽の騎士とやらに勝つにはどうすればよかったんだろうか……照明を落とす? けどそこまでのハッキング能力はなかったんだよなあ……残念だなぁ。
……けれど、これで私が生き残る世界の可能性もどこかで生まれるということだ。
だから、あとは今を生きる人たちに任せる。
役目を終えた自分はさっさと退場しようじゃないか。
どうか、この世界線を導いてほしい――――
――そして、目が覚めた。