Fate/カレイド CCC   作:時杜 境

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分岐点

『まったくさぁ、遠坂たちも甘いんだよね。無敵が切れた後の、レベル差も考えておく――それが完璧な、ゲーマーってやつさ』

 

 崩れていく。

 溶けていく。

 間桐シンジの身体が、存在が、薄れていく。

 

 

 案の定、予想通り、そういう結末だった。

 校舎にいない。即ち、居場所は迷宮以外にはありえない。

 

『な――なな、何をしたのシンジ!? なんで、どうして私のレベルが、1にまで下がってるのよ!?』

 

 岸波が迷宮の奥まで逃げた後、シンジはメルトリリスの前に堂々と姿を現した。

 それも彼女の無様さや無能さなどを指摘、つまり煽りながらの登場だった。

 結果は、想像に難くない。

 だけれど――そうやって、わざとらしく自分が不利になるようなことを行う場合のほとんどは、何らかの策があってのことだ。

 そして、メルトリリスはその「罠」に、見事に引っ掛かった。

 

『僕さぁ、間違ってウイルスを飲んじゃってたらしいんだよね。それでいつの間にかレベルは下がってて、マイナス999までカンストしてたんだよ! いやぁ、びっくりだよねぇ!』

 

『シッ、シンジィ――――!』

 

 メルトリリスは、いつものように人間(かれ)をドレインした。

 1最小単位、否、1極限最小単位にまでスケールダウンさせると意気込んで。

 

『ゲーマーとして、チート行為とか白けるっつーの! バーカバーカ、あとバーカ!!』

 

『ッ……!』

 

 怒りに身を任せてメルトリリスがシンジへと襲い掛かる。

 一刻もこの自分をいらつかせる存在を、かき消さねばならない、とでもいうように。

 

『下がれアルターエゴ。勝者にこれ以上の傷は許さぬ。ここからは我らと貴様の戦いだ』

 

『……結局、私も自分の心に篭るしかないってコト。いいわ、満足のレベルを取り戻したら会いにきてあげる。それまでお仲間ごっこを続けてなさい!』

 

 攻撃はギルガメッシュに防がれた。

 無敵性、レベルの差も突破された今のメルトリリスはただの撃破可能な障害だ。下手をすれば並のサーヴァント以下の力である。

 彼女の選択肢は、逃げしか他に残されていなかった。

 

 まぁ、レリーフの恩恵でそれなりに力は戻るだろうが――なんにせよ、またレベルがカンストする前に追いかけて決着をつけてしまった方がいい。

 しかし、その前に。

 

『……どうして、シンジ』

 

『……最後まで辛気臭い奴だな。僕が、なんでこんなことしたか分からない……? お前、それで罪悪感いっぱいなワケ?』

 

 私は岸波白野と間桐シンジの因縁はよく知らない。

 そもそも、間桐シンジのことなんて最初から全く知らなかった。

 アジア圏のゲームチャンプ、といっても、その頃の私にとってネットの世界はウィザードになるための訓練所、という存在だったからだ。

 

 いま手元にある情報を推測してみると、おそらく岸波白野と間桐シンジは聖杯戦争で戦った者同士なのだろう。

 そしてその勝者は――

 

『……聖杯戦争さ。僕、負けたんだろ。言っておくけど、お前のことなんて今でも嫌いだよ』

 

 だからこそ、岸波は困惑しているのだろう。

 自分に負けた彼が、身体を張って己を助けてくれたことに。

 

『――二回戦か三回戦のとき、お前、泣いてたろ』

 

『え……まさか、そんなことで?』

 

『そうだよ。それだけで良かったんだ。それぐらいは残ったんだ……って。だからここでお前が消えたら、誰も僕のために泣かないじゃん? それなら、仕方ないかなぁ、って』

 

 シンジの身体の大半はもう失われている。

 表側で負けた彼は既に、最初から裏側でしか生きられない亡霊に過ぎなかった。

 

『ホントは嫌だったけど……お前がつまんない奴でも、思い出す誰かを、残さなくっちゃ、って。だから――お前には、残っていて――』

 

 消滅する。

 誰の記憶にも残らなかった少年。

 だが唯一自分を思い出した友人のために、彼は自ら自分の身を犠牲にした。

 

 

 ❀

 

 

「……この裏側での記録もサーバーからロストしました。彼を記憶しているのは、観測していた私たちだけとなります」

 

「……まいったわ。一流ゲーマーのプライド、かっこよかったわよ、シンジ」

 

 18階入り口の階段は消えたまま。 

 ひとまず岸波は、迷宮奥にあるチェックポイントを使って帰投するしかないだろう。

 

「これで残るマスターは五人か……」

 

 凛、ラニ、岸波、ジナコ、自分。

 NPCやサーヴァントも入れればもう少し多くなるが、随分と生徒会は寂しくなった。

 どいつもこいつも割とかっこいい最期を迎えていったが、その誰もが自分と顔見知りな奴ばっかりなのが、何とも言葉では言い表しにくい感情を抱かせる。

 

「……もう少し、気をつけておいた方がよかったかい? マスター」

 

「……いーや。もう起こったことは仕方ないし。それに、ここにいる奴らは本来、戦うために集まったんだからな」

 

 誰も彼もが聖杯を手に入れるため、他人を引きずりおろすために月へやってきた。

 私は月の様子見、という課題あっての参戦だったものの、結果だけみれば他と同じだ。

 他者を殺して奇跡を手に入れる。

 人間とは奪い、殺し、貪り、そして忘れるもの――とある求道僧が至った真理は、きちんと的を得ているのだった。

 

「その向こうにチェックポイントがあるわ。起動させ」

 

 凛が岸波へ指示を出そうとしたその時――一瞬、ノイズが走った。

 

 時が止まったような感覚。

 全てが静止し、己のみが取り残されたような違和感。

 

 世界が灰色に染まっている。

 ぐらぐらと脳が揺れている。

 ユラユラと視界がブレている。

 迷宮の様子を映すモニターには、岸波とギルガメッシュと――――

 

 

『非合理的です。旧校舎にいれば、生命活動は守られるというのに、なぜ迷宮に来るのですか。いくらワタシでも自滅する生命を処理する事ハ――』

 

 ノイズが走る。

 モニターには岸波とギルガメッシュとBB……が映っている。

 それ以外におかしな点はない。

 これといって特筆すべきことは何もない。

 

『BB、中枢を侵食するのは止めてくれ』

 

『……不可能、です。この霊子虚構陥陥穽(CCC)が成立している以上、ワタシとムーンセルは同化しています』

 

 BBの発言は辻褄が合っていない。

 ムーンセルとの同化はまだ行われていないはず。

 だが基本原則、AIは嘘をつかない――この食い違いは、なんだ?

 

『――Error(エラー)。ムーンセルはシステムを更新。

 Error。原因を検索(サーチ)。一致、  の、救出。ソれは不可能。不合理。不可逆。

 よって、データの削除(デリート)を実行――Error』

 

 ノイズが走る。

 本能(きげん)が騒ぐ。

 混沌衝動が彼女の異変を指摘している。

 “アレこそが「分岐点」である”、と。

 

 

『……生命の本能に従っテ。あの旧校舎にいれば助かるよウ、アの領域は作られたのですカラ』

 

 

 そう、どこか機械的にBBは言った。

 そう――()()()()()()()()()を着たBBは言った。

 

「――――、ぁ」

 

 ノイズはない。

 世界には色がある。

 脳は正常だ。

 視界も悪くない。

 ただ――精神が、決定的な違和感を見てしまったからか、落ち着かない。

 

「起動させて、校舎に戻ってきて」

 

『……あぁ。分かった』

 

 凛も岸波も、何事もなかったかのように会話している。

 ……どうやら今のは、刹那の時間に行われたものだったらしい。

 

『――ねぇマスター。()()()()()()()()()?』

 

「――――」

 

 念話を通じて、エルキドゥがそんなことを言ってきた。

 あぁ、そういえば――と思い出す。

 以前にも彼は、宇宙の終焉を感じ取ったのではなかったか。

 

「……よく分かったな」

 

『一瞬、おかしな気配を感じたからね。ハクノやギルも、浮かない顔をしているし』

 

 凛やラニ、桜にも気付かれない念話。

 テレパシーじみているが、内緒話にはかなり便利である。

 

「なぁエルキドゥ。BBってさ、衣装チェンジとかしてたっけ?」

 

『あぁ、確か水着イベントのときにそんなことを言ってたよ。マスターは寝てたけど、僕は部屋のモニターから迷宮探索を見ていたからね』

 

 そういうことはもっと早く言ってほしい。おかげでこっちは変に本能が働いて無駄な労力を使うハメになってしまった。

 ……いや、別に無駄ではないのかもしれないが、疲れた。

 

「月成さん? 顔色悪そうだけど大丈夫? サイコダイブは貴方にかかってるんだから、何か異常があるなら言ってちょうだい」

 

「ん、あぁ大丈夫。桜、潜入軌道はこれで問題ないか?」

 

「は、はい。チェックします! ……コースターの耐久設計、降下時間……全項目水準以上、AAA(トリプルエー)判定です!」

 

「お見事。それでは問題ありませんね。あとは白野さん次第ですが――」

 

「あの子ならチェックするまでもないでしょ。すぐ行ける、って顔してるに違いないもの」

 

 自信有り気に言う凛と、そうですね、と微笑を浮かべるラニ。

 ……そういえばこの二人と岸波は、表側でどう知り合ったのだろう?

 

 

 ❀

 

 

「――お疲れ様です会長。身体の調子はいかがですか?」

 

「大丈夫。今は休んでる場合じゃないし、すぐにでも迷宮に行ける」

 

 岸波白野が帰ってきた。

 友人の死、メルトリリスの決戦、その後のBBとの対峙。

 疲労は溜まっているようだが、それでも凛の言う通り、迷宮に行くと自分から言っている。

 

「こっちの準備はできてるわ。それじゃあ、最終確認ね」

 

 多少予定が変われど、求める成果は変わらない。

 まずは岸波がメルトリリスを撃破、そして中枢に通じてしまったフロアへと突入する。

 自分達の勝利条件はBBの中枢防壁突破を阻止するか、BBを無視して表側に帰還することだ。

 

「……それと、白野をメルトリリスの心に送り込んだら、月成さんも迷宮に行ってくれる? 一人より二人。BBとの対決も可能性がないわけじゃないんだし」

 

「勝率を上げる、ってことか。まぁ私か岸波、どっちかが中枢に入ればエラーとして表には戻されると思うけど――」

 

 本当にそれでいいのか、とサーヴァントへ視線を投げる。

 しかし彼は特に言う事もないのか、頷いて賛成の意を示していた。

 

「……迷宮の果てなら、私の権限で表へのゲートは作れますが……」

 

「その必要はありません、サクラ。これ以上貴方に無理はさせられませんし、ミス月成か白野会長。どちらかが聖杯戦争に戻れば、あとは自動的にムーンセルがBBを消去します」

 

「……そうですね。幸い、BBは防壁にかかりきりですし、少しでも気を緩めれば逆にBBが焼ききれる。だから最後の守りとして、彼女はメルトリリスを配置した」

 

 結局、BBが防壁を突破するのが先か、自分達がメルトリリスを倒すのが先か、という話になる。

 BBのスキルである“十の王冠”の解析も急いでいるが、今はメルトリリスの撃破が最優先だ。

 

「……サクラ、ごめんなさい。あと一度だけ、五停心観をお願いします」

 

「任せてください。あと一度くらいなら――安全かつ確実に、岸波さんを送り届けて見せますから」

 

 ラニと桜の会話に耳を傾けながら、思う。

 表の聖杯戦争……果たして()()()()()()()()は、きちんと復帰できるのかと。

 

 

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