裂目
「店長、魔術結晶の塊をこの金で買える分寄越せ。それとそこの破邪刀を一つと、焼きそばを二つほど」
「承知した――ところで以前購入した麻婆豆腐はいかがだったかね?」
「すげー辛かった。先にテロ料理を食ってなけりゃあ、リタイアしてたわ」
料金を支払い、商品を受け取りながら、軽口を言えるくらいにはこの神父とも話せるようにはなった。
だがやはり、必要以上この人物に近づいてはならないだろう。「買い物」という名目がなければ、まず会話をすることだってためらわれる。
「破邪刀……って、もう持ってなかったかい? それ」
「表側で買ったやつな。まぁ、この機会に新調しようかと思ってさ」
魔術結晶の塊一つでも相当値は張るが、今はもう所持金には余裕がある。
カレーパンばっかり食べていた時代はもう終わったのだ。
「あぁ、脱ハサン……だっけ? ギルがそんなこと言ってたような……」
「お前は一体親友に何を吹き込まれた」
つーか絶対それ誰かをけなしてるぞ、絶対。
❀
生徒会室前へとやってくる。
迷宮から離脱し、既に数時間が経過していた。身体も自分一人で立って歩けるくらいには回復し、魔力も先ほど買ったアイテムで補給済み。
今にでも迷宮探索へ行ける状態だが――迷宮へ行くには、生徒会のバックアップが必要不可欠だ。
先日のモニター映像を見る限り、
「――おはよう。昨日は報告に来なくて悪かったな」
そんな第一声で入室してみたものの、やはり空気は重かった。
室内には呆然と、ぼんやりした様子の凛とラニ。
桜は……大方保健室にでもいるのだろう。岸波はまだ来ていないようである。
「……月成さん、ですか。大事がなくて良かったです。しかし……」
「……もう何をしても無駄よ。悪いけど、今は話せる気分じゃないの」
「えっと……?」
やはりまだ空気が重い。
一体どうしたというのだろう。私や岸波のように、目前で神威に当てられたというのなら、それなりに説明はつくが……
「ミス月成には、まだ話していませんでしたね。……その、結論から言わせてもらいますと――未来は、確定されてしまったのです」
未来が。
確定した?
その言葉を聞いた一瞬、ぽかんとしてしまった。
そんな筈はない――と考えるが、BBはもう聖杯そのものになってしまっている。確かに、未来を確定させることくらいは可能か。
「はぁ、それで」
「……だから、もう人類は滅びてるってこと。私たちは、セブンレイターを通じて決定された
セブンレイター……あぁ、あのシミュレーションか。
確認すると、人類の最終死亡数値は90パーセントになっていた。これはもう、地球の文明は停止するレベルである。
「ふーん。それじゃあ、
「「――――」」
だというのなら、すぐにでも岸波を迷宮を送り込まねばならない。
というか、私も今日はたくさん睡眠時間を取ったというのに、来るのが遅いような気がする。また桜の様子でも見に行っているのだろうか。ホント仲良いなあの二人。
「……ああ、どうしてこんな当然のことにも気がつかなかったのでしょう。未来は変えられずとも、現在は変えられる、ことに――」
「――そう、そうよね、そうだった。私たちがBBを倒した現在があれば、未来はまた別の結果を迎える……!」
……どうやら、凛とラニの問題も解決したようだ。
そういえば以前、観測宇宙だか記録宇宙だか、地上とムーンセルじゃあ時間の捉え方が違うというのを聞いたことがある。
観測宇宙は人間の視点で、記録宇宙はムーンセルのような、高次元の存在が持つ視点。
詳しいところまではよく覚えていないが――観測宇宙が記録宇宙に勝る一点は、この永遠に「現在」に留まっていられる、時間が捻じ曲げられた裏側の世界。
「ここはまだ僕達の領域。未来が決まっていても、その過程を変えてしまえば必然的に、結果にも変化が生じてくる……ってことらしいよ、ハクノ」
エルキドゥが彼女の名を呼んだところで、生徒会室の扉に岸波の姿があるのを発見した。
顔を見る限り――あちらは既に、立ち直っていた様子である。
「凛、ラニ、迷宮のバックアップは――」
「――大丈夫、もう目は覚めたから。ここから最後まで、オペレーターとして最善を尽くすわ」
「私達にはまだやらなければならないことがあります。ここからは、お任せを」
え、と今度は岸波が驚く番だった。
……こいつも、というか皆同じような精神状態だったらしい。勘違いってこじらせると恐ろしいな。
「勘違い……というより忘れていただけのことです。思い出すきっかけを作ってくれた貴方には感謝します」
「ていうか、最初から気付いてたみたいだしね。なんか逆にすっきりしたわ。ありがとう、ルツさん」
凛とラニも復帰した。
となると、次の問題はあのでかいファイヤーウォールのみ。
またハッキング魂が燃え上がりそうな予感がしたが、その直前。
「――あの扉は、私が解除できます」
そんな言葉と共に、桜が生徒会室に現れた。
深刻な顔つきであるところから察するに、あれはやはり――
「あれは
…………同型機もなにも関係なかった。ま、まぁ解決できるに越したことは無い。
桜が出した条件とは、「BBのスキル“十の王冠”の対抗策を見つけること」。
確かに対抗策なしでBBへ挑むのは自殺行為だ。唯一の条件でもあるし、果たさないわけにもいかないだろう。
❀
「――終了しました」
ラニの声で、マトリクスデータがこちらの端末にも送られてくる。
……つーかデタラメにも程があった。やりたい放題できていたのも頷けるほどにはデタラメ成分が強すぎた。
ちなみに、BBについてのデータ開封までにはマシンパワーが足りないという一悶着があったのだが、それはまた別の話。……結局、私と岸波が半分ずつサクラメントを出して解決させたが。
「……けど、これでもまだ足りませんね。なんとか封じる手はないんでしょうか……」
「対抗策ならば、どうにか。“十の王冠”の解析の結果、ムーンセルから
人間であれば、誰であれ内包している原初の力。
十の王冠も人間の遺伝子が始まった原型の力だ――つまり、その能力をサーヴァントへ付与すれば勝機も見えてくる、と。
「英霊の核に直接アクセスして、『神話礼装』を解放します。もちろん、電脳体へ潜入するマスターは白野さんですが――」
「――サーヴァントは僕が行く、ってことかい? それはやめた方がいい。下手をしたら本気で三日三晩の決闘が始まっちゃうよ」
「さらっと恐ろしいことを言うんじゃねぇよ。喧嘩なら外でやれ、外で」
なんにせよ、エルキドゥと英雄王がぶつかるのはマズイ。非常にまずい。
根源にとっては理性も本能も邪魔なもの。ただの雑魚には本気を出さない性分であろう者に、同格のエルキドゥをぶつければ宝具さえ出してくる危険もある。
「……ならば、ジナコ=カリギリからカルナを譲り受けるという案があります。彼なら適任だと思いますが」
「良い、特に許す。品格、実力、共に申し分ない。だが白野、体験契約としてだぞ」
サーヴァントの強化……人間ではないエルキドゥにはできないだろう。
せいぜいバックアップは令呪と礼装。ま、彼自身もチートの塊のようなものだし、とにかく全力でやって、BBを打ち倒す他ない。
「ジナコの説得ねぇ……断られたら力ずくで……って、白野には無理ね。となると、あっちの手も考えておかなくっちゃ……」
何やら凛が邪悪な笑みでぶつぶつ言っているが、まぁ彼女のことだ。
❀
「――で、私達は迷宮の下調べか」
『一応ね。
岸波がジナコのところへ行っている――まぁ多分断られるだろうが――その間に、私とエルキドゥは以前訪れた桜のレリーフを無視した方向にある階段を下り、サクラ迷宮真の最下層のエリアにやってきていた。
それでも調査、鍛錬のため、という何も無いところらしい。だが、私たちにとって「空間の歪み」はかなり重要視すべきこと。
とどのつまり、
「理想としてはここで帰り道の確保、タイミングが来たらそれを使っての帰還。
それが無理なら、今の方針通りこの世界の聖杯戦争に勝ち残って聖杯の力で戻る。
最悪の場合は、師匠の助けを待つか、それ以前にここで死ぬか――やめやめ、後ろ向きな考えは止めよう……っと、ABB」
からの連続ガード、と指示を出す。
しかし相手はたったの二手で塵へと還ってしまった。やはりエルキドゥさん、強くなりすぎでは?
「まぁ、前回の探索のときで数値的なレベルも上がったからね――けど、こんな僕でも今のBBが相手じゃ勝率は低いっていうから、油断は禁物だよ」
「分かってるよそれくらい。でもなぁ、それなら
回復礼装は燃費悪いし、破邪刀も新調したとはいえBBの前じゃあどこまで効くか分からない。いくらサーヴァントがチート性能でも、サポートするマスターの方だってそれなりの武器が欲しいところである。
もうちょっとこう……なんか、購買では販売されないレベルの、レアアイテム的何かが。
「……やはりあのステッキを受け取っておくべきだったのか。けど絶っっ対、嫌な予感がしたし……」
つーか渡す方の師匠が「これ持ってく? 使うならそれなりの覚悟しといた方がいいぞ?」みたいな、不安そうな顔してたところからお察しなのだ。
絶対にアレはヤバイ奴。やっぱ受け取らなくてよかった。
「――と、ここかな。空間の裂け目みたいだね」
エリアの端、確かにそこには「歪み」が発生していた。
私たちが通ってきた道もこんな感じだったのかもしれない……いやホント、別世界線だったとはいえ、安全地帯に繋がっていてよかったと思う。
「うーん、パッと見た感じじゃよく分からないな……これ、行ったら戻ってこられると思うか?」
「どこかに繋がっていることは確かだね。多分だけどこれ、
なるほど、とエルキドゥの意見を参考に思考巡らせること数十秒。
「――行ってみよう。行動しないことには、何の変化も起きないしな」
「了解。何が待っているか楽しみだね、マスター」
好戦的な笑みを浮かべ、裂け目を見るエルキドゥ。
そして息を合わせ、思い切ってその領域へと飛び込んだ。