――和服の女性だった。
肩にかかる程度の短い髪、着物の上に赤い革ジャン、靴はブーツという特異なスタイル。
そしてまず感じたのが、殺気。
アレは何だ。
アレはヒトか。
アレは何を見ている。
アレの視界に映っているものは、何だ。
脳が、理性が、本能が警報を発した瞬間に聞こえたのは、
「動くな。お前でちょうど百人目だ」
――殺意の篭った声。
彼女の右手にはナイフが握られている。戦う気満々……否、殺す気満々、といったところか。
「随分変わった眼を持っているみたいだね。……あまり、僕とは相性が良くないみたいだけど」
「――――」
それはつまり、エルキドゥにとって「苦手」の部類に属するモノを、彼女は持っているということ。
基本、エルキドゥという英霊に弱点などない筈だが……あるとすれば「死」、「滅び」そのものだろうか。
「へぇ、こりゃ驚いた。まさか一目で“これ”を見抜くなんて」
そこでやっと私たちへの興味が湧いたのか、少女の両眼に青い光が帯びる。
禍々しくも虹色に美しい、「何か」を認識する――魔眼。
「おい、まさかそれ……『直死』って奴じゃないだろうな」
「知っているなら話は早い。まぁ、オレには『死』を視ることしかできないんだけど」
……術式も詠唱も不要のまま、“視る”だけで神秘を映す瞳。
きっと彼女が持つ異能は「停止」の最上級に位置する、死の概念をカタチとして認識、干渉するものだろう。どうりでエルキドゥとは合わないはずだ。
「それで、君の目的はサーヴァント殺し……標的はあくまで僕なのかな」
「あぁ、お前らみたいなのを百体殺せば元の世界に戻れるらしくてね。……しっかし、なんだ。お前、今まで斬ってきた奴とは少し違うな。人間ってより人形みたいだ」
間違ってはいないよ、とエルキドゥは穏やかに返しているが、既に二人は互いにニヤリとした笑みを口元に浮かべている。
少女の方は面白いものを見つけた時の高揚感か、エルキドゥは未知なる敵への好奇心によるものか。
「ここは居心地が悪い。こんな夢からはさっさと覚めたいから、死んでくれ」
「英霊というより魔人の類らしいね。応戦するよ、マスター!」
死神が疾走し、迎え撃つようにエルキドゥが地から武具を射出する。
そうして、戦いの火蓋は切られた。
◈
「――
魔術回路を起動させる。
魔力が循環し、思考がクリアになっていく。
次いで眼を“強化”し、戦況の観察を行う。
彼女が「死」を視る目を持っていようと、エルキドゥはサーヴァント――しかも
現在、エルキドゥは無限とも言える数の武器を相手へ投げているが、それを女は素早く身を翻しつつ、時にそれらを
……人間にしては速い。と、いうかそもそも、あんな戦場の真っ只中で走っていられる精神が尋常じゃない。
だというのに、彼女の口元は綻んだまま。どうやらこの状況を楽しんでいる――己の「生」と「死」を愉しんでいる――?
「【
ぎゃいん、とナイフ一本で飛んでくる武具の軌道を逸らす。
あの得物には強化魔術でもかけられているのか、と一瞬だけ考えたが、きっとあれも「眼」を使った技だろう。死というものがどう視えているのかは解らんが、“死にやすい点”でも見極めているのかもしれない。
戦況はこちらが圧倒的に優勢。
だが、サーヴァントの攻撃を弾く彼女の運動能力はどこから来るものなのだろう?
「あの子は人間……なんだろうけど、この空間では擬似サーヴァントになっているのかも。本人はこの出来事を“夢”だと認識しているみたいだし」
「……なるほど、夢ならなんでもアリだよなあ」
深くは考えず、ひとまず納得しておく。
ここを私たちが空間の裂目であると思うように、彼女もここは「夢」だと認識している。
つまり何が起こっても、誰が出てきても、問題ナシ。
「――その動きを、殺す」
「!」
死神の
いつの間に、だなんて驚かない。なにせ戦っている本人達は、それはそれは楽しそうにこの死闘を
「――――っ」
ちっ、と女が軽く舌打ちする。
彼女が擬似サーヴァントだろうとなんだろうと、スペック差は段違いだ。
エルキドゥはあっさりと漸く届かせた攻撃を避けて――
「少し、本気でいこうか」
鎖が出現する。
それは波のようにうねり、蛇の如く敵を仕留める鋭さで、ナイフを握る少女の左手へと巻きついた。
痛覚か、それとも不自由になったからか、一瞬だけ苦悶の表情を浮かべた彼女だったが、左腕が捻じ切られた途端――腕から白銀の刃が飛び出した。
「義手……!?」
にしては完成度が高い。本当に義手なのかと自分の目を疑うほど、その腕は生身の人間のものに匹敵していた。
そうこう思っている間に、彼女は空を舞うナイフの柄をくわえ、鎖の包囲網からするりと抜け出していく。猫か何かか。
「――すごい。ここまでデタラメな奴は初めてだ」
ナイフは再び右手に持ち、半ば感心したように相手が言った。
エルキドゥから一定の距離を取った彼女の左腕は肘から下が消失し、そこからはまだ血が滴っている。あの腕が本物にそっくりなのは、アレに魔術的なカラクリでも仕掛けられているからだろう。
「君だって十分すごいよ。“擬似”の状態とはいえ、腕を潰されてもまだ止まらないなんて」
「お優しいことだ。まだ実力の半分も出してないクセに」
そう会話する二人はやはり、この戦闘を楽しんでいるらしかった。傍から見ているこちらとしては、随分変わった奴等だと思うが。
「……待てよ。着物のアンタ、コイツで百体目って言ってたな。ホントに今までサーヴァントを99体倒してきたってのか?」
「ん? まぁな。前にも一度、ここまできたことはあるけど、あの時は赤い奴に惜しいところで邪魔されたんだ」
前にも一度……て、つまりこの人はサーヴァントを198体殺してるってことか……!?
つーかそんなことをやり遂げた人を倒した奴も凄いが。何者だよ赤い奴。
「――さて。それじゃあ、いくぞッ!」
得物を構えた死神が再度疾走を始める。
一方のエルキドゥは、先ほどと同様に地から武器を射出し、そして今しがた創造した鎖も操って少女を迎え撃つ。
だが、二度目に戦場へ飛び込んだ彼女はどこか違った。
詳しいことは分からない。しかし、走る速度は先のものとは比にならない、獣の如き
武具と武具の合間をくぐり抜け、襲ってくる鎖はすり抜けるようにかわしていき、二分も経たない内にエルキドゥとの距離を詰め――――唐突に、跳んだ。
擬似サーヴァントである故か、跳躍力も人間のそれではない。いや、通常の状態の彼女がどれほどの戦闘能力を秘めているかは知らないが。
空に身を投げる……今そんなことをすれば、射出される武器によって串刺しにされるのがオチだ。一体これは、いかなる策あってのものなのか――
解答は、その刹那。
「――直死。その霊格、あっさり殺されてもらうぜ?」
脳天を狙って振り下ろされた
パラメータを引き下げ、敏捷力を引き上げるほどの全力回避。なにせ、斬られたら
だが、次の攻撃がくる。
彼女による刃の一振りは閃光。致命傷こそエルキドゥは避けていくが、風に流れる髪は僅かに斬られ、地面に落ちていく。
「【shock;】!」
「ぐっ――!?」
礼装を発動させ、敵の動きを一瞬だけ止める。
反射的に動きが停止してしまった彼女の隙は――見逃さない。
「君は強いね。けど、僕は友達との約束を果たしたいから、ここで死ぬわけにはいかないな」
とん、とエルキドゥが彼女の肩を押し、たったそれだけで五メートルほど引き離した。
最初から勝負は見えていた。ここまで戦闘を続けられていたのは、あくまでこちらが手を抜いていたからで――
「……駄目だ。まだ終わってない」
◈
飛ばされた彼女はゆらりと起き上がった。
右手にナイフを握り締め、さながら幽霊のように佇んでいる。
片手を失くしているくせに、殺意を向けられただけで身が軋みそうだ。
……きっと、最初に私が真に警戒したのは「あの人」なのだろう。放たれていた殺気ですっかり印象が薄れていたが……あれは、
「そうか――君が、『本質』なんだね」
エルキドゥの言葉に、彼女は柔らかな笑みを浮かべた。
女性というものを体現したような、キアラとはまたほんの少し違うベクトルの、完璧な微笑み。
「――えぇ、私がシキの原型。私にもお相手をお願いしていいかしら、旅人さん達?」
どうやら「彼女達」の名前はシキ、というらしい。
……二重人格者、か。事情はよく知らないが、目の前に立っている彼女は「無垢」そのもの。
だからこそ――私は悪寒より
「もちろん。これも何かの縁だろうしね。僕達でよければ、いくらでも」
「ありがとう。意志を持った神造兵器と戦うなんて、滅多に無い機会ですものね」
童女のように笑い、しかし全てを見透かしているようだ。
完全に先までナイフを振るっていた彼女とは別物なのだろう。だが、この人にはナイフよりもっと上質な装備が似合いそうである。
「では始めましょう。片手でも、上手くいくといいのだけれど」
――なんて言って、彼女はほんの数瞬でエルキドゥの懐へ入ってみせた。
見えない、なんて
気を抜けばバッサリ切り落とされるぞ……!?
「……ッ」
咄嗟にエルキドゥが床から武器を射出し、そのままナイフを弾き飛ばす。
相手にとって唯一の得物が空を舞う。
だが女はそれを追わなかった。彼女が手を伸ばしたのは――
「刀があるのね」
「げ――」
カチャリと、見事に柄をキャッチしてみせる。
……人間技とは思えない。ていうか人間がやっていい技じゃない。
瞬間、シキの両目が光る。
――直死。直死の魔眼。
それがエルキドゥの「死」を認識し、一気にトドメを刺そうと迫り来る――!
「無垢識、開境――全ては夢と、これが名残りの華」
斬、と切り捨てた。
なんという早業。
なんという奥義。
強化した目でも、その技は見切れなかった。
「――ぁ、」
サーヴァントが胴から真っ二つに割れる。
完全に今のは致命傷。回復を行おうがもう間に合わない。
彼に訪れるのは紛れも無い、死――
「【
体力を回復させる。
今更何をしても無駄だというのに、口は勝手にそう詠唱した。
一瞬で魔力がごっそり抜ける。
強化をかけていた目も通常の状態に戻る。
視界に映ったのは刀を持った少女と、文字通り切り捨てられた己のサーヴァント――だった。
「ッ! そんな……!?」
敵の表情が驚愕に塗り変わる。
落ちたサーヴァントの姿は――
「助かったよルツ。ここ一番で発揮される君の直感能力は流石だね」
――少女の背後。
指先を刃物に変えた長髪の英霊は、あっさり彼女へトドメの一撃を与えていた。
◈
「……身代わりなんて、卑怯」
「仕方がないよ。僕もその眼の前じゃあ、どこを斬られても致命傷になるからね」
こふ、と膝をついた少女の口から赤い液体が零れる。
身代わり……というか分身。
本気でいく、とは言っていたが本命はこれのことだったのだろうか。ただし、回復した途端に「助かった」と言ったのは、それだけ精密な、自分そっくりに作るのにはかなりの体力を消費するのだろう。
「もう少し遊びたかったのに」
「代わった途端、最初から
互いに苦笑いで会話する。
……彼女は今の攻撃で敗れた。
あとは消滅を待つか、強制的にこの空間から弾き出されるかのどちらかかと思うのだが……
「――意識がブレ始めたわ。また違う時間、未来か過去に飛ばされるのね……」
どうやら彼女たちによるサーヴァント百人斬りはまだ続くらしい。
今後切り捨てられていく方たちには同情を禁じえないが、どうか頑張ってくれ。ちなみに私はもう二度と戦いたくない。
「ルツさん……といったかしら? ふふ、そんな怖がらないで。私はただの幻。けれど、どの軸へ行っても、貴方自身が
次に会ったら、もっと楽しませて。貴方たちなら、私を殺してくれるだろうから」
――最後までそんな意味のないことを言って、彼女は消えた。
❀
「……お?」
視界が切り替わる。
そこは元の、サクラ迷宮20階だった。
『あれ、結構早かったのね。どう、帰り道は見つかった?』
まず聞こえたのが凛からの通信。
結構早かった、って……あの領域に飛び込んで、こちらではどれくらいの時が流れていたのだろう。
『大体……二分半ね。まだ白野も帰ってきてないし、探索の時間はまだあるわよ。中では何があったの?』
「あー……あえて言うなら無差別級のヘンなものと戦ってた、というか……」
はぁ? という呆れた凛の声。
その直後、ラニから新たな報告が入った。
『貴方たちが帰ってきた瞬間、反対側――西の方に新たな空間の歪みを発見しました。手掛かりが掴めなかったのなら、もう一度試してみるのもいいかと』
「いや、こっちもかなり魔力は消耗したし、一旦帰――」
『? 確かに心拍数は上がっていますが、バイタル値は特に異常ありませんよ? サーヴァントの方も同様です』
そんな桜の声でおや? と身体の方に意識を集中させる。
……確かに、先ほどまであった疲労感は全くない。魔力も全然問題なし。これは一体どういうことだ?
「本当に夢……だったのかもね。きっと、飛び込む前の状態に戻されたんじゃないかな」
あの空間での記憶だけ残って、心身は元の状態に――ってことか。
なるほど。それならこの現象にも納得がいく。
なら、あの領域内での戦闘は
「……? なんじゃこりゃ」
ふと端末を見ると、礼装のリストに見たこともない名前が追加されていた。
条件をクリアした報酬……だろうか。
役に立たなさそうだったら即購買に高値で売り払おう、と思いながらその効果を確認する。
……前言撤回。すごく役に立ちそう、というか師匠から貰った奴より百倍有能そうだ。
礼装、“アトラスの悪魔”――これで自分達は、最強の守りを手に入れた。