隷属庭園
「いらっしゃいませ」
店員らしい有り触れた台詞と裏腹に、その場には不吉な気配と謎の重圧が生み出されていた。
神父服を着た男性――といえばまだ普通の神父だと思えるが、いかんせん死んだ魚のような瞳が不気味過ぎて仕方がない。今こいつが黒幕だと言われても容易に信じることができるだろう。
男の名……名称を言峰神父。
表の聖杯戦争で監督役として機能していたNPC。
だが現在はどういう経緯か、購買部の店員になっているようだ。違和感極まりない。
「……納得いかないという顔だな。それは私も同じ心境ゆえ、理解できる」
本人曰く、今回の事件はマスターだけでなく、一部の運営NPCまで巻き込んだものらしい。
その際に神父は本来の
それでは……この校舎にいるマスター以外の人間はみな巻き込まれたNPC、ということなのだろうか?
「大部分はな。巻き込まれた一部の運営NPCと、元々この旧校舎にいたNPCだろう」
元々いた者達はかつてのマスターの再現映像のようだが、所詮は虚像。
なるほど、つまり予選の時の生徒達と同じ……ってことか。
「つか、大丈夫なのかあんたで。購買ちゃんと機能する?」
「安心したまえ。私はこう見えて潔癖症かつ凝り性でね。こうなった以上、最強の店員を目指す」
最強の店員ってなんだ……
ま、まぁ、何はともあれ購買部が開放されたのはこちらとしても利益がある事柄だ。
それでは――
「とりあえず、ここにあるダンボールに入っている道具を全部売却したい。おっと、もちろんそれなりの額で買い取ってくれよ?」
「これはこれは、就任直後に買い取りの依頼とはな。さて、それは売る商品の質にもよるが……これは元々、この校舎の備品では?」
「私たちの部屋にあったものは私たちのものだ。どう扱おうと部屋の主の勝手だろ」
「ふむ、その意見には一理ある。よろしい、鑑定しようじゃないか」
――そうして、数十分にも及ぶ交渉の結果、なんとか目標としていた金額にまではこぎ付けることができた。
しかしこの神父、就任直後なのに交渉能力がやけに高い。そりゃあ聖杯戦争の監督役もあちこちで起こるマスター達のいざこざの仲介とか、紙一重では乗り切れぬこともあるのだろう。
「中々に面白い取引だった。しかし次は売り上げの方に貢献してもらいたい。今後とも是非ご贔屓に」
初・サクラメント入手。
リソースとしては使えそうだ。解析でもしてみるか。
*
「あー……慢心してるなぁ。本当に君はブレがない……うーん、冷や冷やするよ……」
部屋に戻ると、モニターで迷宮探索の様子を監視(実況?)しているエルキドゥがいた。
やはりこいつが一番見ているのは友達である王様のようだ。今はあの赤い髪のランサーと戦闘中らしい。
『なにアナタ、弱すぎ! ゴージャスのクラスってそんなにイケてないワケ!?』
『ゴージャス――! なんと、レアクラスは我の方であったか!』
……探索は順調らしい。
変なタイミングで見たせいか、コントのようなやり取りに気が抜けてしまう。
が、岸波の様子へ目を向けると、相当苦戦を強いられていたのが分かった。やはりレベルダウンの影響は大きい。
「ん、おかえりマスター。結構時間がかかっていたみたいだけど……大丈夫だったかい?」
「交渉は成立した。ひとまずこれで、しばらく生活費には困らないだろ。
――それで、あのランサーの真名の手掛かりは掴めたのか?」
「それなんだけどね……――って、あぁホラ」
事態の変化に気付いたのか、エルキドゥが再びモニターへと目を移す。
丁度そこでは、ランサーの少女が両手を広げ、空に向かって何か叫んでいる様子だった。
『私こそ高貴なる竜の娘! 雷鳴とどろくヤーノシュ山より舞い降りた鮮血の唄歌い! 私こそハンガリーにその名も高い、エ――』
『バカバカバカ、そこまでよランサー! 真名を明かすとか何考えてんの!? 後で怒られても知らないわよ!?』
サーヴァントの台詞を遮ったのはそのマスター、凛だった。
自分から名乗るサーヴァントか……向こうも大変だな。
「ヤーノシュ山……鮮血――正体は『エリザベート=バートリー』とみたが、どうだ?」
「本当にすごいね、君は。僕もそう思っていたところだよ」
そりゃあ、あれだけヒント出されればなぁ……
まぁ最も、モニター内にいるあの黄金の王は既に気付いていたらしいが。
エリザベート=バートリー。
ハンガリーに実在したとされる血に濡れた伯爵夫人。
己の若さのために領民たちを捕らえては殺し、血を浴びたという大量殺人者。
“吸血鬼カーミラ”の原典となった人物でもある。
『っと、いけない。真名は機密事項よね。マネージャーと契約したとき、おいそれと名乗るなって言われたんだったわ』
……それにしては、随分とアイドルチックだが。
アイドル、という言葉が浮かんだ瞬間、衣装までそれらしく見えてきた。うーむ、少し気になったが、よくよく考えればそこら辺はどうでもいいような……
『っていうか見なさいよリン。アイツら全然強くないわよ? 軽く踊っただけであの有様だもの。なら、ここで殺しちゃうのもアリじゃない?』
――その提案で、場の空気が一変した。
『……そうね。それもアリね。この娘、放っておくといつの間にか逆転するタイプだし』
凛の判断は正しくもあり、またこちらにとっては非常によろしくない――して欲しくない判断だった。
これは……まずいんじゃないか?
『でも、それじゃつまらない。ここまでレベルダウンした相手と戦っても張り合いがないでしょう』
――心配は杞憂に終わってくれた。
「遠坂は常に気高く、優雅たれ」――とっくの昔に廃れているが、それが自分の家訓だと凛は言う。
『先に帰っていてランサー。こんな雑魚、相手にする必要もないわ』
『本気? ……まぁ、ここはアナタの城だし? そういう事なら様子を見てあげる』
そうして、あっさりとランサーは転移で退出した。
……なんだろう、ここで遠坂凛という娘の性格にテンプレ的なものを感じてきたぞ?
『ふ、ふん。なにその目。いいこと? 私は弱いものいじめはしないって言っただけよ』
「……うん。少なくとも、僕のマスターにはない性質だね」
「そうだな。これから先も要らない性質だわな」
つーか、あれが素であるというのが恐ろしい。
だがそれがいい、という者たちも今の世にはいるのだ……本当、世界は侮れない。
『ぜっったいに勘違いしないでよね! 私は貴方のことなんて、なんとも思ってないんだから!』
『………………もしやと思うが、
英雄王のそんな言葉を聞き、思わず隣のエルキドゥに質問を投げかける。
「……イシュタルってあんなんだったのか?」
「う、うーん……僕にはなんとも……」
エルキドゥには珍しく言葉を濁す。
まぁ、それだけ二人には因縁のある相手だ。これ以上は踏み込むまい。
――と、気がつけば岸波の左手が持ち上がっていた。
何だろう……?
「あ、マスターには説明してなかったね。あれは――」
口を開きかけたエルキドゥだったが、既に事態は進行していた。
凛の胸から光が溢れ出し、岸波が地を蹴って走り出す――
『SG、判明しました! それが凛さんのシールドを破る“秘密”です!』
エスジー? 秘密?
なんだ、私が神父と交渉している間に対抗策を練っていたのか?
そうこう考えている内に、岸波の左手は凛の胸に溶け込んでいき――そして、「秘密」らしき何かを掴み取る。
「何アレ……」
「見ての通り。ゴジョウシンカン、っていう
ゴジョウシンカン……五停心観?
確か仏教の教えでそういう瞑想法があったような……
と、今まで道を塞いでいたシールドが砕け散った。
話の流れ的に、岸波が掴んだ「秘密」と何か関係があるのだろう。
『くっ……分身が、保てない……無敵のハズの
凛の身体が透けていく。
しかし、あの凛は
本体から流出した意識の一部……なら、本体はこのさらに奥に――?
『最後にこれだけは言っておくわ。ここで消えるのは私の都合だから! 決して、アンタのためじゃないんだからねっ!』
…………。
そうして、凛の分身は消滅した。
相手の秘密を抜き取ればあの特殊なシールドは破れ、迷宮の先に進むことができる――か。
そういえば私も、あの暗黒の中で「
下手したら私もあんな風に「秘密」とやらをぶっこ抜かれてたのか……危なかったんだなぁ。
『……もしかして、迷宮に入ってから観測されていた生命反応って――』
桜によると、生命反応は迷宮そのものから発生しているが、IDは凛のものだという。
つまり――あの迷宮そのものが、凛の心の中だと?
『とにかく、今の凛さんの反応はほぼ消えました。迷宮からの生命反応は依然としてありますから、命に別状はないかと』
「人の秘密を暴いて迷宮攻略かぁ……すげーな」
「けど今はそれしか手段がないからね……ルツにも秘密があるのかい?」
「ノーコメントで」
ひとまず、今日の探索はここまで。
ちなみに「SG」というのはシークレットガーデンの略なんだそうだ。直訳すると秘密の花園。
*
「――んじゃ、本題に入ろう」
サクラメント、解析完了。
結論から言ってしまえば、これは表側で使われていた貨幣――「PP」という名前が変わっただけのもの。
つまり、
「……なるほど。つまりその魔力を使って僕のパラメータ向上を図るんだね。教会――表側にいたあの姉妹がやってくれたみたいに」
「そういうコト。次の対戦相手が優勝候補だったからな、必要な
ズバリ、魂の
簡単に言えば、私の魂とサーヴァントであるエルキドゥの魂を
マスターの霊体の改造を通し、サーヴァントの魔術回路を変革する。
……とはいっても、エルキドゥの場合は一つのスキルのランクを上げるだけで全てのパラメータ向上ができる。
ムーンセルによって制限されたステータスも、あの蒼崎という姉妹のおかげで本来のレベルまで高めることができていたのだ。
だが裏側に彼女たちはいない。
それはつまり、黒いノイズに呑まれなかったという可能性でもあるが……いや、きっとそうだろう。あの二人のことだ、上手く逃げられたに違いない。
「では早速実行に移したい……ところだが、残念ながら今ある機械の処理速度じゃお前の魂をハッキングすることは不可能だ」
「えっと……? それじゃあ生徒会に協力を求めるのかい?」
「いいや。ところでエルキドゥ、この校舎にサーヴァントを持つマスターは何人いる?」
「僕達を合わせて五組……かな。校舎の二階――はガウェイン卿だね。それと、一階の端に二組……片方には強力な気配を感じるよ」
強力な気配……ということは、自分で自分を三流と言っていたアンデルセン以外の「誰か」。
それなら――
「よし、朝一で突入するぞエルキドゥ。強大な者のところに良質な機材アリ、だ」
「……ギルには悟られないよう、目立たないようにね?」