Fate/カレイド CCC   作:時杜 境

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少年王

「…………」

 

 むくり、とベッドから起き上がる。

 ……今、外で扉が開閉した音が聞こえたような?

 

 迷宮探索から帰ってきて、まず生徒会室で行われたのは予定通りギルガメッシュの神話礼装の開放。結局、ジナコの説得は失敗に終わったらしいが、凛が用意した最高の使い魔を使役することで事なきを得た。

 

――さぁ、ここで質問よ。絶世の歌姫、エリザベート・バートリーといえば誰かしら!

 

――もう勘弁して下さい。

 

 正体は出戻りランサーではあったが。

 とにかく多少の困難はあったものの、無事目的は達成され、条件を提示した桜からの許可も出た。

 

 ふと窓を見ると、外は珍しく暗い――そういえば桜が外のロケーションを変えてみる、と言っていたか。

 目が覚めてしまったので、ひとまず胴体にくっついている緑髪の幼女をひっぺがして寝台から降りる。

 そして廊下へ出ると、夜の校内散策を開始した。

 

 

 ◈

 

 

 一階はひととおり歩き終わり、次に二階へと続く階段を登る。

 ギシギシと鳴るこの木造建築も、夜の校舎ではよく響く。

 

「――お」

 

 登った先、見えた窓からは月の光が差し込んでいた。霊子の海だというのに、よく出来た風景である。

 しかし、私が声を上げた原因は他にあった。

 

 

「――こんばんは。いい月夜ですね」

 

 

 月光を浴びながら、にこやかにそう挨拶する人物。

 服装は迷彩柄のズボン、青いシャツ、白いパーカー。

 そして金髪、紅い瞳の――()()

 

「………………………………」

 

 思考が停止する。

 あまりのショックに停止する。

 なんだあの美少年。神か。

 

「あ、驚いてる驚いてる。お姉さん、先読みが得意だからあまりそういう顔しませんよねー」

 

「……ええと、誰」

 

「え、分かりませんか? ボクですよ僕」

 

 我我(オレオレ)詐欺、ならぬ僕僕詐欺。いや詐欺っちゃいないが、これは一体どういうことなんでしょーか。

 

「今夜限りの、最後のおふざけですかね。ホラ、友達がやってることを、自分も真似したくなる時ってあるでしょう?」

 

 あるにはありますけれど。

 なんと、これはまぁ。

 

「猿から人間以上の謎だ……」

 

「ありゃ、嫌われるなぁ。まー、お姉さんが怖がっちゃうのも無理ないですよねぇ、立場的に」

 

 ニヤッ、と目を細めて小悪魔的な表情を浮かべる少年王。

 ……怖い。何が怖いかっていうと、明らかに意地の悪い笑みだと分かっているのに、それさえ愛くるしく思えてしまう彼の可愛さ、そして(おそらく)彼奴とこの子が同一人物であるという世界の不可解さ。うーん、世の中ってやっぱオカシイ。

 

「……で、こんな夜中にそんな姿で何してんだよ……です?」

 

「敬語はいいですよ、今はボクが貴方より年下なんですし。

 えーとですね、マスターがいなくなっちゃったので様子見に。でもそれだけじゃあ面白くないから、この姿で驚いた奴の顔を見てみよう、と思ったらしいです。まぁ、ただの思いつき、いつもの気まぐれですよ」

 

 随分とフリーダムな王様もいたもんだ。

 いや、今更それを突っ込んでも仕方がないか。

 

「お姉さんは? 決戦前夜だから眠れないんですか?」

 

「……ま、そんな感じだ。ふっと目が覚めちゃってな。夜の校舎っていうのも珍しいし、軽く散歩してたところ」

 

「あ、それじゃあお付き合いしますよ。ボクも暇してたところですし」

 

 とたたっ、と軽い足音を立てながら廊下を駆ける金髪子供。

 何となしに窓の外から校庭を覗いてみると、そこには岸波と桜が立っていた。

 彼女たちもまた、明日に向かっての意気込みを語り合っている……かどうかは知らないが、語らいを楽しんでいるようだ。

 

 

 ◈

 

 

「令呪、使わなかったんですね」

 

 初めて彼を見た教室、1・2年教室にて少年はそんなことを言い出した。

 電気は当然ながらついておらず、月が出ているのは廊下側、夜ということもあって部屋は薄暗い。

 

「え?」

 

「だから令呪ですよ。お姉さん、ボクの友達に令呪、裏側に来るときにしか使わなかったんだなー、って」

 

 そりゃそうだ。

 令呪はサーヴァントを強制的に従えさせられる、たった三回の絶対命令権である。大事に大事に、慎重に扱うのは当たり前なのでは?

 

「けど令呪って、他のマスターから奪って増やすこともできるんですよ? 本当にまだ一回だけだなんて、ちょっと凄いです」

 

「あぁ……確かに戦闘で、令呪による強化の必要がなかったってレアかもな。表では制約かけられて弱体化してたし」

 

「っていうか、下手に命令してたらボクが殺しちゃってたかもですしね。『誰の許しを得て我の友に命ずる?』とか言って」

 

「………………」

 

「わっ、お姉さんどうしました!? 顔色悪いですよ!?」

 

 誰のせいだ誰の。

 ……令呪の強化の必要がなかった、といっても、実際は「強化の必要がないくらいに戦闘経験をアリーナで積んできた」、というのが正しいかもしれない。

 なにせ表ではアリーナから出て初めて一日が終わるのである。相手の主従がアリーナから出て行ってからが本番。そこからずっと篭って、マスターもサーヴァントも互いに疲弊するまでエネミー相手に戦い続けるのだ。

 

「あれはもう二度とやりたくないな……ぶっちゃけ、対戦相手との戦闘よりこっちの方が精神にきたっていうか……」

 

「人間、同じことばっかやってると疲れちゃいますからね。けどお姉さんのそういう忍耐強いところ、ボクのマスターと似てると思います」

 

「……私が、岸波に似てる?」

 

「似てるというか、うーん、ちょっと違いますけど、諦めない人間ですよね。お姉さんの場合、最初から頭の中に『諦める』という選択肢がないんでしょうけど」

 

「――――」

 

 ……そういう、ものか。

 諦めない。決して、諦めることはない。

 それはつまり、「未来を決して認めない」ということにも言い換えられる。

 よくよく考えると異常なことだが、今更それについて討議しても仕方が無い。

 

「なんだソレ。嫌味か」

 

「いえいえ、つい面白く感じてしまって。ボクは本来、貴方たちみたいな人間に倒される側ですからね。何の因果か、今はそれを間近で、しかもマスターがそういう人ですから。皮肉の一つも口にしたくなりますよ」

 

 ふふ、と心から楽しげに笑う子供の王さま。

 確かに、エルキドゥのマスターでなければ、私は英雄王を信じる気にはならなかっただろう。もしかすると、今みたいな局面になってもなお、彼を疑い続けていたかもしれない。

 

 

「――そういえば、前から気になってたんだけど。お前と岸波ってどう契約したんだ?」

 

 この際だから、訊きたいことは訊いておく。

 彼の元の姿では質問することさえ躊躇われる――否、殺される可能性が倍になるので。

 

「あぁ、貴方には言ってませんでしたっけ。白野は元々、目覚めるはずのないマスターだったんですよ」

 

 そして少年は語った。

 本来のプロローグ。

 星空での契約。

 彼女が死の結末から一時的に逃れた、その真相を。

 

「夢だと自覚して虚数の海にダイブ……で、助かったと思えば契約料が令呪全画ね。厳しいなー、英雄王」

 

「ホント、なんで嫌われるようなことするんですかねぇ。我ながらよく分からない人です」

 

「随分と他人事……あ、いやそっか。同じだけどあまり接点ないもんな」

 

「察しがいいですね。未来を決めていく役割を持つ人なら当然かもしれませんけど」

 

 ……この英霊、万象を見通す眼を持つとみた。やはり本質的には同一人物らしい。時間の流れは残酷である。

 

「令呪は決して戻らない。ボクは月の表には存在しない。事件を解決しても、マスターに確かな未来はありません。

 だから質問してみたんです。『それでもお前は表側を目指すのか』、って」

 

 なんて答えたと思います? と金髪の子供は問う。

 そんなこと、私の知ったこっちゃないのだが――奴のことだ、どうせ強がりしか返答していないに違いない。

 

「ご名答。流石に簡単すぎる問題でしたね」

 

「まーな。だけど、表に戻らないって――――本当に?」

 

 本来ならここで殺気を放たれたり、問答無用で串刺しにされかねない言葉だと思ったが、当の本人は目をぱちくりさせただけ。……いけない、何か変なことを言ってしまったのだろうか。

 

「……すごい。大人のときは当然だと思ってましたけど、本気で考えてくれてたんですか?」

 

「……え。だって、さぁ……」

 

「本当にいいんですか? 下手したら貴方は――“上書き”されるかもしれないんですよ?」

 

「……あのさ。この件については私、拒否権ないと思ってますけど」

 

 白状すると、少年は一瞬だけさらに呆然としたような表情になり、すぐにぱあ、と満面の笑みで一気に私との差を縮め、両手を握りぶんぶんと互いの手を縦に振り動かす。

 ……彼なりの感謝の意思表示であろうか。とてつもなくレアな状況なんだろうが、そんな思いは目の前にある天使のような笑顔で綺麗さっぱり吹き飛んだ。

 

「……今だから言いますけど、実は諦めかけてました。せいぜい帰り際に思いっきり遊ぼうかとばかり」

 

「そんな余裕、たぶん無いと思うぞ……」

 

「ですよね。だから今、とっても感謝してます」

 

 にぱっ、と笑う。

 効果はばつぐんだ。魂が浄化されるような錯覚まで覚えた。

 無論、そんなことを口に、ましてや顔に出せば、元に戻った後が怖いので一ミリも動かさなかったが。

 

 

 ◈

 

 

 月の光で照らされた廊下を歩く。

 金髪の少年はかなり上機嫌なようで、軽くスキップしているほどである。

 

「ところで、お姉さんはもう事の顛末は予想がついてますか?」

 

「……なんとなくは。まだ何が起こるかは分からんけれども」

 

 返ってきたのはそうですか、というふんわりした声色の言葉。……どうやら、まだ心は歓喜の念で満たされている様子。

 そろそろ部屋に帰ろうか、と思い始めた矢先、ぱっと先を駆けていた少年が振り返った。

 

「――じゃあ、マスターも戻ってきそうだしこの辺で。

 明日はお互い頑張りましょうねー、お姉ちゃん」

 

「姉より優れていそうな弟なぞいらねぇよ」

 

 いや欲しい、超欲しいッスという邪念(ほんしん)は封じて即答する。

 一夜限りの特殊な邂逅。

 名君というものが過去実在していたという嬉しい事実を脳に刻み、最初に来た道を戻っていく。

 

 数時間後は決戦。

 次に眠りから覚めたとき、ある一つの物語が結末を迎えるだろう。

 

 

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