「ウィーッス。元気にしてるワケないよな。中枢に行く前に別れの挨拶をしに来たとでも思ったか」
「え、なにそれ月成さん今更ツンデレのキャラ付けしに来たの? 無理だわー、寒いわー、だとしても遅過ぎるわー」
「あぁ、実は慈悲をかけてこの妹系幼女を最後に拝ませてやろうと思ってな。感謝しろよ、こんなチャンスは二度とないからなぁ!」
「グッ、ひっそり消えると決意したのにまさかこんな仕打ちをヲオォ――――」
ジナコの煽りスキルは中々高いようだが、それもエルキドゥに頭を撫でられた途端に一瞬で撃沈した。
ショタコンだろうがなんだろうが、中性的な美しい彼の容姿の前では全てが無に帰す。せめて安らかに眠るがいい……
「……それでいいのか、我が主よ」
「う、うるさいッス。アタシだって別に好きでこうしてるんじゃ――――ヌオォ、こんなの拷問よりも拷問ッス……!!」
効果てきめんである。やはり耐性のない者には相当なダメージになるようだ。
エルキドゥ(小)……なんて恐ろしい子……
「?? えーと、別れの挨拶……なんだよね?」
「もちろん。じゃあ、さん、に、いち――」
ぱっとエルキドゥが手を離すとジナコが正気に戻る。
幼女系サーヴァントをしばし名残惜しそうに見つめたあと、フッと部屋に入ってきたとき同様、再び彼女はデバイスへと意識を向けた。
「切り替え早いな」
「うるせーッス。早く出て行くッスよ。それともまだなにか?」
「いや、アンタには結構世話になったし、今はどうしてんのかなーって思っただけ。多分、もう二度と会うことはないから様子見に来ただけさ」
「……ならこれでさよならッス。BBなんて、倒せるものなら倒せばいいッス。面倒なことはぜーんぶ、アンタらに任せるッスよ」
「そうか。んじゃ、あとはそっちで頑張ってくれ、
「?」
ぶっちゃけ、彼女についてはそのサーヴァントに任せれば心配ない。
黄金の鎧の行方。それこそBBや桜にとってジナコ=カリギリが未知数だった理由だ。
なにせ、彼女の人生はただ間が悪かっただけなのだから。
◈
購買へ向かうと、案の定そこには準備を整える岸波の姿があった。
彼女の背後には黄金の甲冑を着たサーヴァント。嗚呼、一体どうして昨日のアレがこうなった……?
「あ――」
はた、と目が合う。
その一瞬だけ、なぜか岸波は驚いたように目を見開き、一歩後ろへ後退りした。
「……どうした?」
「ご、ごめん。その、さっき準備運動も兼ねて迷宮に行ってたんだけど……」
「空間の亀裂に飛び込んだ先、
えっ、と今度はこちらが驚く番だった。
空間の亀裂というのはアレだろう、私とエルキドゥも行った歪んだポイント。そしてあろうことか岸波たちは、その先で――その、さらなる並行世界の私に会ったということ。
「それはまた……一応聞くけど、どんな感じだった?」
「んー……あえていうなら、ノリがおかしい? 素で狂ってたというか……うーん」
「あ、いやもういいです。なんとなく想像はついたわ」
脳裏に浮かぶはいつぞやの夢で見た記憶。
ひたすら「可能性」に憧れ、周りを巻きこんででも己の欲を叶えようとする愚か者。
……思い出すだけで頭が痛くなる。なんだってあんなのが並行世界の私なんだろうか。
「並行世界か。なるほど、興味深いな」
そう直接脳幹に刺してくるような声で言ったのは言峰神父。
思えば、もう今日でこいつともお別れなのだ。ふふ、二度と会いたくない。
「どうした店主? もしや記録にない全く別の己の生に夢でも見たか?」
「いや、このAIの元になった人物は先天的な破綻者でな。『普通』という道を辿った人生はあったのかと思っただけさ。……全くらしくない。やはり彼も、根は聖職者だったというコトか」
ムーンセルに再現されたNPCやAI達からみれば、「かつての己の生」も所詮は他人事。
まさか言峰に限って……とは思うが、(多分)改心して少しはマシになった今は、ふとそんなことを思ってしまう時もあるのだろう。
「……なんでだろう。ギルと言峰が話してると背後が怖くなるのは」
「その感覚、なんとなくだけど分かるぞ。絶対あの二人、どっかの世界で黒幕張った経験あるよな」
「確かに相性はいいかもしれないね――その場合、星にとってかなり迷惑なことをしそうだけど」
すると、むっとした表情で「思い違いをするな。こやつと我は何の関係もない」などと英雄王は言ってくるが、果たして真実はどうなのか。まぁここは知らぬが仏の精神で軽く流しておこう。
「しかし、いよいよ最後か。君たちの覚悟は決まっているのかね?」
言峰の言葉はマスター側にかけられたものだ。
もちろん、と岸波は頷き、私は「当たり前だ」と返す。
ここまで来たんだから、あとは表への道を塞ぐ者を全力で叩くのみ。何があろうと、その点にはなんの迷いもない。
「それは結構。では行きたまえ、無名のマスター、そして並行世界の異邦者よ。裏側に囚われたNPCを代表して、この後の決闘を応援しよう」
直接礼を言うのはためらわれたのか、軽く頭を下げてから岸波は購買部に背を向け、校舎の玄関へ歩き出す。
私もそれに続いて神父を一瞥し、外へ通じる扉へ向かいながら、振り返らないまま片手を上げる。
既に戦闘準備は済んでいた。
礼装の調整、アイテムの確認、申し訳程度ではあるが、何パターンかの作戦考案。
あとは、その場で働く天命に任せるほかないだろう。
❀
最後の壁の前。
この先がムーンセル中枢。神ならぬ悪魔の頭脳が待つ決戦の地。
なんのために戦うのか、と聞かれれば、私は元の世界に帰るためと――
「――未来のためと、桜のため」
岸波の決意が紡がれる。
彼女が戦う理由はそれ。つまりは世界も桜も救うということだ。
『……先輩、まだそんなことを? BBがシステムダウンすれば、あとは同型機である私が引き継ぎます。助けを求めているのは皆さんの方で』
「うるさい」
『あいたぁ!?』
珍しくはっきりと怒りをあらわにし、目の前の壁を殴りつける岸波。
このレリーフは桜の心。であれば、暴力をふるえば必然的に桜の方にもダメージが通るというわけだ。しかし友人としては非常によろしくない行為である。
『せ、先輩!? 助けるのも消えるのも私たちなんです! だから、うわわゲンコツ振り上げないでー!』
通信の向こうであわてふためく桜。
……その反応は、全然AIらしくない。
「私は桜もBBも守る。たしかにBBは罰を受けなきゃならないけど、それを踏まえた上で助けたい。彼女がバックアップであろうと、二人とも私の友達なんだから」
あー……やっぱり同一人物なのか、あの二人。
薄々分かってはいたが、きっぱり告げられると納得もできる。なぜ、どうしてそんなことになったのかまでは知らないが。
『……ありがとう、ございます。とても嬉しいです。AIとして失格ですが、私はそんな貴方に賭けてみたい……!』
一応私もいるんだけど。
そんな突っ込みはあえてしないでおき、今は生徒会室で繰り広げられている会話に耳を傾ける。
『なんとなく気付いてはいたけど、やっぱりそうなんだ。今まで相談してくれなかったことは、今の「賭けてみたい」っていう台詞で帳消しにしてあげる』
『先に言っておきますが、私達は桜を責めたりはしません。失敗する自由がないAIがミスをしたというなら、それは他のところに原因があったと推測できますので』
『……!』
一瞬だけ、桜の心が震えたように、回廊自体を大きな揺れが包み込む。
凛もラニも、ここで退散するという予定を話していたが、それはもう変更された。
最後まで彼女達は、私達のサポートに回ってくれるという。
『――これは我がままですけど。先輩、月成さん、BBにきついお仕置きをしてあげてください!』
岸波と頷き、レリーフへ手をかけてアクセスする。
扉は開かれ、中枢への一方通行――不可逆の空間へと足を踏み入れる。
「……ッ、なんだ、これ――」
ノイズが走る。
何に触れたかは知らない。だが、物理的に視点がどこかへと変換されたような不快感が意識を襲った。
『――月の裏側を作り、そして使う。
人間の悪性を閉じ込めている虚数空間を利用すれば、なんだってできる。
人間の悪意こそ、尽きることのない
あの人を守るためなら、あの人の未来を作るためなら、私は喜んで壊れよう――――』
意識が正常に戻る。
……どうやら、誰かの最初の願いを垣間見たらしい。
「ようやくだね。あの向こうに、全ての元凶が潜んでいる」
エルキドゥの声で我に返ってみれば、中枢との距離はあと三メートルもない。
――全ての決着をつけるときがきた。
❀
桜の花びらが空を舞う。
果てのない湖が地を覆う。
世を支配しているのは夜のような静けさだ。
空間には、来訪者四人が立てる水音が響いている。
『来訪者002、003ニ警告。直チニ人間性ノ削除ヲ要求。警告ヲ拒否スル場合、強制的に排除シマス』
機械的な声。
BBの声質に似ているが、もうそこに人間的な感情は見られない。
「……ギル」
「あぁ、妙なモノが混ざっているようだ。闇に隠しても隠しきれぬ醜悪な個の生。
油断はするなよ白野、ルツ。貴様らが倒すべき相手はまた違う化生らしい」
ギルガメッシュもエルキドゥも、何かに対する嫌悪感をあらわにしている。
自分も正体不明の悪寒をピリピリと肌に感じるが、はっきりとは解らない。
『当機の行き先は終末。出発時刻は昨日。到着予定日数は西暦3000年。
――なお、人類絶滅の効率向上のため、南米のタイプ・マアキュリーの覚醒を促進させています。これにより、文明崩壊は三日にまで短縮できる見込みです』
ここに存在するのは
それらと真逆のものを持ち込む我々こそ、恥知らずの異物なのであろう。
「――――」
暗黒のソラ、桜の大樹に侵食された
あれこそがムーンセルの中心、あらゆる未来を貯蔵している光の檻。
そしてその前で、豪奢な漆黒のゴシックドレスを着たBBが自分達を見下ろしていた。
「警告無視ノ来訪。ヨッテ一切ノ釈明ノ受理ハ不可。マタ未登録のマスターハサーヴァント共々ココデ廃棄処分ノ対象ニナリマス。――――消えなさい。岸波白野、月成ルツ」
「……BB、ムーンセルから離れるんだ」
岸波が説得を試みる。――が、誰の目からみても、その成功確率は絶望的だった。
感情が失せている。その瞳は赤く、何の光も入らないただの機械。髪質までも桜と同じように変化し、肌は青白く、死体のように血の気が無い。
「……岸波」
アレはBBとはもう別物だ。これでもまだ、救ってみせると彼女は言うのか――いや、言うんだろう。なにせ「諦めない」ことこそが岸波白野という人間の本質なのだから。
「釈明の余地はありません。なんて無様なんでしょう――無様
空間を支配するムーンセルの意思が明確な殺意となって放たれた。
人間性は微塵もない。今私たちの前にいるのは、人間の意志を持った露悪な神の頭脳。
「こうなっていては仕方あるまい。だが引導までは渡さずとも、せめて奴の目を開かせる程度に叩いてみるか?」
「乱暴だなぁ。けど『助ける』という目的を果たすなら、まずは意識を戻さないと始まらないしね」
BBを倒してしまっては、今度は桜がムーンセルになって全てをなかった事にしてしまう。
ならばあえて戦い、深く沈んでしまった意識を起こして説得の言葉を聞かせるのみ。
「話し合いで収められるほど甘くはないってか……まぁ桜に頼まれた以上、私も最後まで付き合うけどさ」
「……ああ。絶対に彼女を救ってみせる――!」
そして決戦の幕が開く。
これが最後。
これが結末。
儚く現実に破れる、当たり前の恋の話だ。