ギルガメッシュの階梯が変わる。
彼が原初の神話礼装を纏い顕現した瞬間、BBを囲うように空間がゆらめき、四方八方からの一斉射撃が行われた。
「ムーンセルとの同期を開始。蹂躙を始めます」
――だが当然ながら、それで終わるはずもない。
地には引きずり下ろしたものの、教鞭を振るってダメージを無効化した彼女は、次に背後の単眼から光の塊を放つ。
それを今度は前に出たエルキドゥが生成した武器で迎撃し、続けざまに鎖が出現する。BBの拘束に動き出すも、彼女が振る教鞭の先から放出されたビーム砲で相殺され――
「せいぜい持ちこたえろよ!」
百を超えた【
既にBBへ向かって駆け始めていたエルキドゥはそれらを攻撃範囲外――上空へと跳躍することで回避し、再び、今度は己の身体から生み出した鎖で瞬間的にBBを縛り上げ、ダメージと追加の麻痺を与えていく。
「ムーンセルと手を切れ! BB!」
声よ届け、と言わんばかりに隣の岸波が叫ぶ。
あえて戦い、意識を起こして彼女が敬愛する先輩の話を聞かせる――最も、この方法はムーンセルの中にはまだBBがいることが前提だ。希望的観測に近い行動でも、岸波の「BBを助ける」という願いを叶えるためには、これにすがるしか道はなかった。
「……不可能です。貴方たちは、消去します――【
「ッ――――」
咄嗟に鎖を解除したエルキドゥが、自身へと向けられ、発動したスキルをガードする。
途端、素早くBBの近くから離脱したところを見る限り、傷は浅いようだ。
ひとまず向こうは平気だと判断し、注意を
「我を無視するとは良い度胸だ」
岸波からの指示を受けてだろう、視線を戻したときには英雄王が双剣を構えてBBへ接近、そのまま切り裂いて一瞬で武器を入れ替え、ランス形のガドリングガンを用いてBBのガードを打ち破る。
「【天の鎖】――――」
エルキドゥが自身を武器そのものに変化させ、先とは比にならない疾さでBBを拘束した。
再び麻痺の効果が入り、身動きが取れない好機は見逃さず、ギルガメッシュが相手の足元から武器射出を行う。
……流石は人類最古の親友コンビ、月に来てからの共闘はこれが初めてだというのに息が驚くほど合っている。
この戦闘がBBの破壊、というものであれば開始直後に宝具を開帳して木っ端微塵に粉砕しているのだろうが、なにせ今回の目的はその敵を救うことだ。
それが一体どれだけのハードルを上げているのか、どこまで岸波が理解しているのかは知る由もない――が、あまり長引かせても良いことはないと直感が告げている。
なにせ相手が相手、ムーンセルなのだ。
こっそり「時間切れ」という名目で戦闘を強制終了させる奥の手があっても何らおかしくはない。なので、一刻も早く岸波による説得にケリをつけて欲しいのだが……
「王冠よ、富と力を」
魔力の気配が増す。
瞬間、単眼から放たれるは数十発のビーム砲。その一つ一つに桁違いの魔力が篭められているのを悟り、しかしてムーンキャンセラーと同格の力を獲得しているギルガメッシュがそれらを【王の財宝】で薙ぎ払う。
「ッ!
咄嗟に身体強化の魔術を行使し、全力で真横へと飛び上がる。
そして認識した。一秒前まで立っていた位置に、怪しく蠢く影の姿を。
「――おいおい」
何だアレは。
ポツリと垂らしたような黒点を中心にザワザワと闇が揺れ動く。
幸運か偶然か、着地した場所にまでには影がない。本体とサーヴァント達の相手をしている最中、気配を消して先にマスターを始末しようとした――? いや、それはない。最高ランクの気配感知を持つランサーが気がつかない筈がない。よって、今のは一瞬で此方に伸びてきたものか、一瞬で現れたものだと推測する。
「ルツ!?」
変化に気付いたのか、岸波が声を上げた。
一方、影を警戒しながら横目でサーヴァント達の方を確認すれば、己の財と生成した武器による圧倒的な数の暴力でキャンセラーを猛打しているのを見る。少々やりすぎでは、と思わなくも無いが、ああでもしないとダメージが通らないのだろう。
……サーヴァントは本体の攻撃に集中するべし。なお、岸波の傍には英雄王がいるので万が一、あの影が近寄ろうと何らかの防具で弾く用意はできて――と、そこまで考えて影の狙いがあくまで自分一人だということに気がつく。
「邪魔者は消えろって? 冗談じゃない」
本当にBBって岸波のことしか頭にないのな。まぁこれで、ムーンセルの中にまだBBが存在していることは確認できたのだが。
「マスター――」
「援護求む、但しあくまで本体への攻撃と説得が最優先!」
叫び、その言葉で全て理解したのか、岸波は再び言葉を、サーヴァントの攻撃の一部が影から逃げる私の援護に回ってくる。
こちらを追う影の速度は一定だ。そこは本体に与えられる攻撃とその迎撃が影響しているに違いない。
だが、まぁ、しかし。
「普通に速い!」
魔術を行使しながら、なるべく岸波からは離れないよう距離を取りつつ空間を駆け回る。
足元の水音がやかましいが、本体へ加えられている総攻撃に比べればまだ小さい方であろう。岸波による説得の声は攻撃と攻撃の合間、一瞬の沈黙の間で響いている。
「――これが欲望を汲む天の杯」
エルキドゥによる拘束、ギルガメッシュの掃射を強大な魔力で無理矢理に打ち飛ばし、ふわりとBBの身体が空へ舞い、己の身体から取り出したのは負の聖杯。
アレが彼女の持つ最悪の願望器。その中身は人間の悪性が閉じ込められた災厄の泥。
出されただけで感じ取り、悟る。あの器に入っているものは、忌まわしく、おぞましく、恐ろしい毒液。零れ落ちた一滴は、生きるモノ全てを殺す――――
「マズッ……!」
同格の英雄王ならともかくとして、エルキドゥは神造兵器といえど、サーヴァントという枠組みにいる以上、あんな負荷を直に受けたらひとたまりもない。
だから使う。
一秒後の災厄から彼を守る絶対防壁。死神を討ち取った報酬に手に入れた、最高の礼装を今展開する――!
「【
――途端、空間が炎に包まれた。
湖が
それは一瞬だけ訪れた、世界の終焉。
❀
「――ッキッツイなぁ……!」
空間の揺れが収まり、やっと足元が落ち着いていく。それでも辺りには熱い空気、濃い悪性の魔力がまだ残っていた。
礼装の消費魔力は思っていたより少なかったが、なにせ私は影に追われる身。そう、世界の終わりが来たところで、それはあくまでも対サーヴァント用のスキルの一部でしかない。今もなお、等速で一直線にこちらを追尾してくる影に捕まれば、なんにせよ私は終わるのである。
だから世界が終わろうと足だけは止めなかった。
「岸波ィ! 説得はまだか!!」
「やってる……! BB、話を聞いて――」
と、いきなり噛み付くように地を流れていた影が地上へ突出した。一見しただけではただの黒い布のよう――だが、その魔力は邪悪に満ちている。
「さっきはありがとうマスター。決して
聞き慣れた穏やかな声と共に、射出した武器が影を串刺しにした。
しかしいちいちそれを見届けている暇は無い。影が停止した隙に一気に距離を取っていく。
「BB――」
「警告はした、ハズ、です。校舎に、戻って――」
機械的な冷たい声。けれどそこには、少しずつ人間らしい感情が見え隠れし始めている。
影の動きが変わったのはこれが原因か? ならば、もう少し追尾してくる速さも鈍くなってほしいものなのだが。――いや、待てよ。
BB本体へと視線を向ける。そこでは未だ、二体の規格外サーヴァントとBBの攻防が続いている。黄金の王が財を放ち、その盟友も己から槍を、鎖を、剣を生成して攻撃を仕掛け――それをBBは単眼から魔力の弾丸を、教鞭から生み出す圧倒的魔力の塊で迎撃していく。
その、丁度岸波が声を発する攻撃と攻撃の空白。
「【shock(128);】!」
「ゥ、グッ!?」
完全な不意打ち。
追加のスタンは見事に発動し、嫌でも岸波の声は耳に入るだろう。
……だが、彼女も限界がきていたのかなんなのか。
「いいから先輩の言うコトを聞けぇ――――!!!!」
「――あ。は、はいぃ!!」
『取った』
岸波の叱咤でやっとひるんだBB。
その瞬間、この時を待っていたとばかりにギルガメッシュとエルキドゥが同時に彼女へ一気に武器を射出、地面という湖に叩き付けて【王の財宝】から伸びた鎖がガッチリと身体を拘束する。
なんて乱暴な、という今更な感想を頭に浮かべつつ、そこで漸く自分を追っていた影も消滅したことを確認し、ホッと息を吐く。
「……戻ったか?」
「気配は変質してきているよ。多分、一時的ではあれど、BBの自我がムーンセルの支配から逃れたんだと思う」
エルキドゥに確認を取り、成程、と先まで無茶苦茶な魔力放出で弾いていた鎖を全く緩めることができていないBBの様子を見る。
「ち、違います。今のは条件反射で――ってあれ、なんでわたし捕まってるんです?」
「隙を見せたからに決まっているだろう。しかし、目が開いたとはいえ好意がだだ漏れだな。大した先輩ぶりではないか白野?」
「っ、これでも月の女王なんですよ!? 思い上がらないでくださ――、ッ!?」
ぐらっ、とBBの首が揺れる。
ほんの一瞬、またも自我が奪われかけたのか。
「BB、もうムーンセルとは手を切ってくれ」
「な、どうしてそんなこと言うんですか!? わたしはムーンセルを手に入れるために、ここまで――」
「お願い。私にとって、君は大切な人。それに私は、BBの先輩だから」
その一言で。
力強く、真直ぐな、温かい先輩からの一言で。
ふ、とBBの殺気、空間の総意が消失した。
どうやらムーンセルはBBの自我を支配することができても、全体の主導権はBBの方にあるらしい。自分達のちまちました説得活動も、無駄ではなかったということだ。
「……ありえません。そんなの、だって、先輩がわたしを許してくれるなんて――それに、先輩が友達と思っているのは向こうのサクラ。なんで許すなんて言えるんですか!?」
「それはこいつにとってお前もあっちの桜も同じだからだろ。いや――」
「――貴方の方が、本物のわたしだからです。BB」
私の言葉を引き継ぎながら空間に新しい人影が現れる。……桜だ。
現在、BBの支配力は格段に落ちている。よって、桜は容易にこの空間に入ることができたのだろう。
「わたしは貴方に全てを押し付けてしまった。だから、貴方が本物。そして確かめて。消えるだけのAIであるサクラを守ると言った、偽りの無いあの人の気持ちを」
BBが視線を岸波へと向ける。
目に涙をためて、既に泣き疲れた少女のような表情で。
「……わたし、本当に悪い子なんですよ? 先輩と沢山話していたくて、色んな物を捻じ曲げた――それでも貴方は、わたしを友達だって、悪い子だって叱ってくれるんですか?」
勿論、と即答してBBへ歩み寄る岸波。
そこで鎖の拘束も解け、BBは湖の上に座り込む。
「わたしは君みたいな困った後輩を認めてる。尊敬もしてる。だからBBには、壊れてほしくない」
「――――っ」
彼女の目に戸惑いと喜びの感情が浮かぶ。
本当にいいのか、という罪悪感。ああ良かった、という心からの安堵。
それらが混ざり合った、実に人間らしい――人間の目をしていた。
「でも……でも、これじゃあ、ムーンセルを正常に戻してしまったら、先輩は――!」
「そうじゃないの。あの人は、こんな救いを求めない。先輩を救うというのは私達の夢。全てを受け入れる人だから、私とアナタは憧れた」
BBの選択は正しかった。しかし、その一点だけ貴方は間違えたのだ、と。
肯定しながら誤りを指摘する。そしてようやく、彼女も気がついたようだった。
「けどあの人の夢があるのは、もっと別の場所。だから本当の心を持った貴方は、その気持ちだけは縛り付けないで」
「……そうね。悔しいけど、貴方の言う通り」
俯きがちに、BBは言う。
最初から独り相撲だった、全ては自分の勝手な欲望だと、認める。だから――
「――、――、――――
ぞわっと空間の気配が変わる。
BBから、否、ムーンキャンセラーから放たれるのは殺気。
彼女から人間味が失せる。瞳も機械的なソレに戻る。
「……駄目。駄目、ダメ、ダメ! やめてやめてやめてヤメテヤメテヤメテヤメテ来ないで来ないでこないで、先輩タスケ、乗っ、取ら、レ――――」
「サクラ、ハクノ!!」
瞬間、エルキドゥがBBの傍にいた二人の腕を掴んで引き剥がす。
再びソラへ浮いた相手は、今度こそ。
「おのれ、生き延びる本能こそ無いが、存続する機能は一流だな、ムーンセル!」
「つーか今のヤバいだろ、なんだこの魔力!?」
アレから放たれているのは絶望、破滅、厄災の念。
理性も本能も告げている。
「――声は静かに」
女の唇が動く。
その一言一言は、呪詛を唱える怨霊が如く。
「BB! しっかり、中枢との接続をカット――」
桜が悲痛な声を上げているが、BBの耳には届かない。
状況は変わらないまま、この空間は黒く塗りつぶされていき。
「――私の影は、世界を覆う」
泥が視界を、世界を侵食する。
何も分からない、何も見たくない、何も知りたくない、このまま沈んで、死んでしまえ。
其は殺意。其は呪い。其は現実を蝕むモノ。
対星宝具。
擬似霊子陥穽――【
夢に消える。
夜を迎える。
そして結末が追いついた。
「ご馳走様。美味しかったわよ、BB」
刹那、突き飛ばされた。