Fate/カレイド CCC   作:時杜 境

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魔性菩薩

『――運営システムの変更、及び、ムーンセル使用権の譲渡を受理。新ユーザーをAIからマスターに。個体名――』

 

「殺生院……ッ!」

 

 妖艶な笑みで聖女は笑う。

 癖になっているのか、やはりその姿、気配を感じるだけで背筋が凍る。だが今は、気後れしている場合じゃない。

 

「あら残念。折角もう一度組み直したのに、また逃げられてしまいました」

 

「逃げる、って――」

 

 つい先ほど、エルキドゥに背中をはね飛ばされたことか。

 その影響で今は岸波たちから離れた場所で崩れ落ちているのだが――……待て、ならば動けなかった彼女達は、

 

「ギル……!」

 

「許せ、ぬかった。貴様とBBのやり取りが面白くてな、つい足元から目を離してしまった」

 

 少しは友達を見習え慢心王、と心の内で突っ込みつつ、自分と桜以外のメンバーが自由を奪われている状況にやっと危機感を覚え始める。

 宝具発動の直前に消滅したBB。呆然と立ちすくんだままの桜。完全に動きを停止させているギルガメッシュ、岸波、エルキドゥ。加えて私の武器らしい武器は破邪刀くらい。

 敵の手の内が分からない以上、下手な攻撃はより状況を悪くするのみ――駄目だ。久しぶりに詰んだぞこれ。

 

「すみません。あまりにも隙だらけ、丁度BBと中枢の繋がりもカットされたので、思わず五蘊黒縄(ごうんこくじょう)をかけてしまいました」

 

 五蘊……我欲を縛る我執封じの黒縄か。

 って、なぜこんな破戒僧がそんな得の高い術式に長けているんだ。

 

「……つーか、アンタなんで生きてんの。15階の奴は変わり身か?」

 

「アレは外装だけキアラに似せたパッションリップさ。全く、お前らを出し抜いた挙げ句、ムーンセルにまで手を届かせるとはな!」

 

 我が主ながら反吐が出る、と例の悪態をつく童話作家。そういうこいつは一体誰の味方なのか。

 

「そ、そもそも人間の身でムーンセルを支配、なんて――」

 

「ええ、確かに私はただのマスターですけれど、アクセスする権能を持つ者なら支配できますよ? ……例えば、AIを故障させてありえないバグを起こす、とか」

 

 え、と虚ろな桜の声。

 ――つまり、キアラこそがこの事件の発端であり黒幕。

 ムーンセル製のAIがオーバーワークで熱暴走などまず起こりえない。ならば、そこには必ず外からの細工があったと見るべきだろう。

 ……キアラは死んだと思い、完全にこちらは油断していた。黒幕が消えたのならば、あとは表へ戻るのみ――ああ、そう簡単に世界は廻ってくれないようだ。

 

「予選段階で貴方を故障させた犯人、BBを起こした張本人、そして『人類の欲の解放』という大目的をBBに植えつけたのも――全て私。理解していただけましたか?」

 

「月の裏側に囚われた全員が貴女の手の平で踊っていた……ってことかな。なら、僕達の存在(イレギュラー)はどうだったんだい?」

 

「――()()

 

 キアラがこちらへ視線を向けた瞬間。

 ぞぅ――――と、寒気が走り、心臓が停止した。

 

 呼吸さえままならない。

 目を外すことすら許されない。

 彼女に合わない殺気。彼女から放たれる明確な殺意。

 それは、今まで度々感じてきた悪寒と同質、さらに上の段階のものだった。

 

()()()()

 

 詠うように彼女は言う。

 ありったけの憎しみを込めて、ありったけの慈悲の念を込めて。彼女は、私の名を呼んだ。

 

 

「ずっとお会いしたかったわ。いえ、ずっと殺してあげたいと思っていたわ。

 そう――()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「は」

 

 

 喉に空気が通ったからか、なんとか掠れ掠れの声を出す。

 奴の言っている意味が分からない。

 奴の言う言葉など理解したくない。

 そもそもあいつは一体、何を言っている? ――誰のことを、言っている?

 

「表では対面すら叶わず……生徒会の皆さんが、貴女は既に亡霊だと聞いたときは驚愕いたしました。けれど、またこうして出会えた……いいえ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のです。だというのなら、お相手しないのは失礼というものでしょう?」

 

 ――解らない。

 あいつが何を考えているのかさっぱり解らない。

 キアラは私が並行世界から来た月成ルツだと知っている? ならば何故、わざわざ自分の相手をする? そもそも殺すのであれば、機会はいつでも、幾らでもあったのに――

 

「さっさと仕事を済ませろキアラ。それで俺も役目御免なんだからな」

 

「……愉しみがないですね。けれど生徒会が健在な以上、足元をすくわれてはたまりません」 

 

 私に向ける視線が外れ、わずかに硬直が緩む。

 今一瞬だけあの作家には感謝したいが――次に彼女の視界に入ったのは桜であった。

 

「――ぁ、貴女は、ムーンセルを手に入れて一体なにをするつもりですか!?」

 

「……強いていうなら、愛のため、でしょうか。私は愛のためにムーンセルを掌握し、愛が故に人類を滅ぼすのです。そこになんの矛盾がありましょう?」

 

「違います……貴女の言うそれはただの我欲です! そんな醜い自分の欲を、愛だなんて――」

 

「AI、科学とは感情挟まない正常なるもの……えぇ、正しい貴方には一生理解できないものなんでしょうね。人間の愛というものは」

 

「っ……それでも、わたし、私は、センパイを……」

 

「さく、」

 

 ら、と声を発しようとした瞬間、倒れるように座り込んだ桜の姿は消滅した。

 彼女もまた――BBと同じように、キアラの中へと取り込まれたのか。

 

「淡白な味……けど、デザートにはぴったりな甘さですね」

 

「……キア、ラ――」

 

 珍しく――本当に珍しく、初めて直に感じた岸波の殺気。

 それはあの別世界で感じた敵を倒さなければという意思ではなく、自身へのふがいなさと目前に佇む元凶に向けて放たれたものだった。

 

「岸波さんのお相手をしたいのは山々ですが、その前に衣装替えの時間を少々。貴方たちには、起源に立ち返った女の本性を見ていただきましょう――アンデルセン」

 

「心得た」

 

 一冊の巨大な本の形をした、彼の宝具が開帳される。

 その効果は、対象を理想の姿へと変化させること……あぁ、とてつもなく嫌な予感がしてならない。

 

 

「――これより語りますは一人の女の物語。

 女の名を殺生院キアラ。

 定まらぬ善悪であれど、此度は明白。悪とは是れ殺生院、善とは是れ恋する若者(かれら)

 果たしていかなる終演を迎えるか、どうぞ皆様、最後まで目をお離しなきように――!」

 

 

 ゴゥ、と真空が吹きすさぶ。

 キアラを包んだ光の繭とこの空間のありとあらゆるものが、ムーンセルへとなだれ込んで行く。

 次に聞こえたのは、彼女の苦痛か歓喜によるものかも分からない絶叫。立方体から溢れる光の中、(あらわ)れてはいけないものがあの中で顕現しようとしていた。

 

「――っ、縛りが強くなるどころか、僕達まで取り込もうとしてる……!?」

 

「あんなモノが我に触れるなど人類始まって以来の大罪だぞ! ええいキャスター、貴様一体誰の味方か!」

 

「フン、決まっているだろう。サーヴァントはマスターに味方するもの。地獄の底まで共にする。分かりきったことを訊くな」

 

 世辞ではない、彼はその言葉を本気で口にしているようだった。……まぁ、発する言葉一つ一つに魂をかけている奴が虚言を吐くなど、滅多に無いことではあろうが。

 

「しかし思いのほか変体に時間がかかっている。そろそろ、お前達にかけた戒めも解けるだろう。――しばしご退室願おうか」

 

 岸波たちだけではない、戒めをかけられていないこちらにも負荷がかかる。

 これは強制退出……邪魔者は弾き出す、ということか。

 再び本を取り出したキャスターが何かを呟き――そこで、岸波たちの姿はかき消えた。

 

 

 ◈ 

 

 

「おや」

 

 虚を突かれたような声。

 当然だろう、何せただ一人、弾き出すことができなかった残り物がいたのだから。

 

「――驚いたな。なんだその礼装は。それも師匠とやらから貰った自慢の一品か?」

 

「ジジイからのはもっと燃費が悪い奴だよ。これはちゃんと死闘に勝った報酬だ」

 

 ほう、と興味ありげにこちらを見る少年。

 アトラスの悪魔。

 一瞬とはいえ、未来予測により絶対的な防壁を展開する性能はまさに規格外と言っていい。

 あと燃費も良い。これ大事。

 

『あらあら、こんなところにまでついてきてしまって。月成さん、やはり貴方はそこまで私を――』

 

「それはない」

 

 相手の声を遮るように早口で断言する。

 向けられる意思、今まで漠然と感じていたモノが明確な殺気となっている今、キアラとの会話もそれなりに可能になって――いや、あんまりしたくないのは確かだが。

 そんなことを考え、次に破邪刀を取り出して切っ先をアンデルセンへと向けた。

 

「……おいおい、か弱い子供に刃を向けるのか?」

 

「魔王の手下がなにを今更」

 

 じりっ、と近寄る。

 現在のキアラはサーヴァントの宝具で変化している。衣装替え、とも言っていたし、しばらく本体は出てこないだろう。

 術を発動させているサーヴァントさえ倒してしまえば、キアラの変体も止まるかもしれない――ならば、チャンスは今。

 

「待て、俺に戦闘能力はないぞ。そもそも肉体労働なぞ断固反対派だ!」

 

「知らねぇよ!」

 

 破邪刀を横一閃に容赦なく振る。

 咄嗟の行動か、青髪の少年は自身の宝具である本を盾に投げ出し、初撃を無効化した。

 

「……丈夫なんだな、その宝具(ほん)

 

「いや、正直俺も驚いている」

 

 どっかでみた狐耳系呪術師が持つ鏡と同じ扱いなのだろうか。

 向こうの方が盾になったり鈍器になったりとかなり活躍していたが。

 

 なにはともあれ――アンデルセンという英霊の戦闘力は本人が言う様にほぼゼロに近い。

 所詮作家。戦士ではないのだ。魔術を使われる前にさっさと致命傷を負わせたいところである。

 

『あら、いけませんよルツさん。貴女は私自身の手で始末をつけると決めているのです。勝手な行動はよしてくださいまし』

 

「ハハ、見ろ。BBにも殺されないよう、引き剥がそうとしていたこの執念! お前も全くとんでもないものに目をつけられたな! それはそうとさっさと変体を終わらせろキアラ! 脱稿直後、しかもここで結末を見ずに消えるなど俺は納得できんぞ!!」

 

 ……まさかあの時追ってきた影ってBBのじゃなくてキアラの五蘊黒縄だったのか!?

 なんて恐ろしい。今になってかけられた頼もしいエルキドゥの言葉をありがたく思う。おのれ月成、死後もほぼ他人の自分に迷惑をふりまくなど、どこまで未来にでしゃばってくるつもりか!

 

「というか、私は並行世界の月成ルツであって、これはただの人違いだぞ。そこまで私に執着する理由なんてあるのか?」

 

『別人とはいえ、貴女は殺生院キアラ(わたし)を殺した“可能性”。並行世界であろうと、危険因子は念入りに潰しておくに越したことは無いでしょう?』

 

 別人であることを飲み込んだ上での話、及び殺意ということか。

 だが、そんなことに意味などある筈がない。この世界の月成ルツはキアラを殺せる人だったというだけで、私は全く無関係の、キアラを殺せない月成ルツということもあるのに。

 

「それを決めるのはまだ早い。なにせお前はまだ死んでいないし、キアラもまだこうして生きている。……この世界の月成は暗殺拳で奴を殺したようだがな、お前はマスターだ。それも規格外のサーヴァントを従える最悪のマスターだ。

 たったそれだけのことであろうと、執着する理由には十分足りえる――そも、お前が『月成ルツ』である以上、殺さない理由があるのか?」

 

「…………」

 

 アンデルセンの言うことはもっともである。

 『月成ルツ』。今さらっと暗殺拳などという単語が聞こえたが、やはり彼女には私が知らない面――ウィザード以外の側面があったようだ。

 ま、そうじゃないとムーンセルの情報バンクから「少し有名なハッカー」()()()()()()()()()()()()()()が解消されないのだが。

 

 魔術の腕前は並以下であろうと、その狂人性は筋金入り。

 世界を導いてほしい、楽しくなれなどと笑わせる。

 世界の可能性を見たいなどと戯れ言にも程がある。

 彼女が言う「可能性」とは()()()()()()()()()()()()()を指す。それは決して、世界平和などという停滞した世のことは含まない。

 

「しかし何故お前はキアラを選び、手にかけたのだろうな?」

 

「……どうせ『聖人と呼ばれる奴を殺した結果を見たい』とかだろ。一国の王様とか大統領とか、そういう世界に影響を与える人間がいなくなれば世が混乱するのは当然だ」

 

 成程やはり狂人の類か、とすぐさま納得する作家英霊。予想できていたなら、いちいち質問するなと抗議したい。

 

「貴様もよくここに残る気になったものだ。防壁があるとはいえ、あんな女の近くにいることを選ぶなど、正気の沙汰ではないだろうに」

 

「それについては少し後悔し始めてるところだよ――ま、中枢から弾き出されるからといって、どこに弾き出されるか分かったモンじゃないからな」

 

「つくづく警戒心が高い。まぁ確かに、人の身で銀河の果てに飛ばされては、どうなるかは知れたこ――、ッ!?」

 

 前触れなしに正面へ踏み込み、刀を振るう。

 また避けられた――いや、単に崩れ落ちたのか。

 なんにせよ次の攻撃で終わらせようと、再び刀を振り上げた途端、

 

「“白鳥のように――」

 

「【shock (128);】!」

 

 間髪入れずに礼装を発動させる。

 スタン……は働かなかったようだが、追い出されるのは阻止できた。

 

「――そら!」

 

 瞬間、態勢を整えたキャスターから宝具を通して魔力の弾丸が放たれる。

 反射的に身体は敵から五メートルほど距離を取り、その間に目を強化、弾丸のスピードを読み切り、かわし、弾いて着実に標的へ向かって駆けて行く。

 

「サーヴァントか貴様!」

 

「人間だよ!!」

 

 続いて飛んでくるは加速した四つの弾。それを二つの魔法石で相殺し、衝撃で生まれた煙を刀でかき消しながら前へと進み――上空から降ってきた六つの内三つを横へ移動することで回避、対応しきれなかった残りを一瞬の絶対防壁で無効化する。

 そして煙を抜けた先、既に相手は居らず。魔力感知に集中するが見つからない――大方、例の透明化のスキルだろう。

 

「それなら――」

 

 数秒だけ目を瞑り、外界の魔力へ意識を向ける。

 姿も魔力も消しているのか、当然ながら感知は不可能。エルキドゥがいたなら話は別だろうが……まぁ今は仕方が無い。

 私が今狙いを定めるべき箇所は、気配でも魔力でもなく。

 

「そこ!」

 

「ぐはっ!?」

 

 九時の方向、二メートル先にそれを捉えるや否や、接近して刀剣の柄頭(つかがしら)で勢いよく胴体を突いた途端、魔術が解除され、よろめいたサーヴァントの首をひっつかんで漸く動きを停止させる。

 

「――ギ、……何を、感知した……?」

 

「『熱』だよ。一応、修行時代には五大元素を一通り学習したからな。自分の属性以外でも、初歩レベルのことなら習得してある」

 

 思いもよらない場面で役に立つ知識であった。

 ちなみに私の属性は地と空らしい。最初に聞いたときに思った、なんとも微妙な組み合わせだという印象はまだ記憶に残っている。

 

「……英霊(キャスター)が魔術師に殺されるなど笑い話にもならんな」

 

 全くだ、と口に出す前に、右手に握った刀は即座に彼の首を切り落とす。

 これで全部終了だ、と思いかけ――――首に届く前に、()()()()()

 

「げ」

 

 否。

 刃ごと、破邪刀そのものが砕けた。

 

『だから言いましたでしょう?

 ――貴女の人生は、私が直々に“昇華”して差し上げると」

 

 悪寒が走る。

 殺気で凍る。

 そして理性を融かしてくる。

 

 瞬時にアンデルセンを半ば投げ捨てるように解放し、その場所から距離を取る。

 およそ十メートル――それが限界だった。

 ふと、そこでサーヴァントを離してしまったことに後悔しかけたが、すぐに判断に間違いはないと確信に至る。

 

 ムーンセルから顕現するは物の怪の類。

 英霊に構っていたら完全に理性は融け、殺気で身動きは封じられ、間違いなく先に取り入れられていただろう。

 

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 ムーンセルと繋がった、人工の魔人がそこにいる――

 

 

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