「……あ。ああ、あー……生きてる、のか」
気がつけば仰向けに転がっていた。
間抜けな声を上げ、ひとまず己の生存と五体の無事を確認して、ようやく上体を起こして周りの様子を見る。
桜は完全に散っていた。――そりゃそうなるだろうよ。
ソラは裂かれ、その向こうは赤く青く黄色い銀河が顔を覗かせていた。――なんて神秘的。
湖の上には――
「……おい?」
「なぁ、おい。ちょっと待て。
「駄目だろ。ここはまだ
――湖の上には、岸波白野が転がっていた。
栗色の髪を持つ彼女の腕はノイズが蝕んでいる。いや、腕だけじゃない。足も、下手したら既に身体の内部構造から岸波白野という存在は崩れ落ちているかもしれない。
「ギルガ――」
思わず彼女の剣を探すが、もうその魔力さえ感知できない――消えた、とでもいうつもりか。
立ち上がろうとして膝から崩れる。流石に消耗し過ぎたか、と残る魔法石を全て飲み込み、魔力を充填させてようやく足に力を入れることができた。
「あらあら……なんて我慢強い……」
耳に入れたくも無い声が聞こえた。
既に散った桜の前。
頭から流血しつつも、聖女らしい穏やかな笑みを浮かべる悪魔は、ふざけたことにまだ存在していた。
「まぁ互いに満身創痍だがな! しかし神になったといえど、これは予想外だ。流石にお前でも、あの宝具二つを捌ききれるとは思わなかったぞ」
「人類最古の最強兵器……と聞いてこちらも全力を尽くしましたわ。けれどなんでしょう、この感覚。確かに捌けはしましたが、あの力は神とは違う全く別の――」
そこで文句を言おうとして、ぐらっと頭が重くなる。
……こんなのはあんまりだ。何がいけなかった? 何を間違えた?
最大火力で、しかも世界を相手に使用する宝具だぞ? どうして相手は倒れない?
神だからか? ありえない、ありえない、ありえない――そんなのは認めない。
『……この気配、確かに彼女は神であるけれど、魂が変質している……? まるで、魔物のような……』
念話で響く声も弱々しく感じる。
ああ、そうだ。まずは岸波を起こさなくてはいけない。外装はまだ腕と足だけだ。まだ、修復できる可能性はあるかも……
「――っ、駄目だ……!」
掠れ掠れの、しかしまだ聞こえた声にホッとする。
いや、今のは岸波が精一杯、なんとか意識を保って声を上げられただけか。
大分精神にきていたのだろう、そんな声でも、彼女に触れようとした私の手はピタリと停止した。
「無理に動かなくて結構ですよ岸波さん。でも、まさかまだ生きているなんて驚きましたわ。あのサーヴァントが庇うなんて、想像もできませんでしたもの」
「庇っ……た?」
奴が庇う――そう、つまりは宝具の力を以ってしても、彼女からの攻撃を防ぎきれなかったということ。
……自分達の力が弱かったわけではない。ただ、これは単に相性が悪かったのか。
相性が悪くて――こっちが押されて、そしてこの状況。
「……なるほど、確かにあの力はギルにとっては最悪だ。でもそれだけだろう? 貴方は一体、
傍らにエルキドゥが実体化し、そう問いかける。彼も相当なダメージを受けたらしい。ひとまず立ってはいるが、歩くことは叶わない。――ノイズの侵食がないのは、礼装のおかげだろうか。
「どんな役者であろうと最後はあっさりしたものだ。まぁ、奴の場合は知能が高過ぎたのだろう――で、飲んだのかキアラ?」
「……
首を傾げるキアラ。
さぁ……さぁ、ってなんだ。英雄王はまだ存在しているのか!?
「私と彼らの宝具が衝突した瞬間……向こうの力が弱まった気がしたのです。それは、私の変化が関係しているのかもしれませんが――」
少なくとも、己の中にあのサーヴァントの気配は感じられない、と。
……ほぅ、とエルキドゥが安堵したように息を吐いた気がした。それは岸波も同様。だが、もう彼女の残り時間は――――
「悪いが、まだ動いてもらうぞランサー」
「……無論、そのつもりだよ」
やることはまだ変わっていない――非常に残念ながら。
あれだけの魔力を消費し、確かに全力を叩き込んだ。それでもなお、殺生院を破る決定的な一撃には至らなかった。
「釣り合う相手がいない……神というのも考えものですね」
神様を叩きのめす。
今度こそ、
◈
「これで最後にいたしましょう。次こそ共に、浄土へ参りましょうや――」
「断る」
即答した刹那、数千の武具が神へ向かって撃ち放たれた。
向こうからは容赦なく魔力の嵐が襲い、それを生成された盾で防ぎ、空間を埋め尽くす数の武器の雨が女へと降り注がれる。
こちらから打てる手段はもう残されていない。あとはこのまま、泥沼試合を続行するだけ。――なんて、神話らしくもない。
「ま、よくよく考えりゃあ、これ以上カッコつける必要なんてないか――」
神殺しなどそう特別なことではない。
そも、規格外のサーヴァントを従えている時点で、いちいち神話だのなんだのに拘る必要はない。
彼という存在が参加する戦いとは、どれもこれもが神話の一端に値する。
「――
神性を縛る天の鎖。
瞬時にソレへ変化を遂げたサーヴァントが、凄まじい速度でキアラの元まで辿り着き、一瞬にして締め上げる。流石に効いたか相手も苦悶の声を上げ、すかさず再開された一斉射撃により、確実なダメージを与えていく。
「“ゲルダの涙よ、心を溶かせ”」
「っ、な――!?」
少年の英霊が魔術を行使し、キアラの魔力が増幅される。
瞬間、膨大な魔力で力任せに鎖が弾かれ、空を舞いがら人型へ戻ったエルキドゥが傍らに着地した。
「驚いたね……やっぱり、階梯が違うと効果も下がるのかな」
「階梯って……あ」
エルキドゥに神話礼装はない。
唯一、ムーンセルと同格の力を手にするための装備が、彼には存在しないのだ。
英雄王との合流を待っている暇は無い。
宝具を使えるのは一度きり。しかし、まだ魔力だけなら残っている。
そして現在の最優先事項は――殺生院を、ムーンセルから引き剥がす!
「金剛界、智拳印」
印が結ばれ、精力を奪う黒い鎖が出現した。
こちらの行動が阻害され、一瞬だけ武器射出が止まり、エルキドゥの動きが完全に停止する。
その瞬間、迷うことなく正面へと踏み込んだ。
「ルツ!?」
背後で名を呼ばれる。
どちらに呼ばれたのかは分からない。もしかすると、どちらもだったのかもしれない。
だが、もう何をするかは決めた。何を背負うことになろうと――どうせ表へ行く以上、
「【shock(64)】」
破邪刀――仕舞いこんでいた、かつて使用していた武器を全力で振るう。
強化魔術を身体に施し、今一瞬の速さは通常の人間のものではなかったはず……もちろん、そんなものでキアラを打倒できうる筈も無いのだが。
振るった瞬間に刀は消滅、一瞬で己の身を魔力で編まれた糸が拘束する。下手に動けば胴体は切り刻まれ、あっさりとこれは私の身体を両断するだろう。
「勇気と無謀は違うものですよ、月成さん?」
すぐ耳元で囁かれているような女の甘い声。
この一瞬、この女の注意は完全にこちらに向いている。
そして殺生院の前では知恵あるもの、欲望を持つものでは敵わない――――
「――令呪を以って命じる」
ならば、捨ててしまえばいい。
「
ばきん、と何かが弾け、砕けた。
同時にサーヴァントへ提供していた魔力が数十、数百倍に跳ね上がり、一瞬で貯蔵魔力を全て持っていく。
『――――■■■■■■■■■■――――――ッッ!!』
ただの道具……最初から完成されているものに、サーヴァントの潜在能力、限界を超えた力を解放する礼装などない――だがそれは裏を返せば、いつでも限界など突破できるということだ。
しかしそれを行ってしまえば彼の姿は変貌し、またマスターである私も燃え尽きる。
原初のエルキドゥ。
其は、神の意に背いた者を粛清するために地上へ降り立った、一体の魔獣――
「あ、はは……」
笑う。
それはなんて最期だ、という落胆。
それでもまぁいいか、と妥協した。
指先から砕け、存在が薄れていくのを認識する。
そして視界に、最早人ではない獣の一撃が、神を討ち取った光景が映った。
勝った、という達成感を噛み締め、足が崩れたからだろう、湖へ倒れるのだと理解する。
◈
……黄金の王と魔獣が対峙している。
共に宝具をぶつけ合い、どちらが優勢だろうと劣勢だろうと、その二人は戦いを楽しんでいるようだった。
『――私はあなたを守ると誓いました。これで、全部元通りに――――』
桜の花が舞う。
ひとときの夢が終わりを告げる。
裏側での出来事は消え去り、正しいカタチに戻っていく。
そこで、私の
◈
0と1で構成された海の中。
機械的に、ムーンセルはそう告げた。
『対象名、月成ルツ。これより
――そうして、私は私ではなくなった。