――1970年 日本、冬木市にて誕生。観測開始。
――1990年 アメリカ、ニューヨークにて
――2020年 覚醒。その半年後に殺人貴と遭遇、逃亡。
――2032年 冬木市にて英霊召喚。聖杯戦争への参加資格を取得。
……聖杯戦争、三回戦にて敗退。完全な死亡を確認。
ムーンセル。
七つの階層を持つ、太陽系最古の物体。
この世に在る全てを解き明かす、
優勝賞品は聖杯の使用権。
マスターとサーヴァントは契約を交わし、最後の一組になるまで殺し合いは続く。
2032年、地上。
神秘は完全に死に絶え、地球の総人口は三分の二までに減少。
西欧財閥に招かれた人々は穏やかな日々を送り、やがて訪れる終末を受け入れていた。
「なんじゃこりゃ」
知性を取り戻し、世界を歩き回った末の結論がそれだった。
◈ 英霊召喚
「抑止の輪よりカモン! 天秤の守り手よ――!」
最後の
だがまぁ、こんな長々とした呪文らしい呪文もこの先唱える機会はほぼないだろう――という理由で、彼女自身は清々しい、成し遂げた顔をしていた。
まだ何も、始まりすらしていないというのに。
「――余に血を捧げるマスターは貴様か」
「キターッ! これはSSR? SSR級か!? なにはともあれ、ようこそ現代へ! しっかしホントに発動したなぁこの魔方陣! 実家の霊脈も捨てたモンじゃないね、つーかまだ存在してたことにビックリだがな! あっと、自己紹介が遅れました。はい、私が貴方を呼び出した張本人です! ルツって呼んでくださいね!」
「………………、…………、……騒がしい」
「殺気が痛いなぁ! あ、ちょっと待って槍突きつけないで!
挨拶の場面から早速この召喚主を串刺そうかと本気で考えかけたサーヴァントは、半ばパニック状態にあった相手の様子を見、怒りより呆れの方が勝ったのでひとまず槍を下ろす。
そして、ふと自身の周り――台座の方へ目を向けると、ある疑問が頭に浮かぶ。
「……よもや触媒なしの召喚か? なら、ここは我が領地――」
「や、ニホンっす。冬木っていう地方都市です。大分歪みはありますけど、過去何度も行われた聖杯戦争因縁の土地での召喚って運命的かなぁ、と。つーか私の出身がここなのも実に運命的だなぁ、と」
違うのか、と軽く落胆しような表情をするサーヴァント。
しかし即座に、如何にしてバーサーカーである自分――吸血鬼として顕現している自分を呼び出したのかと口を開いた。
「へ? そりゃあ魔方陣書いて、実家の地下にあった魔術書の文をまんま読んだだけですけど。ところで真名! 真名をどうかお聞かせください!!」
「……バーサーカー、ヴラド三世である――意図的なものでないのなら仕方が無い。ただし余はお前のサーヴァントであり、お前は余の家臣であることを忘れるな」
「ヴラド三世。ヴラド三世!? こりゃあとんでもないビッグネームだ! いいねぇ、てっきりもうちょいイカれた人が来るのかと思ってたけど、当たりを引いた! よろしい、それなら私が貴方の家臣でマスターです!」
心の底から楽しそうに、例えるならば憧れに目を輝かせた純粋な子供の如く――そして、野望へと一歩近づいたと言わんばかりに口元を歪ませる悪役のように、声高らかに歓喜の声を上げる召喚主。
……しかし、あくまで聞いていたのは真名の方のみだったらしい。
「んじゃあ、さっさと会場に行きましょう。舞台は地球から38万キロ離れた月! 行き方は魂を電脳空間で物質化してのアクセス! なお、帰りは聖杯を手にするまで帰れねぇという厳しい条件だ! 片道切符とはまさにこれ、途中下車は許されない!」
「……愉快な奴だ。貴様、もしや道化の類か」
「ハッハァ、酷いこと言いますねぇ! これでも元は超一流
――まぁ、やり過ぎちゃったからこうして死徒やるハメになったんですが」
◈ 予選期間 1日目 朝
よくできた世界だった。
ディテールはおろか、空気でさえも現実と同じ。
その上、あらゆるサーヴァントを128体も顕現させるなど規格外にも程がある。
『――それで? もう記憶は取り戻したのだろう? “本選”とやらには行かんのか』
「んー、平穏な日常ってのも今の時代じゃあ珍しいからなぁ。面白いのでしばらく見て回りましょうよ! ほら私、『外国からの留学生』っていう
留学生……確かにルツは日本人と外人のクオーターだという。実際、召喚時のその髪色はブロンドだった。
電脳空間にいる現在は日本人らしい髪色になっているが、果たしてムーンセルから与えられた役割と地上の外見が関係しているかは不明である。
『条件が揃っている以上、残りの時間は暇つぶしにあるのと同義か……フン、好きにせよ。ところで貴様、吸血衝動はどうなっている? まさか人形から啜るなどということはあるまいな』
「いや、魂だけになってからはあんまり感じないですよ。ま、人間の方もここで食事を取らなくても死ぬことはないらしいですけど」
『魂……待て、死徒とやらは魂がない
「えぇ、肉体にあるのは霊体の脳で取り戻した知性だけ。けど言ったでしょう? 当時、一流ウィザードだった私は
彼女がまだ人間であった時代、電脳空間での魂の物質化は徐々に理論が構築されつつあり、しかしまだ誰も成し得ていなかった。
けれども「天才」であったルツは人知れず、自分の工房内で見事にそれを実現させてしまった――のだが、天才であると同時に、彼女はまだ未熟だった。
「電脳空間を魂だけで一年くらい彷徨いました。最終的には肉体へのルートを見つけたんですけど、戻ろうとしたら
肉体が完全に死徒へ変わるまで三十年。
その間、彼女はずっと電脳世界から「もう一人の自分」の様子を眺め、今か今かと肉体へ戻る“その時”を待ち望んでいた。
『間抜けめ。己の工房の管理も出来ずによく「一流」などと言えたものだ』
「いやぁ、魔術的結界と電脳……コンピューターのセキュリティは万全だったんですけどねぇ。流石に十字架やニンニクは置いてませんでしたよ。まさにあの時の気分は、家に帰ったら家が大炎上していた! みたいな? 襲ったインパクトも絶望感もアレが人生で最高頂でした!」
さらに女は話を続ける。
遠く、古い思い出を話すように――まるで他人事のように、淡々と語っていく。
「知性を取り戻した
自由の獲得に成功した次は、三十年ぶりの世界を見て回り――そして彼女は、世が停滞しつつあることを知った。
なんてつまらない。なんて
そう感じたからこそ、彼女は――――
『成程、故にお前は「混沌」を望むと?』
「ナイスアンサー! ベストアンサー! 貴方こそナンバーワン! その通り、世界を丸ごと巻き込んでの大事件を起こさせることこそが、私の月へ来た最大の理由! 破壊の大王が降臨しようが、蜘蛛が目覚めようが、内容自体には興味ない! 重要なのは、それに対抗しようとする人類の姿勢そのものだ!」
『……停滞を回避しようと言うのなら、それを聖杯に願えば済む話ではないのか?』
「嫌だなぁ。停滞を回避してもその後、
ほう、とどこか関心したような声を零すサーヴァント。
つまり、彼の主は世界を混沌に陥れることで、無理矢理に世界を発展させようとしているということだ。
その願いは、人によっては悪にも善にも見えるモノ。
「そうだ! いっそのこと、1970年――私が生まれた年から世界をやり直させましょうかね! うん、確かその年代には大儀式が行われたとかって言ってたし……失敗するかなぁ、成功するのかなぁ。そもそも私は生まれてくるのかな? ふふ、今から楽しみですねぇ!」
『どちらにせよ、狂っているな貴様』
バーサーカーが言う台詞ではなかったが――しかし、それを聞いてただケラケラと笑うルツは、未だに彼のクラスを把握していないようだった。
◈ 予選期間 1日目 昼
『――で、なんだこれは』
「見ての通り、映画鑑賞ですよ映画鑑賞。うひょー、さあっすがムーンセル。映像のクオリティは高いのに
三階、視聴覚室。
ポップコーン片手、スクリーンに映る映像について好き勝手難癖をつける留学生。
しかし映画研究会のメンバーからは何の文句もこない――というのも当たり前。なぜならハッキングしてNPCから文句を言う機能を剥奪したのだから。
「あぁ、リアルだ。とても電脳空間とは思えないほどリアルだ! 現実よりよっぽど現実やってるなぁこの世界は! ――けど、生きてはいない。平穏過ぎて逆に気持ちが悪い!」
二階廊下。
傍から見れば「おかしなこと」を言いながら校舎を散策している留学生。
ふと端っこに取り付けてあったクラス共有ロッカーを覗き、「ありゃ、2-Aは誰かの私物置き場になってるぞ。この竹刀はタイガーのかな?」などと勝手な推測を零して見て回る。
「お、けどヒントはあるんだね。『校内での争いを禁ずる』……ハハッ、随分と物騒だなぁ!」
一階廊下。
人気のない一年生の教室を尻目に見て、廊下の先にあった用具倉庫の扉をノックする留学生。
中から物音が聞こえたものの、正直どうでもよかったので無視してその場を後にした。
「……しゃァ、ストライクッ! 元部員をナメるなよ!」
『……少々、言葉の意味を勘違いしているようだが。しかし見事な腕だ』
校庭を抜けた先の弓道場。もちろん鍵はハッキングでこじ開けた。
しかし初撃と続いて二撃目も見事、彼女は的の真ん中に矢を射てみせる。
「んー、おいしい。王様も飲みます? コンソメしるこ」
『断じて要らぬ。どうせなら血を捧げよ』
校庭のベンチ。
自販機で買ったジュースを飲みながら青い空を眺める留学生。
約束された平和な世界を眺め――やがて、空き容器と化した缶をゴミ箱へ投げ入れた。
◈ 予選期間 1日目 夕方
「…………ヒュー、フー。よし、整ってきた。いやしかしビックリだ! なんだあの姉妹!! 特に姉! アレもしかして『アンサズ』のルーンかね!?」
『ふむ、貴様の逃げ足も中々だったぞ』
「結局負けです! 負けてますよ王様! もう教会は危険区域に指定しますからね!」
見学へ立ち寄った教会から全力逃亡、誰も居ない屋上へ辿り着き、息を整えながら校内のマップデータに赤い×印を入力していくルツ。
既に外は日が暮れ始めている。夕日は綺麗だが、やはり生命は宿っていないただの背景だった。
『しかし校内を見回ってみると、中々興味深い者がいたな。貴様が言うところの真祖、というヤツが』
「臥藤クンのサーヴァントですね。あんなのを神扱いとか本当に凄まじい人だよ。ていうか本物を偽物にランクダウンとか誰得だよ! ショウジキナイワァー。けどアレがいるなら、もしや『殺人貴』も……いやいやいや、あの子は別にウィザードじゃなかったし……」
なにやら独り言をぶつぶつ呟くという主の何度も見てきた光景に、もうバーサーカーは何のツッコミも入れない。そう、あくまで独り言には。
『……む、聞きそびれていたが貴様、今は一体どういう状態なのだ?』
「へ? どういう、とは?」
『魂と肉体についてだ。器は死徒、魂は電脳体――実質、今の世には
「はは、そんなズルはしませんよ。魂と肉体はリンク済み。だから地上に残してきた身体は寝てるし、ここで死んだら真面目に死にますけど! ……それに魂だけ消えても、目的が達成できなくて肉体の方が困っちゃいますしねー。二度も三度も死にまくる気はありません」
ふざけた態度を取っているが、なんだかんだ一度死んだ経験から、この聖杯戦争には文字通り「全て」をかけて臨んでいるらしい。
「さーてと、そろそろ行きましょうか! 他のマスター達も、明日になれば少しずつ本選に進む人が出てくるでしょうし――それに、あんまり平穏だと気持ち悪くなってきます」
『やはりお前も血を求めているな。魂のみになろうと、本能には抗えぬか』
「らしいですね。けど、死徒の肉体とリンクさせてから変な侵食きてるっぽいんですよ。……購買部に輸血パックとか置いてないですかね?」
あるのなら苦労はしないだろう、という相手の言葉に同感して彼女は屋上から去っていく。
向かうは本選へ繋がる扉。
やがて、予選通過マスター1人目になる彼女の足取りは空を舞うように軽やかだった。
◈ 一回戦目 猶予期間 残り128人
「いっちばん乗りー♪」
随分と人が減った校舎の廊下。
知らされたばかりの事実を、ウィザードは嬉しそうに口にした。
『ここが本選か。しかし……とても百人以上の人間の気配は感じられないが』
「いえいえ、今の段階では別の場所で同じ校舎が七つ運営されてるんですよ。四回戦でやっと一つの校舎に集められるらしいです」
さして重要でもない知識を披露し、対戦相手の名前を確認するついでに、改めて校舎内を散策する。
「――おや、異世界への入り口かな?」
『その先はアリーナだろう。行くのは構わんが、こちらに戻って来たときは明日になる仕組みのようだ』
一階、元用具倉庫の扉前。
現在はもうその機能は失われ、代わりに
「……へぇ。それじゃあアリーナに入ったが最後、学園には戻れず、行かない限り、明日を迎えられないってわけですか。全くとんでもないシステムだなぁ!」
『なんだ、行かないのか。あそこはお前のような奴が一番好みそうな場所だろうに』
「後でまた来ますよ。でもホントに凄いなぁ。ほぼ丸一日の時間を校舎で過ごしてからアリーナに行ったらどうなるんだろう?」
『どうせムーンセルによってセラフ内の空間と時間は管理されているだろう。校内に留まるのは勝手だが、永遠が退屈なのは貴様ならよく知っているのではないか?」
「勿論です! 無意味な時間ほどつまらないものはありません。かのシェイクスピアだってこう言ってましたしね。“
……なぜ彼女がそこで有名劇作家の名言を口にするのかは不明だが、もしかするとルツは戯曲好きなのかもしれない、とサーヴァントは推測する。
そうして、最初の戦が開幕した。
◈ 二回戦目 猶予期間 残り64人
「最初の回戦ではお会いしませんでしたね。初めまして、運営AIの間桐桜です。一回戦につき一度だけ、支給品の提供を行っています。はい、どうぞ」
「わ、癒し系だ。癒し系の後輩がいる! しかし支給品は確かにありがたいんだけれど、もうちょっと欲しいところだなぁ!」
「すみません、お渡しできるのは一回戦に一度きり。また次の回戦に来てくださいね」
「なんでか君からは後輩力を感じるぞ……! 先輩って呼ばれたらもう完璧な後輩キャラだねこれ? というか間桐って……まさかあのワカ、じゃなくて、シンジクンの妹さんか何か!?」
「苗字は参加者の皆さんからランダムで頂いているので、特に関係ありません。本選では厳しい戦いが続きますけど、頑張ってくださいね」
「ところで支給品ってもうないの?」
「すみません、お渡しできるのは一回戦に一度きり。また次の回戦に来てくださいね」
「ねぇねぇ、支給品ってもうないの?」
「……え? ごめんなさい、また次の回戦でお渡しします」
「ところで支給品って」
『いい加減しろ貴様』
サーヴァントに殺気を当てられ、ようやく保健室から退室する問題児。
痺れを切らした上での行動といえど、バーサーカーの判断は正しかった。なにせ、彼女が興味を持つ物にはろくなことがないのだから。
「桜ちゃん大丈夫かなぁ。AIって言ってた割には随分と人間に近づいてるようだけど」
『……どういうことだ?』
「私が同じ質問したとき、あの子、同じ台詞を繰り返さなかったんですよ。しかも戸惑ってたし。異常はもう起きた後なのか、それともこれから起きることなのかは知りませんけど――ありゃきっと外部から何かされてるな?」
『指摘してやらんのか』
「もちろん! 面白そうだから放っておきます!」
満面の笑みで即答するルツだったが、ここで彼女が間桐桜に対しての考察をさらに深く行い、何かしらの接触を図っていたのなら、この先の未来が変わっていただろう。
しかしその時、一瞬でも完全にルツの思考を停止させてしまう人物が彼女の視界に入り込んだのは、必然と言ってもいい出来事だった。
「あっ、キアラちゃんだ」
二人のNPCを連れてトイレへ入っていく尼僧らしき者の後ろ姿。
明らかにちゃん付けする年齢の女ではないと誰もが思うのだが、そんなことをいちいちルツは気にしない。
『……魔性の気配がするな』
「王様にも分かります? あの人すごいですよー、色んな意味で。血はクッソマズイがな!」
『飲んだのか』
「はい。死徒っていうのも中々暇でして、暇つぶしに習得した暗殺拳でこう、グサッと! 彼女がいなくなった後の信者達の狂乱ぶりも凄かったですけど――やっぱりまだ生きてたかぁ」
物陰からキアラという女性が去った手洗い場を見つめるウィザード。
そして隠れながら、彼女はある
『なんだそれは』
「死徒化プログラム。
『……それは一体何の意味がある? トラップか何かなのか』
「まぁ思いつきに近いです。同姓異性を問わずに、身も心も我が物とする魔性菩薩……最後の聖人なんて呼ばれてましたけど、あれこそ人類の敵って奴ですね。けれど、彼女だって人間だ。サーヴァントなんかと対決すれば間違いなく死ぬ。――なら、
『つまり“混沌”をもたらす可能性を確実なものにする、と』
無言でサムズアップを向けてくる主の姿に、既にコレは手遅れであるという認識を改めて確認するサーヴァント。
……しかし、相手に気付かれずに術式を送ることなどできるのだろうか?
「確かに死徒化の影響――不老不死の力が魂にまで浸食してきたおかげで、魔術の腕は一流からウィザードもどきのレベルまでに成り下がりましたがね。ま、私は超一流だったので、“もどき”レベルになってもこれくらいはできます。……でも、もう少し侵食が遅れていれば、アリーナのハッキングだってできたんだけどなぁ」
残念そうに肩を落とす。
どうやら、彼女が現役の天才を苦手とする理由はこれにあるらしい。
昔が一流だったからこそ、今を輝く天才共が恨めしくて仕方がない――要は、ただの劣等コンプレックスか。
◈ 例外処理
「ギャフン」
ボロボロだった。
死んではいないものの、かなり消耗していた。
「つえー! あの金ピカつえー!! 宝具が無限のチートとか萎えるんですけど!
「……貴様はほぼ無傷ではないか。いや、余も傷自体は回復してきているが……先のアレは何だったのだ?」
「どーせムーンセルのテストプログラムですよ。帰ろ帰ろ、次の対戦相手は次期当主サマだし、さっさと休んで疲労は溜めないように」
主の方針にサーヴァントは同意し、足早にアリーナから去っていく主従。
今回――三回戦の相手は西欧財閥次期当主、レオナルド・ビスタリオ・ハーウェイ。
無論、ルツは緊張など感じていないが、相手を知るや否や闘志を燃え上がらせ、勢いで鍛錬にアリーナへ向かったのがそもそもの発端――「シミュレーション」に付き合わされることになった原因である。
世界に徹底的な管理と秩序をもたらす理想社会を作るハーウェイ。
混沌を是とし、世界を発展させようと画策する一人のウィザード。
発展に犠牲はつきものだが、停滞に犠牲は必要ない――ルツとレオの対立は必然である。
「可能性の辿り直しですか……確かに、今よりはマシな世の中になる可能性もありますが、それだと逆に人類が滅ぶ可能性も出てきてしまいますよ」
「? そりゃあ発展するなら逆境ってものはいるでしょ」
「……なるほど、思っていたより現実的な解決法のようです。ですが――可能性に希望し、しかし自らそれを潰すなど狂っていますよ」
「潰す? 何を言っているのかな君は。どんな可能性でもいいだろう、そうでもしないとこの世界はいつまで経っても進化しない」
これが彼と彼女の最後の対話だが――話の前提から間違えている。
レオは彼女の願いを「世界平和」だと解釈し、だが人類の絶滅も受け入れる在り方を理解できない。
一方のルツは彼の願いを正確に理解しているが、平和という停滞など断固拒否。
……まぁ、世界の発展を願う点は他の誰かの賛成を得られるやもしれないが、その手段があまりにも突飛過ぎる。
誰もが傷つかない、理想的な方法を見出すことができていたのなら――きっと彼女にも、多くの「理解者」ができていただろうに。
そして一人の死徒は決められた運命に従って敗れ去る。
けれど最後に、彼女は迷惑極まりない呪いを残していったのだった。
――これは、既に終わった物語。