Fate/カレイド CCC   作:時杜 境

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終章 Kaleido scope / birthday
DEAD END


 ――0と1で構成された海を漂っている。

 全てが一つになって溶けていくような感覚。

 暑くもなく寒くもない。恐ろしくもなく辛くもない。

 溺れているようで――その実、空を飛んでいるような。

 

『お帰りなさいませ、マスター。

 ここは霊子虚構世界、SE.RA.PH.に作られた仮想空間、月海原学園です。それでは規則に従い、これより貴方の価値(バリュー)をスキャンさせていただきます。

 …………確認完了。しかし記憶の一部に欠陥、魂の40%に損傷が見られます。

 対象名、月成ルツ。これより修復作業を開始します――――』

 

 電流が走った。

 それは足先から脳幹へ直接流し込むような一撃。

 刹那、身体に張り巡らされた血管や神経、果ては細胞や開いていない魔術回路を感知する。

 

「ァ――、」

 

 なにかが己の中へ読み込まれ、書き込まれていく。

 しかし合わない。これじゃない。私の記憶はこれじゃない。

 ……バチンと何かが弾けた音がした。いや、自分で流れ込んできたソレを弾いてしまったのか。

 

『書き込み失敗。対象の損傷レベルを一段階引き上げ、再試行します』

 

 ザザザザザ、と砂嵐が聞こえた。

 無理矢理に何かが書き込まれる。上書きされる。違う、違う、これじゃない。私の記憶は、魂はこれじゃない。

 

『失敗しました。元のデータと対象データを比較します。

 ――吸血種・月成ルツ。魂の構造の99.8%合致。なお、これ以上の該当データなし。

 作業を継続。なお、次回は書き込みから“上書き”へと――』

 

「ァ、ガああああああああああああああああぁぁぁぁっ!!!!」

 

 全身を串刺しにされたかのような激痛が襲い、見覚えの無い人々の顔が次々と脳裏に映る。

 これは誰だ、あれは誰だ、お前は誰だ、知らない知らない知らない知らない、知らない人ばかりの顔が映っては消えて殺してそして無に還る。

 

 どれが本当の記憶なのか分からない。

 どれが自分なのかすらも分からない。

 人生を垣間見た。

 そう、道場で鍛えられ、魔術を研究し、学校へ通い、魂だけになって、テロに遭って、死徒に襲われ、世界を歩き、地中で眠り続け、修行していたある日、目が覚めて、聖杯戦争に参加した。

 

「………………………………………………………………いや。違う」

 

 明らかに自分のものではない記憶が混ざっている。

 これは誰のものだ? 自分のものか? 自分は誰だ? 彼女は誰だ?

 ――自分と彼女は、何者だ?

 

『50%』

 

 間違いはどこだ、間違いはそこだ。

 世界、世界、世界。世界を歩いたあの日々の中。

 ユーラシア大陸を突っ切って、船に乗ってアメリカ大陸を歩き、臥藤門司と遭遇し、イラクを目指して、魔術を研究していたら……って――――?

 

『作業速度、下降しました。レベルを引き上げます』

 

「ッギ――――――ッッ!!?!?」

 

 見るな、気付くな、()()はお前だ。

 間違いなどない。ある筈がない。ムーンセルが間違えるなどありえない。間違っているのはお前の方だ――否、お前は私じゃないなら私に入ってくるな()()はお前であって私ではないのだから――!!

 

『70%』

 

 なら貴方は誰だ。私は魔術師。吸血種に成り下がってしまった今でも、混沌を望み、世界の発展を望み、彼の王を殺し損ねた脱落者。

 私はあの人の弟子だ。ただの人間。友人を失くし、退屈を嫌い、世界線を移動する確定者。

 

『85%』

 

 そう――あぁ、そうか! そういうことか!! まったくムーンセルも効率を優先し過ぎだね! 確かにゼロから作るより、既にあるものを利用した方が楽だけどさぁ――だからって、()()()()()()()()()()()()()()なんて無茶にも程がある!! だけどもう遅い。ここから貴方がどう抗おうと、こうして魂データが融合されつつある今、どうあがいても私たちは一心同体になるしかないってワケさ!!

 

「……い、嫌だ。嫌だ嫌だいやだいやだいやだいイヤダイヤダイヤだ!! ちがう、ちがうチガウ、お前は私じゃないんだ、アンタは私じゃないだ、おとなしく出て行ってくれ、お願いだから消さないで、お前なんかと一緒になるなんて真っ平ごめんだ、どうか許して――――」

 

 絶叫しようが泣き喚こうが、ムーンセルは淡々と、残酷に作業を続けていく。

 自分というモノの意識が薄れていく度――幻聴(死徒)が脳を、魂を侵してくる。

 

『90%』

 

 心外だなぁ、そこまで拒否されるとショックを受けるよ。で、許すとは誰に請うているのかな? まさか神!? けど残念! 生憎と()()()()()()()()()()()()()()()()()!! ――ま、これも「間が悪かった」と思えばいいさ。死徒の私が聖杯戦争に参加して脱落してまい、貴方はその軸に迷い込んで選択肢を間違え、僅かといえど魂を壊してしまったのが悪いのだからね!

 

「なんで、なぜ、どうして、お前が、私が、」

 

 ――言葉にならない。

 

 だからムーンセルは今もこうして勘違いを続けている。けど考えてみるとおかしいよなぁ? 私と貴方は間違いなく別人で、しかも私の方は既に死んでいるというのにさ! ――これはきっと、「裏側」とやらの出来事が無くなり、令呪が戻ってしまったからなんだろうね。だからムーンセルは貴方をまだマスターだと認めている。認めてしまった。認めてしまっているから、アナタは今こうして苦しんでいる。

 

『96%』

 

「……あ。ああ、あ、あぁぁ、あ――」

 

 そろそろ時間かな? なんにせよこれからよろしく頼むよ兄弟。でも安心していい、私は既に()()()()()。あんまり幻聴に耳を傾け過ぎると頭がイカレたおかしな野郎だと思われるぞ? あ、でも魂レベルで一緒になっちゃったから今更心配しても手遅れか! はははははハハ!!

 

『完了しました。月成ルツの魂の復元に成功。それでは表側の記録を読み込みます。

 

『月成ルツ。

 三回戦にて敗北。しかし現在、六回戦の対戦相手に一名の欠員が見られます。

 存在している令呪を参加資格と認め、貴方を表側へとお送りします。

 ――それでは、行ってらっしゃいませ』

 

 

 書き込まれた。

 上書きされた。

 そうして私は私ではなくなった。

 

 

「ガァァァア! ぁぁあああッ!! あああああああああああアアアアアッッ!!!!」

 

 

 跳ねるように飛び起きた。

 途端、地面へ落ちて転がり、カーテンを破り裂いてやっとの思いで隣の寝台の上へ転がる。呻き声を上げながら、視界に唯一差す光の方向――部屋の出口であろう扉へ力任せに身体をぶつけ、その空間からは抜け出したものの、その勢いで壁に激突したのか頭部に鋭い痛覚を味わった。

 しかしもうそれすら、いや感じるもの全てによって、自分の身体は燃え上がっているような錯覚がある。

 

 炎から逃れるように壁へすりつき、どこか涼しい所――そうだ、屋上。を、思いついて視界に映った階段を駆け上がろうとした……が、燃焼しているような痛覚に耐え切れず、思わず階段へと倒れてしまう。

 しかし起き上がることすら億劫だ、と感じてそのまま這って上を目指し、虫か動物のように無様な姿で必死に腕と足を動かして天を目指す。

 

 やがて屋上へ出ると冷たく涼しい風が吹きつけた。けれど炎がますます威力を増している――ならいっそここから飛び降りれば炎も消えるのではないかと直感し、躊躇わずにフェンスへ足をかけ、よじ登って重力に逆らわずに飛び降り――――――、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「流石にうるさいわね。死体のクセにどうしてこう元気が……あら、起きたの?」

 

 

 

 

 ◈

 

 

 

 

 魂へ直接刺さるように響く声。

 そこでやっと、自分は夢から覚めた。

 

「……あ?」

 

 瞼を開くと、見慣れない白い天井がまず見える。

 先まで感じていた身体が焼ける痛みも引いている。

 ――否。そもそも、私は飛び起きてすらいなかったのだ。

 

「どうやら終わったらしいわね。ならさっさと出ていきなさい。悶え苦しんでいる貴方の声は面白かったけれど、意識がはっきりしたならもう用済みよ」

 

 突き放すような言葉だった。

 だけど、それでハッキリと目は覚めた。

 

「貴方……だれ――」

 

「カレン・オルテンシア。後任の保険医よ、月成ルツ」

 

 銀色の髪。

 金色の瞳。

 儚げで、しかし確かに現実にいる不思議な女性がベッドの傍らに立っていた。

 

 ……ゆっくりと身体を起こす。

 痛みはない。が、まるで自分の感覚ではないような、妙な違和感が付きまとう。

 

「けど……まさかあのムーンセルが死者を再利用するなんて。運が良い、と言いたいところだけれど、今回の場合(ケース)じゃ、これもただの不運でしかなくなるのかしらね」

 

 白衣の女――カレンの言葉はすらすらと頭に入ってくる。

 その時ふと、一人の友人の顔を思い出した。

 

「……き、き、き…………っ、茶髪の女の子は……?」

 

「岸波白野のこと? 昇降口に倒れていたみたいだけど、残念ながらただの目眩だったわ。貴方も早く行って。元気な人間を見ると吐き気がするの。まだ記憶が曖昧でもそれは私には関係ないわ」

 

 アンタ本当に保健係かよ――――そう思った途端、

 

「――カレンちゃん、保健係ってより修道女ですよねぇ。なんか、全部受け入れちゃう系の。教会でパイプオルガン引いてる方が似合うと思いますよー」

 

「あら、祓われたいのかしらこの魔物。せっかく魂ごと蘇生できたんだから、もう少し神に感謝なさい。貴方に足りないのは信仰心よ、きっと」

 

「キキキ、生憎と神様ってやつは大嫌いなのさ。そもそも代行者(てんてき)共が信仰する神だってどうせ私の敵ですし」

 

 よいしょ、と起き上がる。

 身体は軽い。思考もクリアだ。

 なのに、どこかモヤモヤした感覚がある――まるでここが別世界、それか私自身が異物になっているような。

 

「看病してくれてありがとうございました。じゃあ、私はこれで」

 

「……? そう。では善い戦いを。次に来るときは半死半生の状態になってからくることね」

 

 いえっさぁー、と実に軽い調子で返しながら、寝台から降りて出口へ向かう。

 

 これから行うのは聖杯戦争――そう、聖杯戦争だ。

 令呪は二画残っている。……はて、一体どこで使ったのやら。

 多少の疑問を抱きつつ扉に手をかけ、しかし最低限の疑問は解消しておこうと口を開く。

 

「今って何回戦目でしたっけ」

 

「六回戦よ」

 

「私のサーヴァントは?」

 

「どうせバーサーカーかランサー辺りでしょう」

 

 そっかぁ、と一応納得して今度こそ外に出る。

 久し振りに見る廊下。

 いっちょ散策行ってみっかー、と伸びをして歩き出す。

 

「考えたらラッキーだなぁ。人生何回分の幸運かな? いやぁ、何があるか分かんないモンだ! ていうか欠員って何だろう。ムーンセルにもこんなことってあるのな。まぁ私には関係ないか!

 さぁーてさてさて、レッツ冒険の旅! とりあえず岸波の奴を探して……ん、誰だっけ。いいや、まずは残ってる人達に挨拶しよう! あっ、コトミー! そこな陰鬱な神父ゥ、ごきげんよーう!!」

 

 かくして月の聖杯戦争は再開される。

 ひとときの夢を終え――再利用に選ばれた一人の参加者を加えて。

 参加者の名を月成ルツ。

 魂を蘇生され、完全な復活を果たした者。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……………………………………………………本当に?

 

 

 

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