Fate/カレイド CCC   作:時杜 境

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月海原学園

「――それでさぁ、蘇生と言った割には記憶が曖昧なワケよ。憶えているキーワードがゼルレッチ、桜の樹……さっぱり意味が分からんのよこれが。あ、おかわりね」

 

「ほう。しかしムーンセルは確かにこうしてお前を再利用している。如何にしてマスター権を手に入れたかは知らんが、随分な執念ではないか」

 

「今は聖杯にかける願い云々はどうでもいいの。私が知りたいのは記憶の欠如についてなの。いや、マスター権のことについては全くと言っていいほどに心当たりゼロなんだよ。なんでか既に一画消費してるしさ……」

 

「ならばサーヴァントに直接聞けばいい話だろう。マスターとしてここに存在している以上、サーヴァントがいない筈があるまい」

 

 確かにそうなんだけど、と一旦言峰から受けた返答を反芻する。

 ――運ばれてきた激辛麻婆に手をつけながら。

 

 場所は食堂だった。

 昼だというのに私たち以外の人影はない。まぁ、現在は六回戦……残りマスターも四人しかいないのだから、いなくてもそう不思議がることではないだろう。

 今の問題は、この地獄の業火のように煮え立った麻婆の完食と記憶の欠如。

 前者は無意識下で手と口を動かしていれば解決するが、後者は己一人より他人の意見も聞いた方が情報を集めやすい。……だからといって、いきなりこの神父を相談相手に選んでしまったのは完全にこちらのミスである。

 

「追加だ店主」

 

 言峰が八杯目の皿を置く。

 

「おかわり」

 

 自分も八杯目の皿を置く。

 

 両者の食事スピードは拮抗していた。

 一度レンゲを取ったが最後、喋りながらも決して用意された水を完食するまで飲むことなく食い続ける。

 

 電脳体での食事は実際、必要ないし、いくら摂っても身体的な変化はほぼないと言っていい。

 しかし――私たちが食しているこれ、麻婆豆腐は「激辛」なのだ。

 つまりこの試合、両者共にいくらでも食べられるが、その辛さにいつまで耐えられるかという勝負でしかないワケなのだ。

 要は持久戦。

 

「サーヴァントにねぇ……けどなんでか、自室には行きたくないんだよ。行ったら避けようのない現実が待ってそうだとか、扉を開けたらアウト、みたいな直感があってさ」

 

「危機察知能力か。ふむ、確かに貴様の場合は甘く見てはいけない類のものではあろうが……しかし、行かねば分かることも分からん。そろそろ、真実とやらに目を凝らしてみてはどうだ?」

 

 追加の麻婆がやってくる。

 二人で同時にレンゲを握り、九度目の試合が開始される。

 

「真実……真実か」

 

 自身の経歴はおろか、サーヴァントに至ってはその姿も名前も思い出すことができない。

 もちろん、実物を見ればすぐに分かるだろうが――

 

「ぁああ゛あ゛あ゛ワカンネー! いっそのこと自分をハッキングして記憶を探り出そうか! つーかそんなコトできんのかぁ? いやぁ、できるできる! やればできる! 確証も根拠もないがね! ハハハハハ!!」

 

 やべぇ意味わかんねぇ。

 なんだか自分の言葉にも自信がなくなってきたぞ、大丈夫かこれ。

 いや大丈夫じゃないなー、多分ヤバい症状出てるなーこれ。

 

「電脳体はともかく、精神に異常をきたしているようだな。まぁお前の場合は、元からおかしい方ではあったと思うのだが」

 

「げぇ、そうなの? アンタに言われるとかもう末期じゃねぇのソレ。イヤだわー、思い出したくなくなってきちゃったわー」

 

「それならそれでも構わんよ。貴様の精神が不安定だろうと、ムーンセルは淡々と聖杯戦争の運営を続けていく。戦うか死ぬか――ここは、そういう場所だろう」

 

 言われて、そういえばそうだ、と思う。

 戦わなければ生きられない。何もせずに生きるという選択肢はここにはない。

 たとえ自分がここで悩みに悩んで潰れようと――所詮、そこまでだった、という結論だけで終わるのみ。

 

「カーッ! ハードだなぁムーンセル! クソ過ぎるシステムで反吐が出そうだ! だけどそれぐらいのスリルがないと面白くない! 退屈は嫌いだが面白いのは大好きだ! ……あれ、なんか矛盾してる?」

 

「ならばここで私が問うてやろう。月成ルツ、お前は殺し合いが好きか? と」

 

 殺し合い。

 殺し合いは嫌だ。だってそれは他人の命を奪う行為だ。

 だけど――それを、面白い、と感じる自分もいる。

 

「……………………もしかして私、かなりヤバいのではないかと本気で思い始めたよ」

 

「そうか」

 

 あっさりとした態度で返され、ううむ、と一人悩み始める。無論、レンゲを使う手と咀嚼する口は止めないが。

 精神の異常さは身体の異常さよりかなりヤバイ――という感覚は残っている。

 自分を「異常」だと自覚できるこの客観性も……記憶の欠如と関係しているのだろうか。

 

「――ご馳走様。意外と神父様やってて驚いたよ言峰。ありがとさん」

 

「なに、迷える子羊の悩みを聞くのも私の務め。あと少し手を伸ばせば聖杯に届く。――君に、勝利の導きがあらんことを」

 

 最後に神父は、本心からは言ってはいないであろうそんな言葉を残していった。

 

 

 ◈

 

 

「――――――――♪」

 

 かすかに覚えのあった有名な曲を口ずさみながら廊下を歩く。

 対戦相手の発表は明日だという。なので、今日は徹底的に遊―――べない。一日を終えるには、一度でもアリーナへ向かわなければならないのだ。

 

「あっ、タイガーおひさー! え、その名で呼ぶな? いいじゃないすかー、カッコいいじゃないすかタイガー! ぎゃっ、なにその竹刀。わーわー、振り回すな、そこまでにしとけよ藤村ァ!!」

 

 自分でもよく分からないノリで次々と目についた人へ声をかける。

 心の底からこの状況を楽しみ、どこか照れくさいような、妙な感覚を覚えながら。

 

「やっほぅ、一成。真・生徒会長! お役目ご苦労! 今日も眼鏡が輝いてるねぇ! 君、前から思ってたけど、主人公の親友ってポジション似合う気がするんだよ。姑っぽくネチネチした人になりそうだけどね!」

 

 余計なお世話だと怒鳴られたので足早にその場を後にし――二階へ続く階段を下る。

 二階にムーンセルから与えられた私室が存在しているのは憶えていた。

 しかし扉を開けた瞬間、今度こそ自分が抹消されてしまうような予感があった。

 

 ……いや、大丈夫。そんなことは起こらない。

 令呪がある以上、まだ消えると決まったわけではない。

 

 そう自分を励ましてから――思い切って、扉を

 

 

「よっ……とぉッ!!」

 

 

 蹴破った。

 

 ――何故このような行動に出たのか?

 ――開くのが怖いなら、蹴破れば問題はないじゃない?

 ――そんな、狂った思考で導き出した結果である。

 

 全身全霊を込めて放った蹴りは見事、マイルームの扉を打ち破った。

 ガシャンと悲惨な形にひしゃ曲げたドアが落ちる。

 果たして、その部屋の中は――――

 

 

「おかえり、マスター!」

 

 

 否、中から。

 ……緑色の物体が飛び出してきた。

 

 

 ◈

 

 

「ゴフッ!?」

 

 胴体にクリーンヒット。

 空気と胃から逆流してきそうになる麻婆を飲み込みながら、なんとかそれを受け止める。

 しかし勢いだけは殺せずに、そのまま廊下に倒れこんだ。

 

 まるでソレは、中で待ち構えていたかのように、扉が開いた途端に発射してきた。

 タイミングを計り――まさにサプラーイズ! とでも言うように。

 

「なんだか遅かったね。てっきり目が覚めたらすぐに来るものかと思っていたけれど……昼食でも取っていたのかい?」

 

「いや、あの、え――――」

 

 身体を起こし、相手はすっくと立ち上がる。

 つられて自分も上体を起こすものの、彼の姿を見た瞬間――思考が、完全に停止した。

 

 質素な貫頭衣。艶やかな長髪。

 中性的な顔立ちで、人形のような印象を与えながら、しかし今さっきの出来事で獣のような俊敏さを思わせる、そんなヒト。

 

 一体誰だったか、と考える前に、口は既にその人の「名前」を呼んでいた。

 

「……エル、キドゥ」

 

「うん、久しぶり――ということになるのかな? 君がこっちでどのくらいの時間を過ごしていたかは分からないから」

 

 英霊、という単語が思い浮かぶ。

 そう、彼は英霊だ。ならば誰かのサーヴァント――誰の? 一体誰の?

 

「待て、待て、待つんだ。そもそもヴラド三世が私のサーヴァントで、いや違う。王様はもう死んじゃったわけだから……この人はムーンセルが用意した代わりの――いや、違う、違うな。なぁ、アンタは一体どこのどいつのサーヴァントなんだ?」

 

「? おかしなことを聞くんだね。君に決まっているじゃないか――あぁ、もしかして、まだ記憶に混乱が?」

 

 そんな感じだ、と答えてから、一つ一つ、「私」を知っているであろう彼に質問を投げかけてみた。

 

「ゼルレッチは分かるか」

 

「君の師匠らしいね。魔法使いの」

 

「桜の樹の意味は」

 

「月の裏側かな? 今まで僕たちが戦ってきたところで、現在はなかったことにされている」

 

「そう、そう、そうだ、そうだった。ここは表側だけど並行世界で、私とお前は裏側へ引き込まれるときに軸を超えた。そして私は、私は、私は――何、なんだ?」

 

 自分のことを思い出そうとするとモヤがかかる。

 ゼルレッチの弟子、彼のマスターであるということは段々とはっきりしてきたのだが……どうしても、己の過去が思い出せない。

 

 いいや、過去らしき記憶はある。あるのだが、それはきっと私のものではない。

 違和感を感じさせるこれは――別の誰かの、別の自分が辿った人生だ。

 それを理解している。

 理解しているのに、どうしてもそれらが自分の過去だと思えて仕方がない――!

 

「なぁ、誰なんだ、()()()なんだよ今の私は。死徒なのか? 人間なのか? そもそも一人なのか私は? 私は一体何人いるってんだ――?」

 

「君は一人しかいないよ。全く同じ人間はこの世に二人もいない。そんなの、当たり前のことだろう?」

 

 その通り、その通りだ。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……あぁ」

 

 ――それを強く意識して、ようやく自分を取り戻す。

 月成ルツという、人格と意識を取り戻す。

 不安と恐怖で発狂寸前だった精神が、正常になっていく。

 

「……ええと。大丈夫かい、ルツ……?」

 

 心配そうに声をかけてきたサーヴァントの言葉に、僅かながらも、しっかりと頷く。

 本当の意味で大丈夫、とは言えないが、とりあえず自分が何者で、どういう状態にあるのかは把握した。

 だけど、それを深く考える前に、言っておくことがある。

 

「……ありがとう。おかげで助かった。それと――ただいま」

 

 真直ぐにエルキドゥの目を見て、自分の思考で、自分の思いを、そう伝えた。

 

 

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