「……行ったか?」
『行ったね』
良し、と安全を確認しながら廊下へ出る。
良質機材の在り処。
それ即ち、用務員室なる場所に篭り潜んでいる「ジナコ=カリギリ」の所有物。
……が、朝一で出ようとしたらエルキドゥの「気配感知」により岸波とギルガメッシュが用務員室を訪れていることが判明。
仕方なく、二人が迷宮探索に出かけるまで待機していたところである。
「しっかし……なんで今更外――表に脱出する気がない奴のところに行ったんだ?」
『向こうも気が付いたんだろうね。用務員室のマスターに強力な英霊がついていることに』
「ははぁ……そりゃそうか。貴重な戦力だしなぁ」
それは無論、私達にも該当することなのだが。
現在、向こうに言っている「協力しない理由」は「サーヴァントの不調」、である。
レオ達の認識としては、私はマスターとしてその治療法を独自で模索している――というところだろう。
いずれは折れて、
だから何も言わず、あえて待つ。
……まぁ、岸波とギルガメッシュにも対応できない問題が出てきたら、せめてバックアップとして参加命令が出されるかもしれないが。
「着いた――ここか」
『うん、間違いない』
用務員室の扉は固く閉ざされている……いや待て。鍵のプログラムが穴だらけだぞ?
『ギルだろうね……大方、強行突破でもしたんじゃない?』
だろうな、と相槌を打って、扉をノックする。
一応は初対面の相手だ。それでも慌てず、騒がず、確実に目的のものを手に入れる。
「ジナコ=カリギリ。話がある」
『……今日は随分と来客が多いっスねぇ。生徒会には少しは協力するって言ったハズなんスけど?』
「生徒会の者じゃない。私は月成ルツ。私用であんたに協力してもらいたいことがあってここに来た」
『月成ィ……? だとしてもお断りっス。これ以上ジナコさんに何をしろって言うんスか』
……その質問に、答えるのは早い。
私の目的はあくまで「ジナコが持っている機材」である。実質、ジナコには何もしてもらわなくて結構なのだが――この場合、ジナコにはしばらくコンピューターから離れろ、と言っているようなものだ。
質問に答えれば、断られる未来は不可避である。そこからの巻き返しは困難になるだろう。
というわけで――
「……打ち合わせ通りに」
『構わないけれど……本当に上手くいくのかい?』
エルキドゥの疑問はもっともである。しかし、こういうジナコのような奴は高確率で食いついて来るに違いない。
霊体化を解き、エルキドゥの姿が現れる。
人払いは済んでいるのだ。後は実行するのみ――!
「ジナコお姉ちゃん、僕達に協力してくれないかな?」
特にそこまでの感情を入れた様子はなく、ただ淡々とそう言葉を紡いだエルキドゥ。
しかし――
『お、お姉ちゃんだとぅ……! くっ……なんというあざとさ、だがそこがいい! ていうか今の誰? 男とも女とも聞き取れるっスけど……もしかして、月成さんの声真似?』
「いや? 私のサーヴァントだけど」
『なんっ……だと……ちょ、マジッスか!? くおぉ好奇心が注がれる……せめて一目だけでもお目にかかりたい――ところっスけど。まさかまさか、声だけで見た目は……なんて残念展開はないっスよね?』
「僕に性別はないよ」
『こ、これは僕っ子! いや男の娘、とみた!! き、気になる……すごく気になるっスよそこの英霊さん!?』
よし、掴みは上々。つーか声だけなのに目ざといなジナコ。
ではエルキドゥが注意を引き付けてくれている間に――
「よし――開いた。お邪魔しまーっす」
「ふわああああぁぁああ!? ちょっ、何勝手に入って来てるっスか!? ロックは!? さっき直し終えたハズなんスけどォ!?」
用務員室内に、それはいた。
蝸牛のように布団にくるまり、惰眠と惰性と駄肉をほしいままにしている人物が。
……まぁ、大体イメージしていた通りなのでそこら辺はどうでもいい。
「プログラムが穴だらけなんだよ。直した、っつっても応急処置だろ? それくらい私でも普通のハッキング……ならぬピッキングで開けられる」
「なっ……ハクノさんには効いても、あんたには効かないってワケっスか……でもでもでも! ボクはここから出ないっスよ! さっさと出て行――……?」
私に続いて入ってきたエルキドゥの姿を見てジナコが固まる。
そして僅かながら思った――どうよウチの子、と。
「――チェンジで。カルナさんとチェンジっス! 何スかこの人、この英霊! 超かっこかわいい、オールオッケーとかどこの天使ちゃん!?」
「……カルナ?」
思わず呟くと、部屋の片隅に
そして一目で分かる。
このサーヴァントはレオのガウェインと同格か、それ以上の英霊であると。
「……悪いな、俺の主人は見たとおりの生き物だ。不快な思いをさせてしまったのなら申し訳ない」
「君が謝ることじゃないよ。僕達も強引が過ぎた」
「さらっと注意された。その優しさが痛いぜ我がサーヴァントよ」
「うおぉ、なんて中性的なヴォイス……! 容姿、声共に男とも女とも取れちゃうなんてメシウマ過ぎっしょ……月成さん、チェンジしない?」
「断じて断る」
……というか、自分達は何しにここに来たんだったか。
肝心の交渉取引相手であるジナコはエルキドゥに釘付けになってるし、そのサーヴァントであるカルナも困った表情を浮かべている。
当のエルキドゥは満更でもなさそうだが。
「……して、何用だ? 生徒会の者ではないと言っていたが……」
「ナイスだ施しの英雄。さて、交渉といこうか」
私が話したのは、まずエルキドゥのステータス解放を行いたいということ。
そしてそれに必要なのがそれを行うための機材。しかし自分達の分では足りないため、しばしの間貸してほしいということ。
……大方、用意していた台詞そのままだ。
「なるほどなるほど――……って、それはつまりジナコさんへのネット禁止令ッスか!?」
「平たく言えばそうなるな」
とはいっても、別に機械そのものを持っていこうとしているわけじゃないので、本当に一時的に貸してくれるだけでいいのだ。
「そちらの事情は分かったが……お前も本来なら俺と同等のレベルを持つ英霊だろう? 制限がかかっているとはいえ、なぜ迷宮探索に協力していない?」
「……こいつはあの金ピカの王様と顔見知りでね。会ったら面倒なことになるからさ。ばったり出くわしでもしてみろ、まず間違いなくこの校舎、いや空間が消し飛ぶぞ」
「流石にそこまでのことは……いや、でもないとは言い切れないかな。エアを抜かれたらこっちも本気でいかないと対抗できないし」
「規格外っスねぇ……ところで長髪の英霊さん、会話の録音してもオッケースか?」
「やめろやめろ、英雄王の耳にでも入ったら今までの苦労が水の泡じゃねぇかよ」
ボクがそんな凡ミスするワケないじゃないっスかー! と声を荒立たせるジナコ。
そういうこと言ってる奴に限ってボロを見せるんだよ。特に岸波みたいな奴の前ではな。
「っ……じゃあ許可をくれたらボクの機械を使っていいっスよ! この交換条件でもダメっスか!?」
「どこまで必死なんだお前は」
まぁ、こんな美少女ならぬ美男子、現実じゃ到底拝めないのは確かだが。
……けど、録音だけで貸して貰えるのはこっちとしてもありがたいな。
「よし、許可はやろう。絶対声出すなよランサー」
「はっ――!? そ、そんなの不公平じゃないっスかアンタァァ――!!」
言葉の綾というものは恐ろしい。
とりあえずこれで交渉は成立したようなものなので、遠慮なく使わせてもらう。
「今回は相手の方が一枚上手だったか。しかし、ジナコの弱点を把握した上に話し合いだけで解決させるとは口が上手いな、ランサーのマスター」
「ぶっちゃけ、戦闘にならないか心配だったんだけどね。ここであんた等と戦って目的のものを手に入れても英雄王に見つかったら意味がない。でも、こっちだって少なからず『情報』を開示してやったんだ、穏便に済むならこれでいいだろ?」
サーヴァントのクラス、英雄王との関連性、現在のこちらの嘘偽りなしでの状況。
対して向こうは真名とデバイスだ。これはこれで、丁度いい着地点だろう。
「じゃ、早速お借りしまーっす。よーしよし、これなら十分……」
自室にあるものと通信を繋げ、さっそく改竄の準備に取り掛かる。
不足している分のマシンパワーはサクラメントで補い、着々と条件を完了させていき――
「良し、そこに立ってくれ。ハッキングいくぞー」
デバイスの傍らにエルキドゥが立つ。
魂のハッキング――蒼崎姉妹まで効率良くいくかどうかは分からないが、とにかく実戦あるのみ。痛みがない、というのが唯一の救いである。
改竄開始。
向上させるのは特殊スキルの「変容」。それだけ上げれば他のパラメータも連動して上昇するのだ。他のサーヴァントだったら、もっと手間がかかっていただろう。
「――――……どうよ?」
念話でそう問うてみる。
手ごたえはあった。
間違いなく、何かしらの変化はあるハズだ。
『えーと……Cから「C+」になったかな。うん、少し身軽になった感じだよ』
……………………。
…………。
「……あんま変わってなくね?」
「リソースの問題っしょ。使うならもっとつぎ込めってやつっスよ。これだから課金は嫌っスねぇ」
ジナコの仮説につい納得する。
そしてムーンセルを恨む。所詮は資金かよ神の目よォ――!!
「……ところで、月成さん。あんたゲームとかするっスか?」
「ゲーム? あぁ、携帯型ゲーム機の奴ではよく遊んだなぁ……」
「そうじゃなくて――いや、何でもないっス。その様子だとボクの思い違いっスから」
*
ひとまず、魂の改竄で向上できることが分かっただけでも収穫だと己の内の怒りを鎮める。
意味深な話題を振られはしたが、ジナコはサクラメントが溜まった暁にはまた協力してくれ、と頼むとあっさり承諾してくれた。余程エルキドゥの容姿が気に入ったと見える。
生徒会に対してエルキドゥの存在は伏せておいてくれ、と口止めはしっかり済ませ、一旦自室へ帰還。まぁ真名は伝えていないので、うっかり口を滑らせてもすぐには正体までは辿り着けまい。
――で。
用務員室から出るなり、エルキドゥは霊体化して先に拠点へと戻っていった。
迷宮から岸波とギルガメッシュが戻ってきたのである。
エルキドゥほどレベルが高いスキルの「気配感知」がなくとも、並の英霊ならば近くのサーヴァントの気配くらいは気付く。それは英雄王とて同じ。
レベルダウンの影響がどこまで及んでいるかは知らないが、念には念を入れた方がいい。
「――お金貸してください」
……購買前にて。
校舎に入ってきた岸波に開口一番そう告げられた。
曰く、「遠坂マネーイズパワーシステム」なるものによって迷宮探索を阻まれたのだとか。
道を塞ぐ門番は特別性のプログラム。レートを下げるためには入金する他なし。
だが、こちらもこちらで金銭の使い道がはっきり見えたところなのだ。故に、答えは決まっている。
「嫌だね。迷宮にはエネミーとかいるんだから、 王様のリハビリついでに稼げば――て、いうか何のリハビリだよ。無課金で倒せばいいじゃねぇかそんなの。あんた等にとってレベルが上がるイコール金稼ぎ、だろ」
「…………ッ!!!!」
返答すると、岸波の表情が何かを悟ったのかハッとなった。
……マズイ。何かのスイッチを押してしまった気がするぞ。
「ありがとう――ルツ。そうか……そんな単純なことだったのか……!!」
「え、あ、ちょい待て。死なない程度にな?」
自分でも訳のわからないアドバイスを送ると、岸波はさっさと飛び出していった。
そのやり取りを見ていた言峰が「もう手遅れだな」と面白そうに黒く笑う。
……迷宮探索も、一筋縄ではいかないようだ……