Fate/カレイド CCC   作:時杜 境

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侵食

 亡霊でも見たような顔をされた。

 

「……どのような奇手を――いいえ、そもそも貴方は一体何者ですか」

 

「しいて言うなら、死徒(ルツ)の代わりだよ。なんでも今回の回戦は欠員が出ているらしくてね、こうして再利用されているわけさ。それとも何だ? 勝てる自信がない、なんてアンタは言わないだろ? ――なぁ、レオナルド」

 

 蘇生から一日が経ち、対戦相手が発表される掲示板前で再び私たちは相まみえた。

 いずれこの世界の王となる存在。彼女が挑み、そして敗れ去ることになった相手。

 そして奇しくも、元の世界線で次に私と戦うことになっていた者。

 

「……なるほど、三回戦のミス遠坂とラニの()()()の影響ですか。確かに、欠員が出るのは必然ですが……しかし、どうして貴方が」

 

「それはムーンセルに聞いてくれ。私もいきなり叩き起こされてびっくりしている真っ最中なんだ」

 

 ――もちろん、嘘である。

 だが、裏側の出来事がなくなったことで令呪が戻っているのは分かったものの、キアラを倒した後のことはまだ聞いていないのだ。

 ランサー曰く、こちらで一度、岸波たちと合流してから全てを説明するという。

 

「なにはともあれ、よろしく頼むよ。ニセ生徒会長さん」

 

 適当に場を切り上げ、相手からすれば意味の分からないことを言って去る。

 時間帯は昼。合流場所は、わざわざ会って決めるまでもないことだ。

 

 

 ◈

 

 

(オレ)を待たせるとは良い度胸だな雑種?」

 

「ルツ……! 無事でよかった!」

 

 地下の食堂。

 そこには案の定、席に座りながらも傲慢な態度で待ち構える金髪のサーヴァントと、こちらを見るや否や安心しような表情を見せるそのマスターがいた。

 今にも決闘を行いそうな雰囲気の英雄王だが、その服装は――

 

「……えっ、なにアレ。なんで古代王が学生服着てんの? つーか妙にピッタリ合ってるのが悔しいな!?」

 

「当然だ。我は何を着ても似合ってしまうからな。しかし……フン、どうやら貴様の方も上手く和合したか」

 

「実際のところビミョーですけどねぇ。ま、とりあえず決戦パーティは揃うことができて何より!」

 

「……? ルツ、なんだか雰囲気が変わってないか?」

 

 首を傾げる岸波はひとまず置いておき、まずはカウンターで昼食の注文を済ませ、その待ち時間の間、二人が座る反対側にエルキドゥと席につく。

 聞きたいこと、説明すべきことは互いに山ほどある。最初の話題は、やはり私が消えた後のことだった。

 

「キアラが倒れた後、すぐにギルガメッシュと合流してエルキドゥと戦うことになったんだ。……正直、今思い出してもあの戦闘は凄まじいっていうレベルじゃなかったよ」

 

「僕の方はあんまり記憶に残ってないんだけどね。まったく、無茶なマスターの命令は困りものだよ。釘を刺すまでもないと思うけど、アレはもうやめて欲しいかな」

 

「やらないやらない。二度も三度も死ぬ気はないよ」

 

「まぁ我は我で愉しめたがな。AIの介入がなければ、あと三日三晩は続けられたぞ」

 

 それは流石に勘弁してくれ、と困ったように言う岸波。

 そういえばAI――桜があの出来事を「なかったこと」にしてくれたおかげで、私はこうして無理矢理にも生存できているんだよな。

 もう桜には頭が上がらないなぁ……しかし、保健室にはカレンというAIがいた。なら、彼女の存在は本当に消えてなくなってしまったのだろうか……?

 

「いや、消えてはおらん。――そら」

 

 と、ギルガメッシュが向けた視線の方向。

 なぜか岸波が「えっ」と素っ頓狂な声を上げ、思わず自分も目を向けた先――

 

「ええと、激辛麻婆を注文した方はどちらですかー?」

 

「あ、はいはーい。私――……ありゃ?」

 

 料理を運んできたNPC――間桐桜がそこにいた。

 ……これは一体どういうことか。

 

「ど、どういうことだギル!?」

 

「どうもこうも、単に役割(ロール)が保険医から店員に変わっただけだろう」

 

 慌てた様子の岸波に答えながら、ギルガメッシュは席を立って私から……否、麻婆豆腐から離れるように一つ隣りのテーブルの席へ移動した。

 そんなに麻婆が嫌か。ていうかさり気なくエルキドゥも一緒に移動しているんだが!?

 

「無論、記憶の類はもう残っていまい。そこにいるのは間桐桜の形をしたNPCだ」

 

「あぁ……まぁそうだよね、うん……」

 

 けれど、カウンターの奥へと去っていくAIの後ろ姿を見つめる岸波の顔は、まるで奇跡か何かを見ているようだった。

 ……いや、確かにこれは奇跡だ。保険医ではなくなっても、まだ彼女は存在してくれていたのだから。

 

「つまりそっちはハッピーエンドって奴かね? 私の場合はデッドなエンドだったけど。何にせよ、オメデトー」

 

 軽く拍手してやると、嬉しさでなのかぐすんと涙を零す岸波。

 ……なんだか滅茶苦茶レアな光景を見ている気がするが、それはさておき――麻婆を食おう。

 

「……マスター、少し空気が読めなくなったんじゃないかい?」

 

「ハッ! お前にゃぁ言われたくないね! 大体なんで麻婆から離れるんだよ、麻婆に罪はないだろ! 辛い匂いだけで10杯はメシいけ――や、すまん。まだ私、最高記録が九杯だったわ……」

 

「和合したとはいえ、随分人格に異変をきたしているようだが……雑種、貴様の変化はどうなっているのだ? いや、どこまで侵食は進んでいる? 直接魂に人ならざるモノの記録を上書きされたのだ、人の身で元の己の意識を保つなど容易ではなかろう」

 

 それな、と軽く返答してから麻婆を口に運び、一旦水を飲んで、今度はこちらの話をすることにした。

 

「――見ての通り、まずは味覚がおかしくなった。食っても食っても確かにこれは辛いんだが、どこかで甘味を感じる始末だ。今ならどっかで食べたドラクルディナーとやらも余裕でいけそう」

 

「成程。ところで我が宝物庫には胃を整え、味覚を一生失う霊草があるが……飲むか?」

 

「イラネ」

 

 即答して話を続ける。

 

「次に――()()、吸血衝動だ」

 

 ほう、と英雄王が目を細め、はっと岸波が息を飲み、無言でエルキドゥは顔を強張らせる。

 吸血衝動。文字通り、人間の血を求めてしまう吸血鬼の本能だ。

 もちろん彼女が死徒である以上、直接その魂を書き込まれた私が影響を受けないはずがない。

 

 だが、これはあくまでも「擬似」である。

 元々の私は不老不死でもないただの人間なので、血を飲まなくても死ぬことはない。

 それでもこれはヤバイ。少し気を抜くと吸血鬼の本能が滲み出てくるのである。

 いつかその本能に飲まれてしまうのではないか、という恐怖は――あんまり感じてない。

 

「っつーか、向こうから私に侵入してきたんだ。それなら、月成ルツ(わたし)()()()()()()()()()()()だしな」

 

 要は、私の自我がその本能、死徒(ルツ)の自我を飲み込み、完全に支配下に置くまでが大変である、というわけだ。

 しかし、そうしようにも厄介なのはここからであって――

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ! 飲み込むって……いや、そもそも吸血衝動!? ルツは完全に蘇生したわけじゃないのか!?」

 

「あ、そうか。岸波にはちゃんと説明してなかったっけ」

 

 ポン、と手を打って一から説明する。

 

 まず、この世界線の私は死徒であるということ。

 次に、ムーンセルが残っていた私を再利用して、欠員を埋めたということ。

 その修復の過程で、ムーンセルは死徒であるルツの魂を勘違いしたまま、全く関係のない私に書き込んでしまったということ。

 

 ……思い返していくとムーンセルに対する殺意が溜まっていくな。聖杯を手に入れたら、ついでに月を爆破してやろうか。

 

「……そんな。けど自我って……まさか、二重人格なのか?」

 

「いいや? 私は私だし、若干気が狂ってるらしいけど、あくまでも人格は一つだよ」

 

 ――かつて。

 かつて、元の世界で戦った相手に、二重存在の青年がいた。

 ヘンリー・ジキルとハイド。

 

 霊薬を飲むことによって善と悪の人格を入れ替えるという性質を持つ、クラス詐欺英霊。

 アサシンとバーサーカーのクラスを両立する、元々の人格だったであろうジキルは随分とその特性に苦しんでいた。

 己の内に悪魔を飼う――彼の場合は、そんな感覚だったであろう。

 

 しかし、私の場合。

 

「確かに吸血種としての侵食や奴の思考回路の影響は受けているけれど、()()()()()()()()()だよ。死徒の力は強力で、頭のネジが外れた天才野郎でも、そこまで自我自体が強いわけじゃなかったのは不幸中の幸いさ。

 こうして混ざり合い、かつ月成ルツの性質が強く出ている今、向こうの死徒が完全に私に成り代わるなんて事態はまず起こらない」

 

 別に人格を二つ保っているわけではなく、単にこれは、月成ルツの自我が死徒を圧倒しているというだけの話に過ぎない。

 やかましく喋っていようと、その言葉は全て私が思ったことが、“彼女流の伝え方”で表に出ているだけなのだ。

 

 だから二重人格ではない。

 まぁ、あえて分かりやすく言い換えるなら、私は人格の統合に成功した、ということだ。

 

「じゃあ人格に関してはこれでおしまい。次は今の状態……魂だけの、電脳体についてな」

 

 ぶっちゃけ、ここからが一番ヤバイ。

 もちろんヤバイという感覚は人間から見てのヤバイである。

 

「率直に言おう。()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「え――」

 

「月成ルツの方は絶賛記憶喪失中だってコトだ。死徒の記憶は直接修復されたからハッキリ分かるけど、地上の方の記憶はゴッソリ抜けている。ゼルレッチの弟子だとか言われても全く現実感がない。あ、でも聖杯戦争中のことや裏側のことはエルキドゥから昨日に大体聞いたよ。

 ……それでも感覚的に、サーヴァントはヴラド三世で、死んでから再利用されているという気持ちがまだ大きい」

 

 つまり、今の私はただのデータ体。

 肉体とリンクせず、自分のデータベースに接続できない状態。

 ……いや、そもそも並行世界の月の裏側とやらに侵入した時に途切れていてもおかしくはなかったのだ。

 あの時は……そう、空間の歪みを通ってギリギリ繋がれていたからまだ自己の認識ができた。

 けれど、今は情報量的に死徒の方が勝っている。しかし自分は確かに人間の月成ルツであると確信し、わずかな人間的意識を総動員して、こうして意識を保っているのだ。

 

 ……つーかぶっちゃけ、月成ルツがいたという証明であるエルキドゥ(サーヴァント)がいなければ、確実に私は死徒の記憶に飲み込まれていただろう。

 一歩間違えば廃人に。

 一歩踏み外せば狂人へ。

 この侵食は一生彼女(ルツ)と拮抗し合い、そして一生月成(わたし)を蝕む呪いである。

 

「人間的意識……ってことは、それ以外の感覚が?」

 

「あぁ、これは死徒特有の気配の感じ方なのかな。なんというか……霊感が強くなった? 的な。それと肉体の方は分からないけど、魂だけの電脳体でなら死徒らしいことができるんだぞ?」

 

 一つ試してみよう、と思い立って席から離れ、すぐ後ろの方にあった一つのテーブルを引っつかむ。――と、()()()()()()()()()()()

 

「こんな――感じッ!!」

 

 そして勢いよく――さながら野球選手の様に――向かい側の席へと放り投げた。

 ガガガガガッ!! と、尋常ではない音と共に、空を舞うテーブルが奥の席を巻き込み、そのまま壁へと激突。

 最後にガシャンと煙を発しながら耐久値を超えてしまった数個の設備が消滅していくものの、数秒でムーンセルの修復作業が始まった。

 

 まぁ、戦闘じゃないからセーフセーフ。

 

「いやアウトだろう!!」

 

「マスター……どうやら人間としての常識の範囲も狂ったようだね……」

 

「ええい埃を立てるな! 服が汚れる!」

 

 一人だけ別方向に腹を立てている気がするが、ひとまずスルー。

 そしてよくよくこの光景、この展開を考えて――……熟考して――……

 

「……うん。なんつーか、基本私の思考は狂っていると見てくれ! というか信じるな! 参考にする程度に聞いておけ!! アーユーオーケイ!?」

 

「元のルツだったら一番最初に言ってることだと思う……!」

 

 そういえばそんな人間だったか、と岸波が言う「元の私」に意識を向ける。

 先読みが得意で、慎重に物事を起こすタイプ。感情だけで動くことは少なく、いつも打算的で合理的な思考でモノを考えていた。

 

 今は……記憶が欠けていることもあるのだろうが、極めて死徒に近い思考、常識で行動を起こしている。

 それを「異常」だとまだ自覚できている部分。それが、元の月成なのだろう。

 

「まぁ、肉体とのリンクが戻れば今よりはきちんとなるさ。そんじゃご馳走様。アリーナ行こうぜエルキィー」

 

「何気に呼び方も変わってきてるね……えっと、またね。ギル、ハクノ」

 

 かなり厄介な呪いだが、私が月成ルツであったという意識を憶えている限りは大丈夫なハズ。

 

 現在は聖杯戦争六回戦目。

 さっさとアリーナで鍛え、戦いの勘を取り戻さなくては。

 なにせ今日より一週間後、常勝の王との対決が控えているのだから――

 

 

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