猶予期間、三日目。
「おはよう! いい朝だねレオ! いや正確には夕方だからこんにちはとかこんばんはの方が合ってるのかな? とりあえず私はついさっき起きたばっかりだからここはおはようを貫き通すとしよう! じゃ、改めておはようございまーす!!」
「……はい。おはようございます、月成さん」
軽く引かれている。
こいつも裏側ではかなりはっちゃけていたくせに――や、もうあの時の記憶はないんだが。
六回戦目のアリーナ、その二層で自分達は鉢合わせした。
太陽が昇り、海から地上に出たという印象の風景。アリーナがどちらかのマスターの心象風景を映しているのなら、これは間違いなくレオのものだろう。
「レオ、私はこのような者に構う必要があるとは思えないのですが」
つれないなぁ、と軽く舌打ちする。
ガウェインはあれだ、天然系真面目なのでいくらこちらが話を振っても真面目な返答しか来ないだろう。
だがボケる時も大真面目なので余計タチが悪い。
しかし、さて、どうしようかと先の展開を予想――
「とりあえずここアリーナだし、戦ってみる?」
――する前に、口が動いてしまった。
表に戻って来てからいつもこんな感じである。
考えるより身体が動く。後先考えずに真正面から突き当たっていくスタイル。
「随分と余裕があるんですね。以前は決戦日になるまで一度として顔を見ませんでしたが」
「いやぁ、私も学んだのよ。やっぱり一度は戦って相手の強さを測らないとなぁ、って」
言って、エルキドゥを実体化させる。
向こうにとっては未知のサーヴァント。アリーナでも極力姿を消していたのは、変にツッコミを入れられても面倒くさいからだった。
「……ワラキア公とは契約を切ったのですか」
こんな風に、見限ったのか、と責められているような感じは特に。
「蘇生されたのはマスターだけだからねぇ。こいつは虚数の海で見つけたからそのまま連れて来たってことさ」
超絶適当な理由を口に出す。
裏側云々についてはいちいち語っても仕方が無い。そんなことをしたところで、彼の在り方は変わらない。
「それじゃあ始めようか――カモン、敵性プログラァーム!!」
「――ッ!?」
端末のスイッチを押すと、フロアに数十、数百のエネミーが現れる。
セラフの触覚。独自に働く排除プログラム。
羽を生やした人型のソレらは、並のサーヴァント一騎では到底倒しきれるものではない。
この
……しかし、思っていたより多く呼び寄せすぎてしまった気がする。
ま、いざという時はリターンクリスタルか強制退出術式を使えばいいか。
◈
――分からない。
「サーヴァント同士の、戦いでは――!?」
「一言もサーヴァントで戦いましょうなんて言ってませーん。じゃ、どっちが多く倒せるか勝負な!」
分からない。
僕には「ルツ」という人の思考が全く読み取れない。
地上では時折、“ルーツ”という名で西欧財閥へ攻撃を仕掛けてきたウィザード。
作戦のここ一番、というところで必ず妨害をしてくる厄介な人物だった。
本名、年齢、経歴、一切不明。
ただ一つ、まこと密やかに囁かれていた噂の中には、数十年も前の人間と同じ容姿であったという都市伝説じみたもの、最後の聖人を呪い殺した張本人の可能性――と、確実な証拠や証言でもあれば、確実に指名手配を受けるであろう奇妙な話がちらほらと見受けられていた。
予選の段階では全く姿を捉えることができず、結局初めて彼女を見たのは三回戦の対戦相手発表の時。
――なんだ君か。そうか……そうか、成程。これは面白い!
歓喜と狂気が入り混じった笑み。
あえて彼女が「異常」であると感じた瞬間を挙げるのならば、僕はこの場面を選ぶだろう。
しかし逆に言えば、この時しか、僕は彼女を「異常」だと感じなかったのだ。
――人は危機的状況にないと次の段階へと進まない。進めない。戦争という手も考えたがね、それじゃあ無駄に強力な兵器が増えるだけ。なら、人類が想像もつかないような「混沌」を引き起こせば、全く違う――それこそムーンセルを作った連中のような、高次元の技術が生まれるかもしれないだろう? な、これこそ最も最適で現実的な発展方法さ!
それは違う、と人間としての常識を弁えた者達は思う。
未知の混沌? ふざけるな、今の人類がそれに滅ぼされたら元も子もないだろう、と。
なるほど確かに、と諦めて思考を放棄した者達は思う。
未知の混沌! 大歓迎だ、それならきっと世界は新しく生まれ変われるだろう、と。
十人十色、とはよく言ったもの。
善にも悪にも見えるソレは、とても歪な形である。
しかして僕は、たった一時であれど、「まぁそれもアリだろう」と考えてしまっただけ。
けれど、結局勝つのは自分なのだ。
果たして当然の勝利は訪れる。
また一人、己の願いを叶えられなかった者が消えていく。
敗者にこれ以上かける言葉はない。敗者からこれ以上聞くべき言葉はない。
彼女らにもいずれ、死という終わりが訪れる――
――は、そう、そう、そうか。これが終わりか。これで終わりか。うん、付き合ってくれてありがとう王様。世界中の誰もが貴方を化物と罵ろうと、私にはここまで付き合ってくれた貴方が英雄に見えている。とりあえずさようなら。いつか縁があれば、また。
――かくして世界は停滞する、か! いや、まだそうと決まったわけじゃない。お前が勝ち残る未来は確定していない。私は終わるが世界は続く! せいぜい頑張れ若者諸君! それではこれにて閉幕、さようなら素晴らしき我が人生! ……楽しかったよ。
そこで彼女は確実に消滅した。
完全に、綺麗さっぱり、彼女の痕跡は跡形も無く消え去った。
戦いの結果で誰かが命を落とすのは当然のこと。今回は彼女だったというだけだ。
だというのに。
「……どうしてムーンセルは、また彼女を呼び起こしたのでしょうね」
神の考えることは、よく、分からない。
今更自分が彼女に対してどう思うも何もないが、どうしてムーンセルが彼女を選んだのかは理解できない。
神の目は彼女の在り方、考え方に特別な意味を見出したのか。
ならば、それはもはや観測者である「神」ではなく――明確な、“意志”を持ってしまった「神」である。
……いいや、ムーンセルにバグは起こらない。
となれば、異常なのは――
「私はただのバグだ。イレギュラーだ。部外者だ。元々、私はこの世界にはいるはずのない存在さ。けど、確かに存在したモノが混ざったせいで、混ざったモノのおかげで、私はここにいる。それとまぁ……なんだ、縁っていうのは奇妙でな。この軸にはこいつの友達がいてよ――だから、神話の戦いってやつを再現したいと思った。
最後の言葉を言ったとき、なぜだか本来の――あれが素なのであろう――穏やかな彼女の顔を垣間見た気がした。
今の「ルツ」は以前会った時よりも大分人間らしい常識を持っていた。
魂の蘇生が影響しているのだろうか? いや、そもそも僕は、彼女が一体なんであったのかさえ知らないし――知る由もない。
◈
「傷一つつかない……ってか!」
エネミーの掃討を始めて十分は経った頃。
床から無限の射出を繰り返すエルキドゥにもまだ疲労の色は見えないが、ガウェインの方もまだまだ余力が残っているようだった。
……しかし向こうの騎士はその上、かすり傷一つ負っていない。
サー・ガウェイン卿。円卓の騎士の一人。
アーサー王が持つエクスカリバーの姉妹剣、ガラティーンを使う太陽の騎士。
また、太陽が昇っている間は力が三倍になるという「聖者の数字」なる特殊体質を持つ者だ。
かつて、彼に挑んだ死徒とそのサーヴァントはその体質の前になす術なく倒れ伏した。
しかし何の対策もできなかった、思いつかなかったわけではない。ただ単に彼女はそれを、「実行」できなかっただけなのだ。
死徒化という、一度肉体が死ぬ現象。
ウィザードの霊子技術は必ず演算、即ち脳を使った高いレベルの計算を行うものだ。
だから――一度肉体が死に、劣化した身体とリンクさせた彼女の魂はそれに侵された。
結果、本来ならできた筈のことを、できない状態になってしまったというわけである。
「――とんだ誤算だ。とんだ阿呆だな」
分かれてしまった肉体と魂を一つにし、これっきりで終わりにする?
お前は永遠に化物だ。今更取り繕ったところで何になる?
馬鹿だ、阿呆だ、滑稽だ! こんな愚か者が勝利など手にすることができる訳なかろうに!
化物になったのならそれを受け入れ、最後まで化物らしくするべきだ。
それなのに――彼女は最後の最後で自分の願望を挟み込んだのだ。
……最期には、彼女自身もそれに気がついた。
だから、それまで連れ添ってくれた彼に尊敬と感謝の念を抱き、別れを告げたのだ。
けど
私は――正真正銘の、人間だ。
「【gain_mgi】――!」
手に入れたばかりの礼装を発動させる。
付与する効果は魔力強化。これまで通りに、その魔術は作用し――
「……?」
一瞬。ほんの僅かの間。
己の魔術回路が、悲鳴を上げたような気がした。
「宝具の開帳を許します――ガウェイン」
「御意。不浄を祓いましょう」
無数に現れ続けるエネミーにとうとう痺れを切らしたか、相手の切り札が解放される。
アリーナの魔力が一点に収束し、黄金の光を放ち始める太陽の映し身。
「あ」
これ、ヤバイな。
感じ取った途端にエルキドゥの肩に担がれ、その場、その位置から離脱する。
あまりの速さに視界の風景が一瞬で乱れるが、それに驚く間もなく――光が空間を埋め尽くす。
「――――【
其はもう一振りの星の聖剣。
アーサー王が持つ聖剣と同じく、湖の乙女から授かった姉妹剣。
敵を薙ぎ払い、焼き尽くすその熱量はまさに太陽が如く。
巻き込まれていたら確実に即死だったであろう。
まぁ、あの大群の中に対戦相手である私たちが紛れていたとしても、結果的には不戦敗として向こうの勝ちと判定される。
……アレに勝つ。
太陽を撃ち落とす。
これまでの自分がこの光景を見たら、緊張と恐怖に押し潰されていたかもしれない。
――が、