Fate/カレイド CCC   作:時杜 境

62 / 74
楽園の死角

 猶予期間、五日目の出来事だった。

 

「おや、お前は確か――いや、元から死んでいたモノだったか。しかし本当に蘇生してくるとはな……別の身体でも用意してあったのか?」

 

 開口一番に殺気を叩き付けられ、思わず怯んでしまう。

 教会の姉妹、蒼崎橙子と蒼崎青子。

 この軸でも、どうやらこの二人はマスターのサポート役でいるらしい。

 

「えっと……少々ややこしい話なんですけど、まぁ一言で自己紹介させてもらうと、この世界の死徒(わたし)に魂レベルで侵食されてる並行世界の月成ルツと申します!」

 

「………………、…………あっ、あぁ~。なるほどなるほど、そういうコトね! つまり……魔法使いの誰かが関わっている!!」

 

「……並行世界から連想する名は一つしか思い浮かばんが……本当か?」

 

「記憶喪失中ですけど答えはイエス。キシュアのクソジジイの弟子やってます」

 

 数秒、場を沈黙が支配し、やがて、なんとなくは理解してくれたのか、うんうんと頷き始める青子さんと橙子さん。

 ええ、そのくらいの感覚で結構ですよ。どうせまともに説明したところで、二人には何の関係もない話ですからね。

 

「……あえて詳しくは聞くまい。で、ここに来たということは改竄の用があるんだろう。私は絶賛雑務中なんで、依頼はそっちの女に頼――待て、なんだその英霊は」

 

 エルキドゥが実体化した瞬間、若干疲れていた様子の橙子さんの眼が眠気から覚めたかのように興味を示す。

 そういえば元の世界線でもこんな風にじっくり眺めていた気がする。人形師という職は変わっていないらしいが、並行世界(ここ)では髪が赤色だ。

 

「人間の業ではないな……もしや神造か? こんな奴をサーヴァントとして認めるそっちのムーンセルは随分と気前がいいんだな」

 

「いや、制約はあったけど反則技で突破しました。そういう訳で、別に改竄の必要はもうありません。今回来たのは私の魂をハッキングして貰いたいなー、と」

 

「あぁ、侵食されてるってさっき言ってたわね。健康診断ならぬ魂診断ってコト。そりゃあできるけど――」

 

 ちら、と青子が橙子に視線を向けると、向こうは軽く両の掌を見せるのみ。好きにしろ、という意味であろう。

 

 ……そう。どちらのルツも苦手としていたこの姉妹にわざわざ会いに来たのは魂の改竄ならぬ魂の診断のため。

 一流ウィザードであった死徒の知識もある今、自分でもできることではあるのだが、他人の意見や地上に戻った時にどうなるかの予測をしておきたかったのだ。

 

「はい、データ取得完了……ってこれ、魔術回路が()()()()してるんだけど……!?」

 

「なっ――」

 

 青子さんの診断結果に絶句する。

 ほぼ全滅? 魔術回路が?

 

 魔術回路は魂に刻まれ、魔術師が体内に持つ擬似神経である。一昨日、昨日とアリーナでコードキャストを使ったが、妙な違和感があったのだ。

 これも肉体とのリンクが切れているせいだろう、と思うのは簡単でも、流石に魂の侵食を受けている身で何が起こるかなんて全く分からない。だから今日、ここに来た。

 

「……一応聞くが。侵食される前の――つまり元々の君の魔術回路は何本だった?」

 

 データを見た橙子さんにそう問われ、はていくつだったかと記憶を探る。

 しかしどうしても月成ルツ方面の記憶は出てこない。何故か魔術の才能ナシ、と言われた記憶がぼんやり浮かぶのみだ。

 

「……うーん、詳しくは分かりませんけど、魔力の操作がクッソヘタなんですよね。だから、本来ある回路もその半分しか使えてないみたいで……」

 

「まぁ宝石翁が弟子に選ぶくらいなら逸材ではあるさ。しかし――これは魔術師(メイガス)としては終わっているな。君、もう()()()()()()()()()()()()()よ」

 

「――え?」

 

 理解が追いつかなかった。

 魔術回路の大半が失われたとしても、流石にもう使えないなんてことは――

 

「いいや無理だ。魂だけ、データだけの電脳体ならともかく、肉体にもう魔術回路は通らない。なにせ魂に不純物が混ざっているんだからな」

 

 ……ここまではっきり言われると「はぁ。そうですか」とあっさり納得してしまいそうになる。

 だが橙子さんが言ったのはあくまでも旧時代の魔術師として、だ。新時代のウィザードとしての点にはまだ希望がある。

 

「ん? まぁな。ウィザードは電脳世界においての活動を主にするハッカーだ。完全に全ての魔術回路が死滅したわけでもなし、電脳世界を介して魔力を通せばコードキャストくらいは使用できるだろう」

 

「あ、あと……貴方、肉体とのリンクが切れている件は大丈夫なの? よくアイデンティティークライシスに陥っていないわね。蘇生か魔法の影響かは知らないけれど、下手したら肉体が衰弱死しちゃうわよ?」

 

 衰弱死……そうか、魂だけふよふよ漂っているということは、肉体から離れていると同義。リンクが切れた瞬間から、肉体は一種の仮死状態になっているということか。

 

「……てか、侵食(このまま)の状態で身体に戻って大丈夫なんですか? 肉体が不老不死になったときは魂の方にも影響がきたんですけど」

 

「不老不死なんて人間には過ぎたモノだ。他からエネルギーを摂取しないと肉体を維持できない程にな。影響を受けたのはおそらく、自身の肉体を維持するために、今度は肉体自身が己の魂をエネルギーとして利用しようとしたからだろう。

 だが、基本肉体は魂の固定器でしかない。故に、(なかみ)が異常を起こしても器に左程の影響はないさ。瓶に入った毒薬は器と一体にはならないだろう? それと同じだ。

 あぁ、それともさっきの魔術回路が代償といえば分かりやすいか。見たところ二重人格というわけでもなさそうだし……いや、身体に戻っても人格の変化は多少あるかもしれないがな」

 

 ほほう、と橙子さんの説明に納得する。

 確かに辻褄は合っている……と思う。だが私としては、肉体に戻っても死徒化しないことが明らかになって何よりだ。まぁ、死徒化しない代わりに魔術が一生使えなくなったわけだが。

 

「……待てよ?」

 

 今はつまり、コードキャストしか使えない――ただし電脳体は死徒レベルの身体能力を発揮可能、しかも一流としての知識はあるからウィザードとしては超万能……?

 

「倫理の破綻、先読み能力の低下、記憶喪失の真っ最中だけどね。ところで死徒ってサーヴァントより強いのかい?」

 

「ヤメロォ! なんだよお前、いつになく毒舌発揮かよ! だって仕方ないじゃん、つーかお前がサーヴァントの場合は別にそこまでの問題じゃないし! それに電脳空間で強いのはここでは凄いアドバンテージなんだぞ!!」

 

 でもまぁ、現実逃避(ポジティブ)に走りかけた思考を止めてくれたのは感謝しよう。

 調子に乗ったが最後、運命にバッサリ切り捨てられるのはお約束なのだから。

 

「……ま、電脳特化になったと考えればいいのよ。それに魂を侵食されたからといって、傍から見ればただの『感情の起伏が激しい奴』にしか見えないから安心してね」

 

 一体どこにどう安心すればいいのだろうか、という疑問はもう放っておく。今の青子さんの発言は「事情を知らなければただのうるさい奴だぞ」というただの忠告なのだから。

 

 しかし……旧時代の魔術か。つまり身体強化、魔法石の製造ができなくなったというわけだ。けれど、死徒としての運動神経、データ体だけの肉体に縛られない魔力行使――と、今の状態ではそこまでの問題にはならないハズ。

 

「なら少し礼装を見直すか……こう、アレだな。折角身体能力が高くなったんだから、武器になるやつがいいな。やっぱ刀かなぁ……」

 

「……前から思っていたけれど、どうしてそんなに刀に拘っているんだい?」

 

「そりゃあ、」

 

 ――何だっけ、と言葉に詰まる。

 確か……そう、侍の技に憧れたのが始まりではなかったか。

 佐々木小次郎。多重屈折現象(キシュアゼルレッチ)とかいう宝具級の剣技を扱う農民さん。

 ……農民ねぇ、昔の人たちの農民という括りはどこからどこまでのことを指しているのだろう。確かに現代人より戦闘力は高いだろうが、あの人も農民でいいの? マジで?

 

「刀かー……あれ、どっかで無差別級の死神も使ってたよな。シキ、っつったっけ」

 

「――――――おい。その話、詳しく」

 

 は? と振り向いた時、橙子さんにガッと両肩を掴まれる。

 まるで証拠を掴んだとばかりに期待する目。一体今の会話で何を聞いたのか。

 

「え……と。だから、どこかで死神みたいな恐ろしい(ひと)と戦ったような……って」

 

「場所はどこだ――いや、そこの英霊、戦闘記録(ログ)を見せろ。そこから辿ってやる」

 

 珍しくやる気を取り戻したのか、早速エルキドゥにハッキングを仕掛けてデータを取得していく橙子さん。

 その仕事の早さは青子さんと比較にならない。やはりこの人の方が十倍は効率よく改竄できるという話は事実だったらしく、完全に仕事を奪われた青子さんは呆れか怒りか悔しさか、それともまだ何が起こっているか認識できていないのか呆然としているままだ。

 

「……あれ、戦ったのって月の裏側だったんだよな? どうしてログが残って……」

 

「彼女と鉢合わせたのは裏側から通じた裂目だったからね。サクラが『なかった事にした』という範囲には入っていなかったのかも」

 

 あぁ、と納得すると不意に橙子さんが作業を止める。……どうやら、おおよその見当がついたらしい。

 

「……チ、想定より厄介なところに引っ掛かっているようだな。ひとまずルートはここで見つけるしかない、か……よし、礼を言うよ月成。お代は……名刺でいいか」

 

「え。え、あ、えー……?」

 

 なんだかカツアゲに遭った気分。

 伽藍の党、蒼崎橙子――人形師としての名義だろうか。

 だが別にこの人の素性が分かったところでそこまでの興味もなし、一方的にデータを取られた割には雑すぎる報酬だ。

 

「ふむ、ならばもう一つ情報をくれてやろう。

 ここまで魔術回路を破壊されてなお、魔力の消費が多い礼装を使えるのなら、それは残った魔術回路を通して無理矢理に膨大な量の魔力を引っ張ってきているということだ。肉体の縛りがなく、データだけの存在ならではの技だな。ま、あんまりやりすぎると今度こそ才能を死滅させることになるから気をつけておけ」

 

「それ一番重要なことですよねぇ!?」

 

 何故さっきは言わなかったのだ!?

 シキ、という名を出さなければ、今後も遠慮なく魔力を消費していただろう。なんという人だ、やはり安易に信用するのはやめておいた方がいいかもしれない……

 

「まぁ、何かあれば一度くらいは力になるさ。義手、義足の依頼も受け付けているからな」

 

「……えらい手の平返しですね。アンタの探してる人とは一体どういう関係なんです?」

 

「はは、魔術師という輩は弟子や身内には親身になるものなのさ。知らず知らずの内だったんだろうが、手掛かりを見つけてくれた君達には感謝する。それに、その名刺で利用されるのは別の軸の私だろうしね」

 

 それっきり、橙子さんは電子モニターに向かって、なにやら検索をかけたりどこかをハッキングしてプログラムを作成するなど、すっかり「雑務」とやらにのめり込んでしまった。

 思わず視線を向けてしまった青子さんには呆れた顔で「さっさと行きなさい」、と手をひらひらされるのみ。……まぁ、用は済んだのでここはそっと去っていくのが無難か。

 

 

 これが蒼崎姉妹との別れ。

 また彼女らに会うことがあるならば、それはろくでもないことに巻き込まれた時だろう。

 

 

 ◈

 

 

 教会の外は虹を描く噴水と綺麗に整えられた花壇の景色で彩られている。

 まるで「幻想的」という単語がそのまま具現化したようだ。

 

「とりま、アリーナだな。試練はもうクリアしたけど、あそこ行かないと明日が来ないし」

 

「そうだね。ついでに君の戦闘の勘も取り戻さないと。今のままじゃ、ハクノと当たったときは苦しいだろう」

 

「アイツのは完全に才能だろ! ぼんやりだけど、サクラ迷宮……だっけ? そこで何度も完封かましてた気がするぞ!」

 

 これまで岸波白野が生き残れてきたのは、あの戦術眼が絶対に大きく影響している。

 一般人レベルの並以下のウィザードだなんてとんでもない。本人もあまり重要視していないのだろうが、あの「眼」、あの才能はきっとレオやユリウスすら超えるだろう。

 

「――――」

 

 ふと、噴水の近くに人影を見た。

 それはいつか、廊下で目撃した白衣の男。

 こっちの世界にも存在するのか――と、思いかけたとき、

 

「…………あれ」

 

 瞬間的に、死徒(ルツ)の記憶が駆け巡る。

 魂の物質化に成功する前――まだ、学校に通っていたあの学生時代。

 同じ大学、同じ教室ですぐ隣に座っていたあの男。

 

 そう、彼が、彼こそ彼女の価値観を決定的にした――――

 

「トワイス……?」

 

 口にした名は、ただ空気に溶ける。

 昔々に出会った学友の姿は、もうそこにはいなかった。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。