トリガーは揃った。
相手の情報も十分だ。
サーヴァントの能力値にも、問題はない。
「賭けに出よう」
数時間後に決選を控えた今、私室にて最後の確認を行っていた際にそう切り出した。
「賭け?」
「あぁ、簡単にいうと普通のウィザードがやったら死ぬやつ」
「…………、マスター。そんなことを聞いて止めないサーヴァントがいるのかい?」
「黙ってやったらもっと怖いだろお前」
まぁ、怒られるのは生還したときに限られるのだが。
とにかく先に、まず、この作戦の詳細を伝えておくと決めたのだ。
「君の無茶はいつものことだったけど、自分のことは大切にしていたと思うよ。死ぬ気はないと言っているくせに、どうしてそう自分から命を危険に晒す真似ばかりしているんだい?」
「命は投げ捨てるもの」
「怒るよ」
「ごめん」
割とマジな様子で睨まれたので素直に謝る。
エルキドゥの言っていることは解る――月成ルツは確かに宝具の連続開帳だったり、ハッキングしながらの大量の魔力消費を行ったりしていた。
しかしそれらは必ず、
本当に、失敗したら死ぬ――もしくは行えば確実に死ぬ、ということはあの令呪による無理矢理な狂化以外はしていないのだ。
なのにここにきて、またそんな無茶をしようと言い出していることに、彼は憤りを覚えたのだろう。
「未知への好奇心は変わらないけれど、そこに踏み込む勇気ができてしまったのは侵食のせいかな? なんにしても、それを行う意味と君の安全性を証明する説明を聞かないと承諾できないね」
「ウィッス。じゃあ、具体的にはだな――――」
こうして夜は更けていく。
世界の王になるために生まれた彼と、それを支援する西欧財閥の理想を叩き折るための戦いは、もうすぐ開幕する。
◈
「ようこそ決戦の地へ。覚悟を決めたのなら、
恒例の台詞と共に、言峰がそこで待っていた。
私達と相対するように佇んでいるのはレオナルドとガウェイン。二人の表情は相変わらず余裕を持っているようで、しかしきちんと対等に相手を見ているらしい。
トリガーを提示し、扉が開く。
決戦場へと運ぶエレベーターは、ここでもやはり重苦しい空気を纏っていた。
「……とうとう、か」
箱の中はたった一枚の透明な壁で、二つの空間に区切られている。
ここで宝具をぶっ放したらどうなるんだろう、と何度か考えたことがあったが、きっとその先はこの箱が壊れてどちらも虚数空間に投げ出されるだけだろう、という結論に達していた。
「グッモーニン生徒会長!! 変わり映えしねぇつまらない表情のままで何よりだ! けれど正しいだけの王様はもっとつまらない! 私としては思いっきり青春を謳歌して暴走していたキャラの方がよっぽど面白かったと思うぞ!」
「……一つ質問が。なぜ僕のことを生徒会長と呼ぶのです?」
「うん? 一般の学校生活とかに興味ないの君? ま、西欧財閥の次期当主じゃない、歳相応の無邪気さなんか発揮させたら暴走間違いなしだろうけどね。それはそれで面白いケド」
会ったときから呼んでいたせいだろうか、ここにきて質問をされてしまった。
咄嗟に言い繕ったものの、誤魔化しは――いや、効いてるな。ほう、と関心しているような、想像もしていなかったと驚いているらしい。
「……考えたこともありませんでした。けど一般の学園生活、ですか……えぇ、予選の時に体験しましたが、あれはとても興味深いものでした。これを憧れ、というのですかね」
「そうだねぇ、けど王の資質はあっても生徒会長の資質はねーわよなぁ。あと、そっちの騎士サマを調理場に入れるのはやめておいた方がいい」
「調理場――? また話題が突飛ですね。確かに当時のブリテンの土地環境を考えると……その辺、いかがだったんですガウェイン?」
「食材をすり潰し、山盛りにするのが円卓流です。彼の王は無表情でクールに完食を――」
「斜め上ですね。なるほど、騎士に調理場は向かないようです」
流石に校舎を百周とは言わないものの、想像して察したのだろう、表の彼にしては珍しく笑顔でそう断じた。意味をよく分かっていないガウェインは首を傾げるのみだ。
ふむ、しかしやはり裏側でのアレが素である以上、西欧財閥の次期当主として振る舞おうとも、その片鱗は気付かない内に見え隠れしているようだ。よきかなよきかな。
「……しかしまさか、同じ人と二度戦うことになるとは。ムーンセルの意向は理解しかねますが――そちらの貴方は、どうして彼女に協力を?」
レオの問いはエルキドゥに向けられたもの。
疑問に思うのは当然だ。わざわざ
「僕は道具だからね。呼ばれたからには応えるだけだよ。それに、まだ
その言葉に、やはり相手は訝しむ素振りを見せたが、深くは追求してこなかった。
所詮、彼にとっては私も群集の中の一人でしかないのだろう。なにせ私はただ蘇っただけ、レオに一度として勝てた記録はまだないのだから。
「――どうやら、時間のようですね」
ガコン、と足場が揺れ、静かに収まっていく。
ついに辿り着いた。
起こるはずだった決戦。
既に勝敗は見えている戦争。
けれど――彼を倒さなければ、真の月の覇者と戦う資格は与えられない。
「じゃあ始めよう。どうか互いに、悔いのない闘争を」
◈
まずは百。
その上に二百。
次々と製造され、射出され続けるトップレベルの武具の数々。
だが相手は難なくそれらを打ち払い、またかすり傷一つも負っていない。
「ハ――は、ハハ」
決戦場には二つの絶対的なルールが敷かれている。
一、サーヴァントはサーヴァントにしか攻撃できない。
二、マスターは相手の主従、どちらにも攻撃可能。
加えて向こうには太陽の加護がある。決して落ちないムーンセルの太陽の下では、いくら攻撃を仕掛けようと傷を負わないガウェインはまさに最強といえるだろう。
――別に、ムーンセルも完璧というわけではないのだが。
「ははははは! すげぇなぁオイ! ならエルキドゥ、とにかく数で押し進めるぞ! 体力が尽きたときにガツンと一撃入れてやれ!!」
「無駄な足掻きを――」
降りかかる剣の雨を弾き、そして着実にこちらへと距離を詰めてくる。
一点に集中して複数の刃を向けてやれば確かに一瞬は動きを止められるが――流石は太陽の騎士。弾きながら、しかし体質により傷を負わず、迷うことなく進んできた。
生成武器の数が増加する。それでもなお、全ての品質は欠けている様子はない。
敵へ注がれた凶器の嵐。しかしそれらを、奴は充填した魔力を纏いて一斉に弾き飛ばした。
「手心は加えません」
生じた刹那の隙。
その間で相手はこちらの懐へと入り込み、そのまま彼を切り伏せる――
「強いね、君は」
聖剣の一振りを、受け止めた。
ランサーの左腕は鋭い刃に変化している。それはつまり、片手でガラティーンを止めたということ。
奇怪な光景に相手側が息を呑む。――瞬間、私はそれを実行した。
「!!」
「とった――!」
叫んだ途端、セラフの
バチバチと頭の中に火花が流れ、鼓膜が破れそうなくらいの大音量ノイズ。
しかしそれもほんの少しの間。
思ったとおり、唐突に熱は抜けていき、思考はすぐにクリアになっていく。
「――――」
闇の中、衝突する金属の音が聞こえた。
即座にエルキドゥによる渾身の一撃が叩き込まれたのだろう。これでもう、聖者の数字は使えない――!
「グッ……」
照明が再びついた時には、既にカウェイン卿はこちらから距離を取っていた。
だが、砕けた鎧の隙間からは僅かに血が滴っている。傷を、負っている。
「一気に決めろエルキドゥ! 全部持っていけぇ――――!!」
「削がれた力を令呪で補います! 焼き尽くしなさい、ガウェイン!」
大気中にマナが満ち、また向こうには魔力が渦巻き始める。
レオが一体何画消費したのかは分からない。がしかし、その熱量は以前にアリーナで見たものより格段に上のもの。
……魔術回路が悲鳴を上げる。どこからか無限に出てくる魔力が数本の管を流れ、全てがサーヴァントの力へと変換されていく。
これだから考え無しに動くのは嫌だ。全く、侵食など受けるものではない。
「【
「【
もう一振りの星の聖剣。
天地を穿ち貫く光の槍。
両者の宝具は同時に打ち放たれ、膨大な魔力の衝突が決戦場を揺るがし――
「【
「【
――そして、光が全てを覆い尽くした。
◈
決着する。
敗者と勝者を分ける壁が決戦場に現れる。
その時、壁の向こうで悠然と佇む、約束された王の姿を見た。
……指先が冷えていく感覚。
己の存在が薄れ、五感全てが失われていくその絶望。
もうここには留まれない、と魂を消去されて無へと還るこの虚無感。
「終わり、か」
ありがとう、とサーヴァントに礼を言う。
己の終焉を受け入れて、その時初めて自分の願いを悟り、付き合ってくれた彼に心からの感謝を捧げた。
もう何も残らない。
それでいい。それがいい。
元々、私は既に死んでいたモノなのだ。過去の人間が今の世を変えるなど――わざわざ、する必要さえなかったのだ。
この感想を彼にも伝えたい。
誰よりも戦争を憎み、しかし決して否定はせず、自分と同じくこの未来を認めなかった者に。
「――負ける感覚は初めてだろう、レオナルド?」
決着した。
決戦場には残った勝者と、消え往く敗者しかいない。
そして今――壁の向こうで愕然とした様子で膝をつく少年を見ている。
「……これが――敗北の、絶望……」
分かってくれて何よりだ、とは口にしない。
もう何も言わずとも、彼は全てを悟るだろう。かつて敗北した
部外者によって倒される。
既に死んだ者によって先の道が見えなくなる。
なんという理不尽。当事者である以上、騙している、という罪悪感に潰されそうになるが、しかしここで後悔すればそれこそ――彼のあるべき結末を台無しにしたことは、決して許されはしないだろう。
「私は最後まで行かせてもらう。お前は、ここまでだ」
「……なら、一つだけ問います。貴方は本当に、世界を辿り直させるつもりなんですか?」
「当然だ。……と言いたいところだけど、私はお前が前に倒した奴の代わりなんでね。世界がどうなろうと知ったこっちゃないんだ。けどまぁ、あえて挙げるなら――」
私はあくまで月成ルツとして生きる。
初めに月成がムーンセルについて聞いたときの感想は「こんなモノは間違えている」、だった。
よくよく考えれば、元の世界なら師からの課題には応えるものの、ここは別世界。
課題対象外のものならば――どうしようと、関係ない。
「じゃあな会長。アンタの作った生徒会も、結構楽しかったよ」
「――――」
一瞬だけ。
記憶が戻ったのか、それとも単なる私の勘違いか。
少年王の口が、少しだけ微笑んだような気がした。
そして最後の猶予期間が開始される。
相手は聞くまでもなく、言うまでもない、分かりきった者。
この時点では、どちらが強者か弱者かはっきりとされていない。
……全ては七日後に控える決闘の後。
月の聖杯戦争の、終わりが近づいていた。