蒼――だった。
地上というより空。
天空を模した景色が、そのアリーナには広がっていた。
「……うわ」
思わず感嘆の声が漏れる。
今の地上では滅多に見ることは無い風景。
過去に残された
……先日行った第一層は、何の面白味の無い灰色を中心としたモノだったというのに、一体どういう基準でムーンセルは仕事をしているのだろう。
しかしこれが心象風景というのなら、もしや岸波白野のものだろうか?
「いや、向こうの部分にエラー表示がある。これは貴様のものだろう」
あー、なるほど。
確かにところどころが紫空で、そこには赤い0と1の文字列がある。侵食、を表しているのだろうか。なんだか不穏。
「それでそのー……もしや自分、絶賛命の危機?」
「かもしれんな。せいぜい我の機嫌を損ねないよう気をつけるがいい、雑種」
おうち帰りたい。
ていうか何だよ、英雄王と二人きりとか胃がマッハのレベルじゃねぇよ!!
それもこれもアレだ、全部このアリーナの仕掛けのせいである。
踏み込んだ途端に足元からカチッ、って! 気がついたらサーヴァントとはぐれてるし、襲い掛かってくるエネミーは新たに手に入れた身体能力でどうにか蒔いて、やっと罠の規則性に気がつきゴール直前まで辿り着いたと思ったら英雄王とか! 英雄王とか!
なんなん? ムーンセルなんなん? これも観測の一環ですの理由じゃ済まされない、ジナコ作のぐるぐるワープよりタチ悪い仕掛けだったぞ!!
……つーかスイッチ踏んだら同時にレアエネミー出現とか誰得なの。宇宙人みたいなあの姿のモデルは一体なんなの。視覚映像の暴力か。人間単体で会ったらホラーでしかねぇんだけど!
「……まーだ迷ってんのかな。英雄王、迷子探しの宝具はないんです?」
「あったとしても必要あるまい。あやつのサーヴァントである以上、マスターのおおまかな位置は感知できている」
「……あえて迎えに行かないのは」
「それを察せぬほどに貴様の思考能力は劣化したのか?」
……ここまで辿り着いたの時の、疲弊した岸波の顔を見るためだろうか。相変わらず趣味悪いなぁ、このサーヴァント。
しっかし、この無駄にだだっ広い部屋でギンギラギンに光り輝く黄金の鎧と一緒という状況で何をすればいいのだろう。沈黙が重い、気まずいとは感じるが、実際そこまで苦には思っていないのが現状だったりする。一番恐ろしいのは、いつ英雄王が勝手に不機嫌になるかということだけだ。
しかし、おとなしくしていようという意に反して、私の口は勝手に喋り出す。
「そういえば表側にはどうやって来たんです? 裏側の出来事がなかったことになったなら、貴方と岸波の契約も切れるはずでは」
「確かにあの一件は夢となった。だが奴の戦いは真実であり、ならばこそ、ここに我がいる。表側へ顕現できぬルールは友と破壊した。まぁ、互いに四割ほどの力を失ったがな」
四割……てことは二人合わせて八割で無理矢理裏側からこっちに来たのか。
規格外同士が手を組むとイレギュラーばっかり起きる。ムーンセルに機械としてのプライドがあったなら間違いなく、真っ先にこの最強コンビを消しにくるであろう。
「貴様はどうだ。少しはその器、
唐突に。
空気が、感覚が、心臓が、思考が――停止した。
……
「ハ、我に見通せぬ
「デスヨネ」
月成ルツは、半分死んだ魂に、既に死者である
それでも、己が己を「月成ルツ」と認識していられているのは――
「――ハ」
笑う。
「ハ、は、は、ハハッ! はははははははははははははは!!」
笑う、笑う、笑う。
思わず腹をかかえて笑い転げる。
自分達が背けていた核心を思い切り突かれた。
月成ルツが忌避していた可能性をはっきり目前に出された。
あのカレンでさえ言わなかったというのに――もうこれは、笑うしかない。
「
「いやぁ、
「しっかり地が出てきているではないか屍。だがその醜悪な魂、これ以上我の前で見せるのならば二人まとめてこの世から消し去るぞ」
隣りから殺気を感じた瞬間、黄金から距離を取る。
身体は軽い。死徒としての運動能力が影響しているのかもしれないが、しかしずっと堪えていた精神への負担が一瞬で消え去ったことが一番大きいであろう。――それでも地を蹴った瞬間、十に満たない数の刃が腕と頬を掠めていったが。
「無闇に人は殺さないんじゃないでしたっけ?」
「ならば問おう。貴様は人か?」
半分は、と答えて次の攻撃に備える。
使える武器は忠実に再現された神刀一本と己が身体能力。
ただ凌ぐだけでいい。こんなところで完全に終わるのは流石にもったいない。
「ま、貴方が私を殺すのは当然か。ハハッ、狭間でやった戦闘の続きとでもいきます?」
「たわけ、貴様との決着ならば既に着いている――まぁ、月成として戦うのならば話は別だがな!」
射出された刃の雨から身を翻し、駆ける。
向かってくる一つ一つが人類の秘宝。それらを湯水の如く敵へと降り注がせる最古の王。
相手にとって不足などある筈がない。むしろ、初めて対面した時にかけられた言葉の如く――――
◈ 例外処理
「金ピカだー!?」
第一声からそれだった。
二回戦を勝ち抜き、しかし三回戦の相手を知るや否や闘志を燃え上がらせ、勢いでアリーナを探索、
「すごい、すごいぞ、初見で王様と分かるカリスマオーラ!! でもきっとこれ、呪いのレベルに足踏み入れちゃってるな!? 時代は西暦以前か? こんな規格外も再現するとかムーンセル様様ですなぁ! さァーて、油断したらここで殺されちゃますよ王様!」
「素直にバーサーカーと呼べ」
あれ、王様バーサーカーだったんですか? と今更にも程がある事実を知るルツ。
そんな様子の二人を――否、騒ぎまくっている方を見て、相対している無個性なマスターが呆けたように口を開く。
「え……る、ルツ?」
「む――あぁ、そういうことか。白野よ、アレはお前の知る月成ではない」
黄金のサーヴァントの言葉で、ひとまず平静を保つ白野と呼ばれた少女。
一方でルツは二人の話している内容に興味は示していないものの、受ける印象が間逆という奇妙な主従に関心を持ち始めていた。
「やっぱり聖杯戦争はおかしな奴等ばっかり参戦してて楽しいなぁ! ――で、貴方は一体何を見せてくれるのかな? 出身は、年齢は、願望は? 冷めた目で見るなよ、君みたいな奴は目の前のことを愉しんでいかないと損するだけだぜ?」
「フン、世界は違えどその観察眼は健在か。しかしまさか、人類史を否定するモノが人類史を肯定する我らを従えるとはな。そやつに仕える心地はどうだ、災禍の化身よ?」
「……さて。確かに余はこやつのサーヴァントではあるが、こやつは余の臣下である。主従と呼ぶには相応しくなかろう、裁定者?」
ワーォ、なんだか緊迫した雰囲気になってるなぁ、などと呑気にしている怪異一匹。
そんな彼女の興味対象は既に黄金の王から、その王と共にいるマスターになっていた。
「……NPC? へぇ、ムーンセルのシミュレーション空間みたいなトコですかね?
――ま、いいや。とりあえず
「よかろう」
「ッ!?」
瞬間、バーサーカーが地に槍を突き立てたかと思うと、そこを起点に赤黒い針のようなものが一直線に黄金の王へ向けて出現する。
しかしそれらは金色の揺らぎから射出された宝具たちによってあっさりと薙ぎ払われ――次いで、王へ刃向かう不敬者に武具の嵐を叩きつけた。
「ヒュウ、なにアレすごい!! 全部宝具かねアレ!? けど財をまんま敵に投げつけるとか何のクラスかさっぱり分からんぞー!」
「たわけ、凡百の英霊と我を一緒にするな。我にクラスなどない!」
「しいて言うならゴージャスのサーヴァントじゃないかな……」
なにそれ新しい、と関心しながらも一応マスターであるルツは、後方支援としてバーサーカーの補助をする。発動した礼装効果は――筋力強化。
「打ち払えぇ! 薙ぎ払えぇ!! 頑張れ王様ー!」
「闇の時間である――血の晩餐である」
噛み合っているようで微妙にズレてないかあの主従、と思いながら岸波の方も己のサーヴァントへとコードキャストを使う。
バーサーカーも剣の雨を迎撃しながら着実に黄金への距離を詰め、その力を存分に振るっている。
両者接触の時まであと一息。
その中で、突如ルツの背後に黄金の揺らぎが出現した。
「――――」
彼女は反応しない。振り向きすらしない。
一方のサーヴァントも現在は眼前の敵へ向かっており、マスターの危機に気付きもしない。
最初に目撃した岸波が息を呑んだ途端――無慈悲に、その射出は行われた。
「おっと、これは中々上質なものと見た」
彼女に向かった刃はたった五つ。
しかし人間が触れれば一たまりもない代物ばかり。それでも彼女を射抜いたそれらは――否、
「やはり効かぬか……が、良い。これはこれで楽しめそうだぞ雑種!」
「し、品定めのためにわざわざ――!?」
「……小賢しい」
黄金の王へ槍を振るう直前、一瞬で己を取り囲んだ宝具の嵐から霧状になって一時離脱するバーサーカー。「吸血鬼」として現界している今の彼には少々それらしい特殊な能力が付加されているらしい。
……死徒とは、人類史を否定するモノ。
人が作った宝具、神が人に作った宝具の大半は彼らには効かない。
しかし今回の場合、使用者が英霊本人であり宝具そのものが特別製であったからだろう、本来なら砕け散っているところを、ただ地に伏せるまでしか彼女は「否定」できなかった。
「ヘイ王様! あ、こっちの王様ね! 私の方は気にせずガンガン行ってね! さぁさぁ
「油断するなと先に言ったのは貴様であろう……まぁよい。捧げよその血、その命を」
「面白い。戦えることを光栄に思えよ、雑種――!」
――かくして、ここに狭間の戦いは繰り広げられた。
◈
――あ。そうか、この王様、今の状況が滅茶苦茶楽しいんだ。
そう気付いたのは、四度目に攻撃を防がれた時だった。
神秘を帯びた刃が空を薙ぎ、危うく背後からの射撃で吹き飛ばされそうになる。
その衝撃を死徒の身体能力で無理矢理に殺し、再び襲い掛かってくる武具の嵐の中を縫うように駆け抜け――そして、頬を掠めかけた一撃を全力で回避する。……おかげで細い剣が見事左足に突き刺さったものの、回避した得物よりはまだマシだ。まぁそれでも、
「痛ッテェェェッ!! クソ痛ェ、焼かれる――いや、
「我はともかく我の財を侮るなよ。聖なるものの息がかかった宝具などいくらでもあるぞ? ――しかし、半人間になった影響で『否定』すらできなくなったか。劣化したな、吸血種」
「言ってろ慢心王!」
大体、魂を占領したといえど、器が人間であるのには変わらない。
確かに魂は占領したと言っても過言ではない。が、まだ元々あった精神とその器が抗っている――「ルツ」という死徒を拒絶している。
受け入れなければ死ぬだけだというのに、我ながら見上げた根性だ。
「――ッガアアアアァァ!!」
休む暇なく、上空から放たれた刃の雨。
躊躇無く足の剣を引き抜き、全速力で突っ走る。足は言わずもがな、手の平も剣を掴んだ時にジュワッという音と共に焼かれたが、まだどちらも我慢はできるレベルである。
ただし毒剣、テメーはダメだ。
「毒とか卑怯じゃないですかねぇ!?」
「どうした、動きが鈍っているぞ雑種!」
鬼かコイツ。
というかこっちの言動を完全に肴にしてやがる。
そも、月成ルツと死徒側の思考がミックスしている今、動きが鈍ってしまうのは当然なのだ。
まぁ、この王様の理不尽さ、傲慢さは今に始まったことじゃない。
――しかしここまで
殺されるかもしれない、などと怯えていた
今生にて己が認めたマスター、その上生前の唯一の友もいる。彼が有頂天にならない筈がない。
つまり私に殺意を向けるときは、せいぜい「生きてはいる」状態にされるだけ。……それでもろくな状態ではないだろうが。
「来たな」
追撃してくる剣の群れを迎撃し、果たしてついに五度目のチャンスが到来する。
財宝の入り口が自分を狙って四方八方に開くその一瞬。
そこで身体能力をフルに使って地獄の門を突破した。
「至ったぞ――――」
黄金は眼前に在る。
「――甘いわ」
鎖の顕現。
蛇のようにうねり、持ち主の敵である自分へと突入してくる白銀。
一秒の後には捕縛されているだろう――ざけんな、王手直前で敗れ去るなんて最終決戦でやるもんだろが……!
◈
「 」
◈
「――ぁ、」
ぐらりと脳が揺れた。
おかげで鎖に捕まったという錯覚が起きるものの、未だ手足は自由の身。
そして手の内にあるのは神刀ではなく、先ほど足から引き抜いた剣のみ。
当の私は、
そうして一瞬で死徒は悟る。
今の刹那、人間の己に主導権が奪われていたことを。
「――――……ッ」
だが、王の首は落ちなかった。
……刃自体は首のすぐ近くに迫っている。数センチも動けば傷をつけることはできるだろう。
しかしそれは、
『警告。規定に従い戦闘を強制終了します』
「……フン、自我を保っていられる位の余裕はあるか。命拾いしたな、怪異よ」
若干つまらなさそうにそうギルガメッシュが呟き、ふっと背に突きつけられていたのであろう刃の気配が失せる。……なんだ、首を落とした瞬間に自分も殺されてたんじゃないか。
手の平を文字通り焦がしてくる剣を離し、緊張も解けて膝から崩れ落ちる。
襲って来る敗北の虚しさと悔しさ。そして生き延びるという当初の目的達成に安堵する歓喜の感情。
それらから逃げるようにふと、視線を床下の底へ向け――
「…………なんだ、これ」
その向こうには「闇」があった。
アリーナの上空にある透き通るような蒼ではない、紫色のエラーさえ通り越した虚無の闇。
――なんだ。とっくにこの身体は、手遅れだったらしい。
「認識したか。全く、境界線があやふやなのは面倒だな。思考回路までも混ざっているなど、よくもまぁ今の人格が崩壊しないものだ」
「……褒めてんのか、それ?」
適当に言いながら顔を上げると、そこには先ほどかわした天の鎖――それにガッチリと捕らえている神刀があった。
……主導権が無くなったあの一瞬、
「いくら神性の高いものに強いといっても神刀には釣られん。これはムーンセル以外の外部からの邪魔があっただけのことよ――そら」
英雄王が愉しそうに目を向けた先、フロアの入り口付近には顔が青ざめた岸波と、怖いほどニコニコしているエルキドゥの姿があった。
……なるほど、若干彼の手に鎖が巻きついているところを見るに、サーヴァントらしくマスターの危機を救っていてくれていたらしい――それでも、この後に一波乱ありそうな予感は拭えないが。
けれどあの二人を見て漸く、どこか麻痺していた部分が戻って来たような気がした。
……とりあえずまぁ、今からでも何かこちらの言い分を考えておくとしよう。