Fate/カレイド CCC   作:時杜 境

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Fourth day

――Have a nice day.

 

 

 

 ――弓を、構える。

 

 狙いは当然的の中心。

 弦につがえた矢は水平。

 シンと静まり返る射場内には今、ギリギリと弓矢の軋む音だけが鳴っていた。

 

「――――」

 

 指が解放した直後、矢が風を斬るように一直線に飛び出していく。

 的へ至るまでの28mという距離は瞬間的にゼロにされ、果たして(やじり)の刺さった場所は――

 

「……何故、だ。何故、何故、何故! どうして(あた)らないんだよ! もう十射目だぞ、掠りもしないってどういうことなんだよォ抑止力!?」

 

「必ず射る直前に狙いがブレるね……これも『侵食』というのが関係しているのかな?」

 

 冷静に分析してくれるエルキドゥのコメントはもはや皮肉にしか聞こえなかった。

 放った矢は目標である的を大きく外れて安土へと突き刺さっている――おかしい、構えていた時は確かに的を狙っていたハズなのだが。

 しかしまぁ、この場所にアーチャー適性を持つであろうあの王様がいなかったのは不幸中の幸いか。

 

 決戦開幕まであと三日。

 英雄王との衝突から翌日、私たちは月海原学園を存分に満喫していた。

 

 

 ◈

 

 

 怒られた。

 超怒られた。

 

 というか、実際は真っ青な岸波からの謝罪と、エルキドゥによる無表情での毒舌祭りだ。特に後者は聞いているだけでキリキリと胃が痛んでくる。奴は本気で「無」になると、言葉にできないプレッシャーを放ち始めるのだ。

 そして別に怒っても呆れてもいないという心底から取る姿勢がさらに人間の罪悪感を煽る。これならいっそ怒鳴り散らされた方がまだマシだった。

 

「いや反省はしてるぞ? 念話(れんらく)もなしに、単身でサーヴァントに挑むとか考えが足りなさすぎ、っていうかね? つーかそういう風になった影響は全部死徒側が悪いからな。月成さん悪くなーい悪くなーい」

 

「持ってると蒸発する剣をそのまま使った判断はきっと君の方だと思うけどね? 結果的には助かったんだろうけれど、全体的な脳の働きが低下しちゃったのは……少し、困るよね」

 

「おうエルキ、その言い方はあれだぞ。意訳すると『馬鹿になったね』って言っているようなモンだぞ。これはもう(ルツ)の性質だから諦めろ」

 

「性質、性質かぁ……そうか、それなら仕方なモガッ――もぐもぐもぐ、なんだいこれ?」

 

「焼きそばパン」

 

 へぇ、と言いながらいきなり口に突っ込まれたものを黙々と食す意志持つ兵器。

 場所は屋上ということもあって吹いてくる風が気持ちいい。そして貯水槽が設置されている一番高い場所いうのも合わさり、作り物とはいえど景色は最上だ。

 

「今日は問答無用で休養日だなー……いやアリーナ行かないと日は昇らないんだけど」

 

「丸一日無駄にしない、というところは実にムーンセルらしいね。けど今日ばかりは身体を休めた方がいい。昨日、魔術を行使しなかったといえど、負担がゼロだったわけじゃないだろう?」

 

 エルキドゥの言葉にうむ、と首を縦に振りながら、自分用の焼きそばパンの袋を開ける。

 

「端的に言うと頭痛がする。侵食の影響だろうけど、これは死徒の身体能力のフル活動の影響だな。ま、筋肉痛みたいなもんだ」

 

 肉体には基本、意志というものがない。

 例のシキという少女はまた事情が違うのだろうが、肉体は所詮「器」だ。魔術世界においては魂と精神を入れ、この世に留めておくための固定装置でしかない。

 

 だが、突然一般人が人間離れした動きをすればどうなるか。

 答えは明白、そもそも死徒の運動能力が付与された上に全力で使うなどと、器が持つはずがねぇのである。

 

「……よし。今日は遊ぶぞー、遊び尽くすぞー! ……なんか『学校で遊ぶ』って言うのも久しぶりだな。そういえばこの校舎にはプールが……あ、ダメだ。死徒の方が泳げないから多分無理だ」

 

 やはり侵食は悪い文明。

 霊子世界といえど、ここまで環境が整えられた学舎は今の地上にはハーウェイが管理する地域くらいにしかない。まぁ私の学生時代や死徒の生前には、現実世界にもそんな学び舎はまだ僅かに残ってはいたが――

 

「……そうだ」

 

 そこまで思い出すと同時、本日行う学校巡りのテーマが決まった。 

 

 

 ◈

 

 

 ――かくして現在に至る。

 

 テーマは無論、「記憶辿り」だ。

 己に混ざってきた死徒は、予選期間にそりゃあもう好き勝手に学園内を遊び歩いていた。

 映画を見、独り言を言いながら廊下を歩き、無断で矢を射って、一休みに実に微妙なチョイスの飲料を摂取する。そして教会に行って浄化されかけた。

 奴は確かに天才だったが、ドジっ子系天才であった。残念過ぎにも程がある。

 

「これにて映画鑑賞終了! しかしまさか、」

 

 一人の料理人が海賊要塞に挑み、開始五分で要塞地下に封印されていたクラーケンが暴走。その信号を受け取ってリヴァイアサンやヒュドラまで出てくる怪物同士の大決戦が始まり、挙げ句には日本に伝わる妖怪枠である河童や海坊主まで出てくる始末。

 だがしかし、主要人物である料理人と海賊の船長……なぜか兼、海賊の料理長を務める男と男の料理勝負が要塞中心部にて行われ、人間の誰もが外の異常に気がつかぬままに勝負は佳境を迎えた。なお、その間実に三十分。

 

「うん……けれど、」

 

 怪物大決戦の最中、とうとう急所らしきコア? を突かれて絶体絶命に陥るクラーケン。だがしかし彼は生存を諦めなかった……さらに強力な信号を発して宇宙の彼方から捕食遊星なるものを呼び寄せ、星ごと天敵を壊滅させようなどという本末転倒な展開。強ければなんでもいい、ってワケじゃないんだぞという視聴者のツッコミも吹き飛ばして、ついに料理人の恋人(今作のヒロイン。主人公の幼馴染)が、外の異常に気が付いて料理勝負決着直後に危険を皆に知らせることになる。

 

「でもって――」

 

 互いに料理を通じて固い絆で結ばれた料理人と料理長。海賊たちと一致団結し、要塞の全ての能力を結集させた砲撃で遊星を打ち落とす作戦を立てる。だが――そんな中でついにヒロインの正体が判明、実はかつてのクラーケンの主、セイレーンだったのだ……!

 幼馴染の真の姿に驚愕を隠せない主人公。今更かよ、という視聴者のツッコミも追いつかず、彼女は自分の能力を使って何故かシロナガスクジラを召喚。ホントになんでクジラ?

 

「つまりだ、」

 

 最終的に、ヒロインがシロナガスクジラと融合し巨大な人魚となることで怪物たちを圧倒。さらに要塞の砲撃で砕ききれなかった遊星を彼女一人で打ち倒し――画面が白く染まった一瞬のカットの後、スクリーンに映し出されたのは怪物たちを料理にして和気藹々とパーティを開催する主人公たちの姿。そしてどういうわけかセイレーンであるヒロインも普通の人間になって一緒に味方のハズだったシロナガスクジラを刺身にして食っていた。

 

「実に――なんというべきか、人間と自然をテーマにした話……だった、よね……?」

 

「画面の質は最高だったんだけどなぁ……その分、ストーリーがB級というかそれ以下というか……」

 

 思いつきと勢いだけで完結された清々しい映画だった。

 謎の疾走感とはまさにこれ、視聴者が現状を飲み込む前にサクサクと話が進んでいつの間にかエンディングを迎えてしまっていた、というパターンである。

 

 つーか捕食遊星ってなんだ。

 

 

 ◈

 

 

 校庭で発見した漫画雑誌を読み漁り、気の向くままに校内を歩き、教室の黒板に無意味な落書きを残しながら時間だけが過ぎていく。

 月の聖杯戦争の歴史上、戦いの真っ只中でここまで暇を持て余した参加者がいただろうか。

 まぁ前例はある。当時は予選中であったが、死徒のルツ(このわたし)だ。

 

「あ、黒幕っぽい雰囲気に定評のあるコトミーだ。おひさー」

 

 夕日に照らされていた二階廊下に黒い影が立っていた。

 “裏側”とやらでは購買の店先に立ち、表に戻ってから二番目にまともに話したNPC。

 岸波ならばここで身構えもしただろうか、しかし共に麻婆豆腐を食した経験のある私は至ってフランクに声をかける。

 

「……そろそろ“崩れている”頃合かと思ったが。蘇生を果たしてからお前は随分しぶといモノに生まれ変わったようだな」

 

「おや? その口ぶりからするとこちらの件はお見通し? けどムーンセルには報告しないでくれよ、ここで強制退場なんてオチがついたら情けないにも程があるからな」

 

「さて、なんのことやら。私がどうしようとムーンセルは君を観測し、記録するのみ。現在が一瞬のバグであったとしても、その令呪がある限り君は聖杯戦争のシステムからは逃れられない運命だ」

 

 なんだこの神父、確信犯か。

 すこぶる他人の不幸が好きな人間をモデルにされているらしい。改めて奴が聖杯戦争の参加者ではないことを世界に感謝する。

 

「それで、なんだい。こんなところで黄昏れてるなんてらしくないぞ」

 

「いや――なに、途中参加だったとはいえ()はあの世界の王さえ打倒した。要因は諸説あるのだろうが……」

 

 そこで一旦、神父は眼を閉じてから首を振り、

 

「ともあれ、決戦の場へようこそ、マスター。悲願を叶える願望器を間近にした実感はあるかね?」

 

 悲願、という単語を聞いて意識の底に沈んでいるモノが身じろぎしたような錯覚を覚える。

 

 ムーンセルという聖杯を解体する――それが今の私の望み、というやつだ。

 なぜならそれは、私が生きようと決めた「自分」が願ったことだから。

 

「あぁ、まぁな。私はあくまで今の自分を貫くとするよ。ま、使い物にならなくする前に、私欲を一つ二つは叶えるかもしれないけど」

 

「それなら結構。私の助言も無駄にならずに済んだようで何よりだ。

 ――せいぜい、決戦場は壊さないよう気をつけて戦って欲しいものだな」

 

 己の持ち場へと戻ったのだろう、次の瞬間にはもう言峰の姿はなかった。

 しかし最後の最後までこちらを煽ることを忘れない最悪の神父であった。岸波が相手ならばもう少し対応も変わっていたのだろうか? 可能性への興味は尽きない。

 

 ……窓の向こうでは夕日が光っている。

 このまま待っていても夜は来ない。アリーナへ行かなければ、霊子虚構世界の時間は進まない。仮にもし、猶予期間分の時間を学園で過ごせば、不戦敗扱いで自動的に次の回戦へ移行するらしい――と、いうのはかつて死徒(ルツ)が調べ上げた情報からだったりする。

 

 アリーナへ行くという条件を満たし、そして私室へ行って初めて夜が訪れる。

 何日も沈まない夕日を見て過ごすのは一体どういう気分なのだろうか。ぼんやりとそう考えながら階段を下り、一階廊下へ足を進めていく。

 

「……びっくりするほど会わないな、今日は。エルキドゥ、岸波たちってどこにいるんだ?」

 

「ん、自分の部屋だよ? 僕達が視聴覚室にいる間にアリーナへ行って、もう休んでいるらしいね」

 

 ただのすれ違いだった。

 だがまぁ、こんな日もあるだろう。それに今日は休養日だったのだ。バッタリ出くわしたところで、喜ぶのは古代ウルク最強コンビくらいである。

 

 

 決戦――そう、決戦だ。猶予はもう今日を入れても三日しかないのだ。そろそろ、手持ちの礼装たちの調整も行うべきだろう。コードキャストの使用はなるべく控えるとしても、あの王様相手に一つも防御方法を闘技場に持ち込まないのは自殺行為である。

 

「私たちも行くか。あんまりのんびりしているとムーンセルから警告が来そうだし」

 

「そうだね。だけど無茶は禁物だよ、マスター」

 

 分かってます、と至って真面目な口調で返し、廊下奥のアリーナへ繋がる入り口へと向かっていく。

 無論、扉をノックしても何も起こらなかった。

 

 

 

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