――夢見が悪い。
◈
『Hello、疲れているかい? 大丈夫? しかしいい加減、こっちとしては折れて欲しいところなんだけどなぁ、どうして並行世界の私はこんなに頑固なのかなぁ。どういう人生を送ったんだい? 是非とも聞いてみたいものだ!』
――幻聴が聞こえる。
『聖杯戦争ももう終盤だねぇ。準備はできてる? 結構結構! 負けた先には死しかないからその場合の質問はこの際避けるとしよう。で、貴方は勝ったらどうするんだい? 師匠とやらに合流するの? 聖杯を解体するの? 勿体無いことはしないでほしいなあ、人類以外の生命体が造り上げた世界遺産、否、宇宙遺産だぜ!? 使うならもっとパァッ、と。楽しくて面白い願いをかけてよ! 貴方、それでも私かい?』
――お前じゃない。少なくとも、私はお前になったつもりはない。
大体混ざってきたのはそちらの方だ。
肉体の主導権が奪われようと、魂を占領されても、私は私を捨てたつもりはさらさらない。
むしろお前が消えろ。繋ぎ合わせてる魂の破片だけ残して自我だけ消えろ。目障りにも程がある、邪魔臭い。
『酷い暴言だぁ! これは酷い、私の存在を枠にして聖杯戦争の参加者に滑り込んだというのにこの扱い! 魂を乗っ取って、貴方の“在り方”さえ変質させたというのに、この上から目線! 違う可能性を辿った自分とはいえ、とても許容できないね! これはこれで面白い状況ではあるけれど、別段楽しい状態ではないからね!』
――うぜぇ…………
なんというか、かける言葉が見つからなかった。
ああ言えばこう言うし、しかもどれもこれもが真実なのだから上手く反論さえできない。
だが私が死徒側のモノになった覚えはない。これは絶対だ、絶対に譲れない。
『ははははは! 聞こえてる聞こえてる、貴方の気持ちは分かっているぞ、分かっているぞぉ! ホントになんて人なんだろう! いやぁ全く、まさかここまで融通の利かない人間だったとは! ――まぁ、でも、うん』
幻聴の音量が急に小さくなる。
漸く落ち着いたのだろうか。これはこれで、また人間臭くなって気色悪いが。
『実際のところ、足掻いているのは私の方なんだぜ? 君側の記憶はまだ薄いからこうして幻聴扱いのポジションで出てきているけれど、地上――といっても並行世界か。向こうの地上にある貴方の身体と電脳体が繋がれば、まず間違いなく死徒の私は押し潰されて消えるだろう。魂の占領だって今だけだ。だから元の器である肉体に固定される前に、存分に生を謳歌しておこうと思ったのだけど――』
――忘れるな。お前はもう人間じゃない。
『辛辣ッ! 一応これでも文字通りに一心同体の身なんだからさぁ、相棒。会話できる今の内に私を理解しようって気は起きないのかい? ていうか私のおかげで生きてるもんだからね、もう少し恩を感じて欲しいな! 侵食なんて気にするなよ、まだ貴方には未来がある。そんなことをズルズル引きずっていちゃあ、この先、生きようにも生きていけないぜ?』
――お前に言われる筋合いはない。
わざわざ返答していることだけでも感謝してほしいもんである。声だけならともかくとして、意識内の謎空間で姿形がはっきり現れて対話なんて状況だったら問答無用でブチ殺していたところなのに。
『やだなにこの人こわい。私に対する殺意だけ高くない? 滅茶苦茶嫌われてるよ。なにオタク、もしかして死徒、天才、狂人に関する人嫌いなの?』
――あぁ。
“もう一人の自分”なんて大嫌いだよ。
◈
――――
荒野を駆けている。
流星の如く駆けている。
ようやく見出した己が役目、神々に反抗せんとする者を天上へと連れ戻す。
泥人形が向かうは城塞都市。
行く理由は唯一つ、出会うべき相手がそこにいるが故。
「――人間の、血?」
しかし見つけた目標はまだ、幼年期にいた。
自分と同じ、神によって
自分と違い、人間であり成長していく者。
お互い、対等の在り方でなければ諫めることはできない。
どこか沈んだような気持ちを抱えながら、そっと人形は踵を返した。
以後は森から城塞都市を眺める毎日。
時には動物たちと戯れることもあったが、彼の意識はほとんど都市から聞こえる呼び声に傾けられていた。
幾度も夜を迎え、日が昇るたびに一本の樹の幹にその日数を刻み続ける。
ひたすらただ座ってぼんやりと眺めていることもあれば、地に寝転がって暇を持て余したこともある。
――彼はただ、「その時」を待ち続けた。
英雄エルキドゥ。
父に神々の王アヌ、母に創造の女神アルル。
これは土塊から生まれた彼の、生前の
やがて、民たちの声が森にも届く。
“誰かあの王を止める者はいないのか”
“このままでは国が滅びてしまう”
今こそ己が役目を果たす時だと、彼は悟った。
長い間、眺めていただけの城塞都市――ウルク市には、かつて見た活気が薄れていた。
誰も彼もが王を恐れ、家に篭る者もいれば、不敬と見なされ何処かへと連れて行かれる者もあったのだ。
このままではいけない、と彼は改めて自分の役目に確信を得た。
「――貴様が、我を諫めると?」
そして、彼らは広場にて相対する。
偉大なる最古の王、世界最強の神造兵器。
彼らがぶつかり合った先の結末は、この時誰も予想できていなかっただろう。
「そうだ。僕の手で、君の慢心を正そう」
数瞬、彼は口にする言葉を迷った。
慢心……というよりも「孤独」の方が正しいのだろうが、彼は王の誇りを傷つけるようなことは避けたかったのだ。
……そう。彼には分かっていた。痛いほど理解していた。
彼の王が別人のように変わってしまった理由。
それは、生まれながらに結論を持ち、人でも神でもない存在としてあまりに広い視点を持ってしまったからであると。
大きすぎる力は時に、他の者達との差が開く。
彼を変えてしまったのは、必然的に生まれる孤独そのものだったのだ。
しかしそれでも――王という立場は捨てず、その責務から逃げ出すようなことはしなかった。
そして泥人形は読み取った。
王は――ギルガメッシュは、神を敬い、人を愛した上で、出した結論がただ、神を廃して人間を憎む道を取っただけのことであると。
世界が誕生する。
世界が破滅する。
そんな錯覚が七度ほど起きたと、聖娼は後に語ったという。
「おのれ――土塊風情が、我に並ぶか!」
戦いの際中、ついに彼は秘蔵していた財を手に取った。
怒りか、驚愕か、焦燥か。その時の王の心情は不明だが、その武具を見た瞬間、泥人形もアレを打ち破るには己の全てをつぎ込まねばならぬと判断した。
かくして、地獄を創り、楽園を
……勝敗は果たしてどちらのものか。
気がついた時には、聖娼を模していた人形の髪は肩ほどまでしかなく、衣服もろくに作れない状態にあった。
一方で王の方も、最後の蔵までもを空にし、今にも地へと崩れ落ちそうなほどに消耗していた。
ふと、互いがそんな状態に気付いた時か。
先に王が大笑し、地へと倒れこんだ。
「互いに残るは一手のみ。守りもないのであれば、愚かな死体が二つ並ぶだけであろうよ」
人形に、その言葉の真意を知ることはできなかったが――どうあれ、それを聞いて、
「……使ってしまった財宝は、惜しくないのかい?」
なんとなし、エルキドゥはそんなことを口にした。
「なに。使うべき相手であれば、くれてやるのも悪くない」
晴れ晴れとした声で、ギルガメッシュがそう返した。
それから、彼の傍らには王がいた。
いや、どちらかが寄り添っているかというより、共に在る、というのが正しいか。
二人で多くの冒険を繰り広げた。
国に戻れば共にその感想を語り合った。
ある日は休みの時、木陰で一緒に眠っていた。
駆け抜けるような日々でいて、二人にとっては至高の時がそこにはあった。
やがて、エルキドゥはギルガメッシュという個人を完全に理解する。
「僕は道具だ。君が裁定する必要のないものだ。世界の終わりまで、君の傍に有り続けられる」
「たわけ」
そしてこのやりとりで、泥人形は本当の意味で自我を持つに至った。
「共に生き、共に語らい、共に戦う。それは――――」
……それらの記憶に、どれほどの価値があるかなど余人には分からない。
一つだけ確信を持てたのは、この二人が強い絆を持っているということだけだ。
互いに殺し合うことになっても、たとえ二人の内一人が別の何かになってしまった後でも、決して裂かれない強い友情を。
だが――その仲が失われることはなくとも、第三者により二人が引き剥がされる事態が発生した。
女神イシュタルとギルガメッシュの決裂。
怒り狂ったイシュタルは、ギルガメッシュもろともウルクを滅ぼさんと天の牡牛を地上へ放ったが、二人はこの危機にも協力し、逆に神獣を討ち果たしたのだ。
――しかし神に逆らった罰として、エルキドゥは元の土塊へ戻る運命を決定付けられた。
風景の色素が薄れ、世界が灰色に変わっていく。
今のエルキドゥの状態が関係しているのだろうか、どんどん視界が暗く、狭まっている。
……一人の男がその身体を懸命に抱きかかえている。
ただ一人の友人の死を嘆いている。
暗雲は去った筈なのに、まだ空が泣いていた。
見ていられなくなって、彼は王に進言する。
しかし傍観しているだけの私には、あまりその言葉が聞き取れなかった。
「…………。僕は兵器だ。…………………………。この先、………………。…………頬を濡らすほどの理由も……も、僕にはとうに――――」
ジリジリとした雑音が声を遮っている。
今までの風景では奥で聞こえていた砂嵐が、今になってとても近くに迫っている。
「価値はある。――――――。我は…………言する。――――において、――の友は――――」
ノイズが騒がしい。
されど、何も分からないわけでもない。
音はなくとも、色がなくとも、彼らがなにを成し、どんな結末を迎えたかは、この光景を見るだけで十分に読み取れた。
記録の最期、天雷が如き王の雄叫びが聞こえ――
――そこで、夢は終わった。
◈
最後の一日が暮れていく。
虚構世界に造られた夕日は、やはり現実に負けず劣らず輝いていた。
……その光に目を細める。
明日こそ最後の決闘だ。といっても、果たして決闘などという言葉で済む戦いならいいのだが――ま、神話の再現を見れる機会など一生の内に一度あるかないかだ。その点でいえば、神殺しを行った際に一度見た自分は幸運な部類だろう。
「……岸波はここから裏側に飛び込んだ、って言ってたか」
屋上の、先日昼食を食べた場所に移動する。
そこから見下ろした霊子の海は広く、遠い。
「その先で眠っていたギルを起こした――だっけ。運命力高いよね、彼女」
そう朗らかに笑うエルキドゥの顔は、昨日の夜に見た夢で見かけたことがあった。
どちらかというと、彼はあの無二の親友と共にいる時の方が
私の場合は、まぁ「友達感覚」であり、マスターという立場が強い。
サーヴァントからの信頼を得られるのは光栄なことだが、その本心――心の内側までを見ることは決してない。
……それは、彼の王が己の認めた者のただ一人にしか友人の枠を与えないのと同じこと。
といっても、所詮マスターなんてそんなものだ。
あくまでも聖杯戦争という状況でのみの共闘関係。
英霊個人の深層部に触れることなど、そうとう良い条件が揃ったときではなかろうか。
「――そういえば昨日、不思議な夢を見たんだ」
切り出したのは私ではなく、エルキドゥの方だった。
不思議な夢。……懐かしい夢ではなく?
どんなものだったか、と聞くと、彼は即座に答えた。
「まず最初に、炎の中で座り込んでいる君の背中がみえた。……誰かを、抱きかかえていたみたいだったけど」
――それは。
「でも次の風景はどこかの……教育機関、かな? 机が沢山並んでいて、下の方で誰かが演説……をしていて、君は隣りの眼鏡をかけた人物にやたらと話しかけていたよ」
「……あー」
前者は言うまでもなく月成ルツ、後者は考えるまでもなく、死徒だ。
……しかしやはり、月成の方はデータベースと断絶しているのであまり思い出すことはできない。
そしてエルキドゥのいう教育機関――大学であろう――に、いた記憶は死徒側だが、こちらは「生前」のものである以上、この脳にはっきりと刻まれている。
人生の修正パッチことムーンセルが記録しているのは地上での動き。
……最も、死徒は肉体と魂に分かれていた時期があり、行動していた肉体はともかく
「……そうか。じゃあこっちも白状すると、私もお前の記憶を見たよ。なんていうか……凄いな、神代って」
世界レベルで洪水の危機になったり、冥界が地面のすぐ下に存在している辺り。
神々が統べる時代の人間と現代人を比較すれば、忍耐強さにかなりの差がある。流石はウルク民、流石は神代、といったところか。
「はは、そうだろう? けど今の世界だって、神秘が薄れていても――まだ美しいものは残っている。それを君の記憶で知った」
「――――」
……おそらくその風景は、まだ私が世界を歩いていた時のものだろう。
ある求道僧に出会う前か、はたまた魔法使いの弟子という立場を獲得する前か。
紛争が続き、世の中が安定していなくとも、どこかの絶景スポットへ足を運んだことがあった。
目的までは思い出せないが……私のことだ、この際近くまで来たんだから寄ってみよう、なんていう観光気分だったに違いない。
「それはどうも。んじゃあ、行こうか。アリーナに入らないと、いつまでも経っても決戦日が来ない」
「そうだね。僕は早々使い減りしないから、存分に使うといい」
やっぱり道具としての意識は高いんだな、と思いつつ屋上を後にする。
――かつて、ある英雄の無二の友として数多くの冒険をこなし、心を得た後に人形として土に還った悲しき兵器。
しかし今は英霊召喚によって現界し、聖杯を奪い合う競争をきっかけとし、月にて神話の戦いが繰り広げられようとしている。
果たして此度の聖杯戦争はどのような結末を迎えるのだろう?
その答えは、全て明日に判明することだ――――――
年末特番、見ーてるーカナー? そしてこれがホントのラストデー。
人理修復、お疲れさまでした! そして良いゲームをありがとう型月!
……といってもFGOやってませんけどね! ニコ動でネタバレ見ただけですけど!!
やはりFateは神ゲー。ところで二部はどんな内容なんですかね?
それはそれとして今年最後の投稿、丁度70話だー!(特に記念の催しはない!)