Fate/カレイド CCC   作:時杜 境

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聖人

 ――嫌な気配がした。

 直感的に。本能的に。

 言うなれば異物。近づいてはならない、むしろ殺しておくべき、と感じるほどの。

 

「…………」

 

 エルキドゥには部屋で迷宮探索の監視を頼んでいる。頼まなくともどうせ友達の活躍は見たがるのだろうが。

 して、私だ。自室の扉から約十歩ほど進んだ時、先の言い表せぬ悪寒を感じたのである。

 

 足を向けた場所は図書室。目的は最初に訪れた際に借りた軽小説の返却だ。図鑑はまだ読み終えられていない。

 あの少年のサーヴァント、アンデルセンも気にならなかったと言えば嘘になる。奴とは捻くれた者同士気が合いそうだし、何よりそろそろ校舎にいる全マスターの顔を把握しておきたいのだ。

 

「……とりあえず、行ってみるか」

 

 エルキドゥ曰く、校舎にいるマスターの人数は私達を入れて八人。

 まず自分、岸波、レオ、ユリウス、ジナコ、ガトー……あと見ていないのは二人だ。

 その内一人はアンデルセンのマスター。もう片方は特に情報なし。

 

 少し歩いて辿り着いたのは廊下の隅。もしくは行き止まり。図書室前。

 窓の傍に尼僧らしき女性が立っていた。

 

「あら、初めてお会いになる方ですね。貴女もマスターでいらっしゃるので?」

 

 柔らかく微笑み、こちらにそう問うてくる女性。

 それだけで淑やかな女の人、という印象が残るが、しかし信用しようとは全く思えなかった。

 

「……そうですけど。貴方も?」

 

「えぇ、殺生院(せっしょういん)キアラと申します。以後、お見知りおきを」

 

「月成ルツ、です……、よろしく」

 

 なんだろう、このやり辛さ。

 一言一言話すだけで疲れる――いや()()()()()()。というか、向こうが上品? 過ぎてこちらが圧倒されてしまいそうな――そんな、感じ。

 

「ルツさんも生徒会の一員なのですか?」

 

「いや……組んでるわけじゃないです。モニターから監視はしてますけど……」

 

「そうなのですか? では……サーヴァントも?」

 

「契約はしてますよ。ただ、ちょっと具合が悪くてですね……えーと……」

 

 ――まずい。

 まずいマズイ、この人からはさっさと離れた方がいい。なんというか、第六感的なものが警報を鳴らしている。無為に近づくな、飲まれるぞ、と。

 

 

「そこまでにしてやれキアラ。相手がお前の強すぎる光に気後れしているぞ?」

 

 

 現れたのは、以前図書室にて出会った青髪の少年――アンデルセンだった。

 ……まさかとは思ったが、この二人が主従か……

 

「え――そうだったのですか? 申し訳ありません、私としたことが……」

 

「だ、大丈夫です。こちらこそ、すいません……」

 

 アンデルセンの登場によって少し楽になったが、やはり息苦しい。

 この(ひと)に関わってはならない、という警戒が全く解けないのだ。防衛本能とでも言おうか。

 

「……ミスターアンデルセン。あの人が、お前のマスターか?」

 

「いかにも。しかし、まさかここまでお前が奴に苦手意識を持つとはな。ま、せいぜい自分の『素直さ』に感謝するがいいさ」

 

 ……その言葉の意味には少し興味を持ったが、追求しようとは思わない。

 以前、「マスターの趣味で呼び出されたんじゃないか」という仮説を提唱したのを心から反省する。なるほど、これは真実を知るのが怖い。

 

「? アンデルセン、貴方のお知り合いですか? 珍しい」

 

「……お前が趣味に走っている間にな。

 いいか月成、お前にも助言してやろう。他人を信じるな。女を信じるな。特にこの女だけは避けて通れ」

 

 肉体、言語、思想、結末、その全てが常人には毒になる――強すぎる光は目を潰すと言う。

 聖人の説法というヤツは凡俗には耐えられないもの。

 さらにアンデルセンは「この女の場合はさらに始末が悪い」とも付け加えた。

 ……自分のマスターなのに、とんでもない毒舌っぷりを披露する。

 

「もう、口を開ければ酷いことばかり。私はただ、初対面の方に挨拶をしただけなのに」

 

「それだけで具合を悪くする奴もいるということだ。あの凡夫と違って、コイツはれっきとした魔術師。感覚が鋭くともおかしくはあるまい――ま、凡人であるところは同じだがな」

 

 ……間違いない。この英霊、観察眼はAランク相当だな?

 えぇそうですとも、確かに私は頭が回るだけの凡人ですよ。

 

 そう口を出したくなったが、今は我慢だ。下手にキアラという人に反応されたらこっちが困る。

 ――と。

 

 

「キアラせんせーい……って、お前は……?」

 

 廊下を歩いてきたのは青いワカメ頭の青年。

 見るからに小物、といった印象だ。いや噛ませ役?

 ……つーか、誰だっけ?

 

「まあシンジさん。お久しぶりですね。どうかしたのです?」

 

「い、いやその……裏側に来てから会ってなかったから、大丈夫かなーと……」

 

「心配してくれたのですか? ありがとうございます。でもこの通り、私は平気ですよ」

 

 キアラがにこりと笑い、顔を赤く染めるシンジ。

 ……母性的な女に弱いのか。

 

「と、とにかく元気そうで何よりでしたよ! ……つーか、そこのお前は?」

 

 今度はこちらを見て、そう首を傾げてくる。

 一瞬、アンデルセンのことかと思ったが、周りを見るとその姿はない。既に霊体化したようだ。

 

「私は月成ルツ。裏側に落とされたマスターの一人だよ」

 

「月成……? 知らないな。アンタも生徒会に入ってんの?」

 

「入ってはいない。監視してるだけさ」

 

 もう幾度となくした自己紹介と生徒会との関係。そろそろこのやり取りも飽きてきた。

 生徒会の話題が出てきたということは、こいつもマスターの一人なのだろう。よしよし、やっと全員把握したぞ。

 

「ふうん……サーヴァントはどうしたんだよ。見捨てられたか?」

 

「……それ、もう何度もやったから割愛。そちらさんは?」

 

「割愛!? ぼ、僕は……~~ッいいだろ別に!」

 

 なるほど、いないのか。

 しかしここまで分かりやすい人間は早々いないな。道化の類とみた。そして――

 

「……お前、実年齢低いだろ」

 

「んなっ……!? じ、じゃあお前は何歳なんだよ!? そんな中学生が読むような本持っちゃってさ!」

 

「これを馬鹿にするなよ。読み手は老若男女問わず、ジャンルも豊富で面白いぞ? 年齢は二十代前半とだけ言っておこう」

 

 一応、大人。これでも、大人。

 推測に過ぎないが、おそらく向こうの年齢は十代……それ以下か。アバターはムーンセルが予選用にでも用意したものだろう。

 

「……っ、おいお前月成ルツとかって――……ん?」

 

 ふと、またも何か言おうと口を開きかけたシンジだったが、途中で言葉が止まる。

 そして片手を顎にあて、ポツリポツリと呟き始めた。

 

「待て、月成ルツ……『ルーツ』? お前、まさか――」

 

「……なんだよ?」

 

 答えを催促する。

 こうやって何かもったいぶられるのは気に食わない。

 

「……もしかしてお前、ワールドランキングNo.3の『ルーツ』……か?」

 

「はぁ?」

 

 はぁ?

 ……予想外の返答に二度も同じことを思ってしまった。

 ワールドランキング……ネットゲームの話か? そういえば昨日、ジナコにも似たような話題を振られたような……

 

 しかし、過去にネットゲームをプレイした記憶はない。そもそも聖杯戦争に参加するまでは魔術師になるための訓練漬けでそんなことをしている暇はなかった。遊ぶ時間があるなら、当時の私は一秒でも睡眠時間の方に当てていただろう。

 

「な、なんだよその反応……もういい! 僕はもう行くからな! さよなら、キアラ先生!」

 

「はい、またいつでもおいでください」

 

 フン、と鼻をならし、キアラの微笑かそれとも自分の推測が外れた羞恥心からか、顔を赤くしてシンジは足早に去っていった。

 

 ……なんとも煮え切らない気分だが、奴のことだ。大方、似たようなハンドルネームだったから連想しただけだろう。

 というか何故シンジがキアラに「先生」とつけているのかという方に疑問を感じたのだが……、まぁいいか。

 

「――行ったか。しかし愉快な奴だったな。あれが『道化』というものか。悪くない」

 

 ……霊体化を解いたアンデルセンが、まず最初に言ったのがそれだった。

 呼ばれたときか、用があるとき以外は姿を現さないらしい。いや、今回の場合は話のネタにでもするつもりかもしれないが。

 

「……貴方とはそれなりに長いですが、人間に値を付けるのはいけないと言ってるでしょう」

 

「真実を口にするのが俺の仕事だ、毒婦め」

 

 すると困ったように溜め息をつくキアラ。

 ……この女性への警戒が緩まることはないだろうが、自分で自分を“三流”と断言する英霊を召喚したときのキアラの心労は如何ほどのものか。

 A級の魔術師であっても、このサーヴァントと組まされては聖杯戦争も何もなかっただろう。

 

「こういうサーヴァントですけど、仲良くしてあげてくださいね。根は素直ないい人なんですよ」

 

 ……まぁ、多少の毒舌くらい流せる精神は持ち合わせているが。

 キアラはともかく、アンデルセンの性格は既に気に入っていた。暇があれば話を聞きに来るのもいいかもしれない。

 

 

 *

 

 

 図書室内に足を踏み入れる。

 カウンターで手続きを終え、本を戻し、さて今度は何を借りようかと本棚を見渡していく。

 ――そして、目に付いたタイトルは「ギルガメシュ叙事詩」。

 

 エルキドゥを召喚する前にも何度か読んだことのある書物だ。

 地上のものとムーンセルに記録されているものに何か違いはあるのか――というふとした疑問の解決のため、手にとって開いてみる。

 

 ……が、中表紙に貼り付けられていたのは真っ赤な付箋。なんだこれは?

 

『ざんねーん。これは先輩用の先輩のための本なのです。私がセンパイの愉快なお馬鹿っぷりを見てみたいというだけの手段なのです。

この本の中身を読みたいというそこのアナタ、申し訳ありませんけど他を当たってくださいな♪』

 

 ――閉じた。

 なんというか、閉じた。

 見てはならないものを……いや、ただの注意書きのようなものだったが、何者かの手によってこの本には閲覧制限がかかっているらしい。

 

 おそらく先を読めるのは岸波……であろう。

 付箋の主は岸波を先輩先輩と呼んでいるが、これだけでは関係性は分からない。

 

「……というか、この付箋の主が一連の事件の黒幕では」

 

 それしか考えられなかった。

 岸波のサーヴァントを知っており、かつこの校舎の備品設定を自由に変更できる者――黒幕だ。絶対に黒幕だ。それしかない。

 

 そしてこの文体……暗闇で聞いたあの声と似たような雰囲気を感じる。

 あの時は誘いを断ったことで殺されかけたが……案外、敵は茶目っ気がある奴なのかもしれないな。

 

 

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