Fate/カレイド CCC   作:時杜 境

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Sword, or Death

「――よくぞ来た。闘技場へと通じる最後の扉を開こう」

 

 いつもの応答、いつもの風景。

 ただ一つ、決戦の名に相応しい緊張感は――

 

「……あんまり、無いよな」

 

「……今まで散々顔合わせてきたしね……」

 

 仕方ないかと言われれば仕方ない。

 なにせ本来、対戦相手の情報を集めるためにある猶予期間のほとんどは――英雄王と月成ルツの死闘等を除き――食堂での団らんに費やされていたのだから。

 

「っつってもまぁ、どうせこれが最後だ。あと残った時間、このまま和気藹々とした雰囲気で会話を楽しんでも、人が変わったように殺気を放ってだんまり決め込むのも自由だろ」

 

 そう言うルツの様子はこれまでと比べ、至って冷静な――それこそ、「侵食」を受ける前の月成ルツらしい口調だった。

 ……けれど、やはりその言葉の奥底には「彼女以外の別の誰か」の意志が織り交ざっているような違和感がある。あるいは、かつての彼女と別の誰かが統合した結果に生まれた、さらに「別のモノ」が月成ルツらしく振る舞おうとしているような。

 

「ルツは聖杯に、何を願うんだ?」

 

 最初に思い浮かんだ疑問をそのまま口にする。

 彼女は元々、並行世界の人間だ。だから勿論、それは元の世界に帰るとかそういうものの筈だった。

 しかし、

 

「聖杯そのものの解体さ。こんな馬鹿げた生存競争、いつまでも残してちゃあ埒があかない。ま、それはそれとして、使用権がある内に元の世界へのルートを確保しておくけどね」

 

 ここが彼女の課題対象外である以上、その聖杯をどう扱うも自由。

 本来なら彼女は月の聖杯の調査員、のようなもの。だからたとえ、仮に聖杯を手にしたとしても、私欲を叶えることはしなかったろう――が、事ここに至ってはもうその縛りもない。

 

「……本当に、それだけなのか?」

 

「どうだか。ひとまず『そういう予定』ってだけさ。ところでお前は? ずっと聞き忘れてたけど、聖杯に何の願いをかける?」

 

 今度は逆に問われて、しばし考え込む。

 ――願い。自分の願い。

 ここまで多くの者たちを踏み台にし、その果てで自分の見つけた答え。

 

「……私は、このまま消えるわけにはいかない。今まで摘み取ってきた願いの責任を果たさなきゃいけない。だから聖杯を――封印する」

 

「……似たり寄ったり、か。どっちが勝っても聖杯が辿る結末は同じようなものなのかもな」

 

 岸波らしいよ、と苦笑するルツ。

 過去の人間を再現した、データだけの存在。

 別の世界から迷い込んだ、正真正銘の部外者。

 

 本当にルツの言う通り、私たち二人共が聖杯を求めるなどおこがましいことだ。今この世界を生きる人々こそが、真に聖杯を求めるに相応しいはずなのに。

 

「お前らは? なんか話すこととか、ないのか」

 

 そう言ってルツの視線が向いたのは傍らのサーヴァント達だ。

 圧倒的な雰囲気を持つ見慣れた黄金色と、素朴で自然な印象を与える緑の英霊。

 

「話……か。確かに話題には事欠かないけれど、僕らにとって別に話すことだけが対話というわけじゃないからね」

 

 エルキドゥがそう告げると、隣りの王様の口角が僅かに上がる。この英雄王、とても楽しそうである。

 そう、二人にとってはこの場にいる、というだけで十分なのだ。

 言葉による意思疎通、武力による実力行使、どんなものであろうと、二人にとってはどちらも等しき価値を持つ「語らい」である。

 

「ははは。なんだお前ら、親友か」

 

「おや、まさかマスターはそこまで察しが鈍くなったのかい?」

 

 茶化すようにエルキドゥがそう言った途端、エレベーター内が一際大きく振動する。

 ――決戦場に、着いたのだ。

 

「かの広場での決闘の果てに向かうも一興か――白野よ、存分に魔力を廻すがいい。何、退屈はさせん。心して刮目せよ」

 

 傲岸不遜、唯我独尊、その上傍若無人な最悪のサーヴァント。

 けれど彼こそ私が持つ最強のカードだ。さらに自分がそのマスターと認められている、これ以上の名誉がどこにあろう。

 

「さぁ――勝負だ、岸波白野。聖杯戦争を終わらせよう」

 

 戦場へ通じる扉が開く。

 生還できる者は、強者のみ。

 

 

 ◈

 

 

 ――蒼い世界だった。

 

 果ての果てまで澄み渡った新世界(エクステラ)

 空はどこまでも広く、海はどこまでも深い。

 そこで相対するは、二体のサーヴァント。

 

 王は一人のマスターと共に、こちらを見下ろす形で高台に降臨し。

 泥人形は自分と共に、地上から彼らを静かに仰ぎ見ている。

 

 百メートルの距離があるのにも関わらず、この場は痺れるような緊張感が包んでいた。

 

「――Initium(セット)

 

 魔術回路を起動する。

 ただし流れる魔力は憶えている感覚より圧倒的に少ない。

 そりゃあ、魔術回路そのものが潰れているのだから当たり前である。しかし引き上げる魔力の方は限界が無いため、やろうと思えば全身が壊死するまでは戦えるだろう。

 死ぬつもりはさらさらないが。

 

「さぁ、性能を競い合おう」

 

 エルキドゥの足元からあらゆる種類の武具が生成される。

 鎖を始めとし、槍、斧、弓、短刀、大剣、槌矛――それら全て、一つ一つが一級品。

 

「目覚めよエア。饗宴の時だ」

 

 対するギルガメッシュが持つのは、削岩機を彷彿とさせる世界を切り裂く剣。

 そしてその背後、天を埋め尽くす黄金の光から、財宝の切っ先がこちらを指し示す。

 

 二人が笑みを向けあった時、戦闘が始まった。

 

 空から降る強化された武具の雨と、地より出でる最高の武器の一斉射出。

 宙でそれらはぶつかり合い、弾き弾かれ、時には相殺し、戦闘というよりは一つの戦争風景を見ているよう。

 一撃でも見舞えば致命傷は免れぬ状況というのに、当事者たちからは未だ「遊び」という雰囲気が抜けていないが、まぁそれは今更気にするべき問題でもない。

 

「熱くなってきたね」

 

 そう言うと、地面から浮かび上がるようにして長い鎖が生成される。

 嵐が如く降りかかる武器たちを、受け止める形で展開された鎖の結界。剣の先がそれに触れた途端、それに絡め取られてぐるりと方向転換し、続き来る雨へ向かって相殺するように撃ち返された。

 

「これはどうだ?」

 

 エルキドゥのいる地点へと天を覆う巨大な剣が数本放たれる。

 地を抉るように投げられたそれらは、回転しながら対象へ向かって飛んでいく。

 しかし身に迫る災害さえ宴芸の一つだと認識しているのか、僅かな動作で剣たちを軽くかわす泥人形。

 そして真の脅威は、その背後へ落ちた瞬間に現れた。

 

 ――爆発。

 地面に突き刺さった六本の巨剣が空間を区切る柱の役割を果たし、囲んだ一つの領域を爆破した。おかげで宝具を放つ前から決戦場の一部風景が変わったものの、即座にムーンセルによる修復が始まっている。

 いわばこれも結界だ。標的ごと空間を吹き飛ばす類の呪いであろう。だが、

 

「【resist_fire】」

 

 発動は剣の柱が輝いた刹那。

 これは死徒が持っていた礼装(プログラム)の一つ。彼女の回戦で使うことは終ぞなかったが、まさかこんなところで役に立つとは。

 ……まぁ、簡易術式なので効果が出るのは一瞬だが。

 

「――いいね」

 

 地より武具を生み出し射出しつつ、前方へ飛ぶように駆けていく長髪の英霊。

 上空から休む間なく発射されている剣の暴風を完璧に弾き切っていたその時、此方へ魔力のパスを通して彼のステータスが変動したことを感じ取る。

 

 筋力と耐久を引き下げ、敏捷を更に上の段階へ。

 陸を蹴って飛び上がった彼は剣の雨を足場に空中へと躍り出る。

 文字通り、電光石火で金属の嵐の合間を潜り抜け、大地から射出させていた武具、そして己の手の平より鎖を生み出していく。

 

 王を捕らえるように放たれたそれらは、しかし、道をあらゆる盾で構成された壁に塞がれる。だがそれさえも、

 

「的確に行こう――」

 

 瞬時に鎖が盾の壁そのものをがんじがらめにし、丸ごと黄金へと鈍器のように叩きつけた。

 発生した風圧が炸裂するように地面へ落ちてくるが、自身へ衝突してくる風は魔術で調整して回避させていく。

 

 一方、壁を投げられた王の前には、一際巨大な金の揺らめきが発生し、壁を飲み込んでいた。

 別に新しい宝具ではない。単にアレは【王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)】へ盾を回収しただけのこと。

 それをエルキドゥも承知している。だから――既に地上から出でる槍の奇襲を仕掛けていた。

 

「エアよ」

 

 だが迫った巨大な槍の軍勢は、英雄王の持つ一振りの剣によって、()()()()ごと捻じ曲げられた。

 ……いや、捻じ曲げたというよりは捻じ飛ばしたという表現が近しいか。いずれにせよ奇襲は失敗。そしてその影響、世界を弾き飛ばした一撃に巻き込まれた緑の英霊の姿は――

 

「どうかな?」

 

 ――()()()()()()

 

 彼の姿があった場所に彼の魔力は感じられず、しかし姿が消し飛ばされた瞬間、濃密な魔力の気配が黄金の英霊の近くに現れた。

 要は身代わり、である。いつかの直死と戦った時と同じ戦法だ。

 

 英雄王が振り返ることなく背後へ剣の雨を降らせた途端、エルキドゥの腕には電撃が収束しており、それを一気に――撃ち出した。

 

「……っく、はは、ふははははは! 良いではないか、こうでなくてはなぁ!!」

 

「笑ってないで対処してくれ英雄王――!!」

 

 天空からギルガメッシュの笑い声と岸波の悲鳴が聞こえた気がするが、まぁ楽しそうで何よりだ。

 果たして電撃の槍は通用したのか――いや、笑っているということは直撃したのだろう。

 ならば相手の主従は天の足場から叩き落とされたということになるが……魔力の気配からして、まだ仕留めた訳ではないらしい。

 

「ッ! 【add_invalid;】!!」

 

 刹那、乖離剣によって発生させられた赤黒い衝撃が大地を弾き飛ばした。

 それを一瞬の完全防御礼装、アトラスの悪魔で耐え忍ぶが――魔力を通した途端、魔術回路が悲鳴を上げると共に右手が壊死した。

 

 その痛覚を魔術で遮断したい衝動に駆られるが、それは無意味に過ぎる行動だ。今の私にとって、魔術の行使は諸刃の剣なのだから。

 

「カ――ヒュゥ――」

 

 息が切れ始める。人間がたった一部の器官を損傷することで、ここまでダメージを負う生物だとは。

 

『――マスター? 平気かい?』

 

 パスを通して此方の異変を感じ取ったのだろう、念話を通してエルキドゥがそう問い掛けてくる。

 その質問に対し、数瞬だけ考え込んでから、

 

「――問題ない。決め手は全力で行ってくれて結構だ」

 

 返答した。

 

 そしてその瞬間、決戦場が神気で満ち溢れた。

 

 天より黄金の船に乗って地上を見下ろすは二人の覇者。

 地より彼らを見上げているのは自分と、星と一体化しつつある一柱の英霊。

 

「天の理を示してやろう」

 

 黄金の王は片腕に鎖を巻きつけつつ、開幕当初から手にしている無銘の剣を掲げ持って、何層もの空気の渦を剣の御許へと圧縮させている。

 対する兵器はその足元より膨大な量のマナを呼び出し、世界を切り裂かんとする斬撃へ星に対抗させるよう、自身を核として天地を貫く巨大な光の槍を形成しつつある。

 

 そうして。

 

 歪みが弾け――侵食が始まった。

 

「天地は分かれ、無は開闢を言祝(ことほ)ぐ!

 ――受けるがいい、【天地乖離す開闢の星(エヌマ・エリシュ)】――――!」

 

 空間を、世界を、次元を砕く崩撃が放たれる。

 引き裂かれた空間の狭間が虚無の亀裂を生み、この世の地獄、即ちこの星の原初が織り成されていく。

 

 そうして。

 

 星が啼き――常世を縫い止めた。

 

「――呼び起こすは星の息吹。人と共に歩もう、僕は」

 

 故に、

 

「【人よ、神を繋ぎ止めよう(エヌマ・エリシュ)】――――!」

 

 膨大なマナを変換した楔が空へと撃ち放たれる。

 天をも拘束すると言われる鎖。彼自身が一つの神造兵器と化し、真っ向から乖離剣と激突した。

 

 意志持つ神業の槍と、原初と終焉を象徴する剣。

 最高火力で使用された二つの強大な神気は、決戦場を破壊し、それは最早ムーンセルの修復速度も追いつかない。

 

 命が七度削られ、世界が七度誕生する。

 神代の戦いが、今ここに再現されていた。

 

「――ガァ、ぎィいい……!!」

 

 宝具発動と共に、自分のものではない――即ち、データ体の存在であるが故の、無尽蔵の魔力が僅かな魔術回路を通って勢いよく、引き上げたその全てがパスを通して英霊へと注がれていく。

 脳が焼き切れるという錯覚はとうに超え、本来起きるハズだった痛覚はあっさり通り抜けていった。

 

 このまま、マスターのどちらかが注ぐ魔力の量を変えればそこで決着がつくだろう。

 逆に言うと、この拮抗状態が続けば、マスター自身が壊れるまで決着はつかない。

 そして後者の場合――確実に敗退するのは、私の方だ。

 

「クソがぁ――」

 

 バキバキと右腕が砕けていくのを感じる。

 そう、ただのデータ体には骨も血肉もない。使い物にならなくなった部分から、ただ崩れていくだけの存在。

 

『――令呪を以って命じる』

 

 一瞬幻聴かと思ったその声が聞こえた直後、乖離剣の威力が数段跳ね上がった。

 岸波による令呪の行使。効果は言うまでもなく宝具の強化。

 

 こちらの魔力が吸い込まれていくような消失感が迫っている。

 まだ保っている己の存在を手放した瞬間、英霊とフィールドもろとも消し去られるだろう。

 

「はは、ハ――」

 

 『死』が、間近に迫っている。

 

「何もしないで消えると思うなよ――」

 

 そこには暗闇に叩き込まれるような/水に沈んでいくような、

 

「――【add_revive;(天女の鈴)】」

 

 とてつもない喪失感と絶望しか待っていない。

 

 

「令呪全画を以って命ず。“エヌマ・エリシュ”を再度発動せよ」

 

 

 左手から焼け付くような痛みが走り、右腕の感覚が消え失せ、血流が逆流しているかのような激痛の錯覚を受けながら、

 

 

 ――眼前の轟音と、ムーンセルのエラー音を最後に、私の意識は無くなった。

 

 

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