Fate/カレイド CCC   作:時杜 境

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終結

 鼓動が脈打っているのを感じていた。

 視界は暗く、己の存在位置がはっきりしない。

 しかし意識がある、ということは――

 

「……生き、てる…………?」

 

 ――それはない。私の命運はとうの昔に尽きている。

 魔法使いと出会い、「弟子」という立場を得た現在は人生の延長上に過ぎない。

 月成ルツという人間は、死ぬタイミングを失った亡霊なのだ。

 

「目覚めたかね?」

 

「うぉわああ!!」

 

 勢いよく上体を起こそうとして――横に崩れた。

 構わず足を動かして立ち上がろうとするが、どうも上手くいかない。

 ならばと手を床について起き上がろうとしても――右腕が、ない。

 

「……あ」

 

 そして左足も、膝下から消えていた。

 道理でバランスが取れない筈だと納得しながら、改めて残っていた左手をついて上体を起こす。

 そうしてやっと分かった。此処が、闘技場の扉前のフロアだと。

 

「身体の欠損、及び令呪の消失。本来ならば既にムーンセルに消去されている筈なのだが――勝利者が決まった影響か、他のリソースごと君を海の底に沈めるらしい」

 

 背後へ目をやると言峰が立っていた。相変わらず陰気くさい顔だ。足が揃っていれば、一歩後ずさっていたことだろう。

 

「――つぅ……」

 

 隣から呻き声が聞こえ、そして全てを悟った。

 ムーンセルが下した勝利の判定は――岸波白野であると。

 

「……負け、か。言峰、サーヴァントは――」

 

「君たちのすぐ傍にいる。現在はムーンセルによって意識を奪われ、霊体化の状態になっているようだが」

 

 ……決戦場を壊した張本人、だからだろうか。どうやらムーンセルはこのメソポタミアコンビを己に対する脅威として認識したらしい。今更かよ。

 

「ルツ……?」

 

「あー……おはよう」

 

 手を挙げて挨拶しようにも、唯一残っている片腕は支えに使ってしまっている為、そんな言葉しか吐き出せない。

 しばらく横になっていた岸波は、記憶が戻ったのかハッと起き上がり、

 

「ルツ! いくら何でも()()()()()()()()にまた宝具を発動させるのはどうかと思うんだが!? おかげでムーンセルがエラーを起こして――あれ? どうして言峰神父が……」

 

「おめでとう。全ての願いを踏破、或いは統合し勝ち残った唯一人の魔術師よ。

 聖杯戦争は今ここに終結した。――最も、イレギュラーな者がまだ存在しているが」

 

「終、結……? な、なら優勝者は――」

 

「うん、だからお前だよ」

 

 心底からの呆れ声でそう告げるも、未だ岸波の頭は現実に追いついていないようだった。

 そりゃそうだ。優勝した自分一人だけがいるならともかく、敵がまだ目の前に残っているのだから。

 

「ま、待ってくれ……じゃあ、ギルは……?」

 

「ムーンセルに意識落とされて霊体化してるってよー。……多分」

 

「――あ、念話繋がった。要約すると『往生際が悪いぞ貴様!』だって」

 

 ……うーん、このマスター慣れてやがる。

 そして往生際が悪い点は、もう諦めて欲しい。こっちが不利になると、どうしても嫌がらせの一つや二つはしたくなるタチなのだ。捻くれている、と言って貰っても構わない。

 

「実体化しないのか?」

 

「してもいいけど祝宴の際に出る姿ではない、とかなんとか」

 

 なんとなく予想がついたのでこの話題は切る。

 

「それで、言峰。なんで私はここにいる?」

 

「決着の判定が下りた直後、決戦場が壊れる事態になったが故、だ。本来、敗者はそうと決まった時点でムーンセルによって消去される。だが――今回のケースは少々特殊な状況下にあった。なにせ敗者のサーヴァントが蘇り、決戦場を破壊しようとしたらしいからな」

 

「……つまり?」

 

「破壊を繰り返そうとする異分子を勝者ごと外へと弾き出した。校舎には戦闘行為禁止のルールが張られている。弾き出すことで強制的に攻撃を停止させた、というワケだ。

 タイミングも丁度良かったのだろう。決戦でなければ、校舎へ出されたとしても、君は既に消されていた」

 

 なるほど――身の危険を感じたムーンセルは、いち早く破壊の原因を止めようとした。

 その最適で効率的な方法が、外へ弾く方法だった、ということか。

 ただし、敗者は敗者。私には、もう聖杯を手に入れる資格はないだろう。

 

「ルツ……」

 

「なんだその目は……私のことは気にしなくていい。勝者には勝者の、行くべき道があるんだろ」

 

 左手と右足を使い、すぐ近くの壁へ寄りかかる。

 単独で立つことは不可能だ。自分はただ、終末の時をここで待つ。

 

 その時、どこからか轟音が聞こえた。

 戦闘による……ものではない。ムーンセルの初期化が始まっているのだ。

 海の底に沈むとはそういうこと。また――次の聖杯戦争が始まる。

 

「ムーンセルは……どうしてこの戦いを繰り返すんだ?」

 

「……最後の一人となったマスターにはその先を知る権利がある。あぁ、心配する必要はない。亡霊には何を言っても無意味だろうからな」

 

 死人に口なし。

 いない者として扱われるようだ。それなら、何の問題もないだろう。

 

 ムーンセルの持つ機能は「観測」のみ。

 幾度も生まれかけた知性を自ら分解してまで、それは観測機で在り続けた。

 しかし観測機であるが故に、ムーンセルは完全な観測を――即ち、あらゆる「if」をも記録する必要があった。

 

 ……ハイゼンベルグの不確定性原理。

 観測者が観ることで初めて事象は確定する。

 そして観ないものは、確定しない。

 

「月が備えている演算装置は、過去認識と未来予知に当てられている。

 君がこれから向かう先には、人間が夢想してきたおよそ全ての願いがあるだろう」

 

 月自体に自らの意志はなく、しかし意志ある者がムーンセルを掌握できたのなら、それは無限の願望器として機能する。

 

 その聖杯は熾天の檻。

 大いなる虚空の観測者。

 

「この戦いは所有権を定める試練。願いの有無、価値などどうでも良かったのだ」

 

 ただその人間が「強くある」こと。

 聖杯を手に入れる為の条件は、それだけだった。

 

 まぁ最も、どうでもいい、などという結論はこの神父の元となった人物ならではの結論だ。

 結局、意志のないムーンセルの真意などは分からない。

 

「以上だ。では去るがいい、今期最強のマスターよ。月の中枢に至る熾天の門が、君の答えを待っている」

 

 音もなく、言峰は去った。

 後に残されたのは月の覇者と、亡霊の残骸だ。

 

「ル――」

 

「――行って来い。お前の行く末は気になるが、それは私の役目じゃない」

 

 死者は生者を超えられない。

 どう足掻いたところで()()()の私の負けは決まっており、岸波白野という存在(生者)はひたすら前へと進んでいく運命にある。

 それが世界か神によるものなのか、それとも彼女自身が切り拓いたものなのか――私個人としては、断然後者の可能性を推したい。

 

「――、分かった。またいつか、ルツ」

 

 言い返そうとした言葉を飲み込んでくれたのは、此方の心情を察してか。

 別れ際まで、彼女は岸波白野らしかった。

 

 決戦場の扉へと足を進め――そして、永久に閉ざされた。

 

 

 ◈

 

 

『さて――そろそろ文句を言ってもいいかな?』

 

 ふと、頭の中でそんな声が聞こえた。

 そして次の瞬間、見慣れた緑の英霊が――

 

「生きていただと!?」

 

「それはどういう意味だい、マスター?」

 

 呆れ返った様子で、軽くため息を吐くサーヴァント。

 現在その姿は見慣れた長髪ではなく、肩までのミドルロングとなっていた。

 

「あれほど無茶は止めるよう言っていた発言はしていた筈なんだけどなぁ……本当に察しが鈍くなったのかい、君」

 

「人間、追い詰められると思いもよらない行動に出るからなぁ……あぁ睨むな。一応反省する気持ちはある」

 

 こっちだって死にたくてあんなことをしたワケじゃないのだ。

 ただ、あのままだと確実に相手の圧力に押し負けていた。それを察知したが故の行動である。

 別に、エルキドゥを信頼していなかった、などということは一切ない。むしろ信頼していたからこそ、ただ黙って終わるだけの終幕は嫌だったのだ。

 

「……誤魔化さず、きちんと自分の意志を言えるのは君の美点だと思うよ。確かに状況を振り返ってみて、あの時は僕の出力も――」

 

「いや、道具のお前に非は一つもない。全ては使い手の問題だ。……だからまぁ、悪いな。親友の対戦記録に黒星が付いた」

 

「――、君は本当に――いや、そこまで言われたら返す言葉もないね。隣、いいかい?」

 

 私が寄りかかっていた壁とエレベーターの隙、己のすぐ左横に座り込むエルキドゥ。

 生命の気配を感じさせない校舎全体が揺れ、落下、或いは沈んでいく感覚はまさに終焉らしい雰囲気だった。

 

「けど、僕を蘇生させる礼装なんてどこで手に入れたんだい? それも死徒が持っていた術式の一つ?」

 

「いや、あれはあの巫女狐と戦った時のやつさ。一部破損してたけど、死徒が知っていた技術で修復できた。……ま、あの一回で砂みたいに無くなっちゃったけど」

 

 天女の鈴。倒れたサーヴァントを蘇生するというトンデモ礼装である。

 持ち込み自体が禁止されそうなものだったが、猶予期間中で修復しておいたおかげか、決戦の時にまで切り札として隠し持つことができた。

 

「なぁエルキドゥ。決闘、楽しかったか?」

 

「十分過ぎる程に。僕がこの世に現界できたことそのもの、そして彼と再会を果たした時点で、僕の願いは叶ったようなものだったんだ。これがたとえ、一時の夢であったとしても、ね」

 

 それは良かった、と笑いを零しつつ天井を仰ぐ。

 

 ――聖杯戦争が終わる。

 岸波は聖杯に何を願うのだろう。

 どうせそれも、彼女らしい答えだという事は重々承知しているが、問題はあの王、黄金のサーヴァントだ。

 最後の最後で、とびきりぶっ飛んだことをブチかましてくれる予感がするのだが……今の私がそれを知ることはない。

 

「ところでルツ。もしも君が聖杯を手に入れていたら、聖杯の解体と、元の場所への帰還以外に、かける願いはなかったのかい?」

 

「あぁー……どうだろうな。血迷ったら、一人の死者を復活させてたりしたかもだけど……今、目の前に聖杯があったら――」

 

 ……失った家族と、幸せに平穏に暮らす未来か?

 ……失った親友と、高校卒業後も馬鹿やって楽しんでる未来か?

 ……それとも、魔術回路を蘇生して、大魔術師になる未来か?

 

「――そうだな。死なない程度に、退屈しない日々を望むかな」

 

 元々、月成ルツは何かしらの刺激が欲しかったのだ。

 それは実家が元魔術師の家系と知った時からか、それともいち早く世界の停滞を感じ取った時からか。

 

 旅の目的の「親友を蘇らせる方法を模索する」、など所詮二の次だったのだ。

 彼女はただ、何らかの変化を望んでいた。

 楽しければいい、ただし命を危険に晒さない程度の非日常を。

 

 ……随分、つまらない人間だった。

 けれど結局、彼女に残ったのは自分だけで、そして何の偶然か、魔法使いから「弟子」という立場を与えられた。

 自分で何かを掴んだことはない。ただ失い、偶然チャンスを与えられるだけの人生だった。

 

 ――それは今、この時になっても。

 

「そうかな? 事実君は、失ってばかりだったけれど、()()()()()()()手に入れたものがあると思うよ?」

 

「……例えば?」

 

「『キミ』だよ。月成ルツのような死徒のような、どっちつかずの君さ。どちらの人格を元に歩いていくかは自由だった。そしてその、生まれ変わるチャンスというものこそ、君が最終的に手に入れたものなんじゃないかな」

 

「……扱いが難しいやつだなぁ。でも、少し元気出たわ。ありがとう」

 

 言うと、にこりと微笑むサーヴァント。

 ……しかし、生まれ変わるチャンスか。そういえば、今の私が元の肉体に戻ればどんな人格になるのだろう。

 なにせ二つの魂が融合しているのだ――どうせ、ロクな人格にならないだろうな、と思いつつ、そろそろ終盤の気配が漂ってきたことに気付く。

 

「……魔力が切れてきちゃったね。時間だ」

 

「まぁ……だよな」

 

 所詮、蘇生させるだけの礼装だ。

 サーヴァント自身の維持魔力が無くなれば、消えるのは必然である。

 

「僕は、君の呼び声で起動した。兵器である僕を人として扱うこともあれば、時にはそのまま道具として扱ったり、奇妙な人間だったね。だけど不思議と、それは別段不快なものじゃなかった」

 

 師である魔法使いによって用意された触媒を用いた召喚。

 まさかこんな強力な英霊を扱うと初めて理解した時の思いは、今の私には思い出せない。

 けれど、月成の記憶の大半を失ってもなお、この身体はやるべきことを憶えていた。

 

「君に敬意を、月成ルツ。この聖杯戦争は、僕にとっても得がたい経験だった。

 ――どうか君が行く道に、光があらんことを」

 

 そして英霊は消えた。

 元の土へ還るように、咲いていた花が元のつぼみに戻っていくように。

 けれど最期に紡がれた言葉こそ――漸く、自分で手に入れられたもののような気がした。

 

 ――かくして、私の聖杯戦争はここに完結した。

 

 ……とは言っても、そう簡単に舞台までもが消えてくれるわけじゃない。

 未だに深海へ沈み行く轟音は響いているし、私の身体も消えるまでは僅かばかりの猶予がある。

 右腕を失い、左足も半分失った。今は内部が少しずつ、少しずつ自壊していくのを感じている。

 

 

 そんな終末の中で、在り得る筈の無い足音が聞こえた。

 

 

 初めは言峰が戻って来たのか、とも思ったが。

 AIやNPCの存在する意味は最早ない。即座にその可能性を否定すると、答えはすぐ目の前に現れた。

 

「……ハ、」

 

 その一際懐かしく感じる姿を見て、軽く笑い声を零す。

 これが最後の見送りだろう。確かに、月成側の終幕はこれ以上ない最高の引きだったが、この魂にはもう一人分の人生が刻み付けられている。

 

「――私を憶えているかね?」

 

「勿論だとも」

 

 返答しながら、目の前に現れた白衣の人物を見やる。

 黒髪に眼鏡、存在を感じさせないその希薄さ。

 彼の名を知っている。私であり、私ではない者によって記録された名前を識っている。

 

 トワイス・H・ピースマン。

 

 ある魔術師の未来を変えた存在。

 かつて彼女(ルツ)と旧友でもあった男の再現記録。

 

 

 ――そして閉幕の鐘が鳴る。その目覚めは、誰のものか。

 

 

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