「……姿を見せた瞬間、首を絞められるものかと思ったが。融合のおかげか、随分と落ち着いたようだな」
「足がねぇんだよバーカ。あと言っとくけどな、融合ってことはその気になれば、ほぼ完全に死徒側の性格出せるんだからな?」
「止めておけ。そんなことをしたら、折角ここまで維持してきていた月成側の自我が押し潰されるぞ」
断言され、ぐっと押し黙る。
トワイスの言ったことは事実以外の何物でもなく、此方としても残り僅かしかない余生を死徒に任せる気もないからだ。
それに、仮にも元医者の助言である――聞き流すのは得策とは言えない。
「お前の聖杯戦争は終わったのか?」
「否、だ。彼らが中枢に辿り着くまで、あと七分と二十ニ秒かかる」
「うわぁ、なんてムーンセルの計測機能の無駄遣い。やっぱお前、真面目系に見えてどこか抜けてるな?」
「正確には君の知っている私と今の私は違う者なのだが……まぁいい。君もまた、
と、いうことはやはり全てを承知の上で目の前に現れたらしい。
流石は何十年もの間、聖杯の近くにいた男だ。そりゃあ、イレギュラーが起きれば調べるのは当然か。
「……まぁ正直、乱入者であり旧友の君に生き残られるのは少々納得しかねたから、最終エリアにはちょっとした細工をしたワケだが」
細工、と聞いてはたと振り返る。
そして最終エリア。即ち七回戦目のアリーナ二層……確かあそこのエネミーにはクラス付与が――
「お前が犯人かぁー!!」
あのクソ面倒な仕掛け!
やけに攻撃力の高いバーサーカーっぽいエネミーがいたのもそうか!
そしてきっちり七クラス、果てはエクストラクラスの設定まで完備させていたコイツ、さては暇だったのだろうか!?
「お前、今までの挑戦者に謝れよ……!」
「さて、な。今や月にいるマスターは私を含めたった三人。これまで勝ち抜いた優勝者も私の手で処分してきた故、謝罪するもなにもない」
……なんだかコイツ、死徒となった私みたいにどこか欠陥したようだ。
戦争を憎み、ひたすら戦場へと足を運んでいた変わり者。
知り合って、縁を結んだ場は若い頃通っていた大学だったが、もう少し彼は――その、優等生な地味系男子だった記憶がある。
「狂ったなぁ……」
「お互い様、と言っておこう。私より君の方が尋常ではない狂い方をしていたからな」
正論を突きつけられたので何も言い返さない。
そしてその狂人性は今もこの魂に在る。その気になれば、とはそういうことだ。
「君も私も、今の世を認めなかった。しかし、結論だけは些か異なっていたな。
再現された私は、戦争によってこの停滞から抜け出そうと考えた。しかし君は――『混沌』、即ち全ての人間へ共通する敵を作り出すことを考えていた」
「……戦争と何が違う? 得体の知れない混沌の方が、よっぽど未知の可能性を生み出すと思ったんだが?」
「人はいきなり進化しない。何事にも『過程』というものが必要だ。過程があってこその結果だよ。それに得体の知れぬ混沌など、下手したら実行した一秒後に人類が滅びてしまうかもしれない」
だよなぁー、と月成側で納得しながら、死徒側で「大きいリスクがあるからこそ燃えるんじゃないか!」などという思いを抱く。
しかし一番最初、生前で初めに思いついた考えはもう少しマシなものだったのだ。けれどそれは、もう思い出の底に沈んでしまった一場面に成り下がってしまったのだが。
「お前は最終的に戦いを是としたか。――何故? 戦争を憎み、否定していたお前がどうして今更戦争主義者になったんだ?」
「……あぁ、確かに私は戦争そのものに殺意を持っていた。だが、その核にあったのは否定ではなかったのだよ」
心停止する三秒前に、彼は己の疑問に対する解答を得たという。
戦争は憎い。しかしそれを否定しきることはできなかった。
人類の発展と、戦争は切っても切り離せないものだと、悟ったのだ。
「なるほど――つまり純粋に、人類に対する
「その通り。この未来は間違っている。今まで支払っていたものに相応しい未来を築き上げなければ、人間はただの殺戮者だ」
ああ――その結論を知っている。
その
「……それじゃあさ、ムーンセルを人類の第二のフロンティアとして開拓する、なんていうのはどうよ?」
「それでは意味がない。生存競争こそ生命の根底。争いがなくては、私たちの意識は成長しない」
平行線だ、と感じた。
きっと私がいくら語っても彼が持論を曲げることはないだろう。いや、私じゃない誰かが
トワイスとは一度、大学を出てから再会したことがあった。
中東の戦場。ちょうどその時の私は、魔術師としてこれから魔術をいかに運用するかを考え、そしてムーンセルという存在を知ったばかりだった。
多くの人々の命を救う彼の姿を見て、まずは敬意の念が湧いた。
決して助からないであろう地獄の中、ひたすら足掻き続ける人間の強さを垣間見たのだ。
故に、今のトワイスと同じ結論に至った。
しかし、
「かつての私は、今のお前が出した結論を否定したことがある。原点の思いに戻ることもせず、ひたすら前に突き進んだ結果、『混沌』という考えに至った」
原点。
今ではもう懐かしく思う一つの思い出であり、記憶の奥深くへと沈んでいった思想である。
だから私は最期まで道を踏み外した時期を思い出すことができなかった。
一番初めに抱いたその思いを抱き続けることができていたのなら――私は、今頃中枢へ向かっていたかもしれないのに。
……そこに、歪みを生じさせたのは「疑問」。
たった一つの――取るに足らないささやかな疑問だった。
“戦争は本当に、進歩への効率がいいのか?”、などという。
誰もが生きるために戦う。しかしその中でも、武器を取れず死んでいく人間がいるだろう。それは恐怖か、それとも諦めか。
何にせよ私の中では戦争に対する疑問があった。だから、全ての人々が傷つけ合って成長するよりも、全人類に対しての「敵」を作った方が早いと感じたのだ。
「魔術師なんてのも考えものさ。ムーンセルなんて存在を知らなければ、人類への『絶対悪』になりうるものを生み出そうなんて考えなかったし――だけど同時に、才能が開花しなければ世界のために自分が何をできるか、なんてことも考えなかった」
実に間が悪かった、といえるのだろう。
魔術師でなければムーンセルを知らず、ただ命を浪費していく人生を歩んでいた。
しかし魔術師であったからこそ、自分にできることを考える機会があったのだ。
魔術世界において呼ばれる魔力枯渇現象。別称、オーバーカウント1999。
炎は踊り、大地は鋼に変わり、海は枯れた。
多くの者は疲れ、諦め、飽きていた。
……生前の私とトワイスが生きた時代、その災害が着実に進行していたのを覚えている。
だから魔術師である私は、今までメイガス達が使ってきた魔術理論を捨て、魔術回路の別の運用方法へ研究方針を変えたのだ。
「ならば、
「――――、」
月成は――月成ルツは、世界のことなど深く考える人間ではない。
ただ己の目的を第一に考え、退屈事を嫌う者。
世界の救済を任されたところで、それさえも楽しむことに専念するだろう。
「……待った。どうしてお前が質問する? それくらいのこと、
「いや、月成ルツの記録はこの世界のムーンセルにはない。はっきり彼女を観測していたのは
「は……? じゃあ私は何だ? 私こそ月成がいた証拠だろう!?」
「
そう、一旦間を置くと、
「彼女の記録はムーンセルには残らない。今、私の前にいる君は既に『敗者』として記録され、また君は『ルツ』という名のムーンセルの抽選で選ばれた穴埋め役に過ぎない。月成という名は、彼女を記憶している者とその存在を知る者たちの台詞の中でしか登場しない」
――つまり、それは。
「君の話によると、月成ルツの魂は君のものと融合したのだろう? 結果、生まれた人格が今の君だ。しかし――この世において、魂の融合は些か面倒な問題に直面する」
それは例えば、人格や記憶の混合。
それは例えば、魔術的観点から見て「根源」の――
「君が月成ルツの人格をなぞっているのは、何も彼女の自我が強いわけではない。月成はいわば、起源覚醒一歩手前の魔術師だったのだろう。君に死徒になった経験があろうが、原初の衝動には抗えない」
要は、どちらが根源に近かったのか、という問題。
今の私を形成している人格が月成ルツに似ているのは、彼女の方が近かったためだ。
「……なるほど。ムーンセルから見れば、私は月成を名乗っていただけ、ってことになるのか。あー、びっくりした。てっきり私の存在そのものが無かったことにされるのかと……」
「流石にそれは有り得まい。この世界出身の君と融合している今ならな。月成の肉体に戻れば、不安定な君の人格も上書きされ、元の役目に戻るのだろうが」
……役目、とは何だろう。
そんな大それた使命、受けた感覚は憶えてないが。
「ま――いいや。どうせ私の最期はここなんだからな」
もはや内部の感覚はなく、ついに左足は完全消滅し、右足と左腕も砕け始めている。
最初にトワイスが言った時間は、同時に私の余命を表していたのだろう。
「おい、トワイス。再三訊くが、お前の望みは何だ」
「無論――戦争だ。人類全てに等しく同じステージで殺し合いをしてもらう。しかし、見ての通り私も不正なデータでね。直接聖杯へ接続すれば、即座に分解されるだろう」
「だから岸波を利用する、か。上手くいく保証はあるのかねえ?」
「あるとも。何せ彼女こそ、私の理想を体現した存在だ。戦いの中で成長し、ついに君を打ち倒して玉座へと向かった」
戦いを憎み、戦いを推奨する救世主の欠片。
人間はここで立ち止まるべき生物ではない。過去の人間達が想像もつかないような、もっと凄いところへと飛び立てる存在なのだという、善性の念。
「そしてただ一言、ムーンセルに入力するだけでいい――『止まるな』、と」
そんな言葉を聞いて、僅かに目を細める。……もう、視界もろくに見えてはいないけど。
確かに岸波白野はトワイスの理想そのものだ。しかし、彼女がトワイスと同じ視点を持つことはないだろう。
その真実を伝えるか否か迷ったが、どうせ彼も覇者と対面するのだ。ここで伝えたところで、そう結末は変わらない。
だからこの一言だけを、先に送る。
「それを選ぶのは、その時代に生きる連中の責任だ。
トワイス・ピースマン。お前が守るべき時代は、とっくの昔に過ぎ去った」
その視界に映るものは何もなく、感覚さえも消えていき。
根源的な、存在そのものが消失していく。
安息に至る崩壊に目を細める。
――私の、終わりの夜が来た。
◇
海の中で、静かに、砕けていく存在があった。
勝者が手にしたもの。
万能の願望の真実。
そして、聖杯戦争の結末を知る者が。
何者でもない彼女。
ある欠片が望んだ希望。
幾ばくかの酬いを手にし、生き残るために戦い抜いた。
彼女の人間らしい願いにより、ムーンセル・オートマトンにはもう、未来を変革させる力はない。
ムーンセルの在り方は変化し、地上との繋がりを断ち切った。
これが終わり。
ここが物語の終着点。
違法データとして分解される直前、彼女は僅かな希望を視たが、それでも消えいくことは寂しく思った。
最小単位までの分解。自我も何もかもが消え去ろうとする中、その希望に思いを馳せようとしたところで――――
「起きよ、白野。いつまで眠っているつもりだ?」
――黄金の光を見た。