溺れるような錯覚と共に飛び起きた。
しかしその瞬間、何故だか酷くむせ返り、しばらく動くことができなかった。
やっと体調が落ち着き、さて何だったかと思考を巡らせ、記憶を思い出した途端、全く見覚えの無い風景がいくつも脳裏に映る。
……夢か?
夢にしては、とてつもなく長い夢を見ていた気がする。
なんか、何度も何度も死んだような。そんな悪夢。
「つーかどこだっけここ……」
掠れ掠れの声を吐き出しながら辺りを見回し、そこでやっと霊子ダイブする際に師匠が用意した隠れ家だということを思い出す。
寝台から身体を動かそうとすると、やけに重い。まるで肉体そのものが鉛のよう。
そりゃあ魂は何ヶ月も月に居たまま、身体は全く動かしていなかったのだから仕方ないのだが……しかし何にもせず身体を置いていったりはしない。万が一の時のため、私が帰還するまで体調を安定させる類の魔術の施しを師匠から受けている。
ので、意識が戻った以上ずっとここにいるワケにはいかない。どうにか強化魔術で少しでも負担を減らそうとし――
「がァァ――ッ!!?」
絶叫してそのまま、床へ落ちた。
ビリビリと神経が麻痺し、右腕が痙攣する。
これはやばい、どうにかなっていしまいそうだ、と我が身に危機感を覚えつつ、すぐ傍の壁に寄りかかるようにして、どうにか一歩目を踏み出した。
……魔術を使えない。
というか、魔術回路を認識しようとした時点で既に違和感があった。そして構わず、魔力を流そうとした瞬間にこれだ。
はて、聖杯戦争で何があったのだったか、と振り返れば、そういえば魔術回路はほとんど死滅したのだった、ということを思い出す。
……魔術回路が、死滅した?
「――――」
破門の危機かもしれない、と動かす足を止める。
魔術を使えない人間は、当然魔術師なりえない。それはつまり、魔法使いの弟子という立場も危うくなるということだ。
しかし、要は魔術を使うことができればいいのだ。
幸い、電脳空間へアクセスする技術はあるのだし、そちらを魔術回路代わりに運用する手段を考えれば何とかなるのではなかろうか。
「……ていうか、アレ。どこでこんなにウィザードの知識を……?」
自然と思い浮かぶ知識の数々に首を傾げる。
実際に体験した記憶は薄く、夢の中で体験したようなことにも思えるが、しかしそれらには確信に近いものを感じた。
師匠に会ったら脳の診断でも頼んでみようか、という一応の結論を抱き、私は再び出口へ向かって歩き出した。
◇
「――ぐわあ、直射日光……!」
カッ、と殺人級に強い光が自分を照らす。
場所はとある砂漠地帯。そんな辺境に隠れ家を用意してくれた師匠の感性は、やはりよく分からない。
どこを見ても砂、砂、砂。
頭上の青い空だけはやけに生命力を感じさせ、なんだか弱っている此方を嘲笑っているかのようだ。
無論、ただの錯覚だが。
「――ルツ?」
「あああっ! びっくりしたァ! 何だお前!」
唐突な横からの呼び声に振り返り――そして、一瞬前に叫んだ言葉を取り消したくなった。
一面に広がる砂漠の景色のせいもあり、彼の姿はよく目立つ。
艶やかな、風に吹かれて流れる緑の髪。質素な衣装を身に纏い、顕現しているその存在感は人ならざるモノ、或いは獣を思わせる。
「……ラン、サー……?」
「エルキドゥで構わないよ、マスター。ところで此処はどこだい? まさか君が、消えたハズの僕を地上に顕現させた、なんてことは考えにくいけれど」
そんなことを言われても困る。状況を飲み込めないのはこちらとしても同じだからだ。
エルキドゥ。聖杯戦争で私が呼び出したサーヴァント。
霊子虚構世界でもない地上に単独顕現? 悪いのか良いのかよく分からない冗談だ。個人的には、再会できてとても嬉しいのだが――
「……む?」
ふと、持っていた端末から無機質な呼び音が鳴り響いた。
画面を操作すると、届いていたのは一件のメール。……ただ、文字化けが酷くて件名が読み取れない。
一体なんだろうと開いてみれば、そこにはとあるデータと数行の文章、そして一枚の写真が添付されていた。
『ムーンセル如きの判定で満足する
友よ、決着は次に我らが再会した時だ! それまでは、そこの愚かな二流
我と白野は一足先に別天地へと降り立った。なに、たかが1500光年の距離、貴様の師ならば裏技でも使えばどうにかなるであろう?』
添付写真には英雄王と岸波が映っている。背景は眩しすぎるほどの黄金色で、英雄王はそれはそれは楽しそうに大笑しているが、隣の岸波は気絶寸前か目からハイライトが消えている。
「つまり、えー、どういうことだ。英雄王の仕業ってことか?」
「そういうことになるね……彼らは聖杯を使って、何処かへ飛び立った。そして僕は――きっと、ムーンセルが記録していたデータを利用して顕現させられたんだろうね」
その理論でいくと、私は消えたはずの魂を――そう、確か並行世界の私と融合させられたあの魂を再構築され、残る肉体へと戻された……ということ?
「――なんでもアリだなあの王様…………!」
流石は人類最古の主人公、といったところか。
自分たちの予想などあっさり塗り替えていく存在だ。その友達も、あっさり状況を飲み込んでいる辺り、感覚が狂っているといえるだろう。いや、既に耐性があるというか、慣れてしまっているというのが正しいか。
彼らが往くは星の大海。……次に出会うときは、こちらもそれなりに話題を溜め込んでおかねばならないだろう。
「でも、あれ、ちょっと待て。私、魔術回路ないよな? どうやって現界してんだ、お前?」
「なんだかスキルに新しい力が捻じ込まれているらしいよ。ムーンセルがあるこの世界だからこそできる荒業だろうね」
……もう、なんだ。あまり深く追及したら、逆にこっちの身が危ぶまれそうなので黙っておく。
今はただ、こうして再会できたことを喜ぶべきだ。
息を吐き、改めて己が剣へと向き直る。
「ただいま、そしておかえりエルキドゥ。これからも迷惑をかけていく予定だからよろしくな」
「さっぱりしているようで何よりだよ。どうか自在に、無慈悲に扱って欲しいな、マスター」
言葉を言い交わし、軽く握手する。
魔力のパスは一応繋がっているものの、こちらから魔力を送ることはできない。
令呪さえない今、無茶なことはもうできないのだろうが――何事にも、裏技があるということを忘れていけない。
「さて、と――生還しちゃった以上、また何か課題出されるんだろうなぁ……」
課題というか、師匠曰く自分で自分が蒔いた種を刈り取る行為だとか。
可能性を失わせた世界線を、可能性を広げる起源を持つ私の手によってもとの道へ導く――世界線を確定させる。
聞いた当時はあまり釈然としなかったものの、今になって漸く意味が分かってきたような気がする。
「へぇ、それは楽しみだね。ところでルツ、向こうにいるあの人が、君の――――」
エルキドゥの報告で視線を向けると、黒い衣服を纏った人影が立っていた。
既に嫌な予感を感じつつも、渋々歩き出せば、一歩一歩砂に残されていく足跡が妙に誇らしく感じられた。
これから私が見る世界は、この目にどう映るのか。
未知の世界、まだ誰も知らぬ領域。
世界は常に変動し、その在り方はまさに万華鏡が如く。
不安はあるが、なに、それは誰だって同じこと。
それに私には心強い相棒がいるのだから、心配する必要はない。
待ち遠しく、希望に満ちた未来がそこで待っている。
ひとまず最初に行うべきは、再びあの世界へと赴き、未だに眠っている地上の岸波白野を見つけ出してやることだ――――