Fate/カレイド CCC   作:時杜 境

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月の支配者

「あ、マスター。丁度いいところに」

 

 部屋に戻ってみると、監視役のエルキドゥがそう声をかけてきた。

 迷宮探索に何か変化があったのだろう。図書室前にいたはずのキアラとアンデルセンも消えてたし。

 

「……うわ、なんじゃありゃ」

 

 モニターに映っていたのは、中心に遠坂凛の意匠が施された巨大な壁。

 「秘密」とやらを取って破ってきたあの特殊な防壁とはまた違う。これこそ迷宮の核であり、凛の本体であるということは明確だった。

 ……どうするんだろう、あれ。

 

「セッショウイン、っていう人の協力を借りると言っていたよ。マスターの知っている人の中にいるかい?」

 

「……知ってるもなにも、さっき会ってきたぞ。いや帰るときにはもういなかったけど――って、来た来た」

 

 キアラと思しき人影が迷宮に現れる。

 どうやら生徒会、迷宮内にいくつかのチェックポイントを用意したらしい。実に優秀なサポートである。

 

 しばらくすると、岸波とギルガメッシュも現れた。

 迷宮の主との決戦――しかし、ここで迷宮探索が終了するとは思えない。

 図書室で見つけたあの付箋。そして何より裏側に落ちる前に聞いたあの女の声。

 ……確実に黒幕はいる。遠坂凛ではない、他の誰かが。

 

『中に入れば私どもの声は届きません。自らの意思で外に出る事も適いません。外に出るには(これ)、心の主を説き伏せるのみ。お覚悟のほどは如何ですか?』

 

 キアラの問いに、問題ない、と頷く岸波。

 これより、岸波はより繊細な擬似霊子になって凛の深層に届く精神潜入(サイコダイブ)を行うらしい。

 サーヴァントの方も多少の加工は施すのだろうが、サーヴァントはマスターの擬似霊子の階梯(かいてい)が変化すれば、自動的に霊格も変化するもの。

 

 マスターの生命レベルに合わせている――いよいよもってオカルトだと、私達と同じように監視しているジナコがそう零した。

 

『桜さん、サポートをお願いしますね。落ち着いて、教えた通りに』

 

『は、はい、頑張ります……! 私の計算機能全部を使っても、変換誤差は0.00001以内に収めてみせます!』

 

 ……なるほど。

 衛士の秘密を抜き取るという五停心観の電脳術式(コードキャスト)を渡したのはキアラだったのか。

 彼女が生徒会に所属しているのかは知らないが、奴等と協力関係にあるのは確実だ。

 

 

『では――十地(じゅうじ)(さか)り、仏性を写し(まろ)びましょう』 

 

 

 キアラが術式の展開を始め、桜によるバックアップがされていく。

 

『数値をマスター・遠坂凛に代入。心象空間の深部領域に到達後、電脳体として再構成――』

 

 先のキアラの口ぶりから察するに、凛の核であるこのレリーフ内までの監視も生徒会からのサポートも不可能なのだろう。

 エルキドゥの気配感知だってせいぜいこの校舎がある空間までだ。迷宮内に行けば可能性もあるやもしれんが、ここから先は岸波の奮闘に期待するしかない。

 

深層落下(スパイラル)開始(スタート)! キアラさん、保護をお願いします!』

 

 岸波の霊子階梯が変化したそれをキアラが受け止める。

 瞬間、岸波と思しき光はレリーフの中へ溶け込んでいった。

 内部の様子は不明。

 残された者は、ただ向こうへ行った者の帰りを待つのみ。

 

 ……というか、ものすごい離れ技だな、これ。

 他人の心に「飛び降りる」術式。それは心の専門家であるキアラの秘術。

 心底から、あの時にセンチネルとならずに良かったと思う。

 

「もしもマスターが迷宮の主の方についていたら、会った途端に問答無用で僕とギルは戦っていたかもしれないね。黒幕の意向関係なしに、まずお互いに宝具を打ち合っていたんじゃないかな」

 

「うっわぁ……何の準備もしてない状態でそんなことされたら私達の魔力が枯渇するぞ。ていうかどんだけ戦いたいんだお前等」

 

「親友と()うのに、理由なんているのかい?」

 

 にこりと笑顔で言い放つエルキドゥに、私は苦笑する他ない。

 あの王様も王様で扱いにくいのだろうが……それより幾分かはマシとはいえ、その親友もギルガメッシュが絡むとなんだか変わる。素に戻るというか。

 

 

 そんな会話をしながら、約十分。

 漸く、進展があったのかモニターに反応が現れた。

 現れた、のだが――

 

「あり? いきなり真っ黒だな。今更になって生徒会のハッキング妨害でも働いたか?」

 

 軽くそう零したが、モニター越しでも霊子が揺らいでいることが読み取れた。

 サーヴァントへ視線を投げると、やはりこちらも何か察知していたらしく、警戒するように目を細めている。

 

「……違うね。これはムーンセル――いや、それに近い……」

 

「――元凶、か」

 

 この事件の発端。

 私達を月の裏側へ引きずり込んだ者。

 

 

『――こんにちは。初めまして、白野センパイ。もう後戻りはできませんから、覚悟してズタズタになってくださいね?』

 

 

 そして、おそらくはきっとあの赤い付箋の主。

 未だ映像は回復せずに音声のみだが、声質から察すると私があの暗闇で聞いた声の主と同一人物であることは容易に考え付いた。

 ということは、外見もあの桜のままなのだろうか。そも、彼女はあのAIの「桜」なのだろうか?

 

「これはたぶんAIの範疇を超えてるね……いうならば『暴走』、かな」

 

「ははぁ」

 

 AIの暴走。

 ……ムーンセルに作られたAIが暴走? そんなことが在り得るのか?

 

『わたしの名前はBB(ビィビィ)。何の略称かは、ご想像におまかせします』

 

 BB……桜であって、桜ではない存在。

 目的も、動機も分からない。

 明確になっているのは、彼女が「元凶」であることと、自分たちが倒すべき「敵」であるということのみ。

 

『聞こえますか白野さん? 急にモニターが黒く染まったのですが、そちらで何か――』

 

『っ、レオ、急いで転移を! 私がフォローするから早く! この層はもう普通のアリーナよ、転移だってできるはず!』

 

『今の声はミス遠坂? ――サクラ、白野さんとミス遠坂の引き戻しを、迅速に。事情は後で。スピード優先です、急いで!』

 

 対応が早い、優秀な魔術師たちはすぐさま強制退出の術式を組み立てる。

 今の様子からすると、無事に凛の救出には成功したらしい。

 だが元凶を前に、こんなにも早くできあがる転移術式(プログラム)で迷宮の壁を越えられるのか?

 ……いや、まず相手から逃げ切れるのかどうか、というところから怪しいな。

 

『……あの子が元凶だと言うなら、ここでなんとか捕まえることは――』

 

『そんな疲れきった状態で戦える相手じゃないわよ、アイツは!』

 

 岸波の提案をすぐさま却下する遠坂。

 なんでも、元凶様は128体のサーヴァントのほとんどを食べた怪物だという。

 サーヴァントを分解し、その記憶容量を取り込んで、今ではもう手の付けられない巨大構成体(ギガストラクチャ)

 

 ……そんなものをこれから相手にしていくと思うと、溜め息も出ずにただ絶句する。

 まぁ、そのとき自分に湧き上がった感情は、絶望とも希望とも断じられない実に複雑怪奇なものであったが。

 

『そうですよ。わたしの計算能力はSE.RA.PH(セラフ)の書き換え可能域に達しています。世界のルールを、左右できる存在です』

 

 だから。

 可哀想なので、岸波(センパイ)の手伝いをしてあげる、などと言い。

 

『はい。ふぅー、です♥』

 

 ゴゥ、と暴風のような音が黒いモニターから聞こえた。

 本当に――シャボン玉を吹く仕草で、息を吐いたのかもしれない。

 それを今確める術はないが、BBの存在の大きさについては、これだけの会話だけでも十分理解に及ぶ。

 

『わたしはBB。ムーンセルを飲みこんだ、新しい月の支配者です。

 それじゃあゲームを始めましょう?

 貴方たちは無慈悲な夜の女王の囚人。一人一人――ゆっくり、確実に、終わりをあげます。

 

 期待していますよセンパイ。貴方は最後まで、生き残ってくださいね――?』

 

 

 音声は、そこで途切れた。

 

 

 ❀

 

 

 カタカタと忙しなくキーボードを叩く。

 音声が切れた途端、限界がきたのか機器の電源まで落ちてしまったのだ。幸い、内臓データのバックアップはこまめに取っていたので、その面の心配はない。

 

「マスター、君はどうするんだい? 脅威は明確化した。まだ、生徒会には協力しないのかい?」

 

「そうさな……BBってのがマジでやばい奴なのは確信したよ。けどあの様子じゃあまだ本気は出してこない……と、思う」

 

 奴は今の状況を――これから起きる事件を『ゲーム』と言った。

 向こうはゲームマスターで此方はプレイヤー。

 本気を出されたらこっちは勝ち目がない。そしたら向こうは面白くない。

 ――今は、せいぜい向こうの手の平で踊ってやるのが得策な気がする。

 

「ま、なんでかあちらさんは岸波に執着してるようだし、迷宮の方は生徒会に任せていいだろ。それに私たちが協力したところで、今一番欲しいリソースが貰えるわけでもないしな……」

 

 聖杯戦争までの道のりは長い。

 私たちの課金道(レベルアップ)も始まったばかり。

 私は私なりに解決法を探して、本当になす術がなくなったら、潔く生徒会のお仲間に入るとしよう。

 

 しかしこんなことになるのなら、来る前に師匠から押し付けられそうになった、あのピンク色な礼装っぽいステッキとか持ってきた方が良かったか……?

 でもあれ、貰ったらプライドがぶち壊される気がしたんだよな。結局なんだったんだろ。

 

 

『緊急事態です。至急、校内のマスターは生徒会室に集まってください』

 

 

 ――と。

 校内放送だろう、レオの声が扉越しにだが廊下から聞こえてきた。

 だがもちろん、

 

「行かないのかい?」

 

「行かねぇ。あの少年王には出来る限り近づきたくない」

 

 それに校内のマスター、といったら当然キアラも来るだろう。

 もっとダメだ。一つの部屋に天敵二人がいるとか胃痛で死ぬ。

 

「――っし、データ復旧完了。そして生徒会室ハッキング開始っと」

 

 相変わらず防壁はあったが、前回と同様すんなりと抜けられた。

 モニターに部屋の様子が映し出され、中の様子がはっきり分かる。

 そこには、ジナコとガトー以外の生き残ったマスターが集結していた。

 

「? ジナコはともかくとして……エルキドゥ、ガトーの気配分かるか?」

 

「えーと、校舎の外かな……あれ、途切れた。まさか彼、単独で迷宮に?」

 

「え、馬鹿なの?」

 

 なぜ一人で行ったし。

 推測するに、ガトーにはシンジやユリウス同様、契約しているサーヴァントがいない。

 だというのに、エネミーがわんさかいる迷宮に、人間単体で挑むなど自殺行為にも等しいことである。

 

 ……まぁ、ロクに訓練もせずに「小生はヒマラヤ山を登るぞ」とか言い出した時から、既にあいつは色んなことを色んな方向に超越した求道僧だということは察している。

 それに奴はあんな性格でもかなり武闘派だ。生身でエネミーの相手もできそうだし、それすらも本人は修行の一貫としてみなしているかもしれない。

 

「……とりあえず、ガトーはいいか。敵もすぐさま殺しに来るってわけじゃなさそうだし」

 

 本当にヤバくなったら向こうから助けを求めてくるだろうし。

 

 さて、今は私たちでは集めようにも集められない情報を、少しでも生徒会から掠め取ることに専念するとしよう。

 

 

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