BBチャンネル
『それじゃ、改めて自己紹介するわ。私は遠坂凛。聖杯戦争に参加したものの、BBに捕まったマスターの一人よ』
肉体的にも精神的にも参っているだろうに、しっかりと凛は情報の提供をする。
しかし、凛もあまり本選での記憶が残っていないとのこと。憶えているのは黒いノイズに襲われた後、BBに意識をいじられた事だけ。
『BBは言ったわ。“このまま迷宮を維持していれば、貴女の願いは何でも叶う”って。
気がついたら私は自分の心にとっても素直になっていて、迷宮のボスとして振る舞っていたの』
後は私達が知っている通り。赤いランサー……エリザベートと組んで迷宮の主になっていた。
主になっていた時は他にも色々なことを把握していたようだが、今ではそれも思い出せないという。
『……なるほど。おそらく、ミス遠坂はあの黒いAIに意識の一部を占有されていたのでしょう』
レオが言うには、先までの凛は“遠坂凛”でもあり、“黒いAIの分身”でもあった、ということ。
黒いAI……あぁ、BBのことか。後で映像を確認しておこう。
ひとまずこうして凛も正気に戻った。
流れ的に、彼女も生徒会の一員として迎えられるのだろう。立場的には副官……副会長といったところか?
『となると、次の問題は――』
『BBについて、ですね』
岸波の言葉をレオが続ける。
と、室内の人間の視線が保健員の桜に集まった。
……やっぱり、外見も桜そっくりなのか、BBは。
『率直に訊きましょう、サクラ。あの少女のAIは何者です? 映像を見る限り、貴方と同じ顔でしたが』
『あれは……あれは、私の同型機、です』
レオの問いにたどたどしく答える桜。
同型機――……確かに、ムーンセルにデータを報告する桜の同型機なら、ムーンセルへのフリーパスコードを持っている。その気になれば、SE.RA.PHをそっくりそのまま
『というより、それが目の前の現実ね。あの管理AIが暴走して、私達の聖杯戦争をメチャクチャにした。そう断定していいの、桜?』
『……はい。否定材料はありません。原因は分かりませんが、状況は決定的です。ですが、その……本当に申し訳ないんですけど、私には彼女を止める力も、権限もなくて……』
『それはしょうがないわよ。BBは
『あのさ、ちょっと待ってくれない? そのBBって奴が暴走しているとか、なんで断定できるワケ?』
シンジが指摘したのはこうだ。
BBが、元からそういうAIだという可能性。
例えば聖杯戦争で不正があった場合、警察のように出てくる役割の者という。
『超法規的処置ってヤツッスか。悪質なプレイヤーがいたボードごと、参加者全員をデリートする、みたいな』
『そう、それだよ。さすが廃人プレイヤー、話が早いね』
……ジナコとシンジには、月に来る前から多少の因縁があるらしい。
そういえば二人共、なぜか私にゲーム関連の話題を振っていたな。両者共、ゲームにはそれなりの自信があるようだ。
で、結局桜は首を振った。
ムーンセルはマスターのルール違反は咎めるが、ルールそのものを破壊することはない。
そもそも、それだけの膨大な演算容量を持ったAIを管理の怪物であるムーンセルは作らない。
『……なら、BBは偶発的なバグでムーンセルの管理から外れた後、独自の判断でサーヴァントやNPCを分解、自分のメモリとして使用して“より高度なAI”に成長すると結論したと考えるべきだろう』
ユリウスの仮説は中々的を得ているような気がした。
BBは自分の機能拡張、あるいは生命維持のための手段を選ばなく――否、選べなくなってしまったAI。
しかし、ひっかかることはある。「偶発的なバグ」なんて、AIはひとりでに壊れたりするものではないと思うのだが……、
『……皆さんは、自分達の力でこの状況を改善しなくてはいけません。この状況はムーンセルにとって完全な想定外であり、測定外の出来事なんです』
ここはムーンセルの目が届かない月の裏側。
ムーンセルはこの異常を想定せず、まだ観測もできていない。
起こりえるはずもなく、見つけられることもない。……システム側の救助は、諦めた方がいいだろう。
『自分たちで何とかしろっていうのか!? サーヴァントもいないのに!』
『おっ、シンジさんクンはぼっちッスか。あれ? もしかしてサーヴァント持ってるボクって勝ち組? ねぇ勝ち組?』
『そのサーヴァントも無駄にしているがな。この場で戦闘に耐えうるマスターは、レオと岸波だけだ』
『いえ、ボクは戦闘に出る気はありません。実戦力とは考えないでください』
ユリウスの言葉をあっさりと否定するレオ。
またもシンジが抗議の声を上げるが、これは戦略の一つだ。
レオはいわば、切り札である。ここ一番の勝負所までガウェインの宝具は温存する、という話。
『――しかし、サーヴァントを持つ方はもう一人いらっしゃいます。ですよね、月成さん?』
「…………」
今まで一言も口を出さなかったというのに、こちらが生徒会を見ているのを確信してレオはそう言った。
やっぱり無理だわコイツ。天敵枠確定。
「……非常に申し訳ないが、まだサーヴァントの不調は治ってない。人員不足の方も遠坂の加入で少しは解消されるだろ? 本調子になるまで、私も戦力には入れないでくれ」
無視する理由もないのでマイクをオンにして返答する。
さてはて、この「サーヴァントの不調」という口実がいつまで通用するのか。
多少の不安はあったが、果たして向こうの反応は――
『それは残念です。気が変わったのなら、いつでも門戸を叩いてください』
――完全にこちらをナメきっているのか、はたまた何か企みでもあるのか、その一言でこの件は片付けられてしまった。
安心するべき場面なのだろうが、こいつはやっぱり苦手の部類だ。
『では、状況も分かったところで、もう一度これからの方針を確認しましょう』
レオの方針はこうだ。
自分たち、生き残ったマスターは月の表側に戻るため、サクラ迷宮を突破する必要がある。
先陣は岸波が切り、生徒会はここで彼女のバックアップをする。
当然、私達を裏側に引き込んだBBの妨害があるだろうが、それは一丸になって撃退する。
『……大雑把に言うと以上ですが、何か質問、反論はありますか?』
反論する者はいない。
しかしここで一つ、岸波から質問があった。
『桜はムーンセル側のAIだ。マスターの健康管理が役割だから、今はこっちの味方だけど、同型機であるBBと争うのは職務から反するのでは……?』
『私は……皆さんのお力になりたいです。BBと同型機ですから、信用してはいただけないでしょうけど……』
心配そうに、不安そうに桜はそう言った。
彼女はBBと同じAIだ。
この場で敵扱いされても仕方がないと覚悟しているのだろう。だが、
『その心配は不要です、サクラ。貴方の倫理回路は正常を保っています。AIとして高い完成度である事は、ボクが保証します』
『思えばこの旧校舎が使えるのも桜さんがいたからこそ。桜さんがいなければ、私達は虚数空間に放り出され今頃は泡と消えていたでしょう。信用も信頼もしておりますわ』
『まぁこっちの桜はドン臭い顔してるし、僕たちを裏切るとか、そんな頭のいいマネできそうにないじゃん?』
『んー、用務員室の平穏を脅かさないかぎり、ジナコさんは誰でもノーヘイトッス。桜さん、不幸属性で美味しいし?』
『だってさ。私も貴女が仲間でいてくれると心強いわ。なんか、表では世話になってたみたいだし』
レオに続いてキアラ、シンジ、ジナコ、凛がそう言った。
私は……まぁ部屋をくれた人を敵とみなすのもどうかと思うし、そもそもこっちに敵対する気は更々ないし。
『皆さん……ありがとうございます。私、嬉しいです。出来る限り役に立ってみせますね』
目を潤ませて、お辞儀をする桜。
岸波もみなが桜を排斥せず、ホッとした表情を浮かべている。
とりあえずこれで一段落か――と思いきや。
『あはははは! 出来る限り役に立つ、とか正気ですか?
突如として部屋に響くBBの声。
凛が防壁の確認をレオにするが、この旧校舎のセキュリティは万全を期しているという。
が、月の裏側でもここは
ネットワークに依存している以上、完璧なセキュリティは存在しない。
『さぁ、拍手の準備はいいですか皆さん? いい子もわるい子も皆まとめてラッピング、キャンディにして再出荷! BBチャンネル、はじまりです!』
❀
「now hacking……」という文字が見えた。
やがて「OK!」と現れた途端、視界が
生徒会室をモニターしていた自室から一転、そこはスタジオ。
中央には桜と瓜二つの顔を持つ、黒いマントに身を包んだ少女。
『モニターの前の皆さん、こんばんは。ムーンセル閲覧数一位の人気コンテンツ、BBチャンネルの時間です』
……なんじゃこりゃ。
視覚、聴覚が丸ごとハックされているのか、モニターで見ていた生徒会の面子も、私と同じ自室にいたエルキドゥの姿――というか、自分自身の手や足すら見えない。
『あ、発言権があるのは白野センパイだけなので、レオさんや凛さんは黙っていてくださいね』
だからどうしてそこまで岸波を特別扱いするのか……うむ、さっぱり分からん。今は。
『さて、今回のBBチャンネルは基本ルールの説明です。
お題は、“どうやったら脱出できるのか!?” 皆さん、知りたいですよね?』
本当は先ほど、凛を始末するがてらに説明するつもりだったらしい。
今のテンションからすると、冗談にも取れるのだが……
『戯れ言ではなかろう。存在自体おかしい女だが、あの中で渦巻く狂気は本物だ』
と、岸波も私と同じことを考えていたのか、ギルガメッシュがそう答えていた。
……そうか。岸波と契約しているから、発言権は彼にもシェアされているのだろう。
『えー、レオさんの推測通り、サクラ迷宮を抜けた先に出口はあります。月の裏側から脱出したいのなら、迷宮を突破するだけでOKです!』
でも、それだけじゃつまらない、とBBは言う。
だから迷宮には特別なプログラムを付け足した。
それがあの、「秘密」と抜き出して壊れる防壁。
『あれこそBBちゃん自慢の新
……本当に捕まらなくて良かったと思う。ありがとう令呪、ありがとうエルキドゥ!
しかし、実際にBBが捕まえて核に使えたのは凛と「彼女」のみ。まぁ捕まって、使えなかったらメモリーの一部にされていたんだろうが。
して、次の迷宮ボス、センチネルの紹介だと、BBが教鞭を振るう。
現れたのは――
『彼女こそアトラス院の誇る、地上最後のホムンクルス――ラニ=
『…………』
無言で佇む、長くうねる紫の髪、褐色の肌を持つ眼鏡をかけた少女。
ラニ=Ⅷ――彼女もまた、凛と同じく、聖杯戦争の優勝候補の一角である優秀な
『……むむ、ラニさんは凛さんと違って無口ですね。どうぞ、発言していいんですよ?』
『BB。私は過剰演出は好みません。彼等が四階に侵入するのなら、一外敵として処理するだけです』
口ぶりからすると、あの子も記憶がないようだ。
「頼もしいコメント、ありがとうございました♥」と再びBBが教鞭を振ると、ラニの姿はポンッと消えた。
『これで分かりましたね? 表の聖杯戦争にはない趣向……それがこの
ここにいれば消えなくていい。
旧校舎にいる限り、自分達は見逃してくれるという。
『――でも気をつけてくださいね? 私、基本的にアナタたちが大嫌いですから――あの迷宮はいつだってアナタ達を殺したくて殺したくて、舌なめずりしてるんですよ?』
……そんな司会の台詞を最後に、BBチャンネルは終了した。