何もなく、真っ白なはずの世界から、声が聞こえた。よく聞き覚えのある、
憎たらしいはずがどこか憎めないタコの声が。
「頑張って下さい黒崎君、ここを耐えれば、君はまだ生きられる!」
殺せんせーは、まだ希望を捨てていなかった。俺が生還すると信じている。
でも、俺は違った。
「殺せんせー、流石にもう駄目だ。俺が助かるなんてことは……」
俺は諦観したような声でそう言った。これ以上生き延びようとする気力もなかったし、可能性もないと思っていた。
「そんなことありません。今どうして君がこの空間にいるかわかりますか? 」
殺せんせーは俺に問いかける。でも生憎俺はその答えを持ち合わせていなかった。
「残念だがわからない。あの後、何があったのかも。」
「君は全身傷だらけの状態で病院に搬送されました。そして今君は手術を受けているのです。
これを耐えれば、君はまだ生きられる。それこそ老いるまで。だから、今は頑張るしかないのです!」
殺せんせーは強い口調でそう呼びかけた。そこにある殺せんせーの思いは純粋に、
生徒を助けたいという強い責任感だった。そうしている間にも、現実での手術は刻々と進んでいる。手術をしている医師たちの間にも、緊張した表情がみられる。いよいよ手術も山場に入ってきた。黒崎が一番大きな怪我をした部位を手術するのだ。
本人にも相当な負担が予想される。これを耐え切れるかどうかは、彼の肉体の強さにかかっっている。医師はメスを入れる、黒崎の命がかかった一番の正念場が始まった。
「う、うああ……」
黒崎が苦痛の声をあげる。現実の身体感覚を麻痺させたに近い状態にしても苦痛が生じるほどだ。
彼の額に汗が浮かぶ。
「耐えて、耐えるのです黒崎君!」
殺せんせーは叫んだ、何もない世界の中で。一方現実世界では、医師たちが眉一つ動かさず手術をしていた。
そんな時、殺せんせーは黒崎に問いかける。
「黒崎君、単刀直入に聞きます。君はまだ生きたいですか?」
黒崎は痛みに耐えながら、一つの答えを絞り出した。
「俺は、生きたい……!!!」
黒崎の皮膚を切開し、内臓に手を加える医師達。内臓を切開し、麻酔があるとはいえ体力が奪われないわけではない。本人の体力がなければ、命に関わる。
そんな時、
「心拍数が低下しています。至急措置を!!」
医師の声が響く。
***
そして数時間後、手術は無事終了したようだ。黒崎は意識を覚醒させる。
「俺は、生きて帰ったのか……?」
目の前には病室のベッド。装着されていたのは無数の医療機器。 自分はそこに横たわっていた。信じられない。あれほど無茶をしたのだ。死んで当然とも思っていたのに。しかし、幸か不幸か、必然か偶然かは知らないが、
彼はどうやら無事に生きているらしい。それだけは、目の前にある確かな事実だった。
「良かった……」
黒崎は安堵のため息を漏らす。いくら死への覚悟を決めたとはいえ、実際まだ死にたくないという感情はあったのだ。それにしても、何故黒崎は生きられたのだろうか。
その答えは、殺せんせーが知っていた。
「いやあ、よくぞ持ちこたえてくれました黒崎君。一時は心拍数が乱れ、血圧が低下し、何事かと思いましたよ。しかし、君には強い生命力があった。だからこそ生きられたんでしょうね。
どんな名医がいても、身体を治すのは最終的には自分の生命力にかかっているのですよ。
とは言っても、君の身体はまだ完全に治っているわけではない。そう、全治2週間ほどかかるようです。
さて、君は色んな人と話す必要があるようですね。まずは、君の最も大切な人に……」
そう言って、殺せんせーはマッハ20で去っていった。
すると、病室のドアが開いた。その先に見えたのは、緑色のツインテールの髪をした小柄な少女。
黒崎が誰よりも会いたかった相手だ。
少女、茅野カエデ、いや雪村あかりは部屋に入るなり、黒崎の胸の中に飛び込んだ。
「黒崎君!」
聞き慣れた、けれどももう聞けないと思っていたその声が、黒崎に何よりも喜びを感じさせた。
そしてその澄んだ目、いつも黒崎のことを見つめていたその目。それが何よりも愛おしく思えた。
「良かった、黒崎君が無事で。本当に、死んじゃうかと思った……」
茅野は今にも泣きそうな声でそう呟いた。その様子を見て胸が痛む。
ああ、こんなに心配させてしまったのだな、と。彼はそっと、彼女の頭を撫でた。
「もし何かあったら、私のせいだって、ずっと思ってた。でも生きてて良かった。
もう、こんな無茶な真似はしないで欲しいな。約束して、くれる……?
私のせいで黒崎君に何かあったら、私耐えられない。だって、だって……
あんな風に、身代わりになって!
あんなこと言って!
まるで最期の言葉みたいに!
私のせいで死んじゃったら、一生後悔する!
黒崎君が私より先に死んじゃうくらいなら、私は黒崎君と一緒に死んだ方がいい!」
茅野はそう言い切った。そこにあるのは、自らを犠牲にしようとした黒崎への怒り、
そして再び会えたことへの安堵。その二つの感情が、彼女の心のストッパーを解除した。
それを聞いて黒崎は思う。
俺はなんというべきなのか。謝る?いや違う、彼女が求めているのは、もっと違うこと。
だから黒崎は、最大限の誠意と愛情をこめてこう言った。
「本当にありがとう。茅野。俺のために泣いてくれて。俺のために心を尽くしてくれて。」
「違う、よ。黒崎君。」
「え?」
「茅野じゃないよ、言ったでしょ、私の名前は雪村あかり。だからお願い、あかりって呼んでくれる?」
そう言って、彼女は愛くるしい目で黒崎のことを見つめる。黒崎は恥ずかしいと内心思いながらも、彼女のためならと思いこう言った。
「わかったよ。あかり。君がそう言うのなら、俺は最期の瞬間まで君と生き続ける。俺も嬉しい、茅野とはもう2度と会えないと思ってたから。」
「私も、だから無事に生還したと知った時、本当に嬉しかった。もう、2度と会えないかもしれないって、
本気で思ったから……」
茅野は泣きながらそう呟く。
(黒崎君、生きてて良かった、もう二度と離さないからね。ずっと一緒にいよう。)
黒崎は思った。どうやら、俺にも生きなきゃいけない理由があるらしいと。その理由は目の前にいる。愛する人を守る為に、そして幸せにするために。そのために俺ができることはなんだろうか。その答えはまだ出せないと思うけれど。
「そういえば、黒崎くん?あの時言った言葉に、嘘はないよね。」
「え?あの時って?」
黒崎は聞き返す。
「言ってくれたよね、『君が好きだ』って。私も、それに答えたいと思う。」
「え?いや、あれはだな、その、死ぬと思ってたから、つい……。」
戸惑う黒崎。だが茅野は躊躇しない。
「嘘でしょ。顔をみればわかるよ。誤魔化しても駄目。だから、
私も、黒崎君のことを愛しています。だから、私の恋人になってくれますか。」
黒崎は戸惑い、恥ずかしがり、臆しながら葛藤するも、遂に意を決してこう言った。
「勿論だよ、あかり。」
ついにカップル誕生。長かった。