「お前は……、ヴァンパイア‼︎」
黒崎は驚きを隠せなかった。
当然だろう。自分が夏休み倒した殺し屋が、目の前にいるのだ。
「よう、久しぶりだなガキ、今度こそ、お前の大事な物を頂こうか!」
おかしい、彼は防衛省が…
彼は記憶の糸を辿る、するとある事を思い出した。
そう、あの時グリップとスモッグは言っていた。
ヴァンパイアは居なかったと。つまり、自力で脱出したか、誰かに助けられたか。
恐らく後者で、こいつを救出した人物が、今回の事件を引き起こしたのだろう。
だが遅過ぎる、あれから半年が経った。何故今になって動き出す必要がある?
何故今まで動かなかった?
「一体…、なんのつもりだ?こんな所に出てきて。」
俺は問う。
「決まってるじゃねーか。お前に復讐しに来たんだよ。
あの時の屈辱、忘れはしねーぞ。自分より何歳も年下の奴に、
恐怖を感じ、怯え、挙げ句の果て殺されかけたんだからな!」
…馬鹿な奴だ。黒崎は内心そう思った。ヴァンパイアは確かにプロの殺し屋だ。
だが、奴の動きは、暗殺者ではあっても、正面戦闘のプロの物ではなかった。
だからこそ、黒崎は奴の攻撃で死ぬ事は無かったし、覚醒した彼はヴァンパイアを倒す事が出来た。
だが、あの時の事は未だに分からない。トドメを刺されかけた時、突然目が赤く血走り、
急に戦闘力が、身体能力が大幅に上昇した。
だが一方で理性を失い、立ちふさがる敵を排除する事しか頭に無かった。
何せ両親を殺した相手だ、彼は復讐を果たすまで、たとえ相手の戦意が喪失しても戦っていた。
黒崎はあと一歩のところで、ヴァンパイアを殺さずに済んだが。
あれは茅野が止めてくれたお陰だ。あれが無かったら今頃どうなっていたか。
想像するだけで恐ろしい。彼が茅野を命がけで助けたのも、
あの南の島での出来事が大きく関係していた。
だが、あの能力は代償も大きかった。あの後、彼は1週間程、身体がまともに動かなかった。
かなりの筋肉痛だった。
恐らく人間の身体にかかっているリミッターを外して、限界を超える能力だろうが、
そもそも身体に極度の負担をかけない為にリミッターがあるのに、
それを外したら身体を痛めるのは当然か。
何はともあれ、ヴァンパイアは正面戦闘のプロでは無い、
武道の心得もあり、戦闘ならE組でもトップクラスの黒崎に勝てる見込みは薄い。
その筈だったのだが…
「…フン、お前はあの時の復讐に来ただと?
少なくとも正面戦闘のプロでは無いお前が、俺に勝てるのか?
以前負けたのにも関わらず、愚かにも勝負を挑むとは…」
黒崎は相手を嘲る。だが…
「愚か者はお前だ、黒崎。俺があれから何もしなかったと思うか?
教えてやろう。俺がどういう経緯で此処に立っているのかを。」
ヴァンパイアは語り出した。復讐の経緯を。
「俺はお前にやられて簀巻きにされ、その場を動けなかった。
お前にやられた恐怖で、身体がまともに動かず、挙げ句の果てに気絶した。
だが、俺は目が覚めたら別の場所の床に寝ていた。
すると、そこに仮面の男が立っていたんだよ。」
「…お前は、誰だ、此処は、何処だ!」
ヴァンパイアはその男に向かって叫んだ。帰って来た答えは、
「私かい?名乗る程の物でもないさ。だが一つ言う事があるとすれば、
黒崎翔太、彼をいずれ潰そうとする者だ。」
「…あのガキを、潰す?何の為に。 」
ヴァンパイアは怪訝な顔をする。彼は強いが、それでも唯の中学生だ。
わざわざ潰す意味とは…
すると、男は仮面を外した。
ヴァンパイアはそいつを見て驚愕する。
「お前は…、」
そう、仮面の男は、黒崎の両親の暗殺を依頼した者だったのだ。
「そう、私だよ。彼にはある秘密があってね、その為に、彼を誘き出し捕らえる必要がある。
その為の君だ。そう、私は君に依頼する。黒崎翔太を捕らえる事を。
勿論たっぷり痛め付けてやってもいい。ただ、命を奪ってはいけないがね。
君だって、彼に復讐したいだろう?」
ヴァンパイアは答える。
「勿論だ。あのガキに与えられた屈辱、たっぷり返してやる。
それで、決行はいつだい?具体的な計画を話してくれ。」
「…そうだね、決行は来年の1月頃になるだろう。」
「何い!そんなに遅いだと!一体どう言う事だ。」
「この計画には慎重な準備がいる。ふさわしい場所の用意と、
彼を捕らえる為の準備、そして…、あわよくば、あの超生物の暗殺もやってしまおうとね。
彼を人質として。
勿論、賞金100億は全て君に支払おう。超生物を暗殺出来たのなら。
そしてね、こんなにも決行が遅いもう一つの理由。
君はまだ、到底戦える状態じゃないだろう?」
そう言われてカチンと来たヴァンパイアは拳を振り上げる。
しかし、腕が思うように動かない。あまりにもギクシャクした、ぎこちない動きなのだ。
「…嘘だろ?」
「君は彼にやられた戦いで、相当な重傷を負っている。
完璧に、君がプロの殺し屋として戦えるようになるまで、後2ヶ月は掛かるだろう。
勿論それは肉体的な回復だけじゃない。精神的な意味でも。
君は、かなりの恐怖を彼に与えられた。
恐らく今のまま戦おうとしても、彼への恐怖のせいで身体がまともに動かない。
その恐怖は、そう簡単には克服されない。
方法があるとすれば、君が彼を圧倒的に上回る自信と戦闘力を身に付ける。
そうすることで恐怖を消すしかない。
その為にはより時間がかかる。
そう、君が彼に完全に勝てるよう、君を改造してみせよう。」
…
「それから俺は、ただひたすらに、お前を倒す為に強くなろうとした。
何度も、てめえにやられた瞬間がフラッシュバックしたよ。
その度に身体が動かなくなって、恐怖を味わった。
だが、俺はそれを克服した。そしてさらなる強さを手に入れた。
今度こそ、お前の大事な物を頂こうか!」
「上等だ、やってみろ!」
そう言うと、ヴァンパイアはナイフを取り出す。黒崎もナイフを構える。
2人の戦いが始まった。
***
「おや、戦いが始まったようだ。」
仮面の男は語る。
由夏は縛られている為様子はよく見えないが、
2人の男が立っているのだけは分かる。
1人は間違いない、彼女の兄だ。
2人は何か話している様子だ。
「…君には状況がよく分からないだろうから、教えてあげよう。
君のお兄さんの前に立っている男は、彼が南の島のホテルの中で倒した男なんだよ。」
「…え?なんの事?南の島?」
由夏は状況がさっぱり分からなかった。
兄が、校外学習の一環として、南の島のリゾートで夏期講習へ行ったのは覚えている。
だがそこのホテルで一体何が起きた?
仮面の男の話によれば、誰かと戦って、その男をお兄ちゃんが倒して、
その男が再びお兄ちゃんの前に立ちはだかったと。
でも、何故そんな状況になるのかが理解出来ない。
「ああ、君は何も聞かされていないのかい?お兄さんから。
まあ無理もないか。何しろ国家機密だ、簡単に話すわけにはいかない。たとえ身内と言えども。
大事な事を教えてあげよう。今、君のお兄さんは、学校である事をやっている。」
「ある事…?」
由夏は聞き返す。
「…君のお兄さんが通っている、椚ヶ丘中学3年E組では、
…暗殺が行われているんだよ。」
「…え?暗殺?」
「そう、地球を破壊すると予告した超生物のね。」
「…超生物?地球を破壊?何を言っているの?」
彼女は混乱した。仕方のない事だ。こんな荒唐無稽な話を次々と言われても、理解が追いつかない。
「去年の3月、月の7割が消し飛び、常時三日月になっただろう?
あれを引き起こした犯人が、今年3月、地球を破壊すると言っている。
その超生物を暗殺し、地球を守る。それが君のお兄さんとそのクラスメイトに与えられた任務なんだ。」
由夏は思い出す。
月が7割消し飛び、大ニュースになった事。
それから、お兄ちゃんが、椚ヶ丘のE組へ転級した事。
その時から、確かに兄は、黒崎翔太は、前より格段に明るくなった。
以前より、兄は運動量が多くなった。家でのトレーニングも。
それも暗殺訓練の一環だと思えば納得がいく。
そして、夏祭りで出会った、関節が曖昧な巨漢の先生。
今思えばどう考えても人間じゃないし、あの人が、恐らく月を壊した暗殺対象なのだろう。
何故そんな人が、お兄ちゃん達の担任を?
そもそも何でただの中学生が暗殺を?
謎は山程あった。だが、これ以上聞いても混乱するだけだ。
今はそれを聞く時ではないと判断した由夏は、黙って男の話を聞く事とした。
…
一方、その時、黒崎は、息も絶え絶えに、その場に膝をついていた。
「…嘘だろ。か、身体が…、動かないだと…、何故、お前が、こんな力を…」
ヴァンパイアは、そんな黒崎を悠々と見下ろしていた。
「所詮はただのガキ。この程度か。」
ヴァンパイアは、退屈そうに呟いた。