「こ、こんにちは〜……」
知らない場所に入る時のようにおそるおそる入ってきた。
その人物こそ私達が待っていた、橘紅葉である。ちなみにうちの家に来るのは初めてだからおそるおそる入るのも間違いではなかったりする。
「こんにちは。紅葉ちゃん」
「おっすっす!もみじ!」
「今日も元気だね、楓ちゃん」
笑顔でそう言った紅葉ちゃんは、この店のマスターに、つまり親父に気づいたようでペコリと挨拶をした。
「こんにちは」
「こんにちは。梓の父です」
と、親父も挨拶を返す。
「やあやあ、皆揃ったようだね!揃ったところで、実はもう一人、人を呼んでいるんだ」
皆揃ってないのかよ。
「ふーん。で、誰を呼んでるの?知ってる人?」
正直知らない人と話すのはあまり得意ではない。なぜなら敬語を使うからだ。敬語ほど面倒くさい言語はないだろうとあたしは常々そう思っている。
「まあ、皆は知らないと思うよ。私の親戚だし。ほらさっき言ったでしょ?秘密兵器」
「あれ?親戚いたの?たしか十年前の事故で楓以外死んだんじゃないの?」
「死んでないよ!唐突に意味不明なボケかまさないでよ!めんどくさいでしょ!」
しれっという私にツッコミを入れる楓の様はまるで餌を発見したカツオドリのようだった。
「その秘密兵器さんがどうしたの、かな?」
うんうん。話を戻すのは大事だよね。流石紅葉ちゃん。どうでもいい話してんじゃねえよカツオドリ。
「うん。そろそろ来る時間だと思うんだけどね。たしかねー、十一時に来るって言ってたよー。今何時?」
時計を見ると十一時どころか十二時だ。遅刻だとしてもどう考えても遅すぎる。まあ何か急な用事が入ったんだろう。
「今は十二時。遅刻みたいだけど、連絡来てないの?」
聞くとメールが来ていたらしい。見ないんだったら通知はオンにしておこうね?あと携帯持ってるなら自分で時間確認しようね?
「ごめんねー。いやー本当はね?おじさんにプール貸してもらうつもりだったんだけど、なんか忘れてたみたいで掃除とかしてないみたいなんだよー。
それでさー代わりと言っちゃなんだけど今から市民プール行こうぜ!」
「楓のおじさんすごいな。マイプール持ってるのか。……あたしは別に構わないけど?紅葉ちゃんは水着持ってないだろうし一度家に帰らないといけないんじゃない?」
いや待て。まさかとは思うが紅葉ちゃんが持っている鞄の中には――
「あっ、それなら大丈夫です!楓ちゃんに持って来てって言われたので!」
「二人ともどんだけプール行きたかったんだよ」……
と呟いたのだが楓にはしっかり聞こえていたようで、
「そりゃね、プールだよ!夏のメインイベントと言っても過言ではないよ!夏にプール行かないのってとってももったいないと思うよ!なぜならそう、プールはプールだから!私は花火とか海よりもプールが好きなんだよ!花火は露店回って花火見たりするだけだし、海は口に海水が入るとしょっぱいし!」
なんかすごいプールにこだわりがあるみたいだな。
「そうか、熱意は伝わったからとりあえず昼ご飯にしようぜ。親父、なんか作ってくれ」
チラリと親父の方を見て頼みこむ。
「自分で食べる分は自分で作りなさい。ついでに三人の分も作りなさい」
これでも偶には親父の手伝いをしたりするからそこそこの物は作れる自信がある。勿論親父が作る料理の方が上手いが。しかし、この場合の感じはただ面倒くさいだけだろう。ちゃっかり自分の分入れてるし。
「わかったよ。皆何か希望はある?」
こう聞くと大抵の人はこう答えるんじゃないだろうか……。
「「なんでもいい」」
「ミートスパゲッティ食べたいなぁ」
そう、なんでもいい。と思ったが紅葉ちゃんはしっかりリクエストを出してくれたようだ。こういう時リクエストを出してくれるのは有難い。
「じゃあスパゲッティで」
そんなわけであたしは四人分のスパゲッティを作りました。およそ20分ぐらいで。
「まあ、美味しいね。うん、悪くは無い」
「なぜ、上からなんだ。食べさせてもらうことに感謝しろ」
「流石は俺の娘」
「あんたの娘じゃない」
「娘よ。さすがにその冗談は駄目だと思うぞ……」
泣きそうになっている親父は放っておこう。
「ところでプールってどこのプールに行くの?」
「近くの市民プールでいいだろ」
「本当はでかい所行きたかったけどまあ仕方ないね」
楓もそれでいいみたいなのでそこに決定。
「じゃあ食べ終わったら私はここで準備しておくから二人は……」
いや待てよ。二人とも水着は持ってるのか。ならどうしよう待たせておくのも申し訳ないしな、と考えていると横から声が入る。
「あっ。勿論待っておくよ?ね、楓ちゃん」
「当然!待ってるから出来るだけ早くね!」
わざわざ待ってくれるのか。出来るだけって何だ?プレッシャーかけてるように感じるんだけど……。
「まあ、善処するよ。あ、おかわりは自由でいいよ」
「了解ですっ!いやーそれにしてもプールなんていつぶりだろ。去年も行ったから一年ぶりかな?」
「去年行ったらなら間違いなく一年ぶりだね、楓ちゃん」
「ありゃ?そりゃそうか」
呆れ気味の紅葉ちゃんと笑っている楓を横目に食べ終わった私は「ご馳走様でした」と挨拶し食器を片付け、準備に取り掛かる。準備と言っても財布やら水着やらを鞄に詰め込むだけなんだけどね。
たしか水着は自分の部屋に置いておいたはずだ。階段を上がり二階にある自分の部屋を目指す。部屋の中に入りクローゼット中をガサゴソ漁っていると。目的の水着が見つかった。それはミントグリーンと黒の縞々で、ワンピース型の水着だ。正直ビキニとか恥ずかしすぎて着る人の精神がどうなってるか分からない。あれもはや下着と変わらんだろ……。実は去年も水着を着る機会があったので大きさの心配はする必要はないだろう。
皆がいる一階に戻るとスパゲッティが入っていたお皿は全て空になっていた。おかわりまでしてくれるとは作った身としては嬉しい限りだ。いやマジで。
「お、桐谷来たね。じゃーそろそろ行こうか。お邪魔しました」
「お、お邪魔しました」
ペコリと頭を下げる二人に親父はまたおいで、と言った。
「じゃ、行ってくる」
「よし、それじゃーいくぞ!」
おー!と、意気揚々と扉を開ける二人の後を私もついて行く。二人とプールに行くことになって心臓の鼓動が少し早くなったのは二人には内緒だ。やっぱり恥ずかしいしな!