受験も終わっのでこれからはここに力を入れようと思います。
よろしくおねがいします。
「着いた……」
そう呟いた楓の姿はこれまでの道のりの壮絶さを物語っている……。わけでもなくただ夏の厚さに辟易としているだけのようだ。
自転車を使ったし、風はそこそこ吹いているがそれでも暑いのが夏というものだ。
着いた場所は市民プールだ。広さはなかなかのもので、すでにそこには多くの人で溢れかえっている。ともすれば出る結論は一つ。
「帰らない?」
などと口から零れた瞬間には二人から大反対をくらい、ああしまったと思った。
ボケ! 人で無し! などと訳の分からない事を言っていた楓は即刻黙らせた。拳で。
入場口で五百円の入場料を支払い、向かうは更衣室。さっさと着替えて水の中でゆっくり涼みたいな。そう考えていた時に紅葉ちゃんが話しかけてきた。
「二人はどんな水着持ってきたの?わたしはこれなんだけど……」
と言って見せた物は、なんかドレスみたいなのだった。というのも、ビキニにスカートのようなものを着けた物だ。なんの偶然かそれはあたしの物と同じような明るい緑色をしていた。きっと紅葉ちゃんにも似合うだろう。
「あたしのはこれだけど」
おー、と小さな歓声が上がった。どうやらお気に召したらしい。
「私のはねー。はいっ!」
じゃじゃーんと見せたのはオレンジ色の布地に白色のフリフリが着いたビキニだった。というかやっぱあれだな。これはあたしには無理だな、うん。露出度が高いんだよ。
「なんでもいいからさっさと行こうぜー二人とも。更衣室蒸し暑い」
「なんでもいい、か……」
「大丈夫!しっかり可愛いよ!」
「なんとも微妙な励まし方だなあ」
思わず口から漏れた言葉はどうやら二人には届いていないようだった。そんなこんなで各々の水着について感想を述べながら着替えている。
皆の着替えが終わるとプールに移動する。その間楓がずっとしょんぼりしてた。フォローを入れるべきか迷ったけどどうでもいいからやめた。
「ほんとに可愛いよ?」
紅葉ちゃんは励ますのに忙しいのだった。
突然ぱっ、と顔を上げたかと思うと、さっきまでの落ち込みようはどこえやら、こちらに振り向いて。叫び出した。
「お、あそこのかき氷食べない?食べるよね、はい決定!」
「あんまり走ると危ないぞ」
「だいじょーぶ、だいじょ!?」
あたしの忠告は虚しく、楓は勢いよく前に倒れ、ああこれは痛いぞ。と思い、反射的に目を瞑る。でも楓の叫び声は聞こえてこなかった。
「まったく、危ないなあ楓ちゃんは」
いつの間に移動してたのか、にっこり微笑む紅葉ちゃんが楓の肩を支え、倒れるのを防いでいた。
「あ、ありがとう……」
何故か楓の頬が少し紅くなってるのはこけたことへのものだと思いたい。つーか本当にこけるとかどんだけかき氷食べたかったんだよ。
「どういたしましてっ」
「ほらかき氷食べるんだろ?早く行こうぜ」
「そうだね、うんそうだよっ!早く行くよ!」
一人で勝手に納得したと思ったら、突然叫んで進み出したものだから少し驚いた。叫んだ楓は流石に学んだのか早歩きで抑えている。
かき氷屋には、イチゴ、ブドウ、ブルーハワイの三種類のシロップがあるらしく、どれにしたものかと悩んでいると「一個ずつ下さい!」と楓が注文した。あたしも紅葉ちゃんも何にも言ってないんだけどなあ……。
「はい、桐谷はブルーハワイ、紅葉ちゃんはイチゴね!」
「いいんだけどさ。メロンすらないってどうよ?需要には答えるべきだよねー」
「まあまあいいじゃん梓ちゃん。美味しいよブルーハワイ。食べてないから知らないけど」
「そんな無責任な……」
一度更衣室に戻りレジャーシートを持ち出し、設置されていたパラソルの下に広げ、パクパクかき氷を食べてる時。もはや夏の風物詩と化しているキーンと来る頭痛が襲った。どうやら紅葉ちゃんと楓はそれに弱いらしく食べている間終始、頭を抱えていた。頭を抱えていたって変だな。なんかこう、うわーってなってた。
かき氷を食べてる途中に、「じゃあ今日は水鉄砲バトルする?」という紅葉ちゃんの提案により本日は水鉄砲を用いた戦いになるそうだ。
本気のやつではなく、拳銃型のやつ。
ルールは簡単。多く水鉄砲で撃たれた人の負け。勿論プールの中なので当たり判定は自己申告制。しっかり数えないとね。負けたら帰りに家の店でコーヒーを一杯奢り。コーヒーの奢りとなればプカプカ涼む、なんてしてるばあいじゃないだろう? プール帰りに飲むコーヒーは最高だと思うよ? 飲んだことないけど。
三人が食べ終わり水鉄砲を更衣室から取り出し準備完了。
私の「よーい……どん!」の合図で戦いは始まった。
のだが……なんか二人の動きが凄かった。さてさてどうしよっかなーとポケっとしてるあたしとは対照的に、まず二人のとった行動は、水の中へ身を隠し水を補充しながら距離をとることだった。あまりの行動の速さに、更にポケっとしていた。
が、しかし。こちらに向かう影が一つ。ここでようやくあたしは慌てて水を補充して待ち構える。影の正体は水でぼやけて見辛いが、色(水着の)で察するに紅葉ちゃんだろう。出てきたところを撃ってやろうと身構えていると、影(紅葉ちゃん)はあたしにぶつかると、水中から飛び出て、
「こめんなさい!ゴーグルを持ってないんでよく前が見えなかったんです。ごめんなさい!あのぎゃっ---」
あたしは何やら勘違いしている紅葉ちゃんに向かって、連続して引き金を引いた。
「何謝ってんの。あ、今五回撃ったからね。いくら水中だといっても自分がどっちに進んでるのかぐらい把握してないと駄目だよ? そんなボーッとしてると男の子に襲われちゃうよ? なんならあたしがぎゃっ---」
悪戯っぽく言うと、顔を赤くし肩を震わせていた紅葉ちゃんの反撃にあたしはやられた。
「あんまり馬鹿なこと言ってると怒っちゃうよ!」
「ごめんごめん」
「二人共何やってんの!戦争は始まったばかりだよ!」
遠くにいる楓の言葉により戦争再開。
もちろん紅葉ちゃんと別れる前、密約を交わした。楓を狙いつつお互いに少しだけ撃ち合うといったものだ。紅葉ちゃん黒いね!人のこと言えないけど。
密約の効果は絶大で、その存在が楓にバレることなく戦争は終了した。もちろん楓の惨敗だ。
「いやー二人共強いっすねー」
「ペナルティは何だっけ、晩飯奢りだっけ?」
「違うよ梓ちゃん。それとプール代だよ」
「違うだろ!コーヒー一杯奢りだろ!ペナルティの内容変えるなよバナナ野郎!」
「バナナ野郎って何だよ」
「話題に出てたバナナと馬鹿を掛けてみた」
「バナナは話題にも出てないし掛かってもないよ楓ちゃん」
プールの水にぷかぷか揺らされながら少し休憩をした。
雲一つない青空を眺めていた時だった。バシン!! と顔にぶつけられた物は定番のビーチボールだ。珍しいものでスイカではなくリンゴのボールだった。
おい楓、何するんだよ。と言いかけたところで、当てられた方に目をやるとリンゴのように顔を赤くした紅葉ちゃんがいた。
「紅葉ちゃんはそんなことしないと思っていたのに……」
「私もちょっとぐらいやっちゃうんだよ?」
えへへー、と笑う紅葉ちゃんは許そう。テヘッ、という楓だったら投げ返したが。
「次はそれでキャッチボールしようよ!」
「ビーチボールはキャッチボールと言うのか?」
「言うんじゃないの?まあいいんじゃん!」
それもそうだ。よし一つルール確認をしよう。
「フェイントは?」
「どうする紅葉ちゃんさん?」
「じゃあー、あり、かなー」
「ペナルティはどうする紅葉ちゃんさん?」
「じゃあ、今回はなし、かなー」
「楽しくやろうぜ」
と、そこで楓が何やら目配せをあたしの方にした。なるほど今回は紅葉ちゃんがターゲットか、ふふ。
ボール遊びでは初めはあたしと楓の二人だけでしていた。それーあははーといった具合に。泣きそうになった紅葉ちゃんを見て二人で満足したところで、紅葉ちゃんにもボールを回した。怒られたけど仕方がないよね。紅葉ちゃんの泣き顔が可愛いのが悪い。
最終的にバレー的なことをして、飽きたらウォータースライダーを疲れるまで乗り回した。ウォータースライダーから離れて、置いていたレジャーシートの上に座り休憩。
「いっぱい遊ぶと疲れるねー」
「疲れたねー、うん」
「疲れたな、うん」
ふー、と溜息をつく三人。プールに立っている時計を見ると時刻は午後六時を回っている。
「そろそろ帰るか」
心配性な親父は七時までに帰ってきて欲しいそうだ。その心配をしかと受け止めたあたしは、帰宅を提案した。
「えーもう帰るの?七時まではいけるよ?ね、紅葉ちゃん」
「私、八時までいけるよ?ね、楓ちゃんさん」
「じゃあわたしは九時までいけるよ?てかなんでさん付け?」
「じゃあってなんだよ。そして何の競走だ。家の店で晩ご飯食べてくんだろ?どうせ遅くまで家にいるんだし早めに切り上げるぞ」
はーい、と声を揃えて答える二人。
「まずは、シートを畳もうか」
シートを畳み、更衣室のロッカーに入れると次に目指すはシャワー。個室などというプールの利用料金が上がりそうなものはここにはない。学校にもありそうな普通のシャワーだ。
「ねえねえ」
「どうしたの紅葉ちゃん」
シャワーで塩素を流している途中に話題を提示。
「学校のプールのシャワーってさ何であんなに冷たいんだろうね?ここはそんなに冷たくないし、むしろ温かいのに」
「そんなの簡単だよ」
わからん、と答えようとしたが先に答えたのは楓だった。
「それはね、お金が無いからだよ!お金が無いから水を温めるお金も無い。だから冷たいんだよ!」
「なるほどー流石は楓ちゃんだねー」
何だか適当に言っている気がするが、当たらずとも遠からずってとこかな。あたしは知らないけど。シャワー気持ちいいな。
服を着替え、髪を乾かすと時間は六時半だった。かなり急いだから七時には間に合いそうだ。
駐輪場で楓が訊いた。
「お父さん何作ってるかなー?」
「昼はあたしがスパゲッティ作ったから。そうだなグラタンとかかな」
両隣にいた影が消えた。二人して苦悶の表情を浮かべていた。
「どうしてグラタンなの?」
「なぜに?」
あれ、なんだろう。適当に言っちゃった、ごめんね?
「ほら、あれだ。イタリア料理繋がり」
「グラタンはフランス料理なんだけど」
なんて無駄な雑学を知ってるんだ楓は……!!いや雑学ってほどマイナーでもないか。あれ、あたしはそんなことも知らなかったのか。楓に負けた……のか?くそう。見た目アホそうなのに。
楓に間違いを指摘されたことへの敗北感に打ちひしがれてると、
「顔、紅いよ梓ちゃん」
微笑んだ紅葉ちゃんの優しい瞳に自分の顔がちらりと見えた。どうやら敗北感だけでなく羞恥心まで表情に出てたようだ。恥ずかしい……。
「二人共うるさい。早く帰るぞ」
自転車に乗り、恥ずかしさを隠すためか、少し語気が強くなってしまった。今度は嬉しそうにはーい、とまたしても声を揃えて答える二人の顔を見れば、まあいいか。とも思ってしまうあたりどれだけ自分は二人が好きなんだろうか。
「ねえねえ」
自転車に乗って家に帰っていると、呼びかけてきたのはまたしても紅葉ちゃんだった。
「二人は今日は楽しかった?来た時は、帰らない?とか言ってた人もいらっしゃったけどね?」
恥ずかしいぃぃぃーーーーー!!!!何その敬語と嫌味っぽい言い方のコンボ。心に来るし、朝のテンション低めの時の発言は許して欲しいよ!
「いや、その、あれはなんというか……」
恥ずかしさと申し訳ない気持ちでしどろもどろになっていたあたしの肩にポン、と手が置かれた。危ないからすぐに離したけど。
「わたしは楽しかったよ、ね、桐谷!」
「私も楽しかったよ。梓ちゃんは?」
あーくそ。なんでこの困ってる時にそんなに眩しい笑顔を向けてくるかな。大体そんな聞かれ方をされたら答えは一つしかないだろうに。
「あーもう……まあ、楽し……かったよ!」
これがあたしの限界。
「下向いてないで、こっち向いてよ〜」
左側からは楓のからかったような声が聞こえる。
「横からでも充分わかるよ?梓ちゃん顔真っ赤」
右側からは紅葉ちゃんの微笑んだ声が聞こえる。
ペダルをこぐ速度は速くなった。
余談だが、晩ご飯はグラタンではなかった。親父曰く、
「お客さんもいるんだ。お前達の分まで作ってられるか」
出てきたのは、今日の売り物の余りのカレーだった。店の中でなく、普段生活している部屋で三人で食べた。二人に聞くと美味しかったらしく文句はでなかった。ご飯食わせてもらっといて文句言うのも変だしね。
「喫茶店てカレー作るっけ?あんまり行かないから知らないけど……」
楓の口からポロっと出てきたようだ。当然返事は、
「さあね」
「なんだそれ」
何はともあれ、今日一日は楽しいものだったな。
「あ、今梓ちゃん笑った」
恥ずかしい……。