東京・千代田区。とあるビルの一階に、トライデント・アウトカムズ日本支部のオフィスがある。この企業はアメリカ・ロサンゼルスに本社を置く民間軍事会社で、PMC市場でもっともの成長率が高く中東やアフリカはもちろん、ヨーロッパ諸国の要人警護で実績を残している。軍隊を持たない日本においては特別警備会社と名乗り、要人警護やハイジャックなどの凶悪事件において警察や自衛隊とともに解決することや厳重な審査によって銃の所持及び携帯が認められていること以外では、一般的な警備会社とあまり変わらない上にトライデント・アウトカムズでは探偵業の認可を得て営業していた。
そのようなビルの地下にある射撃場で新品のアサルトライフル、レミントンR5を使い射撃訓練している、184センチの長身で浅黒い肌の男。彼の名はケビン菊地、ここ日本支部の支部長にして今のところ唯一の隊員である。以前は品川で探偵業もしていた(むしろそちらがメイン)が、CEOが勝手に秋葉原のビルを買い取ったため、数ヶ月前に引っ越したのだ。
「社員一人だけ日本に飛ばして、あげくに秋葉原に引っ越させるなんて、何考えてんだCEOは・・・まぁいい、引越しの挨拶に行くか」
明らかに左遷としか考えられないが、それでもこの地で仕事することに決めたケビンは、最初に近所のメイド喫茶に足を運ぶことにした。入ってみると受け付けらしい少女に席を案内され、流れるまま座る。
(俺は挨拶に来ただけなのに・・・)
案内した少女とは別の、紫のロングヘアーに、グラマラスだがどこかクビレのある体の少女が笑顔で彼の前に現れた。
「お帰りなさいませ、ご主人様。ノンタンです」
「(こういうのは苦手だが)ケビンだ。早速で悪いが店長はいる・・・」
店の厨房から女性の悲鳴が聞こえた。ただ事ではないと判断したケビンは厨房に急行すると、うつ伏せに倒れていた女性の遺体があった。誰も遺体に近づけさせないようにすると、あることに気がついた。遺体の髪に霜らしきものが降りているのだ。
(冷蔵庫が開けっ放しだ。そこに入っていたんだな。しかし、霜が降りるほど冷えていたのか?)
冷蔵庫の中身は生鮮食品が入っており、どれも凍るほど冷えていなかった。
「お嬢さん。この冷蔵庫に冷凍機能はあるのか?」
「い・・・いえ、冷凍庫は別にありますが・・・」
「そうか。この遺体は誰かわかるか?」
「店長です・・・まさか冷蔵庫の中で死んでたなんて・・・」
ケビンは残念がった。引越しの挨拶に伺ったのにまさか亡くなっているとは思いもしなかったからだ。
(背後から刃物による刺殺か。複数あることからして怨恨だな)
数分後。警察が到着した。先頭を切って現れたのはゴマ塩頭の中年太りの男だった。彼は根岸寿男、ケビンとは知り合いの刑事だ。
「あれ、ケビンじゃないか。どうしたこんなところで?」
「根岸警部、異動になったのですか?」
「品川から秋葉原にね。なんというか、わざわざ出向く手間が省けるよ」
「事務所引っ越したの知ってんですか?」
「律儀にも前の事務所に張り紙があってね」
「・・・忘れてた」
「まぁ気にしちゃいけないよ。ところで仏の身元は分かっているかね」
「あぁ、この店の店長らしい。引越しの挨拶に来ただけなのに遺体になっているなんて思いもしませんよ」
「これも探偵の宿命かもな。あとは私達がやるから、ケビンは休んでていいよ。困ったことがあったら連絡するから」
「わかったよ根岸警部」
メイドカフェを後にしたケビンは事務所に戻り、ソファに転がった。先ほどの殺人事件について整理するためだ。
(さっそくだが怪しさ全開の事件だ。まず遺体の髪が凍っていた理由、おそらく殺害後に冷凍庫か何かに保存していたからだろうな。店員の子が冷蔵庫だって言っていた、つまり外部で殺されて入れられたんだろう。今頃根岸警部は苦戦中だろうな、どうやって移動させていたか)
予想通り、根岸から電話がかかってきた。彼からの電話はケビンに仕事を依頼する時だ。
「なんでしょう?」
「すまないが頼まれてくれるか?遺体を凍らせるほど寒い場所を探してくれ!どこの冷凍倉庫を当たってもないんだ!」
「根岸さん、落ち着いてください。依頼は受けるが仏の人間関係当たったか?」
「調べたんだが誰も応じてくれないんだ、資料送っておくからそれも頼む!」
「根岸さんのお願いなんだ、引き受けるよ」
「ありがとう。何かわかったら教えてくれ」
電話を切ると、さっそくFAXで資料が届いた。容疑者は3人、1人目は大倉慶介。ゲームセンターの店長でメイドカフェによく通う常連であったが、顔こそいいが頭が悪く短気だったため店員からは嫌われているらしい。2人目は小畠宏美。普段はカメラマンだが重度のメイド好きで、店は彼女の撮影癖が原因で撮影禁止になったほどらしい。
「3人目は中山常彦。運送会社の社員で運転手であり、特定の店員に対して過激な愛情表現をするレッドリストに載るほど危険人物か。誰でもありえそうだが、地道に調べていくしかないな」
事務所のドアをノックする音が聞こえる。大事に備えて懐にあるベレッタPx4に右手を忍ばせる。
「どうぞ」
「すいません、ちょっとお話が」
「君は・・・メイドカフェの」
彼に前に現れたのは、さきほどまでケビンに接客していた少女、ノンタンだった。ケビンは右手を戻した。
「ウチ、本名は東條希っていうんです。実はお話したいことがあって」
「仕事の依頼かい?一応話は聞くよ」
「店長、一週間前に中山さんと揉めとったんです、お触りがどうとかって・・・」
「お触り?腿やら胸やら触ってくるアレか?」
「ウチはされてへんのやけど、ミナリンスキーこと南ことりって子、中山さんのお気に入りだったんです。彼が店に来てからしょっちゅう」
「なるほど。まずは彼女に会いに行こう、家の場所は知ってるかな?」
希の案内のもと、南邸に到着した。想像以上に大きな家で、ケビンは目を丸くした。呼び鈴を鳴らすとベージュのサイドテールの少女が出迎えてくれた。
「の、希ちゃん、この怖そうな人誰?」
「この人は探偵さん、実は話があってな」
「突然の訪問で申し訳ない、俺はトライデント・アウトカムズのケビン菊地っていう者だ。君のアルバイト先の店長が殺されたことを知っているかな?」
「えっ!?」
「この様子だと知らないみたいだね。実は今日、お店で遺体が発見されてね」
驚いて口が塞がっていない。しかも目線が定まっていないこともわかった。
「君は昨日出勤してたかな?」
「昨日は店長の相談して休みにしてもらいました。また、お触りはいやですから」
「なるほど。今日はこの辺にしておこう、何か事件に進展があったら教えるから」
ケビンはことりに名刺を渡すと、今度は大倉の勤めているゲームセンターへと向かった。店内に入る前に根岸に電話する。
「ケビンか。どうだ進展は?」
「順調とは言い難いな。ところで根岸さん、司法解剖の結果は?」
「死亡推定時刻は昨日の深夜0時から1時だ。まぁ殺害現場は喫茶店じゃないことは確かじゃな」
「だろうな、冷凍庫が小さすぎる」
「それともう一つ。刃物の形状からしてサバイバルナイフのようだ。犯人が持ち歩いている可能性が高いから気をつけてくれ」
「わーったよ」
ゲームセンターの事務室に入った二人は、店長代行の姫川と名乗る、真面目そうな若い男と話をすることにした。姫川によれば、大倉は一昨日から姿を見せていないらしい。しかも連絡が取れない状況だという。
「電話にも出ない・・・」
「珍しいんです、大倉は電話にだけは入浴中でも出る人なのに出ないなんて・・・探偵さん、探していただけませんか?写真も渡しておきます」
姫川から住所が書かれた紙と一緒に手渡された大倉の証明写真。目つきが悪く髪も金髪に染めているからか、余計に人から敬遠されそうな見た目だ。
「なぁひとついいか?こいつ、昔はチンピラか何かしてたんじゃないか?」
「なんでわかったのですか?」
「見た目が店長らしくない、名ばかりじゃなかったか?」
「そこもわかるのですか!?理由はわかりませんが、大倉は雇われ店長でして、簿記も碌にできない馬鹿でした。ただ接客だけは一級品でしたが」
「・・・今度は姫川さん、アンタが店長やった方がいい、オーナーに相談したらどうだ?」
大倉の家に訪ねようと思った矢先、根岸から電話が入る。
「もしもし、どうしたんだ根岸さん?」
「大変なんだ!大倉が、自宅の風呂で遺体で発見された!遺書が残ってるから自殺かもしれんが、ケビンは中山の捜索を頼む」
容疑者の一人が殺害され、残るは二人。中山の務め先である運送会社に足を運んだ。事務所に入る前にふと足を止めた。
(あれは・・・冷凍倉庫か?)
「ケビンさん?」
「・・・あぁ、なんでもない」
事務所に入り、中山の上司の飯田に話を聞いた。彼もまた大倉のように連絡がつかないらしい。しかも中山の運転するトラックもなくなっているらしい。
「探偵さん、彼を見つけてください。先ほどお話された殺人事件に関連するならなおさらです、お願いします!」
「もちろんだが、一ついいか?ここには冷凍倉庫があるみたいだが、昨日ぐらいに送り主不明の荷物がなかったか?」
「ええっと・・・ありました。誰が入れたかわかりませんが、お届け先の住所からして・・・例のメイド喫茶ですね。配送したのは、中山です」
「ありがとう。時間を取らせたな」
事務所に帰還し、希をソファに座らせた。
「どうしたんです?急に事務所に帰って・・・小畠さんから話聞いてへんのですよ?」
「聞く必要性がなくなったんだ。結論を言おう、犯人は大倉と中山だ」
「ええ!?」
「俺の推理はこうだ、大倉は中山と共謀し店長を殺しに家に入り、風呂から出た彼女を背後から刺し殺した。その後遺体を中山のトラックに入れた。その時に髪の毛が凍ったんだろうな。確か昨日は定休日だったはずだから、誰にも見られずに冷蔵庫に遺体を入れることができたんだ」
「・・・じゃあ大倉さんのはどうなんです?」
「中山が大倉を呼び出して、睡眠薬の類を飲み物に混ぜて眠らせた後、自殺にみせかけて手首を切って殺したんだろう、口封じも兼ねてだ」
「だとしたら、最後中山はどうする気なんやろ?」
「希ちゃん、俺は準備があるから、ことりちゃんに電話入れてくれないかな?現在地を聞くだけでいいからさ」
ケビンは地下武器庫に行き、R5を手に取り、それを分解しアタッシュケースにしまう。
(奴の本当の目的がアレで正しければ、彼女の身が危ない。できれば無発砲で済ませたいが、奴がどう出るかわからんからな)
服の下に防弾チョッキを着込み予備弾倉を専用ポーチにしまうと、希の前に姿を現した。
「ケビンさん、ことりちゃんに電話したら自宅にいるみたいや。でもどうしたん、そんな戦いに行くような雰囲気は・・・」
「君はここからは来ないで欲しい。一般市民を巻き込むわけにはいかない」
「でも」
「信じてくれ。友達はちゃんと守るから」
そう言ってケビンは駐車場に止めてある黒のセダンに乗り、南邸に向かった。
「ケビンか!?ようやく小畠から事情聴取したんだがアリバイがあった。調査はできたのか?」
「ああ犯人の目的がわかった。俺は先回りして取り押さえる」
「ちょっケビンどういうことだ!?おい、もしもーし!?」
十数分後。ケビンは南邸近くに車を停め、呼び鈴を鳴らす。しかし、何の反応もない。ドアノブを回してみると鍵が開いており、入る前にR5を組み立て、室内に入った。
(二階から何か聞こえる・・・行ってみよう)
音源の近い部屋まで移動すると、ケビンは勢い良くドアを開けクリアリングした。しかし、そこにいたのは動きやすい服装をしたことりの姿があった。安堵したケビンは銃を降ろした。
「た、探偵さん、いつの間に!?」
当然ながら驚いている。
「はぁ・・・君が心配で来たんだ。捜査結果も話したいからBGM消してくれ」
ケビンは捜査した内容を彼女に話した。
「中山さんは、私が目的、ですか・・・」
「そうだ。君へのお触りを永久的なものにするためだろうな、そんな奴の弁護なんてするなよ」
「私はただ、精一杯お仕事頑張っただけです、それだけなのに・・・」
「非常に残念なのはわかる。あの店には一度しか入っていないが、全員が輝いていた。それを身勝手な理由で崩壊させた野郎だけは、俺も許さない」
彼女の肩に手を乗せ、優しい笑みを浮かべた。
「汚れ仕事は任せろ」
その時、呼び鈴が鳴った。ことりが出ようとするが、ケビンはそれを静止させた。
「中山かもしれない、一緒に出よう」
一階に降り、ケビンはR5のグリップを右手に握り締め、左手でドアを開けた。外にいたのは丸刈りの冴えない男が銃口に驚き腰を抜かしていた。
「お前が中山だな?殺人の証拠がある、大人しく出頭しろ!」
先ほどの笑みとは遠い、鬼も逃げ出すほど恐ろしい顔で中山を睨みつける。
「ヒィ!な、なんだお前、ミナリンスキーの何なんだよ!?」
「黙れ!この子の大事な人間の命奪っておいて、それでもまだ満たされないか!?」
「あの女が悪いんだ、あの女が、ミナリンスキーを遠ざけたのが悪いんだ。僕は何にも悪くない!」
堪忍袋の緒が切れたのか、ケビンは中山の顔面を勢いよく踏みつけ黙らせた。
「さっさと黙んか変態野郎。見てて胸糞悪いんだよ」
生々しい現場を目の当たりにしたことりは、恐ろしさのあまりに気を失って倒れていた。
(・・・さすがに女の子には刺激が強すぎたか)
ボロ雑巾になった中山を担ぎ上げ、駆けつけた警察に身柄を引き渡した。その後、パトカー内で根岸から注意される。
「ケビン・・・今回はいつになくやりすぎだぞ、普段ならスマートに解決するのに」
「あまりに身勝手だったからつい」
「気持ちはわかるが、そんなことしたらロバートCEOも残念がるぞ?お前にとって親父代わりだろうが」
「・・・以後気をつけるよ」