前日の稲村ケ崎爆破事件をまとめた資料をファイルに収め、ようやく休憩するケビン。普段よりくたびれた様子を見た宏美は気を使ってミルクティーと一緒にクッキーを出した。
「ありがとう」
「ケビン大丈夫なの?この前CEOが来日してきて猛烈にあなたを抱きしめてたけど・・・」
「あぁ。応援に来ていた趙にも心配された。アイツがC4持ち出さなかったら、被害がもっと大きくなっていたかもしれなかった」
「時々自分のことも心配しなさい、いちいち気に病んでたら持たないわよ」
「わかってる」
悪態つきながらもクッキーとミルクティーを堪能する。
「そうそう、CEOが帰る前にこれ渡してほしいって」
「?これの中身は?」
横に長いジェラルミンケースが机に置かれ、中を開ける。
「これは・・・釣り道具か?」
「ゆっくり休んでねって意味じゃないかしら?ケビン休むってこと知らないから」
反論せず、竿を取ると先のしなり具合を見る。
「明日、休暇で海に行く」
竿と仕掛け、ゴカイを手に、修理が終わったセダンに乗って海に出掛けた。今日は誰にも声をかけずに一人でいる。竿先が大きくしなり、それに合わせてリールを巻き、大きなシロギスを釣り上げた。
「いいねぇ。アメリカとだいぶ違うから逆に面白い」
ナイフで活〆にし、途中の店で買った氷入りクーラーボックスに入れる。針にゴカイをつけ直すと、再び沖に向かって投げる。
「時には、レジャーもありだな」
釣果も10匹と多く、潮が引くころに帰る予定にしていたため余ったゴカイを残っている釣り人に譲り帰ることにした。少年時代、両親と一緒に釣りやキャンプに行ったことを思い出しながら運転していると、電話が鳴った。
「もしもし」
「あ、ケビン。休暇どうだった?」
「ガキの頃思い出してた。最高だったよ」
「っでね、仕事入れる?」
「今からか?」
「明日、西木野総合病院に向かってくれる?真姫ちゃんが話があるって」
「ほぅ珍しい。行ってみるかな」
今夜のツマミとして作ったシロギスの天ぷらが辛口の日本酒と合っており、有意義に過ごした。
西木野総合病院を訪れたケビンは、真姫に会い依頼を聞く。
「これ見てくれる?」
「・・・これは?」
写真には人通りのほとんどない深夜の幹線道路にヘルメットを被ったライダーと、乗っていたであろうバイクがライダーより前方に転がっている。しかもブレーキ痕が複数あり特定が難しい。彼女によればそのライダーは病院に勤めている医師らしく、飲酒運転によるスピード出しすぎの事故とは思えないらしい。
「石間って内科医の先生なんだけど、下戸だし事故起こすような乱暴な運転するような人柄じゃないわ。それに、これ明らかに誰かが偽装工作してるよね?」
「確かにそうだな。真姫ちゃん、理由はわかるね」
「バイクがライダーより前にあることよ。もしスピード出して急ブレーキかけたら、ライダーが前に飛び出す。したがってバイクは後方になくてはいけないわ」
「その通り。だから彼が何かトラブルに巻き込まれていないか調べてほしいんだね?」
「えぇ。石間さんは病院内でも評判よかったから、どうしても払拭してほしいの」
ケビンは依頼料の話をしようとした矢先、院長が話しかけてきた。
「探偵さんじゃないですか。どうしたんです?」
「実はですね」
依頼のことを彼に話す。
「石間先生のことですか・・・彼女がいなくなったことで多くの患者と看護師が悲しみに暮れていることは事実です。無念を晴らしていただけますか?」
「わかりました。さっそく質問ですが、彼女は下戸でしたか?」
「えぇ。私の家でパーティーしますが、絶対にワインなどの酒類に手を出しません。近所ですし真姫は彼女に懐いていました」
「お、お父さん!?」
「そうですか。事故当日に出勤してましたか?」
「その日は彼女、休みですね。事故のことを知って驚きました、まさか千葉に行ってたなんて」
「彼女、千葉と縁がないのですか?」
「千代田区生まれですから、地元なんですよ。親戚が千葉にいるって話、聞いたことないです」
ケビンは事故現場に行って石間のことを知っている人間を片っ端に聞くが、誰も知らないという。そんな中、目撃者を名乗る人物が現れ、なんと側道から赤い車が出てきて慌ててブレーキかけたものの、運悪くはねられた姿を目撃したという。その瞬間、恐怖のあまりに逃げ出し警察にも話していないという。
「ライダーがどこに落ちたか見ましたか?」
「はい。バイクより後方に落ちました」
「?それは変ですね」
「え・・・?」
「もし仮にブレーキをかけ、横から車が出てきたのなら、ライダーはバイクより前方にいないとおかしいからです、もしかして捜査かく乱する気じゃないですよね?」
鋭い目線で目撃者を名乗る人物をにらむ。
「ちっバレたか」
「ちょっとこちらに」
ケビンは袋小路に呼び出し、M629を相手の眉間に突きつけた。
「嘘の情報を伝えるデメリット、考えたことあるか?」
「ひぃぃ、こ、殺さないでくれ!」
「ダミーを伝えるということは、死を覚悟するのと一緒だ。わかるか?」
「す、すいません!」
「・・・今度したら撃つ」
その場を後にしようとしたその時、背後から殺気を感じM629を後方に撃った。振り向くと、目撃者だった男がトカレフを握っており、小刻みに震えていた。
「どうした、撃たないのか?」
M629をしまい、トカレフの銃口を自分の心臓部に当てる。
「撃て。お前にその勇気があるなら」
男は泡を吹きながら倒れ、こと無きを得る。
「俺を狙って声をかけたのか?それとも・・・」
男を拘束し、事務所に戻ってきた。オマルが待機しており彼に引き渡す。
「やってほしいがあるんだが・・・わかるな?」
「えぇ。久々に腕を振るえます」
穏やかな笑みの裏にあるドス黒い気配を肌で感じる。
「任せた」
任務の途中報告のため、西木野邸へ向かった。出迎えてくれた真姫の部屋に行って昼間の出来事を話す。
「え・・・狙われた?」
「あぁ。もし君だったら死んでた、相手は銃を持ってたんだ。石間さんの事故を調べるのは俺に任せてくれないか?君が自分で調べてはいけない」
彼女はわかっていた。以前救出された際、銃を持った男達とカーチェイスし死にかけたことを通じて今回のケースも同じとは言えないが、似たような状態になることは予想できる。
「じゃあどうしたらいいの、指くわえて待ってろって言うの!?」
「・・・弾は抜いてある。これを持ってくれ」
M629を真姫に持たせる。10代の少女にはさすがに重たかったのか、腕が床に落ちてしまう。
「ヴぇぇぇ重っ!こんな化け物よく持てるわね」
「命に比べたら、軽いもんさ。相手はこれよりもっと重い、もしくは危険な装備をしてるかわからない。それに、君のような女の子に銃を使ってほしくない」
回収しホルスターに戻す。
「信じてくれ、頼む」
翌日。ケビンは石間の家を調べることにした。医師をやってるだけあって家は非常に広いが、リビングにはテレビとソファとテーブル、二階の寝室も兼ねた自室には仕事用の机とベッド、衣装タンスとクローゼットだけと生活感があまり感じられなかった。
「家にいないことが多かったのか?引き出しの中、空だし・・・これは?」
引き出しの中に入っていたのは、黒いUSBメモリー。PCが室内に無いこの部屋で明らかに浮いていた。ケビンは頭を傾げる。
「何故無防備にしまってあったんだ?まぁ調べるか」
途端、玄関のドアが開く音が聞こえる。背中にかけてあるR5を手に取り、警戒する。
(足音が複数聞こえる。二人、いや、三人・・・オマルと宏美には伝えたが、二人とも別の仕事がある。つまり彼女を調べられるとまずい人物が差し向けた刺客)
階段を上る音が聞こえてくる。ケビンは押入れに隠れ、様子を伺う。
「あの医者の家にあるであろうブツを探せ」
男の声だった。その部下であろう人物達がひたすらに調べて回っていることが音でわかる。
「見つけたか?」
「いえ、何も」
「押入れを探せ、まだ手を付けてない」
ケビンはゆっくり構え、いつでも撃てるようにする。勢いよく開いた瞬間、肩に銃撃を浴びせ、ダウンを奪ったかと思えば、銃口を向け全員を隅に集め制圧する。
「動くな!」
「だ、誰だ!?」
「質問に答えろ、彼女がいない間に何をしようとした?」
「喋ると思うか?」
威嚇発砲し黙らせる。
「わ、わかった話す!あの医者が宮部ってジジイの主治医だった。だが、それをよく思わない人間がいて、そいつに依頼されてブツを探してんだ!」
「宮部?UTXに出資してる、芸能関係の」
「そうだ、なんでも胃が悪いって話らしいし入院までしてる。直接会ってもいいんじゃないか?」
「・・・お前ら、何があったか知らんが人間が死んでんだ。もし依頼を続けるのなら、消される可能性も視野に入れておけ」
USBの中身を宏美に調べてもらったところ、男達が話していた宮部の事細かなプロフィールが入っていた。医者が患者のプライベートを深く知っていいのかどうかはともかく、彼女が何故、調べていたのかが気になった。
「宮部権太って人、UTXに投資してるだけじゃなくて、A-RISEに対して自ら振付指導を行っていたみたいね」
「だが3ヶ月ぐらい前に西木野総合病院に入院か」
「彼女の資料によると、盲腸で運び込まれたみたい」
それだけ聞くと患者と医者だが、やはり調べている理由がわからない。
「宮部に会ってくる。何か知ってるかもしれない」
「面会時間が過ぎてるわ。会わせてもらえないわよ」
「実はな、俺が事故のこと調べてたら、目撃者を装って攻撃してきたんだ」
「なんですって!?」
「一応病院に行ってみる。確認しなくてはいけない」
セダンに乗って病院に向かう。だが、昼間見た時と違い、多くの民衆が集まっていた。交通整理していた警察官に話を聞くと、病院をジャックした連中が籠城しており、院長と患者数人が人質になっているという。途端、根岸から電話がかかってきた。
「ケビン、今どこだ!?」
「西木野総合病院の近くです」
「ちょうどよかった。私が言って通してもらうから来てくれ」
通されると、テントの下にテレビドラマで見られる犯人と交渉するための機材が置かれており、本格的に交渉を始める前だという。
「ところでどうして近くにいたんだ?」
「石間という女医と宮根の関係を本人に直接調べるためです」
「宮根権太と石間って女医の関係?・・・あぁ、宮根の孫だよ」
「孫?」
「実は石間女医の事故について調べていたんだが、彼女は宮根権太の隠し子の娘、つまり孫娘だ。公式には子供がいないから遺産は後見人である、秘書の川良了三が受け取ることになっている。だが・・・」
「その遺産は血族の石間さんに受け継ぐことになってしまう。だが、もう彼女はいない。とっくに死んでるハズだ」
「私もそのことを考えてた。もう邪魔がいないのに、何故なんだ?」
「・・・これは俺の勘だがな、その川良って秘書も入院してるって考えはないか?」
「患者ってだけしかわからないからなぁ」
すると、電話がかかってきた。相手は真姫だった。
「探偵さん、今テレビで見てんだけど、何が起きてんの!?」
「お父さんが人質になって囚われている。これからどうしようか作戦立ててるから、落ち着いて待っててくれ」
「ちょっと意味わかんない!患者によっては早くしないと命に関わるのよ!のんびり考えてないでさっさと行動しなさいよ!」
「・・・良いこと教えてあげる。敵が人質を盾に籠城してる際、もっとも重要なことは焦って突入するより、情報収集し交渉材料を集めることが最優先なんだ。仮に武装した人間が突入してみろ、人質が最優先に殺されるよ」
さすがの真姫も黙ってしまう。
「だからこうして落ち着いて行動するんだ、事件解決の基本だよ」
電話を切り、ケビンはセダンのトランクからR5とフラッシュバン、スモークグレネードを取り出し、装備する。
「突入はしない。だが、相手が殺しにかかったらこっちも同じさ」
「ケビン・・・」
その時だった。犯人の目をかいくぐって脱出してきたのか、白衣を纏った男性が病院から出てきた。根岸は駆け寄り、急いで身柄を確保する。
「お疲れのところすいませんが、病院にはどのくらい患者がおりますか?」
「犯人はかなり変わっています。看護師及び職員を全員解放し、患者のほぼ全員、特に重病の方々を別の総合病院に移送するよう指示し、院長と宮部さん、秘書の川良さんが人質になっています。ただ、犯人は7人いて、全員拳銃を装備しています」
「つまり、病院内には彼らしかいないってことですね?」
「はい。ですが、猶予があまりありません」
「と、言いますと?」
「川良さんは緑内障を患っています、私は眼科で彼の執刀医です。正直言って一人でする自信はないです」
「そのくらい難しいのですね?」
男は縦に首を振る。
「そうでしたか・・・わかりました、我々に任せてください」
ちょうどその時、根岸の携帯電話が鳴り響いた。根岸は険しい顔になる。
「秋葉原署の根岸だ、貴様らの目的はなんだ?」
「落ち着いてくださいよ刑事さん。目的はただ一つ、宮部と川良に真実をこの場で公表させ、世間的に失脚させることなんですから」
人を馬鹿にしたような喋り方をする犯人に腹を立てるが、必死にこらえる。
「真実だと!?」
「えぇ、我々の知る真実は、あなた方でも知らない、とっておきの真実です。もし公表すればUTX及び全国のスクールアイドルに支障をきたすでしょうね」
「どういうことだ?」
「彼らに秘めるそれは、幼気な少女の夢を潰す黒い事実です。我々を殺し、彼らを活かすのであれば少女達が犠牲に、その逆ならば少女達が救われる。さぁどうしますか?」
根岸は言葉に詰まる。
「・・・まぁじっくり考えてください。3日、待ちます。その間に調べるもよし、待たずに突入もよしです。何かあったら電話してきますので、失礼」
通話を終え、くたびれた様子でケビンを見る。
「すまんケビン、依頼だ。宮部と川良を調べてはくれないか?」
「石間医師の事件についても引っかかってました。もしかたら繋がっている可能性が高そうですし、調べてみましょう」
ケビンはセダンに乗り、宮部と一番交流があるであろう、UTX学園に向かった。