残暑が残る9月の暑い日、小平にある霊園に一人、花束を持って墓前に現れるケビン。墓には菊地家と書かれていた。
「親父、母さん。今年も来たよ」
手を合わせ、懐から香木を添える。
「仕事、うまくいってるよ。今じゃ二人増えて多少にぎやかになってる・・・そろそろ時間だ、また来年な」
踵を返し、その場を後にした。この日は彼の両親の命日で、毎年訪れている。そのくらい大事に思っている証拠だ。
その帰り道。昼飯を食べるため、池袋にあるピザ屋に寄った。バイキング形式でピザやフライドポテトを取るセルフ式のシステムに、一昔前のアメリカを思わせる店内をとても気に入っており、味も良いことで有名だ。
「趣旨変えるか」
フライドポテトにサラミとピーマンが乗ったピザ、そして、カレーライスをお盆の上に乗せる。自分の席に戻ると、それを美味しそうに頬張った。
(ここのは美味いな。次はカルボナーラ食べてみるか)
そう思った矢先、ケビンの席に一人の少女が座る。南ことりだった。
「依頼人待つ間に昼食ですか?」
「ことりちゃん。ここのは美味いから、食べてから仕事の話をしよう」
彼の想像以上の食いっぷりに、ことりは開いた口が塞がらなかった。
「け、結構食べるのですね?」
「まぁな。アメリカの味に近いんだ」
「そうですか・・・探偵さん、ファンから手紙が届くことがあるのですが、こんな手紙が送られてきたんです」
4通もの便箋をカバンから取り出し、それを見せる。
「どれも君に助けを求めているな。そのうち3通が服飾に関してのものだが・・・」
「最後の1通だけが、何故かシンプルに助けてだけ・・・この人大丈夫でしょうか?」
「幸い住所があるからそれを頼りに俺に調べて欲しいのか?」
ことりは頷く。
「確かにファンレターはどんな人間が送ってきたのかわからないから、迂闊に返事ができないな。まぁ任せてくれ。あとこれ、君の飲食代だ」
5000円札を彼女に渡し、事務所に帰ることにした。
持ち帰った手紙を民間の科捜研、大隅科学捜査研究所に依頼しに行くことにした。久しぶりに会った所長の大隈という男と雑談することにする。
「今日はトーマスさんと芳野さんの命日だったね。墓参りには行ったかい?」
「えぇ。両親の墓に、二人の好きだった花も添えてきましたよ」
「そうか。・・・あの事故は不幸だった、そう思うしかないよ」
ケビンの両親は交通事故で亡くなっている。実際に緊急帰国し、事故の調書を目にして初めて実感したのだと言う。
「・・・そうですね。そ、そうだ、大隈さんの好きな饅頭買ってきたけどいりますか?」
科捜研の近所にある甘味処の饅頭を、彼に渡す。
「おぉありがとう。ところで、これからどうするんだ?」
「住所にあった場所に行ってみます。では、俺はここで」
翌日の夕方4時。住所が表記されていた場所に向かうと、一件の大きな家に到着する。綺羅という表札があり、その人物もそういう苗字なのだろう。呼び鈴を鳴らし、待つことにする。
「はい、綺羅ですが」
この家の人間らしい、落ち着いた女性の声がする。
「探偵の、菊地という者です。お話しをよろしいですか?」
「どうぞ」
ケビンは招かれ、居間に通された。
「お話というのは?」
「この手紙ですが、お心当りありますか?」
手紙を見せ、小さな動揺が女性にはあった。
「・・・娘の字です。でも、変ですね」
「変?」
「南さんとは時々メールしたりする仲です。だから、今さら手紙を出すなんて」
玄関が開いた音が聞こえたと思ったら、小柄でμ’sメンバーに引けを取らない美少女が居間に入ってきた。
「ただいま!っあれ、お客さん?」
「この人探偵さんよ。そうそう、この字、あなたのでしょ?」
少女は字を確認すると、表情が険しくなった。
「ちょっと、私の部屋までよろしいですか?」
ケビンは二階にある彼女の部屋に招かれる。
「・・・綺羅ツバサです。何故、あなたがこれを持っているのか、教えてください」
「依頼人の詳細を言いたくないが、A-RISEの二人に免じて話すよ。ことりちゃんから依頼されたんだ」
「!?あなたが、英玲奈とあんじゅが言ってた探偵さん?」
ケビンは頷く。
「どうして本性隠したんだい?服飾なら、直接教えてって言えばいいのに」
「UTX内でも変な幻想抱いてる子達がいて、直接会って教わることが出来ないんです。しかも入学してきて困ってるんです」
「なるほど。具体的にどう困ってんの?」
「ファンレターはもちろん、何故か下着を送ってきたり、帰り道に待ち伏せしてたり・・・」
「OK.もういい。次なんだけど、どうしてことりちゃんに手紙で『助けて』って伝えたの?英玲奈ちゃんは俺と顔見知りだし、話しやすかったはずだよ」
「・・・だって、心配されたくなかったもん。リーダーは弱みを見せちゃダメだと思って」
「なるほどね。でも、身近な仲間を頼るのも、リーダーの仕事だよ。軍隊でもリーダーが全部一人で抱えるんじゃなくて、相談して決め合ったりすることもある。一番危ないのはリーダーが問題抱え込んで行動不能に陥ること、そんなことあったらチームが全滅する」
アンゴラで行った他社との共同作戦の際、何でも一人で決めたがる男がいたことを思い出し、そのことをオブラートに包んで話した。
「そう言われても」
「友達を信じなよ。今回は良かったけど、次は無いと思った方がいい」
そう言うと名刺を渡す。
「これが俺の事務所の連絡先だ、悩んだら電話をくれ。最初は女性事務員が出るから、俺じゃ相談しづらいことも話せると思うよ」
優しい笑みで彼女を癒す。
「ありがとうございます」
「良いんだ。これで全貌がわかったし、俺は帰るよ」
ケビンが帰ろうとした、その時だった。部屋の窓ガラスが割れ、とっさに破片から彼女を庇う。
「大丈夫?」
「え・・・どうして?」
窓から見下ろすと、サングラスに黒い服を纏った何者かが逃げていくのがわかる。ケビンは追跡しようと思ったが、たとえ二階から飛び降りても追いつかないと判断し、投げられたものを確認する。
「なんだこりゃ」
投げられたものの正体、それはエアガンの空弾倉だった。手袋をはめ、それを手に取る。
「もしかして、こんなこと他にあった?」
彼女は震え上がっていた。それもそうだ、安全なハズの自宅に物が投げ込まれたのだ、怖いに決まってる。大きな足音が聞こえ、母親が入ってきた。
「大丈夫!?」
「無事ですよ。それよりも、これは重大な案件です。警察に連絡を」
警察の聴取を終え、依頼人のことりに報告した。今回は彼女の身に危険があったことを話さないことにする。
「・・・と、いうわけで綺羅ツバサちゃんが送り主。怪しい人じゃなくてよかったね」
「ありがとうございました。これで安心して妄想できます!」
妄想内容を深く聞くことはやめよう。そう思ったケビン。
「報酬が2000円、いつでもいいから事務所でね」
電話を切り、改めてツバサに先ほどの攻撃的なことがあったのか確認する。
「ありません!ファンを裏切らない、それが信条ですから」
「まぁ落ち着こう。その話は信じるが、さっきの君の話のように重症の追っかけがいるんだし、裏切られたと勘違いして攻撃する可能性だってあるんだ」
「じゃあどうしろって言うのですか!」
「証明すればいい。自分達はファンを大事にし、裏切っていないってことをね」
ツバサは考えた。結果、ケビンに窓を割った犯人を捜してもらうことにする。
「お願い、犯人を見つけて。その人と直接会って誤解を解きたいの」
「わかった。ちゃんと捜すから、安心してくれ」
綺羅邸を後にし、捜査に当たることした。
ケビンはまず、カフェで英玲奈と待ち合わせることにした。彼女から知っていることについて聞き出すためである。
「久しぶりだね、元気だった?」
「おかげさまで。ツバサが大変な目にあったって聞いたのですが?」
「その通り。彼女から依頼があってね、犯人を自分から説得したいって言ってるんだ」
「探偵さんが一緒なら大丈夫だと思うのですが、何をお話しすればいいのですか?」
「まず、変わった幻想を抱いているファンについて知ってることがあれば。次に、学校内でそれぞれの住所とか知られる可能性があるか否か。それだけでいい」
「住所ですが、公表は一切しておりません。卒業したら芸能界に入ることを約束されているため、基本的に他人には教えることはないかと。ファンレターはマネージャーが管理していて、検閲が済んでから私達が読みます」
「なるほど。電子メールとかの場合は?」
「SNSがありますから、そこから受け取ります。それもマネージャーが確認していて、セキュリティーは抜群です」
「・・・つまり、君達の住所を知っている人間は本人達とマネージャーぐらいしかいないのかな?」
「そういうことになります。ファンの方々も個性的な面々が多いですので、誰が送ったかなんて、わかりかねます」
「学内に追っかけが来たって話を聞いたけど?」
動揺している。どうやら本当のことだったようだ。
「まぁ困ったら俺に連絡をくれ。なんとかする」
手土産のほむまんの入った袋を渡す。帰ろうとし、ふと足を止める。
「そうだ、マネージャーは一人かい?」
ケビンは事務所に帰り、地下射撃場でUMP-9を手に取った。訓練がてらに情報を整理することにした。
(情報を知り得ることができる人物、それは間違いなくマネージャーだ。英玲奈ちゃんによればグループにつき一人らしいから、誰かが監視している状態ではないらしい。つまり情報を流そうと思えば流せる立場だ。だがそんな簡単に情報を漏らさないだろう、何故ならリスクが大きく多くの場合見返りがあって情報を渡すケースが圧倒的だからだ。以前のミコトちゃんのケースとは違い偶然装って犬にカメラ仕掛けられないだろうし、昨今では犯罪が過激化している。迂闊に動けば、怪しまれる可能性も高い。取りあえず、会ってみるしかないか)
ターゲットを改めて見ると、狙いが少し拡散していることがわかった。
「その前にUMP-9の改造もするか」
清掃し、マウントレールにホロサイトを取り付け、今度の任務で持って行くことにした。
昼11時頃、ツバサを通じてマネージャーに会うことにした。二人で待ち合わせのゲームセンター前で時間を気にしながら待っている。
「お待たせしました」
やって来たのは正装姿の女性。彼女がマネージャーの道下政子だ。
「道下と申します。綺羅について相談があるとか」
「えぇ。ご存じかと思いますが、彼女が家にいるときに物が投げ込まれたのです。誰か心当たりがありますか?」
「心当たりですか。宇野日美香って1年生の子が休暇中の3人に付きまとったり、ライブには絶対に顔出しては熱烈な応援する子なら」
「そうですか。顔写真はありますか?」
道下は宇野の証明写真を取り出した。眼鏡をかけ、一見地味な印象を受けた。それを受け取ると、続けて
「手紙に住所が書いてあるかと思いますが、預かってもよろしいですか?」
「えぇ」
宇野が書いた手紙も受け取る。
「彼女の身の安全は守ります。ご安心ください」
その後道下と別れると、ツバサと一緒に事務所に帰ることにした。
「行かないの?」
「いきなり君と一緒になんてリスクが高いよ。まだ犯人と決まったわけじゃないし、君に被害が及んだら探偵失格だ。事務所なら誰が来たかわかるように最新式のカメラに敵だったら反撃できるよう、自動機銃が設置されてる。攻撃されても大丈夫だ」
「ちょっと待って、本当に探偵なの?」
「本業は特別警備会社の職員。わかりやすく言えば民間軍事会社の兵士ってところかな」
「うそ・・・」
ツバサは口が開いたまま塞がらない。
「まぁリラックスしてくれ。安全だから」
安全と安心は似ているようで違うと、胸中ツッコむツバサであった。
宏美に預け、ケビンは住所に記載された場所に行った。何やら目的地が騒がしいことに気がついた。
(なんだ、胸騒ぎがする)
呼び鈴を押すと、慌てた様子の中年男が出た。
「たたた大変だ!」
「どうしましたか?」
「娘が、首吊って死んでるんだ!」
ケビンは彼の肩を叩き、真剣な顔で
「まずは落ち着いてください。深呼吸」
「ふぅはぁ、こっちです」
二階の部屋に案内されると、証明写真で見た眼鏡をかけたパジャマ姿の少女が部屋の中で首を吊っている。脈を確かめるが手遅れだった。
「失礼ですが、何も触れていませんよね?」
「え、えぇ。あなたはいったい?」
「俺は特別警備会社の菊地と言います。探偵業も営んでおります」
「元軍人さんってことですか・・・探偵さん、私はどうすれば」
「とりあえず警察に連絡を。一階で待ってください」
ケビンは部屋の様子を確認する。何も荒らされていないうえに、踏み台に使ってであろう、学習机の椅子が転がっている。
(遺体は素足だな。座る部分の素材のクッションが化学繊維。次に重要なのは机の上だ。A-RISEやらμ’sのグッズが置かれてる。本当に好きなんだな)
ふとノートをめくり、字の特徴を見る。払いや跳ねが手紙の字と似ていることに気がついた。
「これは聞くことができたな」
一階に戻り、男性に手紙を見せる。反応があった。
「間違いなく娘の字です。娘に何があったのですか?」
「実はですね、彼女、重度の追っかけでして、綺羅さんから依頼されて俺が真偽を聞きに来たのですが、これでは聞けません。非常に残念です」
「確かにUTXに入学したいって相談があったことは確かです。しかし追っかけ目的だとは思いもしませんでしった」
「彼女、元々アイドルに興味があったのですか?」
「好きでした。追っかけもしたって話も聞いてます。でも自殺なんて考えられません」
「なるほど。それともうひとつ、彼女のノート、お借りしても大丈夫でしょうか」
大隈のもとに向かったケビンは、早速筆跡鑑定を依頼した。そこには根岸もいた。
「君も大変だね。聞き込みに行った先が殺人現場だったなんて」
「え?どうしてそれを?」
「根岸さんだよ。依頼したって聞いてさ」
「確かに殺人事件です。誰がどう見たって」
「話だけだけど、踏み台の椅子に足の指紋がなかったんだって?素足なんだから、指紋出ないとおかしいよ」
鑑識が調べた結果だそうだ。
「それに、首に手形が残っていた。小さかったから女性のものだと思うよ」
「死亡推定時刻は今朝の9時から11時ぐらいだ。ケビン、今回は彼女の友好関係を洗ってくれないか?」
「わかりましたよ。報酬、上乗せしますからね」