ケビンは消耗品の紅茶を買いに出かけていた。アメリカ人にも関わらず紅茶好きなのは、母が好んで飲んでいたからだ。一杯飲むたびに母の顔を思い出すという。
(やっぱり、アールグレイだな・・・ん、何だ?)
店の外が騒がしい。様子を伺うと、高校生ぐらいの男女が口論しているのがわかる。
「マー君のバカ、誰よこの子、いったいどんな関係なの!?」
スマホ画面を見せる、小柄で髪を二つに縛っている少女が控え目そうな男に問い詰めている。
「いやいやその、あくまで友達だよ、そう、ともだ」
「おい、喧嘩は他所でやってくれ。ギャラリーがどんどん増えて、帰れなくなるぞ」
会計を済ませたケビンが間に入る。
「ふん、いいもん、じゃあね」
少女がご立腹な様子でその場を去り、男の方も逃げるように去って行った。
(恋愛の若年化で、修羅場も身近になったってことか?依頼が増えそうな気がする)
ケビンが事務所に戻る。宏美が客相手に丁重にもてなしていた。
「あっ、ケビンお帰り」
「依頼人か?」
「なんでも、彼氏の浮気の証拠を探ってほしいって話よ?」
日本で探偵業を初めてから、その手の依頼は珍しくない。依頼人の顔を見るため、正面に向かって座る。
「・・・あれ、さっき喧嘩してた」
「あ・・・あなたがケビンさん?」
「お嬢さん、名前は?」
「小西ミカです・・・先ほどはすいませんでした、見苦しいところを」
さっきまで彼氏と喧嘩してた少女だった。
「もしかしてだけど、浮気調査?」
ミカは静かに頷いた。
「さっきの騒動で話は予想つくけど、スマホの写真、見せてくれる?」
「これです」
見せてくれた写真は、一見するとスキー場でミカとその友人と一緒に撮っている写真だ。
「ここをよく見てください、一緒にスキーに行けないって彼言ってたのに、別の女の子と行ってるんです」
左端を拡大してみると、画像こそ荒いが見覚えのある男が少女と腕を組んでいるのがわかる。
「もしかしてこれだけで浮気と決めつけたのか?」
「そうですけど・・・」
「これだけじゃ証拠としては弱いかな。物的な証拠、例えば普段彼には必要ないものが部屋にあったとか、目撃証言とかないかな?」
「これしか、ないんです」
「なるほど。このスキー場の名前と彼の住所、顔写真を俺に渡してくれないかな?探ってみるよ」
「引き受けてくれるんですか?」
「まぁね。証拠が挙がんない場合、金は取らないよ。特別に格安で引き受ける」
ケビンはミカからスキー場の名前と彼の住所、宿泊場所、顔写真を受け取った。満足気に帰っていくミカを見届けると、宏美はケビンに声をかけた。
「ねぇいいの?モルグの調査と並行して、失敗したじゃ済まされないわよ」
「わかってる。だが面白いことがわかったぞ、スキー場の住所を見ろ」
「?・・・ここって確か」
「モルグの北関東支社と近いんだ」
群馬の山奥に外資系総合商社の支社がある事態、かなりおかしい話だ。
「明日早朝に一緒に行くぞ。運転は任せとけ」
そういうと地下射撃場に足を運び、射撃訓練を始めた。
二人は住所をもとにスキー場へと向かった。この日雪が多く振っており、共に冷えない格好で浮気疑惑の調査をする。最初からモルグの調査するよりも住民の信頼を築きやすいからだ。
「まずはロッジで聞き込みをしよう、しかし・・・」
「すごい人の数ね。覚えてる人いるかしら?」
シーズンだけあって多くの人間が集まっている。もちろんスキー客だ。ミカの話によればスキー板を持っていないと聞いていたため、ロッジに入り最初に声をかけたのはレンタル品を扱うカウンターにいた店員だった。彼は覚えておらず、次は昼を食べた食堂のおばちゃん。やはりと言ったところか、これといった情報を得られなかった。
「ケビン。泊まったホテルも調べてみましょ?記録が残ってると思うわ」
「そういや泊まりって言ってたっけか?」
ホテルに向かい、宿泊名簿を見ることができた。
「確かにいるな。1月14日の19時にチェックイン、1月16日7時にチェックアウトしてる」
「東京行きのバスの発射時刻は7:40ね。ちょっと早くない?」
「一月経ってこの雪だから積もって動けないことも考えたか、もしくは別の理由があったか」
聞き込みをして早2時間、ようやく有力な2つほど情報が入った。スキー教室のインストラクターとホテルのフロントの男性が彼のことを覚えていたのだ。
「二人も覚えていたのは奇跡だったわ。証言をもう一回聞いてみましょ?」
ホテルに泊まることにした二人は早速、ボイスレコーダーに録音した証言を聞いてみることにした。
『この人確か、女の子と一緒に来てた人よね、親子みたいだったから覚えているわ。共に初心者でよく転んでたの覚えてる、うん。でも、次の日には彼、見違えるようにとてもうまくなってたわ、1日2日でうまくなるなんて考えにくいし、演技してたのかしら?』
『1人でチェックインしましたよ、それに写真の方が22時半にホテルを出て行くのを見ました。しばらくして日付が変わるか否かの時間に辺りを警戒しながら帰ってきましたね。熊は出てませんから幽霊でも見たんでしょう』
聞き終えた二人は一呼吸置き、宏美から意見を述べる。
「ちょっと変じゃないかしら?だってスキーできない人が翌日うまくなってたっておかしいわよ」
「ミカちゃんによれば彼、運動得意じゃないって話だし・・・なんか引っ掛かるな」
ケビンはスキーロッジでもらってきた1月14日から1週間分のスクラップを読む。
「なんか疲れちゃったわ、入って来ていいかしら?」
「誰もいない時間に入れば気兼ねなく入れるぞ?」
「ちょっと、だらしないわよ寝ながら読んで」
「?宏美、これ見ろ」
ケビンが1月16日の新聞に載っている記事に指差す。それはスキー場付近にある、大沼と呼ばれる場所で全ての臓器が無い男性の遺体が発見されたという事件だった。
「俺はこの事件について明日、警察に行ってみる。宏美は車で待機」
「わかったわ」
警察署に向かい、根岸の知り合いという刑事の話を聞く。彼によれば発見時、黒いビニール袋に入っており、目立った腐敗がなかったため1月14日に殺され、その場で捨てられたものだと思っていたが、死亡推定時刻が1月12日で、その彼が16日の7:00にスキー場の無料シャトルバスに乗っているのを目撃したと情報が入ったらしい。
「ちょっと待ってください、その男なら昨日、秋葉原にいましたよ。女の子と揉めてた」
「・・・それホント?この子幽霊と会話してるの?」
「刑事さんしっかりしろ!その男は現実にいる!・・・待てよ、そうか・・・このままじゃまずい!」
ケビンはオマルに電話する。
「俺だ!小西ミカの身柄を確保してくれ、このままじゃまずい!」
電話を切る。
(恐らく、犯人の目的は臓器だ。モルグの工作員なら平気で臓器を売りさばいて金に換える・・・じゃあ不倫相手はどう説明する?・・・そういえば親子みたいって言ってたな。と、なれば、ミカちゃんもターゲットの可能性が非常に高い)
「どうしたんだいったい・・・」
「死人が増えるかもしれない・・・奴は化けてる、自分が殺した相手に」
「!?な、なんでそう言えるんだ!」
「モルグ社をご存じで?」
「あぁ。あの薄気味悪い外資系総合商社の・・・そうか、そいつらが絡んでいるのか!」
「秋葉にいる工作員を逮捕すれば奴らを追い詰められる。協力願います」
連絡を受けたオマルは新垣と共に小西ミカの自宅に向かった。家を訪問すると、本人が出迎えてくれた。
「初めまして、トライデント・アウトカムズのオマルと申します。ケビンの仲間です」
「探偵さんの?」
「はい。ケビンの指示であなたのボディーガードをやってくれと頼まれました。契約料はいりませんから安心してください」
「へ?で、でも、今日彼氏とデートで」
「中止に出来ますか?不用意に動いたら守れませんから」
本当のことを今言っても信じないと判断したオマルは遠回しに彼から遠ざけようとする。しかし、思いもよらぬ事態が発生した。マー君が姿を現したのだ。
「遅いから来ちゃった、さぁ行こっか」
オマルは危険を察し、彼女に手を伸ばそうとする彼を素早く拘束した。新垣はコートに忍ばせていたイサカM37を抜き、文字通り威圧する。
「な、何の真似?」
「とぼけても無駄ですよ。あなた、モルグの工作員にしてマー君を殺した犯人ですね?骨格は似てたみたいですが、あなたはミスを犯しました」
「ミス?」
「あなたは運動が得意みたいですが彼はそうではなかった。うっかり上手く滑ったところを見た方がいらっしゃいました。さぁ、観念してください」
彼はハンズアップし、降伏を示した。
「思ったより優秀な連中だな。そう、俺らはモルグの社員だ。俺のパートナーが外で待ってるから、迎えに行けばどうだ?」
新垣に行かせよとした矢先、銃声が響いた。新垣は停めてあった車を発見と同時に驚く。フロントガラスに穴が開き、向こうには眉間を貫かれた女性の遺体があったのだ。
(あの家の屋根か!?・・・いや、追うのは危険だ)
狙撃ポイントであろう場所をじっと見つめ、力無く肩を落とした。
(彼女を狙撃したのは誰だ?趙さんは確か上海だし、フランクリンは入社してアフリカにいるし・・・しかも家から300メートルあるぞ、きれいに殺すならスナイパーライフルしかないし)
何度考えても答えが出なかった。
「これは、闇が深そうだ・・・」
ケビンは帰還後、改めて証言を確かめてみた。おかしい点に気がついたからだ。
(なんてことだ・・・まさか本当に幽霊がいたってことか?)
それを知った宏美もケビンに抱き着くように震えていた。