次の新型MSの草案をまとめる。
結構複雑な作業かと思われるが、実はそうでもない。
今回の新型の必須項目は二足歩行である。
そう、ガンキャノンだ。赤く塗ったのは、先の二足歩行テストで見えづらい色だったので、改善してもらった結果だ。あの色って、この程度の理由なのか?
「どういうことです?」
レイ大尉が、やってきてこちらの草案を指す。
ああ、やっぱり来たか。
「どういう事とは?」
「RX-76を凍結して。その上でRX-77。どういうことですか」
突然の特大の仕様変更に意見を言いに来たのだろう。そりゃそうだ。
「余計な時間をかける余裕なんてないのですよ」
「わかっているさ」
「では!」
「だから、RX-77は二足歩行のテスト機なんですよ」
「RX-76は?」
「コアブロックシステムは?」
「……」
そう、RX‐76は初期構想時のガンダムである。ガンダリウム合金の装甲に、ビーム兵器。ザクを超えるエネルギーゲインを持つスーパー機体だ。
そして、それだけである。RX-75で提案された教育型コンピューター搭載のコアファイターを使用した合体分離機能は当然盛り込まれていない。
それは情報収集機能のない、ジオンMSの理論構想と同じ、ハードウェアとしてザクを超えるだけという機体だ。
「コアファイターの必要性と有用性は君も理解しているだろう?」
「……」
「それを、ガンダムに取り入れない理由はあるかね?」
「それがRX-76の廃案ですか?」
「それがRX-77だよ。二足歩行テスト機は名目にすぎない」
思いっきり嘘であるが、科学者連中の弱みに付け込むための大義名分に丁度良かった。
なんで、RX-76にコアブロックがないと思う? 有用で、公式的にも採用しようと思っているのにだよ。
はっきり言うが、V作戦の先行きは不明瞭どころか失敗する確率の方が高かった。その最大の理由は、先にも述べたコスト無視のガンダム量産計画であるが、それとは別に致命的な問題があった。
開発チームの権限の肥大化である。
そうでなくても、各専門家の大御所をチームリーダーとして、解析から開発をさせた結果、その分野での開発は飛躍的に開発が進んでいるが、同時に彼らが他のチームと歩調を合わせる事はなかった。各開発チームがモビルスーツの開発という目的ではなく、自チームの優位性の確保に突き進んでいるのだ。
だから、彼らは後から来た”画期的な”変更を受け入れられない。自分の領分を奪われるからだ。
この行きつく先は簡単である。妥協しない調整と協議を繰り返した挙句、とんでもないものが出来上がる未来だ。
そうなる土壌は、そういうチーム分けをして、双方の意識合わせを十分に行えなかったか、連邦軍管理者(つまりオレ)の責任なんだが、そうせざるを得なかったわけだから仕方ない。自重しなかった向こうも悪いといっておこう。
そんなわけで、オレは彼らの勘違いをわからせることにしたのだ。
つまり、管理者というものが、科学者の浪漫やポリシーを無視できる、上位者であるという事をだ。
「このRX-77は両肩に280mmキャノン砲を二門搭載し、遠中距離に対応。近距離では、両手のマニピュレーターでマシンガンを装備します。武装に関しては、ザクの120㎜を代用しますが、そこは調整する事になるでしょう」
各リーダーと、連邦高官(コーウェン准将含む)を交えた、報告会でガンキャノンの基礎要項説明する。
「ビ、ビームライフルは!?」
ビーム兵器開発チームの例の大御所チームリーダーが、顔面蒼白で声を上げた。
まだ一カ月たっていないので、凍結準備中と言っても開発会議に参加する権利はある。
「搭載されません。両肩のキャノン砲を主武器とします。ザクを破壊して余りある能力を持っていますし。対艦能力に関しては、現在のザクの攻撃データを流用すれば確認できるでしょう。280㎜は予定で、現在調整中ですが200㎜を超える口径が可能です。そして、その最低水準でも、ザクは十分撃破できます」
ちなみに、ザクの持つバズーカが240㎜である。それを超える口径はつまるところ、ザクの対艦攻撃を超えるというデータを、連邦は屈辱と共に知っている。その攻撃力に疑問視する阿呆は少なくともルウム戦役の記憶も新しい現在は存在しない。
そこまでする真意は、ビーム部門さん。お前の席はボッシュートアピールである。
事情を知っている他チームから同情的な視線がビーム部門に向けられる。
事前に、ガンキャノンのプロットは各部門に配布済みである。もちろんビームライフル未搭載についてもだ。そして、ビーム兵器部門の凍結は公表している。
その意味を察しのいい者なら気が付いているだろう。そうでないものも、この会議の様子を見れば空気を読むだろう。
案の定、ビーム兵器部門の両隣の椅子は、外されたように空席である。
「少佐。ビーム兵器搭載の予定だったと思うのだが」
政府高官から、疑問の声が上がったが、その質問は想定済みである。
「技術的な問題によりビーム兵器の搭載が難しくなったための代行案です。ビーム兵器の開発をやめるわけではありませんが、モビルスーツ開発に必須の搭載武器ではありません」
重要なのは技術的問題であると責任転嫁する事。そもそもビーム兵器自体が、それまで艦艇にしかついていなかった兵器であり、今回初めて携帯用に小型化しようという新兵器なのだ。ジオンだって開発していない前人未到の試みである事を認識させれば「ああ、やっぱり駄目だったか」で済む話である。
連邦が求めているのは新兵器ビームライフルではなく、新兵器モビルスーツだ。
どちらを優先するかと言えば、決まっているだろう。
「両肩二門の大型砲の反動を二足歩行で吸収できるのか?」
「自重を増やすことで問題を解決します」
「その分遅くなるぞ!」
「ビーム兵器に回す分のエネルギーを機動力に回す事でカバーできます」
「近接ビーム兵器がなければ、白兵戦はどうする」
「そのために、携帯武器としてマシンガンを装備します。近接においても、体当たりで対応できます。重装甲による質量の増大で、ザク程度なら余裕で跳ね飛ばせます。なお、ルナチタニウム合金(ガンダリウム合金)を使用しているので、ザクのヒートホークで切り裂くのは難しいでしょう」
「対艦時の近接攻撃は?」
「両肩のキャノン砲があるので、戦艦に近接する必要がありません」
矢継ぎ早のビーム部門からの疑問にすかさず答える。レイ大尉とも協議の上での回答だ。
もちろん完全とは言い難いが、一刻も早い自軍MSを求める連邦軍には、一年後にできる完璧な機体ではなく、1か月後にできる有効な機体を求めている。
その証拠に、連邦高官からは何の質疑も来ない。
力なく椅子に座りこむ、ビーム開発部門のリーダーを横目に、会議室の全員に視線を向ける。
「以上です」
ガンキャノン開発計画が発動しました。