ジャブローにあるバーのカウンターで、少しお高めの酒をあおる。隣に座るのは大尉の階級章を付けた士官だ。彼もまたジャブローのどこかで進行しているプロジェクトの管理をしている。軍人というより官僚に近い。つまり、今のオレと近い立場の軍人だ。
ただ、オレと違って新任時からずっとそれをしてきたバリバリの管理官である。
「連絡がついてよかった。いろいろ話がしたくてな」
「今を時めく同期の出世頭(エース)が、オレに何の用だ?」
もちろん用事もなく声をかけたりはしない。それは同期の持つ管理技術とかそういう問題ではなく、オレの必要とするプロジェクト管理をしているコネとしてだ。
そういう意味では、士官学校の同期というのはよいコネだ。学校時代にもほとんど話をしたことがない相手であっても、不自然なく話をつけることができる。
「うちのプロジェクトはしっているだろう。一段落して、今度解散再編成し組織改編を行う。オレにもそこそこの影響力が与えられている」
「オレにそこで働けと?」
「…いいや」
間違いなく花形ともいえるMS開発に回れるのかと期待したのだろう。オレの言葉に少し失望したように肩を落としてグラスに口をつける。
「ウチの技術者を数チームそっちに回そうと思っているんだ」
「ブッ!」
同期が軽くむせる。
「本気か?」
「もちろんだ。ほぼ確定している。そっちで受皿さえ作ってくれればな」
「受け皿って…」
「『アルテミス計画』」
今度は噴出さない。だが、雰囲気が変わった。オレの突然の言葉に、瞬時に探られないように意識を切り替えるあたり、オレのようなにわか官僚ではない。
安心させるように肩をすくめる
「大丈夫だ。オレも詳しい事は知らない。だが、あの計画に人を回すことができる」
原作知識から連邦がソーラーシステムを開発していることは知っていた。あとは、それに関連する情報を集めるだけだ。結果ありきで調べられるから、他よりも圧倒的に楽だ。
そして、この提案は向こうにとっても喉から手が出るほどほしいものだ。
技術者はどこでも必要としているし、その中でもMS開発に召集された人材は、その分野ではトップクラスだ。今回オレが提示する人材はエネルギー部門や情報統合部門。地味に忘れがちだが、ビームライフルという戦艦主砲を携帯武器にまで小型化する事に成功させたスペシャリストの集団だ。
また、何気にこの為に、オレの仕事の補佐をする者の中からも人材を割いている。
「なぜだ?」
「あの計画が成功すれば、こっちの問題も解決するからさ」
「…」
ああ、やっぱり怪しんでいる。まあ、そっちの機密情報を調べたって暴露しているようなものだ。警戒するのは正しい。
その為のカーバストーリーも用意いているんだけどね。
「オデッサで連邦MSのお披露目は出来る。では次はどこだ?どのみち戦場は宇宙へ変わる。となれば、必要なのは勝利だ。MSを投入して勝つ必要がある。絶対に勝つ必要がだ」
「その為の“鏡”か」
「そうだ。たとえそっちのインパクトがMSに勝ったとしてもいい。連邦軍が宇宙でジオンに勝利したという事実が必要なんだ。MSを投入してルウムと同じ結果になったら、連邦はもう立ち上がれない」
「連邦軍MSだけでは勝てないのか?」
「マシンの性能?パイロットの習熟?はん。後出しで勝っただけで、この戦争に勝てると浮かれられるほど、オレは楽観主義じゃない。向こうは戦争の始まる前からMS開発をしているんだ。経験という引き出しの差は歴然だよ。まともに戦えば勝利と敗北を繰り返す事はわかっている。だが、最初の一戦だけは勝たないとダメだ」
まあ、当然といえば当然だ。こっちは「ザクありき」でジムを作っている。
基礎構造。二足歩行システム。基本動作ソフト。性能がどれだけあがろうと、MSという機器に変更はない。パソコンのOSや性能を上げたところで、パソコンに必要なパーツという概念に変わりはない。
兵器である以上、敵の手に落ちるのは時間の問題だ。そうなれば、こちらの技術は向こうにもばれる。オレのソフトウェア更新情報の占有は、時間稼ぎにしかならない。
ジオンはそんなことしないでも、新型MSを作り出せる技術力を持っている。
本当に、ジオン驚異のメカニズムだよ。
オレの内心をよそに、向こうも熟考したうえで肩をすくめる。
「どのみち、否やはないさ。開発過程のスケジュールや、これまでの作業実績は連携してもらえるんだろう?」
「もちろんだ。向こうの意見を聞いてだから全員そのままとはいかんがね」
「わかっている。こちらで計画の振り分けとスケジュールを組んでおく。いつごろ来れる?」
「一週間」
「早いな」
「年内には宇宙での決戦になるとみている。そこまでに実用レベルまで引き上げないと意味がない。一刻を争うのさ」
「ぶっつけ本番になるか。まあ、GOサインを出させるくらいまでは行けるさ」
「頼むよ」
同期はグラスを一気にあおると、席を立つ。手を伸ばした伝票をこちらで握ると、軽く口の端を持ち上げて襟元をなおす。
そして、つぶやくように口を開いた。
「なあ、この戦争。勝てるよな」
カードを伝票に乗せてバーテン差し出しながら、振り返りながら笑って答える。
「当然だ」