コーウェン准将の意向に従う狐のように、ゴリラ提督の後ろで通信画面を見る。
画面の向こうは会議室だ。正面に映るおっさん以外にも、油ギッシュなオヤジが並んでいる。
今回の会談のために資料準備で忙しかったが、コーウェン准将も(ようやく)積極的に動いてくれたようで、宇宙用ジムの改良開発に携わる企業と渡りをつけたのだ。
その先は
アナハイム・エレクトロニクス
原作ガンダムシリーズでもおなじみの死の商人である。
そもそもなんで「ガンダムのMS開発企業=アナハイム」なのかと思っていたが、ここに来てようやくあそこに話が言った理由がわかった。
理由の一つ。
アナハイム・エレクトロニクスの主要産業に通信インフラの設備があり、地球でも高いシェアを誇る。
つまり、ミノフスキー粒子と戦争でズタズタの通信状況の中で、秘密裏に連絡を取ることのできる能力がある点。
そしてもう一つが、その名の示す通りアナハイムであるという事。
すなわち、旧アメリカ合衆国カリフォルニア州アナハイム。当然、そこが発祥の地でありアナハイム・エレクトロニクスの本社が置かれている。
そして北米であるという事は、現在ジオンの支配下である。カリフォルニアはニューヨークに並ぶジオンの重要支配地域だ。そんな場所にある中立都市フォンブラウンの重工業産業の一角を担う強い影響力を持つ大企業。
ジオンが見逃すはずがない。
そして、最後の一つ。
北米であるという事は
『ガルマ・ザビの戦死』
この一大事件による影響をもろに受けているという事である。
アナハイム・エレクトロニクスはフォンブラウンの影響力を持つ大企業だ。ジオンの支配下にはいった以上、日和見できるほど重要度は低くない。
ジオンの支配下で、大いに協力せざるを得なかっただろう。
で、その結果ジオンの北米支配の大支柱が崩れ落ちたわけだ。北米の状況は最悪だろう。ジオン公王デギンの寵愛激しいガルマの後釜だ。どう見ても顰蹙を買わざるを得ない。すぐに後任が決まらないのもうなずける。
そして、司令官のいない軍隊がまともに機能するわけがない。後任を狙う北米ジオン将校たちも本国の指令があるわけではない。醜い争いをして代理の地位を手に入れたとしても、それはあくまで一時的なもの。本国からの辞令で簡単にひっくり返る。
そんな相手に全面協力なんてできるわけがない。
ジオンと親密になったために、その状況をつぶさに見ている彼らが未来に明るい展望を持つことはないだろう。
だからこそ、このタイミングでアナハイムに話が行くのだ。
オレがコーウェン准将に提言した宇宙用MS開発計画は、ただの業務分担ではない。アナハイムにとってもただのビジネスチャンスではない。
もっと大きな政治的な意味を持つ。
MS技術は当然軍事機密だ。現在戦時中であることから、その委託相手は公募して公開入札するようなものではない。
そして、今回の委託内容は連邦軍主力モビルスーツの開発である。その費用は莫大なものとなる。
つまり、独占あるいは寡占の企業に莫大な利益が提供されるという事だ。
それは、容易に月の企業間の経済バランスをひっくり返すことができるほどである。
一人勝ちするアナハイムはそれでもいい。ひっくり返す側だ。
だが、ひっくり返される側はそうはいかない。死に物狂いの反撃が予想されるだろう。
当然、アナハイムに月の企業連合に対抗できる力はない。そんな力を持つのは大国クラスの力を持つ必要がある。
つまり、地球連邦軍。
この話を受ければ、アナハイムは月企業からの反発を抑えるために、月企業のトップに立つしかない。それをするには連邦の力を借りるしかない。その方法は、MS開発によって地球連邦軍に確固たる地盤を作り、各月企業とも面識のあるコーウェン准将に頼るしかアナハイムにはいない。
つまり、この瞬間。アナハイム・エレクトロニクスはコーウェン准将の下につくしかないという事だ。
そもそも、コーウェン准将がジャブローに来たのは、V作戦成功の為ではなく、月企業のパイプつくり。その為の捨て駒だった。
月企業と月派閥の連邦将校の関係はそれほどだった。
だが、この計画でその立場は逆転する。月企業の中でアナハイムがトップに立ち、各企業を抑える。その後ろ盾は地球連邦政府。引いては地球連邦軍だ。そのパイプ役がコーウェン准将。
アナハイムは、連邦の庇護を得るためにコーウェン准将を切り離せない。
そして、アナハイムは月企業を抑え続ける必要が出てくる。その為に使うのはMS開発の莫大な利益か、連邦軍という後援者の威光か。その辺の苦労は画面の向こうの親父たちが死に物狂いで頑張ってくれるだろう。
もちろん、一度つまずいたら即終了。アナハイムは月企業から一片の慈悲なくたたきつぶされるだろう。
だが、今現在のアナハイムの立場が、そのリスクを飲み込まざるを得ない状況だ。北米の混乱と、ついにはじまった中東反攻作戦「オデッサ」。
この作戦に連邦が勝利すればジオンによりすぎていた自分たちに未来はない。今回の要求を断ればなおさら絶対にありえない。逆に、オデッサでジオンが勝ったとしても、待っているのは北米で沈む泥舟派閥を選ぶという罰ゲームだ。そのどれもが致命的な危険をはらみながら、一切のうまみがない。
彼らに選べる選択肢など初めからないのだ。
それを見越して話を持って行ったあたり、コーウェン准将もただのゴリラではない。2001年は過ぎたけど、黒いモノリスでもオフィスに届いたのだろうか。
「技術情報のやり取りは、こちらのカルナギ中佐を仲介して行ってもらう」
コーウェン准将の紹介で、画面向こうの視線がこちらを向く。
一言も言葉を発することなく、黙って頭を下げる。
それで終わりだ。
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通信を終えた会議室で、アナハイム・エレクトロニクスCEOのメラニー・カーバインは肘掛に手を置いて重役たちを見る。
すでにコーウェン准将と通信が始まる前から、彼らとの会議の末に結論は出ていた。
アナハイムが生き残る道は他にはないと。
「ジャブローの将校たちと連絡をとれ」
「コーウェン准将以外のですか?」
「そうだ」
「しかし、我々にはそこまで強固なつながりは…」
「我々が求めるのは連邦軍の後ろ盾だ。准将一人の庇護ではない。月の他の将校経由でも構わん。ツテでもコネでもいい。それがなければ、我が社に未来はない。生き残るためには、枝葉は広く伸ばす必要があるのだ」
そして、口には出さず心の中で続ける。
「(そして、根は枝葉よりも広く、静かに伸ばさねばならん…)」