アポイントメントをとって応接室で待っていると、ジャミトフ・ハイマン大佐が入ってくる。
「よくやっているようだな」
開口一番、皮肉とも称賛ともとれる言葉を口にする。
「まあ、なんとか」
肩をすくめて謙遜してみせる。
…ところで、この人。なんでこっちの状況まで知っているのでしょうか?ジャブローの財布を握る経理の実質TOPであるわけだが、その手の広さに関して、オレは尻尾もつかめなていない。
階級は一個しか違わないのに、向こうは(傀儡の)上官すら掌握する怪物で、こっちはゴリラのおまけだ。役者が違いすぎる。
「で、何の頼み事だ?」
「はい…」
一応、別部署の一階級しか離れていない『お客様』であるはずのオレに向かっての傍若無人な言葉に、呆れるように返事をしながら用意した資料を差し出す。
もう、頼みごとをするために来ていると思われているようだ。まあ、あながち間違いじゃないから仕方ないんだけど…
『ニュータイプ専用モビルスーツ開発計画』
オレが机に出した計画書の題名に視線を走らせる。
「ニュータイプという言葉をご存知ですか?」
資料を手に取ろうともしないジャミトフ大佐に声をかけてみる。
「ジオンの提唱するスペースノイドの革新とかいうやつだろう?」
「もう一つあります。ジオンが現在進めている新兵器の名称です。とはいえ、それがどんなものかはわかりません」
そういって肩をすくめる。
まあ、当然だ。オレだって原作知識からあると知っているだけで、諜報活動による報告を元にしたものではない。そもそも、MS開発の管理官でしかないオレは諜報部につながりもない。
「新型量産MS開発計画に当たり、月との交渉の際に提供された話の一つです」
そんなわけで、情報の根拠となるカバーストーリーを用意している。
いくらジャミトフ大佐の手が広いと言えども、それはジャブローでの話。月勢力がジャブローと縁が薄いという事は、逆にジャブローもまた月との縁は薄い。得意の経済の話であっても、基本地球圏の経済の中心は地球であり、大きいといっても月はあくまでも宇宙限定での話だ。
「MSの次に、ジオンはこれを出すとみています。こちらも遅れるわけにはいきません」
「…話にならんな」
そういうと、見出しだけ見た資料を突き返す。
「まず第一に、ニュータイプとやらの研究が何を意味するのか分からん。そんな不確かなものに、出す金はこちらにはない」
まあ、何をするかも不明な計画に、どれだけ予算を出すのか。そもそも、その研究が必要なのかの段階から不明瞭だ。前にも言ったが、それにどれだけ予算を付けるのかが経理部の仕事である。その判断がつかないのに、おいそれと財布を開けるわけがない。
まあ、そこは想定内。その為の用意も済ませている。
「ちょっと、政治的な話をしましょう。大佐」
笑みを浮かべ、膝の上で手を組みジャミトフ大佐を見る。オレの態度にジャミトフ大佐は片眉を上げて口をへの字に結ぶ。
「別に、今すぐ何かを作るというわけではないのですよ。箱がほしいのです。看板付きの」
「…ふん。名分か」
まあ、要するにニュータイプ研究を行う際に、先に唾をつけておきたいという話である。ジオンがNTを研究し軍事利用する。それはいつか必ず連邦軍上層部の耳にも入る。その結果、連邦軍でも対抗手段として研究がおこなわれるはずだ。
そうでなくとも、モビルスーツという新兵器を前に、連邦はここまで辛酸をなめてきた。当然、連邦軍はジオンの“新兵器”というフレーズに過敏になっている。
実際にそうなった時に、すでにその研究をわずかでも始めている部署があったら?
連邦の選択肢は一つしかない。
「だが、そうするためにも建前が必要だ。ニュータイプが何を意味しているのかも分からない状況で…」
「なので、ホワイトベース隊をニュータイプという事にします。そして作るのはニュータイプ用機体という名目で高性能機体を作ります。ジオンのエースパイロット専用機と同じコンセプトです。最新技術を盛り込んだ新型機。何せニュータイプという新兵器も新技術ですからね」
これには二つの利点がある。
一つは、新技術を盛り込んだ高性能試作MSの開発ができる点。
新技術というのは、効果が未知数で、安定性が不明の技術だ。そのままいきなり量産機に反映させるようなことはできない。
その為に、新技術や新コンセプトの試作が必要である、各部署はその為にフル稼働で、研究を始めている。
そこに、オレたちも乗ろうという話だ。
ただし、他の部署で開発される試作機と効果が重複するような事は不和の種だ。利権関係もあるし、そもそも量産機開発というド本命の利権を持っているのに、他人の功績までかっさらうと言われたら反感は必至だ。
なので、ニュータイプ研究と銘打つ。新技術の開発部署は、ようやくMS開発に着手したばかり。このジオンの新兵器に対応できていない。
つまり、どこともかぶらないし、文句も言われない。そもそも研究内容がわからないのだ「量産MSに転用可能な技術です」と言ってしまえば、だれにも文句は言えない。実際違ったとしても、それはそれで試行錯誤の段階である以上、致命的な問題にはならない。
必要なら手放すことで、一定の利益を見込む事だってできる。
そして、もう一つはそのNT部隊をホワイトベース隊とする事。
ニュータイプと銘打って開発する以上、なにがしかの成果を出す必要がある。
その成果が、アムロ・レイ専用機の開発だ。
別にこれにニュータイプ特有の何かを導入する必要はない。ジャミトフ大佐に言ったように、「パイロットのアムロ・レイの力を引き出す性能」があればいい。何せ、ニュータイプが何かわからなくても、アムロレイが原作通りに敵を倒し続ければ、それが実績となる。
たとえ、新機体に乗る前に終戦を迎えたとしても、「ニュータイプであるアムロレイのための機体」という名目には一切傷が付かない。
そして、その為の条件がオレ達にはそろっている。
オレたちの主な作業である量産機のアップデートの為に、マチルダ隊がガンダムのデータを回収してジャブローに運んできているからだ。
当然、そのデータは、パイロットであるアムロ・レイの物だ。
そのデータをもとにアムロ・レイの専用機を作るので、わざわざ前線からパイロットを引き抜き操縦データを集める必要がない。教育型コンピューターに実戦データという情報が蓄積されているからだ。
つまり、ホワイトベース隊をニュータイプ部隊とすることで、専用機開発の下地ができているという事だ。そして、それができるのは、そのデータを占有しているウチのチームだけという事になる。
とはいえ、問題がないわけではない。
「…ホワイトベース隊をニュータイプ部隊とする根拠は?」
「ガルマ・ザビの撃破だけではだめですか?」
やはりそこをついてきたか。
赤い彗星の攻撃をしのぎ、ガルマ・ザビを倒したホワイトベース隊だが、文字通り通常の能力を”超える”超能力部隊とする確証にはならない。「エースパイロットだから」というジオン的な理由の方がまだ現実的だろう。だが、それではダメな理由がある。
「足らんな。そもそもニュータイプが何かわからない以上、何をどうするかの判断がつかん」
「そうですか…」
となると、ランバ・ラルを倒したあたりで再提出か。あるいは黒い三連星まで待たないとだめか…
「とはいえ、看板だけなら可能だ」
「いいんですか?」
なんだこのジジイ。ついにデレたか?いやいや、まてまて。それはない。それだけはない。
利益がなかったら、このリアリストの権化が好意的な話をするわけがない。
いぶかしむオレに、お返しとばかりに笑みを浮かべ、ジャミトフ大佐はソファの背もたれによりかかる。
「看板だけだ。実際に予算を付けるのは後でも構わんだろう。それと…」
ほらきた。
「箱はこっちで用意させてもらう」
そう来たか…
看板はこっち。つまりNT開発の名分はオレ(コーウェン派閥)。ただ、実際の研究機関などはジャミトフの派閥(に近い人員)で開発を行うわけか。
名前はこっちで実利は向こう。こいつは本当に正真正銘の実利主義のリアリストだよ。畜生。
なんだろう、連邦の利権が複雑化する理由をかいま見た気がするぜ。
まあ、名分がこちらにあるので口を出せるから、ジャミトフ大佐も一人だけ美味しいってわけにはいかないだろうけどな。
了解した事を表すように、差し戻された計画書を再度ジャミトフ大佐に差し出す。
今度はそれを受け取り、中に目を通しながら、ジャミトフ大佐が口を開く。
「まずは、ホワイトベースが生き残ればだがな」
「まあ、その辺は何とかなるでしょう」
「…君は時々、そういう風に言うな」
オレの言葉に、見ていた計画書から目を上げて、ジャミトフ大佐がそう言った。