ホワイトベースがジャブローを出発した日。
オレは、コーウェン少将のオフィスを訪れていた。
「重要な話があります」
オレの態度から、何かを察したのか、コーウェン少将はきちんと時間を取ってくれた。
オフィスの中で待ち構えるように手を組むコーウェン少将に、わきに挟んだファイルを差し出す。
「こちらを…」
ある程度、覚悟を決めていたであろうコーウェン少将だったが、その題名を見て目を剥いた。
『コウイチ・カルナギ 情報漏洩調査記録』
ひったくるようにファイルを奪うと、中に目を通す。
まあ、中にはぐうの音もでないような情報が盛りだくさんだ。
何のことはない。月との取引で『ニュータイプ専用MS』の情報を提供している事。その見返りに、ジオンのMS情報を取得し、それを量産MSに転用している内容を記載しているだけだ。
「…こ、これは」
「機密情報保持違反のデータになります」
自分で言っていれば世話はない。
「貴様は何を!?」
「これを連邦上層部に上伸してください。これにより…」
「私の話を聞け!!!」
両手で机をたたいてオレの言葉を止める。
「カルナギ中佐。これは、君がわざと情報を漏洩したという事か?」
「はい」
「なぜだ!!」
「理由はいくつかあります。主な目的として、連邦軍として、月企業のロビー活動に釘を刺すためです」
アナハイムは月企業のトップに立つために、コーウェン少将ひいては連邦軍の支援を必要とする。
しかし、それが達成されればアナハイムは月企業を統括する一大企業に成り上がる。今はまだコーウェン少将をおもねる立場だろう。だが、連邦一将官と、月の最大企業の力の差は歴然だ。そうでなくても職業軍人であるコーウェン少将に月の経済圏をコントロールする力量はない。
だからこそ、オレは月企業への便宜を図った。情報を渡し、その開発を支援した。当然その計画が成功すればアナハイムは連邦軍軍需産業に大きく食い込むことになる。
それを見越して、アナハイムは月の経済圏を一気に掌握している。
そして、それは同時に、連邦への依存が絶対必要な時期でもあるのだ。
今なら、コーウェン少将の手で彼らの頭を抑えることができる。
そして、連邦を切り離せない以上、アナハイムはジオンを切り離すしかない。トカゲのシッポ切り。手を引くといった方法でジオンから離れなければ、自分の罪状を暴露されるだけだ。
もちろん、それは一時的なもの。連邦の監視の目が緩めば、時間を掛けて再構築する事も可能だろう。
一年戦争が終わらなければ。
『星一号作戦』を前にしたこの状況で、ジオンとのつながりを再構築する時間がない事をオレは知っている。ジオンが宇宙で連邦に勝利すれば、まだチャンスはあるが、それがない事をオレは知っている。
アナハイムが、開発するのは軍事兵器。それも戦争の中心となる主力兵器の生産だ。スペースノイドとアースノイドの確執による一年戦争に、バランサー気取りで戦争を食い物にするルナリアンという第三勢力を作るわけにはいかない。
「この一件で、連邦はアナハイムに対して、正統な理由を持って手を入れることができます。彼らが二枚舌を用いて、ジオンと連邦の両方に手を伸ばしているのは、この情報から見ても間違いありません。だからこそ、この証拠をもってアナハイムと月の経済圏を完全に連邦側に引き込みます。彼らに戦争の継続を目的とした妨害工作をさせることは絶対に許されません」
すでに連邦軍による新型MS開発計画は大詰めを迎えている。そこに投入した資金、資源、人材。まさしく社運をかけている以上、アナハイムは手を引けないし、手を引けない以上、顧客である連邦軍の要求を拒否できない。ましては、大義名分も法規制も連邦側にある。
独立採算制という名目も、本丸である本社あっての制度だ。本社がどちらを切り捨てるかは自明の理だろう。
「カルナギ中佐…」
「はっ」
しばし、思案するよう手を組んでコーウェン少将は目を閉じた。そして、一度大きく息を吸うと目を開け、ゆっくりと立ち上がる。
自分のデスクを回り込んで、オレの正面に立つ。
右手が持ち上がるのを見て、殴られるかと覚悟した。
が、その手はオレの肩に置かれる。
「中佐。私は君にとって理想的な上官ではなかったかもしれない。自分でも、君には迷惑をかけたと自覚している。だが、それでもだ。それでも私は君の上司だ。私は部下の尻ぬぐいくらいできる人間だと思っているのだがね」
オレの情報漏洩は、当然コーウェン少将にも責任問題として飛び火する。
だが、この資料をコーウェン少将が提出し、自ら断罪の大鉈を振るうことで、その問題を軽減させることができる。
いくら責任問題とはいえ、戦争の大詰めともなる宇宙決戦を前に、戦争の主力である主力MS開発責任者のコーウェン少将の首を挿げ替える余裕は連邦軍にはない。
そして、自ら責任を追及することで、自分への被害をコントロールすこともできる。
その為に、オレは独断専行で『ニュータイプ専用MS開発』やその他の量産MS計画を進めていたのだ。
だが、この上官はそれを分かった上で、それでもオレの為に自分の身を削ろうというわけだ。
正しく浪花節だよ。
「いいえ。閣下。これは自分がやらなければならない問題です」
だが、それはできない。
これが、地球連邦軍の勝利だとか、MS開発の職務としてなら、少将に甘える事もできただろう。だが、これはオレの「わがまま」だ。オレだけの私欲。オレだけの願い。オレだけが理解できる犠牲の上での覚悟だ。
その一片たりとも、誰かに与えるわけにはいかない。
「…そうか。わかった」
しばらくオレの目を見続けたコーウェン少将は、視線をはずし、壁にかかった軍帽をかぶり。制服の第一ボタンを閉めると。厳しい表情をしながら、再びオレの正面を立つ。
「君の望む通り、手心は加えん。君を助ける事もせん。部屋に戻って今後の対応を待ちたまえ」
そう言うと、表情を一転させる。胸を張り、誇らしげに頬を持ち上げる。
「コウイチ・カルナギ中佐。V作戦は成功した。大成功と言っても良い。それは君の功績だ。君が行ったV作戦に対しての働きに、私は一片の不満も持っておらん。よくぞ、困難な職務を全うしてくれた。実に見事な働きだった」
そういって、部下であるオレに、まるで上官にするように踵を鳴らして敬礼した。
ああ、そうだったよ。あんたは理想的な上官ではなかったし、不満も愚痴もいろいろ言った。
けれど、そう悪くない上司だったかもしれないな。
「閣下。ご健勝を」
「君もな。中佐」
オレもまた、右手を上げて返礼する。
これで、何もかも終わったのだ。
というわけで、次が真相暴露です。