「ジャミトフ大佐」
経理部に入り敬礼すると、デスクに座っていた壮年の佐官がこちらを向く。
「ああ、君か」
「ご挨拶に伺いました」
「なるほど……」
そういうと、奥の応接室に連れて行かれる。
「出世したな。このままでは早々に追い抜かされるだろう」
「まさか、せいぜいここまでの男ですよ。私は」
「そうもいくまい。今回の件がうまくいけば、昇進は確実だ」
「ご存知でしたか?」
「当然だ。あの計画は最重要事項だ。うまくいけばな」
「難しいと?」
「楽だとはおもわんよ。君もそれは感じておるのだろう」
「まあ、なんとかなると思っていますがね」
オレの答えに、ジャミトフは少し驚いたようだ。
「……前から思っていたのだが、君は時々、そういう風に言うな」
何かを確かめるような視線に首をひねる。
「何か問題がありましたか?」
俺の問いに、軽く唇を持ち上げる。
「いや、今日は早めに上がる。連絡しよう」
「よろしくお願いします」
その夜、ジャブローの高級官僚行きつけのバーの一室、色気皆無な状況で、気持ちは若いがおっさんと、どう見ても悪役顔の老人がいた。
「前任者のイーサン大佐は、名目上はレビル派閥だが、穏健派のヒモ付きだ」
グラスを傾けながら、世間話をするようにジャミトフ大佐が事情を教えてくれる。
つまるところ、前任者はMS開発計画をとん挫させ、それを手土産に穏健派に鞍替えする気だ。
「開発計画をつぶす気で?それで勝てると?」
「君は違う意見か?」
「……」
不可能ではない。ゲームでもMSを開発せず既存兵器の物量でジオンに勝つことは不可能ではない。しかし、それはゲーム上での話だ。
「そもそもMS作戦に連邦首脳は懐疑的だ。予算編成も段階的に降ろさざるを得ない」
つまり、現段階において、1次予算、2次予算という形でV作戦の予算は進行段階の報告を承認する形での決算になる。当然、予算案が通らなければ即終了だ。
コーウェン准将がジャブローでコネを作るというのは、個人的嗜好だけではなく、逐次予算承認の際に支持派を増やすための事でもあったわけだ。ゴリラと言って御免准将。
「1次予算はレビル将軍の顔で降りた。それが現状だ」
「二次予算の裁可はいつ?」
「未定だ」
終わっているじゃん。そうか、だから既存兵器の開発もこっち回ってきているんだ。余計なものに予算を使わせて、こちらの開発能力をなくせば、ロクな成果も出ていないのに次の予算が通るわけがない。
そして、すでに1次予算の配分は前任者のイーサンによって振り分けられている。素敵な事に、MS開発はひとまとめだ。
はは、詰んでら。
ただし、「原作知識がないならば」という注釈が付く。
顔も見たことのない前任者にヘイトをためながら、口元に笑みが浮かぶ。ここから巻き返したら、前任者どうなるだろう。梯子外されるんだよな。しかも自滅で。
「前にも言ったが、君は緊急事態になるほど張り切るな」
ジャミトフ大佐に言葉に、現実に意識を戻す。
「いま、特別予算の枠決めを行っている」
大佐の言葉はまさに経理部の伝家の宝刀である。そして、それはめったに抜かれる事はない…はずだ。
「なぜ?」
「レビルに恩を売れる。今更泥の一つをかぶろうと、主戦派が連邦の手綱を取ることは確定しておる。穏健派に再起のめどはない」
うっわ~。やばい事になってきた。
何がって、オレの職権を大きく超えるお話になってきているって事だ。この特別予算に食らいつけば、とりあえずのめどは立つ。しかし、それをするにはオレがコーウェン准将に泣きつき、コーウェン准将がレビルに泣きつき、結果レビルがジャミトフに泣きつく流れになる。つまり、V作戦の功績は経理部が尻拭いをしたからという名目が立つ。最初に泣きつくオレが尻を汚した主犯としてつるし上げられればだ。
そして、何を隠そう、そうなることを半分予想してコーウェン准将が俺を選び、そしてジャミトフ大佐がこの話をしているわけだ。どうりで、数年越しにコーウェン准将が俺を呼び寄せて、ジャミトフ大佐とのアポが即日可能になるわけだ。
オレが、着任している段階でこの人たちスタートして最初のコーナー曲がっているじゃん。当たり前だけどよーいドンじゃねぇぞ。
とはいえ、このまま想定通りというわけにもいかない。
一応、こっちもクビがかかってるからね。
「必要ならそうしましょう」
「……なるほど」
オレの返事を聞いてしばらく俺を見ていたジャミトフ大佐は、口元に笑みを浮かべてグラスに口をつけた。
「手があるか」
「なにがです?」
オレのごまかしを鼻で笑う。
「君は、分かりやすい人間だよ。絶望的な状況で笑えるような、タガの外れた人間じゃない。笑えるときに笑う人間だ」
ああ、つまり俺がおた付かずに笑った段階で、現状の解決が見えていると大佐は見抜いていたわけか。あれ? じゃあなんて、特別予算の話をしてくれたんだ?
……ああ。
「ご迷惑おかけします」
やはり、オレはこの人にかわいがられていたらしい。