ソードアート・オンライン──聖剣── 作:kujiratowa
マップを広げながら、どっちの方向かと確かめ始めるユウナ。
まさか本当にそのまま、剣の指した方へ行くつもりなのか。
そんな馬鹿な、と思いつつ、広げたマップを舐め回すように眺める彼女に声をかける。
「なぁ、ユウナ。本当にそっちに聖剣があるのか……?」
「もちろんですよ。≪聖剣エクスカリバー≫は、この先に必ずあります!」
マップから目を離さず、力強い返事をするユウナ。
「────…………いやいや、流石に有りえないだろう」
「んー? なんですー、ひょっとして疑っています?」
「ひょっとしなくても」
「もう、知らないんですか、キリトさん。≪伝説級武器≫同士は、引かれ合っているんですよ?」
広げた地図の向こうから、いかにも“不満です”といった声色で、ユウナは喋り続ける。
しかし、気になる言葉があった。
伝説級武器は互いに引かれ合っている────…………だって?
「それじゃあ、俺のエクスキャリバーとお前のエクスカリバーが互いの場所を示すと?」
「そういうことですー…………んー、ちょっと範囲が広いなぁ」
倒れたままだったエクスキャリバーを拾い上げる。
もし、本当にそんなことがあるとしたら、きっともう一回落とせば同じ方向を向くのだろう。
向かなければ、やっぱり彼女はガセネタを掴まされたと思うしかない。
そうと決まれば、善は急げだ。
剣を逆手に持ち替えて、頭の高さくらいまで柄頭を掲げる。
生唾を飲み込みながら、そっと剣を落とした。
地面に吸い込まれるようにしてキャリバーが落下していき、やがて墓標のように草むらへ突き刺さった。
それから、そのまま──……倒れず、刺さり続けている。
「ユウナ、ユウナ」
「何です? っていうか、私の名前教えましたっけ?」
「≪デュエル≫のときにわかるだろう、そんなの。それよりも、ほら、見てみろよ!」
手招きするような仕草を付け加えつつ、ユウナに声をかける。
ユウナは面倒くさそうに、やや目を細めて視線を送ってきた。
そのときのことだ。
突然、強烈な突風が周囲に吹きつけ、刺さったままの剣が大きくグラつき、あろうことか先ほどと同じ向きを指して倒れたのだ。
思わず目を見開いてしまう俺だったが、ユウナは軽く一瞥しただけで“何でもないなら呼ばないでくださいよー”とブツブツ言いながら、再びマップへと目を落とした。
ありえない、はずだ。
はずだった。
何だって急に風がタイミング良く吹いてきたり────
「かぁーっ! 逃がしたか、あんにゃろめ!」
声のした方を振り返ると、大上段に構えたあとに大技を放ったのだろうか、クラインが片膝をつきながら、地面についてしまいそうなほど、刀を振り下ろしていた。
「クライン、お前」
「いやぁ、ちょうど空を≪エンシェント・バタフライ≫が横切ったからよ。全力で≪颶風≫を打ち込んだんだけど、ははは、見ての通りよ」
グフウ────確か、対空広範囲斬撃技。
つまり何だ、滅多に見られない≪レア・エネミー≫に飛びついたクラインが、渾身の力を込めて放ったソードスキルの余波で、都合の良い風が吹いた、と。
「ん? どうしたキリト、でっかい溜息なんか吐き出して」
「…………何でもない」
鞘に刀を収めながら話しかけてくるクラインに何も言えず、俺もキャリバーを拾い上げ、そのままストレージに戻した。
一プレイヤーの動きすら定めてしまうような強いシステム強制力が働いているのだとしたら、これ以上試すのも無駄なのかもしれない。
ならば、本当に、キャリバーの示した先に、聖剣エクスカリバーが眠っているというのか。
「キリトさーん、クラインのおじさまー」
調べものの最中に邪魔を入れられたくなかったのか、先ほどよりも少し離れたところで地図を広げ直していたユウナが、俺たちの名前を呼んだ。
聖剣の行方に目星をつけたのだろうか、声色がやや明るい。
クラインと連れ立って、ユウナのもとへと駆け寄る。
「見てください、ここ」
「えーと…………≪ノーム領≫か」
俺たちがいる≪プーカー領≫から北東へ向かうと見えてくる氷雪地帯、≪土妖精≫たちの領地であるノーム領の一点を、ユウナは指差していた。
マップを何度かタップすると、さらに詳細なものへと変わっていく。
クエストで何度か首都の大地下要塞に行ったことはあるものの、その他の場所に行った経験はほとんど無い。
隣でマップを覗き込むクラインも同じだったようで、首を傾げながら、ユウナの説明に相槌を打っていた。
ぬぅ、エギルがいれば解説してもらえそうなんだが。
「キリトさんのエクスキャリバーって、≪ヨツンヘイム≫で手に入れたんですよね?」
「…………おいおい、そんなことまで情報が回っているのか」
「いやぁ、有名人さんは大変ですねー、あはは」
正確には≪スリュムヘイム≫なのだが、確かにヨツンヘイムで獲得したといっても、間違ってはいない。
「聖剣には聖剣、雪には雪。どうです、この対応の仕方? 何だかノーム領に剣があるような気がしません?」
「やや突飛な気もするけどな」
「そうか? 俺ぁいいと思うぜ、なんてったってシンプルだ」
「さすがおじさま、言うことが違いますね!」
クラインの言に、両手を胸の前で組んで、嬉しそうに破顔するユウナ。
だらしなく表情を緩めるクラインを眺めながら、そういえば二人がどういった関係なのか、まだ確かめていないことを思い出した。
クラインの言いっぷりから察するに、ユウナが一方的にクラインのことを知っているようだったが、どうなのだろうか。
クラインがリーダーを務める≪風林火山≫の熱烈なファンか何か──いや、無いな。
となると、リアルでクラインを知っているのだろうか…………駄目だ、憶測の域を出ない。
「というわけで、キリトさん。次はノーム領にれっつごー、です!」
「それ、俺も行くの?」
「もちろんですよー、向こうで場所を探すときにはエクスキャリバーが必要じゃないですか」
「や、そんな眉唾な、いえ、はい、やります、はいはい」
思案しきっていたところで、ユウナに声をかけられ、咄嗟に聞き返してしまった。
唇をぎゅっと結んで、“私不満ですっ”という言葉を顔に貼りつけたユウナに、俺は肯定の意を示す。
初対面のはずなのに、頑固な部分とか、ころころと変わる表情とか、いつかどこかで会ったような気がしてしまうのは、なぜだろうか。
視界の端で現実世界の時刻を確認する。
土曜日午後2時38分、幸いまだまだ時間に余裕はある。
とりあえずエクスカリバーがあるという場所の特定くらいなら、付き合えるだろう。
「クラインのおじさまも、一緒に来てくれますか?」
「へ? 俺も?」
「はい! おじさまもいた方が心強いですしっ! 私、一回おじさまが剣を抜くところ見たかったんです!」
「俺の剣って、はは、そんなもん、別に……なぁ、キリの字よぉ!」
照れ隠しに背中を叩くな、痛い。
「袖振り合うも他生の縁、ってな。ご一緒させてもらってもいいかい、お嬢さん」
「やったー! ありがとうございます!」
クラインが差し出した手を両手で包み込むようにしっかりと握りしめ、ぴょこぴょことユウナが飛び跳ねる。
暫くして、ユウナからパーティー申請が送られてきた。
ウィンドウを叩きながら手続きを済ませ、視界に彼女とクラインのHPバーが表示されたのを確かめる。
「さぁ、行きましょう! このお礼は、いつか精神的にっ。 いざ、エクスカリバー!」
「エクスカリバー!!」
「かりばー」
ノリノリで飛行を始める二人を追って、翅を広げた。
* * *
「そういえばクライン、お前どうして俺のところに来たんだ?」
「あん? あぁ、さっきのことか。なに、大した理由はねぇよ。珍しいところにお前さんがいるから会いに行ってみようと思っただけさ」
ノーム領に入り、やや冷えるようになってきた上空で、隣を飛ぶクラインに話しかける。
「そういえばユイちゃんはどうしたよ? ユイちゃんに聞いてみれば、何かエクスカリバーのこともわかるんじゃないか?」
「ん、今はアスナのところにいるからな。それにユイが万能とはいえ、何でもかんでも聞いてやってたらつまらないだろう?」
「おお、そりゃそうだ。そいつを手に入れるときにマップデータにアクセスしたことは、もう俺も忘れちまった」
飛び急ぐクラインの澄ました横顔に、思わず苦笑が零れてしまう。
出し入れするのがやや面倒なので、右手用装備として取り出しておいた聖剣が、背中に重くのしかかったような気がした。
「この辺り、かなぁ」
1、2メートルほど前を飛ぶユウナが、マップを見ながらゆっくりと下降を始めた。
彼女に倣って俺とクラインも雪野原へ向かう。
まだ誰も歩いていない新雪に、ブーツを踏み込んだ。
「キリトさん」
「はいよ、と」
道中で散々繰り返したせいか、剣を刺すことにも慣れてしまった。
さて、今度はどっちの方向に倒れるのだろう────か?
「おいおい、こりゃあ」
「やっぱり、ビンゴみたいですね」
「マジか」
エクスキャリバーは雪原に刺さったまま、倒れない。
ということは、つまり。
「この下にある、ってことか?」
「おじさまの仰る通りです、きっとこの下に!」
「下に、ねぇ」
下、というのは雪を掘ればいいということではない。
ノーム領での下とはつまり、地下に眠るダンジョンか何かに向かわなければならない、ということだ。
採掘に長ける土妖精だからこそ、この氷雪地帯の其処彼処に穴を開けている彼らだが、こんな領地の外れに都合良く地下へ下りる穴が開いているのだろうか。
「どうする、ユウナ。手分けして探そうか?」
「そうですねー、その方が手っ取り早いですよね」
「よっしゃ。それじゃあ俺はこっちの方を行くぜ」
「じゃあ、私は向こうで」
「オーケー、俺はこっちだ」
エクスキャリバーを引き抜き、鞘へと戻す。
互いに背中を向け、ゆっくりと飛び上がる。
上昇し過ぎず、空からも穴が見えるような位置を保ちながら、翅を動かしていく。
何か見つけたら≪パーティー・メッセージ≫を送り合うということになった。
辺り一面、真っ白なこの場所で、ひょっとしたら穴があっても雪で見えなくなってしまっているのではないかと不安になったが、どうやら杞憂だったようだ。
飛び始めてから3分後、それらしいものを見つけたというメッセージがユウナから届いた。
さっきの場所から東に500メートルほど飛んだところで、露天掘りを見つけたらしい。
露天掘りの側面にはいくつもの穴が開いていて、そこから中に入れそうだということだった。
いよいよ本格的に聖剣を手に入れられるかもしれない気がしてきた。
場所の案内まで、と思っていたが、ここまで来たらぜひ実物も見てみたい。
ユウナのところへと飛んでいくと、すでにクラインが準備をして待っていた。
「早いな」
「おう、可愛いお嬢さんのお願いとあらば即参上、だ」
「やだもうっ、おじさま、可愛いだなんて、そんなっ」
照れ笑いを隠そうともせず、ユウナが嬌声を上げる。
マップを眺めるに、どうやら今いる場所にある穴を進むのが、一番良さそうだった。
4人並んで入るのは難しいサイズの穴だが、ノーム領の穴は入っていくにつれて形が変わるから最後はどうなるかわからない。
多少の暗視はできる俺とユウナが一列目を、クラインが二列目を担うことを確認して、穴の中へと歩みを進めた。
無いよりはマシだろうと思い、トレジャーハント等に使える照明魔法を唱え、自分たちから数メートル先を飛ぶように放った。
荒く削られた不格好な穴の中は、外よりもさらに冷たく、そして静かだった。
「モンスター、いないんでしょうか」
「いたとしても、こんなに狭いところで戦うのは、ちょっと面倒だよな」
辺りを探りながら慎重に歩いていく。
幸いなことに大きなトラブルはなく、モンスターも罠も何もないまま、穴の終わりが見えてきた。
穴の向こうに明かりがあるのか、やや出口付近が明るい。
「そういえばユウナ、この後のことなんだけど」
「はい?」
「いや、本当は俺、聖剣の場所だけ教えたらパーティーから抜けようと思ってたんだけどさ。このままついていってもいいかな?」
「えぇ、もちろんですよー。もし強い敵が出てきたら、キリトさんお願いしますね」
ふんわりと笑う彼女に、何だか照れくさくなり、ぶっきらぼうに相槌を打って、出口へと少し速足になった。
やがて、俺の照明魔法が別の明かりに紛れ、見えなくなる。
その頃には、俺たちも巨大な闘技場を目の当たりにしていた。
穴からさらに20メートルほど下りたところに、ところどころ崩れかけた状態で、強烈な存在感を放っている。
堪らず、息を呑む。
「コロシアム、みたいだな」
クラインが後ろから声をかけてきた。
すり鉢状になった闘技場は、確かに観客席のような部分が見えなくもない。
三人で顔を見合わせ、一同に頷く。
「翅、出せそうですね」
「あぁ、とりあえず飛んで行ってみるか」
「どうするよ、全員で行くか、誰か様子を見に行くか?」
「それなら、私が行きます」
勢いよく右手を上げたユウナが、そのまま翅を動かし始めた。
「何かあったら、援護お願いしますね」
「おうよ!」
「気をつけろよ、ユウナ」
「うん、ぉ、ぅうん、行ってきます!」
背中のエクスキャリバーを手に入れたときは、神々との闘いだった。
アスナの≪世界樹の枝≫は、守護竜の猛攻を掻い潜る必要があった。
そして、エクスカリバーを入手するには────。
ユウナは漂うように空を泳ぎ、ゆっくりと闘技場中央付近へ降り立つ。
どんな変化も見逃さないよう目を凝らしていると、不意に大きな金属音が鳴り始めた。
音の出処はすぐにわかった、どうやら闘技場の奥に見える錆びついた鉄格子が、開き始めているらしい。
なるほど、恐らくは。
「キリト」
「あぁ、いつでも出られるようにしておくぞ」
背中の剣に手をかけつつ、穴の中から様子を窺う。
隣に立つクラインも、今すぐにでも抜刀してしまうような剣気をさらけ出していた。
鉄格子が完全に開ききり、先ほどまでとは違うサウンドエフェクトが辺りに響く。
重金属鎧を身に纏っているであろう、鈍い足音。
ユウナがゆっくりと構えた剣先に、3メートルはあろうかという巨大な甲冑を纏った剣士が現れた。