ソードアート・オンライン──聖剣── 作:kujiratowa
「ユウナ、スイッチ!」
「はいっ」
甲冑剣士の振り回す両手剣を、ありったけの力を込めた≪ヴォーパル・ストライク≫で弾き返す。
間髪入れず、甲冑剣士の懐へ飛び込んだユウナが高位細剣技≪ニュートロン≫を放った。
速度をそのまま威力へ上乗せしたような五連続の突きが甲冑に新たな傷を刻み込んだ。
そのまま甲冑剣士は握っていた大柄の両手剣を手放して、大きく仰け反った。
ノックバックが効いているうちに体勢を立て直した俺とユウナは、素早くその場所から離れる。
一旦クラインに場を任せ、素早く≪回復ポーション≫を口に含み始めた。
「いやぁ、強いですねー!」
「確かにな」
だけど、不思議なことに戦えないわけじゃない。
ユウナの嬉しさ半分、驚き半分の言葉に相槌を打ちつつ、じりじりと甲冑の元へ滲み寄るクラインを眺める。
戦闘開始からおよそ10分、ほど良い緊張感を保ったまま、俺たちは3人でボスモンスターのHPゲージ1段目を吹き飛ばすことに成功していた。
大きく伸びたゲージは残り2本。
はっきり言って、出来過ぎだった。
前回、≪聖剣エクスキャリバー≫を入手した際に戦った大巨人のときは、パーティー人数限界の7人でチャレンジして、しかもNPCの手伝いもあってようやくダメージを与えられたというのに、今回の敵は技を放てば技を放った分だけゲージが確実に減少していった。
甲冑を纏ってるわりに物理防御力はそれほどでもないらしく、着実にダメージを蓄積することができている。
また、相手の攻撃もどこか単調で、手に持った両手剣を用いた≪ソードスキル≫を発動させるか、あるいは鈍重な大上段からの一撃でコロシアムそのものを打ちつけ揺さぶるか、といったものだった。
前者は両手剣のソードスキルのことを理解していればいくらでも対策が取れるし、後者もタイミングを計って空中へ飛べば何かしらのデバフをまかれることもない。
ほとんどダメージを負うことなく戦い続けていられるというのは、大変ありがたかった。
如何せん、俺もクラインも、それからユウナも、魔法にはあまり馴染みが無く、全体回復魔法はおろか個別回復魔法すらまともに使えない体たらくだった。
自然とアイテムに頼った回復がメインとなるが、それだって隙を作らなければ回復することも儘ならない。
そういう意味でも、ほとんど回復せずに済むというのは助かった。
「パターン、変わりませんね」
「そうだな、経験則だとHPゲージが無くなった瞬間に何かしらの変化が起きるものなんだが…………ちょっと行ってくる、バックアップ頼んだ」
「はーい、了解です」
ノックバックから復帰した甲冑剣士が、先ほどまでと同じように重い足取りでクラインへと向かう。
クラインも引き抜いた刀を正眼よりやや右に構え、甲冑剣士の出方を窺っているようだった。
「クライン、今のうちに奴の剣を!」
「っ、!!」
駆け寄りながら大声を出す。
クラインも俺の言っている意味がわかったらしく、膠着状態から切り上げるようにして右足を滑らせ、自分と甲冑剣士との間に落ちる両手剣へと走る。
そのままソードスキルを発動させ、クラインの下から振り上げた刀が大きく両手剣を打ち上げた。
“GJ!”と心の中で呟いた俺は、肩口にエクスキャリバーを背負い、そのまま≪ソニックリープ≫を発動させる。
斜め上空へと駆け上がり、振り切ったキャリバーが両手剣をコロシアムの観客席まで弾き飛ばした。
甲冑剣士の表情は全く読めないものの、これでさらに戦いやすくなったのは事実だ。
着地をしながら、ソードスキルの硬直が解けるのを待っ────!
「ぐぅっ!!」
「ぅぉっ!?」
地面までコンマ3秒といったところで、横殴りの衝撃が襲ってきた。
一瞬、その衝撃の正体が何だったかわからなかったが、自分の見える傾いた世界に、クラインの片足が映っていることで、脳が理解を始めた。
どうやら俺は、飛んできたクラインにぶつかって、着地も満足に出来ず転がってしまったらしい…………飛んできた?
「ぅ、っ、クライン、おい!」
「つぅー…………すまんキリの字、油断した!」
互いに上体を起こし、すぐに状況を把握しようと辺りを見回す。
右、いない。
左、いない。
どこだ、甲冑の奴はどこにいる────!
「キリトさん、おじさま! 上!」
聞こえてきたユウナの声に、反射的に首を上げる俺とクライン。
そこには上空高く、甲冑を纏ったボスモンスターがいた。
いや、甲冑を纏ったとは違う、恐らくあれは……甲冑を纏っていた、存在。
たぶん、パターンの変わった、ボスモンスター。
背中に赤銅色の翅を生やした妖精剣士が、羽音の一つも立てず、佇んでいた。
「中身か?」
「あぁ、多分。悪ぃ、俺もお前ぇが剣を弾くところを見てて、気がついたらすぐ近くまで来ててズドン、だったよ」
拳を握り、自分の脇腹を叩く真似をする。
「妖精、なのでしょうか」
「あの見かけは間違いなく妖精だけど…………厄介だな、あいつ少し小さくなってないか」
「そりゃ、甲冑を脱いだからだろうな。脱いだら凄くないタイプだった、ってことだろう」
「うわ、おじさまお下品」
「げ、いや、そのぉー、ちがっ、そういうワケデハ!!」
慌てふためくクラインと、どこか暢気なユウナの遣り取りを横目に、剣を構えて元甲冑剣士を見上げる。
ゆっくり、ゆっくり、空から降りてきているようだった。
どんな攻撃を繰り出してくるのか、まずは攻撃パターンを把握するところから始めなければならない。
「じゃれてるなよ、二人とも。見極めるぞ」
「ひゅう! キリトさん、格好良い!!」
「その前にお前は誰と仲良くするのか見極めろって話だよ、モテる男は辛ぇよなぁ!」
「あ、おじさま、その話詳しく聞きたいです」
「だから、っ…………なろっ!!」
尚も緩んでいきそうな二人に振り向いたその刹那、上空でいくつもの魔法が起動するライトエフェクトが迸った。
次の攻撃パターンの一つ目は、まずは魔法らしい。
目を見開いて、魔法の種類と軌道とをイメージし、対空片手剣技で≪魔法破壊≫を達成できる条件に当てはまるものを選ぶ。
いくつかの打ち漏らしは仕方ないことにしつつ、次々と飛来する大小様々な石飛礫を、右へ左へ弾き続けた。
「……………………ぅ、わぁ」
「さんきゅな、キリト!」
言うが早いか、クラインは大きく翅を広げて上空へと飛び上がった。
ところどころ、石飛礫でダメージを負っているようだったが、そんなものは気にならないらしい。
クラインらしいといえばらしいが、確かに相手にとって大技であろう連続魔法のあとは、少なからず硬直時間があるはずだ。
そこを本能的に叩きに行こうとするクラインの選択は、間違いではなかった。
ただ、できるなら、もう少し緊張感をもって戦ってほしいところでもある。
ソードスキルの硬直が解けるのを待って、キャリバーを肩に担ぎ、そのまま上空を眺める。
そこには袈裟切りに刀を振るう火妖精の真紅の翅が、瞬いていた。
「あの、キリトさん、今のって…………」
「え?」
「魔法…………あのっ、魔法、き……きっ、斬っちゃったんですかっ!」
「あ、あぁ、まぁ、そんな感じ」
「うわぁー! すごいすごい! どうやるんですかっ!!」
顔が近い、という一言を告げる間もなく迫ってくるユウナ。
どうやら俺の魔法破壊がかなり衝撃的だったらしい。
以前に≪スリーピング・ナイツ≫を手助けする場面で大勢の前で見せたことはあったものの、それ以来あまり人前ではやったことがないし、もしかしたらこの技術については、ユウナも知らなかったのかもしれない。
簡単に理論を説明すると、目を輝かせながら帯剣していた細剣を鞘から引き抜いた。
「お前、まさか」
「はい! 私も頑張ってやってみますっ!」
「なっ、ば、点と線じゃ難易度が全然…………くそ!!」
再び、上空に様々な光が迸った。
自分の利のために戦っているという意識が薄いのか、ボスモンスターを前に悠長に会話を交わしているなんて!
クラインの安否を確認したいのも山々だったが、空から打ち下ろされる何十もの火の矢を掻い潜らねば、それすらできない。
どこか、心の中でスイッチを切り替えるような気持ちで、静かに片手剣を構える。
追尾型の魔法ではないことを軌道から読み、相手が手数でこちらを押し込んでこようとしているのではないかと予想を立てた。
流石にこれでは魔法破壊をしようにも、いくつか破壊できても次の矢にダメージを負ってしまう。
ユウナもそのことを理解しているようで、初めこそ剣による迎撃をしようと構えていたものの、今はどう最小限のダメージで済ませるか、思惑しているようだった。
しかし、急に回避しろといっても、そんなにうまい作戦が思いつくわけでもなく────いや、待て、いけるか……?
「ユウナ、俺の後ろへ!」
「え? キリトさんの?」
「早く!」
半ば強引に背中へと呼び込み、そのまま剣をかざして呪文の詠唱を始める。
「ユイがいないから、うろ覚えで申し訳ないが…………『ゼアー・ウラーザ・ノート・ディプト』」
イメージの先は、悪魔。
「『レン・ヘルベグール』────!!」
そして、巨大な剣。
「きっ、キリトさん!」
背中に聞こえたユウナの声が、ゆっくりと遠ざかっていく。
あぁ、大丈夫だ、あの“何もかも破壊してしまいたい”と思ったときとは違う。
俺は、俺という意思に従って、この苦境を打破する。
「ゴルラァァァァアァァァァァァ!!!!」
勝鬨にも聞こえる雄叫びを、上げた。
* * *
斬馬刀とでも呼べばいいのだろうか、巨大で武骨な鉄の塊にも思える剣を頭上高く振り回し、人間の、いや、悪魔の限界をも超える速度で大きな弧を描く。
大きな漆黒の真円に、火の矢は悉く吸い込まれ、霧散した。
防御ソードスキル≪スピニングシールド≫を発動できたことに、一先ず安心すると同時に、いくつもの試したいことが湧いてきた。
「グルルル……」
少し、呼吸をするだけで、おっかない声が出てしまうのは、至極残念なのだが。
「キリトさん……で、いいんですよね……?」
うまく喋れないため、肯定の意を示すべく、頭を下げる。
自分の背中、いや、腰元に見えるユウナは、本当に俺がキリトなのか、今なお疑っているような様子だった。
無理もないか、突然こんなバカでかい生き物に姿を変えたんだ、俺だって急にユウナが巨大モンスター化したらたじろいてしまうだろう。
『彼らは恐れる、夜の深さ、地獄への道をひた走る』────と念じる幻影魔法は、俺の知っている数少ない魔法の一つだ。
自分の攻撃スキル値に依存して魔物に姿を変えるというものだが、ぱっとしない魔物に姿を変えることがほとんどであり、特別ステータスが変化するわけでもないため、今ではほとんど使い手のいないネタ魔法の一つだった。
しかし、以前、この≪ALO≫に初めて降り立ったとき、窮地の際にこの魔法を使ったところ、大きな山羊の角を生やした悪魔に化けることができ、その劣勢な状況を打破することができた。
あのときほど優秀な攻撃スキル値ではないものの、思い描いた通りの、あのときの悪魔に。
そしてついでに剣を持って、化けることができた。
尤も、あのときと違い、背丈は3メートルと少し程度しかないが。
「グォオォァッ!!」
思いきり床を踏み切り、高く跳ぶ。
翅は失くしたものの、強靭な筋肉を纏った濃紺の悪魔の脚は、容易く巨躯を空へ舞わせた。
初めから距離なんて無かったと思わせる勢いで元甲冑騎士へと肉薄する。
力任せに振り払った右手の剣を、元甲冑剣士は翅を広げて綺麗に躱した。
そのまま回転することを止めず、横回転を縦回転に無理矢理曲げ、振り下ろしの一撃を見舞おうとしたが、それも寸でのところで躱された。
身体を大きくしたところで対応しやすくなったところもあれば、対応しにくくなったところもある。
慣れない身体で繰り出す攻撃では、少なくとも甲冑を脱ぎ捨てて身軽になった≪土妖精≫を捉えることが難しそうだった。
自由落下に身を任せながら、数多の火の矢が瞬いていた上空に、再度目を送る。
そして見つけた、今も宙を彷徨う≪火妖精≫のクライン。
一時的に≪スタン≫を起こしているのだろうか、まるで仰向けのような状態で翅だけが忙しく動いていた。
安否が確認できただけでも良しとしよう、と自分に言い聞かせて、再びコロシアムの石畳を踏み締める。
とりあえず魔法も飛んでこなそうだし、すぐにでも今の幻惑魔法を解除しようかとした矢先のことだった。
「キリトさん、あいつ、下に落とせます?」
ユウナが、真っ直ぐに土妖精を見上げながら、落ち着き払った声色で聞いてきた。
この場合の下というのが、物理的に落とせということなのか、あるいは飛行している状態を解除しろと言っているのか、正しく理解することはできなかったが、一応肯定の意を示して、頷いて見せる。
俺の反応にユウナは少し口元を緩め、小さな笑顔を作った。
何か作戦があるのは、間違いなかった。
こちらの出方を窺っているのか、土妖精は中距離を保ったままホバリングを続けている。
物理的に叩きとせれば二重丸、下へと相手の移動を誘えば及第点だ。
シンプルではあるが、≪バーチカル≫を見舞うことを決め、あとはどのタイミングで仕掛けるか考える。
そのとき、スタンが解除されたのか、大きく仰け反るようにしてクラインが息を吹き返し、そのまま最短空路を最高速度で土妖精へと向かった。
腰元に差し直した刀の柄に手をかけたままの状態、あれば抜刀系のソードスキルを使うに他ならない。
圧倒的速度を誇る抜刀技の隙を縫って、バーチカルを放つことを決める、それは…………────今だ!!
一振りで幾筋もの刀の軌跡を残すクラインのソードスキルを、いくつも掠めながらそれでも致命傷を避けることができた土妖精の背後から、気合と共に大剣を唐竹に振るう。
いつの間に取り出したのか、重厚且つ煌びやかな大盾を取り出した土妖精は、剣と自分との間に盾を滑り込ませ、そのまま盾に弾かれるようにしてコロシアムの床板へと吹き飛んだ。
間髪入れず、ユウナが仕掛けるところが見える。
青紫色の、ソードスキル。
「っ!!」
裂帛の気合と共に、声にならない声をユウナが上げた。
地面に叩きつけられ、跳ね上がった土妖精の背中に、直突きを放つ。
その数、実に五つ。
システムアシストがあるにしても、速射と呼ぶに相応しいまでの連突きだった。
しかし、その連突きが止まらない。
鮮やかな青紫の燐光は止まず、今度は先ほどと点対象に五つの突きが見舞われる。
大きくアルファベットのエックスを描くような技に、俺はどこか思いきり頭を叩かれたような気持ちになった。
あれで、終わりじゃない。
ライトエフェクトは消えず、先ほどまでの突きよりもさらに速い突きが、エックスの中心へと突き立てられた。
…………あぁ、俺はあの技を知っている。
今は亡き、≪絶剣≫の代名詞とも呼べる≪OSS≫。
「─────≪マザーズ・ロザリオ≫」
大きく吹き飛んだ土妖精に細剣を向けたまま、ユウナが囁いた。