どうしてこうなった。そう叫びたくなる。
しかし培われてきた常識が、私にただお冷やの入った強化ガラスのコップを傾けさせるばかりだ。……かなしいかな、手は震えているけど。
その間にも、周囲の女性達の視線はこの手の中にあるコップより冷たく私に注がれ続ける。
隣に座るのは(いつもより距離が近い)、曾祖父の頃から私の家と付き合いの深い相沢家の息子、謙人。偶々同じ年度に生まれて以来、学校はずっとクラスも一緒、進学先も一緒。現在も学部は違えど同じ大学に通う身だ。所謂幼馴染みという奴である。
「ねぇエリク君。何で君がここにいるのかなぁ? 君、留学生だろう? ホストファミリーと仲良くするのもいいけど、他の人達ともっと触れ合わないと見聞は広められないよ?」
その幼馴染みは、こんな口を聴く男だっただろうか。少なくとも22年の付き合いでそんな覚えはとんとない。いつだって謙人は優しくて人当たりの好い人間だった。私が
「誰と触れ合うかは留学生本人が決める事ですから、ホストファミリーでもない貴男にとやかく言われる覚えはありませんよ。相沢謙人さん?」
それに対して全く臆する事なく、言葉を返してみせたエリクも怖い。それも彼の母国語のドイツ語ではなく、流暢な日本語で。澄んだ青い目を細め、これまたキレイな顔に完璧な微笑みを湛えて言ってのける。あんたら兄弟か何かか。何なのその妙なところでの息の合いっぷりは!
「ねぇ
「えっ……な、何がっ?」
「やだなぁ話訊いてなかった?エリク君の話だよ、休みだっていうのに僕達と一緒にいる目の前の彼の事!」
「えーっと」
謙人の言葉の意図が掴めない。無意識で掴みたくないのかも知れない。お冷やを啜りながらエリクの事をこっそり窺う。彼は私の視線に気付くと小さく微笑んだ。…6歳も年下なのに、ちょっとどきりとしてしまう。
途端、なぜか横から強い殺気を感じた。
「っ?」
心臓が跳ねた。
「……け、謙人?」
恐る恐る、顔を横に向ける。
……そこでは謙人が、行儀悪くだらりと白いテーブルの上に頬杖を突いて、私の事を眺めていた。その顔にはいつも通りの笑顔があったけど―目が、笑っていない。
え、あれ。今私何をしたっけ。
内心で途惑いながら視線を向ける私に、笑んだまま謙人は言う。「それでさぁ、豊子からも言ってやりなよ」何が。
「正直鬱陶しいだろ? 押し掛けてきてる留学生に休日の出掛け先まで絡まれたんじゃさぁ。はっきり言わないとわからないよ?」
「えっと」
謙人に言われ、視線を前に戻す。
すると今度はまた困ってしまう事になっていた。
エリクは、お冷やの入ったコップを両手で握り締め、小さく俯き―青い双眸にうっすらと涙を溜め、私を見ている。
(ちょ、っと待ってよ。そんな目で見ないでよ……!)
困って、謙人に視線を戻す。
謙人は相変わらず微笑んだまま私を睨むように見ている。
前を見れば、エリクが雨に濡れた捨てられた子犬のように私を見上げている。
周囲からは、益々冷たくなってきた女性達の視線を浴びせられている。
頭を抱えたくなった。
どうしてこうなった。
それは大学4年生の頃、エリク・バイゲルトというドイツ出身の日系ユダヤ人の少年を我が太田家でホームステイさせていた頃の話だ。
その時の私はまだ、自分の曾祖父を巡る19世紀に起きた事件の事を知らなかった。
End.