ダイジェストで送るゼロの使い魔(オリ主介入) 作:キューブケーキ
『王女と偽りの兄様』
あらすじ
トリスタニアの王宮で育つ王女アンリエッタ。幼い頃、彼女の心を救ったのは、貴族の子息でありながらも優しさを持つ少年だった。
兄のように慕った彼との再会は、王女としての務めに追われる十三の春。
再び現れた彼は、今や領地経営で名を馳せる立派な補佐官となっていた。
心の距離を縮めていく二人。しかしアンリエッタの運命は、政略結婚という名の檻に閉じ込められようとしていた。
「王女でなくても、僕にとっては愛しい妹だよ」
彼の優しい言葉に秘められた真意とは──。
政略結婚の陰謀、愛と義務の狭間で揺れるアンリエッタ。
彼女が選ぶのは、王国か、愛か──。
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【目次】
プロローグ
第一章 はじまりの午後
第二章 微熱の季節
第三章 さざめく午後、さみだれの夜
第四章 桜花、炎に舞う
第五章 誓いの花は秘めやかに
第六章 月の水音に似て
エピローグ 永遠の誓い
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【登場人物紹介】
アンリエッタ・トリステイン
トリステイン王国の王女。幼き日に出会った少年に初恋の感情を抱くも、王女としての務めに縛られる。
タロウ・ド・エスコーラ
アンリエッタが「お兄様」と慕う青年。貴族の家に生まれ、今は補佐官として領地経営を任されている。王女に対して深い愛情と忠誠を抱くが、妻帯者でもある。
エレオノール
彼の正妻。穏やかで聡明な女性。夫の心の揺れに気づきつつも、あえて何も言わない。
マザリーニ枢機卿
アンリエッタの政略結婚を進める黒幕。野心的な策士。
オスマン学院長
王宮の権力者の一人。枢機卿と手を組み、アンリエッタをゲルマニアに嫁がせようと画策する。
衛兵たち
アンリエッタと彼の密会を知る者たち。沈黙を守り続けるが、忠義と正義の狭間で揺れる。
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【プロローグ】
春の陽射しが穏やかに王都トリスタニアを包んでいる。
石造りの王宮の回廊には、まだ幼さを残した少女の笑い声が響いていた。
「ほら、エッタ! こっちまでおいで!」
明るく弾む声。少女の名はアンリエッタ。トリステイン王国の王女として育てられ、誰もが一歩引いて敬意を払う存在。
だが今、彼女の前で手を差し伸べている少年は違った。王女ではなく、ただの女の子として接してくれる唯一の存在だった。
「もう、待ってよ、お兄様!」
そう呼ばれる少年は二つ年上。貴族の子息ながらも、どこか他の貴族とは異なる空気を纏っている。
その瞳は穏やかで、まるでアンリエッタの心の奥底まで見透かすようだった。
「エッタ、疲れたなら無理しないで。僕はここにいるから」
差し出された手。その温もりに、アンリエッタは小さな手を重ねた。
その瞬間、彼女の胸の中に小さな灯火が灯った。
春の風が二人の間を吹き抜け、桜の花弁が舞い落ちる。
いつか、この温もりが永遠に続けばいい──そう願った瞬間だった。
しかし、時は無情にも流れる。
王女としての務めが彼女を縛り、やがて二人の間には越えられない壁が立ちはだかることになる。
これは、王女アンリエッタとお兄様の、誰にも語られることのなかった愛の物語。
幼き日の約束が、やがて禁断の契約へと変わるその時まで──。
【第一章 はじまりの午後】
トリスタニアの春は、王宮の石造りの回廊に花の香りを残しながら吹き抜けていく。
王宮の奥、子供部屋と呼ばれる一室で、アンリエッタ王女は机に向かっていた。
開かれた本の頁は進まず、視線は窓の向こうに遊ぶようにさまよっている。
「まだかしら……」
呟いた声に、部屋にいた侍女が小さく笑った。
「もうすぐです、姫様。あの方はいつも、時間ぴったりにいらっしゃいますから」
あの方──それは、最近よく王宮に顔を見せるようになった少年。年は二つほど上。どこかしら他の貴族とは違う空気を纏っていた。
最初に彼が現れたのは、外交の賓客を迎える場でだった。列席していた子供たちの中に、ひときわ落ち着いた眼差しの少年がいた。
身なりは質素ながら、立ち居振る舞いに芯のある美しさがあった。
その日から、彼は度々、アンリエッタの遊び相手として通うようになった。
「王女殿下、今日は何をしましょう?」
「今日もかくれんぼがしたいわ」
二人きりの時間。廊下を静かに抜けて、王宮の庭に出ていく。
衛兵たちは遠巻きに視線を送りながらも、決して口を出さない。
王女が初めて「楽しい」と笑った相手だったからだ。
彼はアンリエッタに本を読み聞かせてくれた。剣の握り方を教えてくれた。
時には椅子に座って、静かにお菓子を分け合った。
「王女殿下、なんて呼びにくいな」
「じゃあ……エッタって呼んで。貴方は……お兄様がいい。だって貴方は、お兄様みたいに優しいから」
それは幼い心が育んだ、小さな契約のようなものだった。
彼が来る日は、アンリエッタは少し早く目を覚ますようになった。
衣装の色を選び髪にリボンを足し、笑顔を鏡で練習するようになった。
彼もまたアンリエッタの話をよく聞いた。勉強の愚痴、母王との距離、誰にも言えない夢の話──すべてを、静かに否定せずに受け止めてくれた。
「大丈夫。エッタは、ちゃんと素敵な王女になれるよ」
その言葉が嬉しくて、アンリエッタは知らぬ間に顔を赤らめた。
けれどまだ好きという言葉の意味も、自分の心の動きも、分かってはいなかった。
ただ彼が傍にいてくれることがとても自然で、安心できた。それがどれほど貴重なことか、大人になってから気づくことになる。
王女としてではなく、一人の女の子として扱ってくれる存在──それがどれほど、救いであったか。
いつか別れの時が来るとしても、この思い出がある限り、私は何度でも立ち上がれる。
そう感じた日のことを、アンリエッタは、いつまでも忘れなかった。
【第二章 微熱の季節】
十三の春。アンリエッタは王女としての務めを本格的に担い始め、毎日が公務と教育で埋め尽くされていた。
儀式の挨拶、文書の署名、社交の場での振る舞い。誰からも敬意を向けられるが、それは壁のようでもあった。
そんな折、ふたたび彼が王宮に現れた。
今度は領地経営で功を挙げた補佐官としての立場だった。
「お久しぶりです、王女殿下」
少し低くなった声、洗練された身のこなし。だが彼の瞳の奥には、以前と同じ穏やかさが宿っていた。
最初のうちは、会話も礼儀に包まれていた。だがふたりきりになる時間ができると、彼はすっと仮面を外すように、昔のお兄様に戻っていた。
「疲れてる顔してるね。休める時は休まないと」
「……見抜かれてるわね」
アンリエッタが机の書類から顔を上げると、彼はそっと紅茶を差し出してくれた。その仕草に、胸の奥がきゅっと痛んだ。変わらない。優しい。温かい。
「貴女が王女でなくても。僕はいつだって見ているよ」
その言葉に思わず目を伏せた。胸の奥で何かがほどける音がした。
彼が妻帯者であることは知っている。けれど、こうして向き合うたびに、心がほどけてしまうのは止められなかった。
彼は変わらず、私にだけ見せる顔を持っている。仮面の下の素の自分を見せてくれる。
「今も昔も優しいまま……」
彼は私のことを誰に対しても「我が妹」と公言していた。
冗談めかして笑いながらも、その言葉には深い信頼と親しみが込められていた。
「君がもし王女でなくなっても、僕にとっては愛しい妹だよ」
その一言がどれほど心に沁みたかは、誰にも言えなかった。
私もまた、彼を「お兄様」と呼び慕い、誰の前でも臆せずそう言えた。
自他ともに認める兄妹のような関係。
それは言葉以上に温かく、私に安らぎを与えてくれるものだった。
その優しさが、たまらなく愛しかった。胸の奥で何かが芽吹き、やがて甘く熱を帯びていく。
言葉にするには早すぎる。だけど、確かにそれは、私の中に根を張っていた。
彼がいてくれるだけで、日々の重さに耐えられる。
それが私にとって、どれほど大きな支えだったか──ようやく気づいた気がした。
【第三章 さざめく午後、さみだれの夜】
体調不良という名目で彼の領地を訪れたアンリエッタ。田園に包まれた館は温かく、領民は彼を父のように慕っていた。
彼の隣には穏やかに微笑むエレオノール夫人がいた。嫉妬はしなかった。ただ羨ましいと思った。
夜、彼とふたり、館の庭を歩いた時。月の光が、濡れた芝に反射して美しく揺れていた。
ふとした拍子に手が触れ合い、アンリエッタは震える声で言った。
「私は……お兄様が望むのなら、すべてを差し上げます」
沈黙が落ちた。夜風が衣擦れを掠める音だけが、静けさの中に響いていた。
彼は一歩、そっと距離を置いたかと思えば、優しく微笑んで自分の外套を脱ぎ、アンリエッタの肩にかけた。
「……ありがとう」
それは拒絶ではなかった。彼の手が小さく震えているのを、アンリエッタは知っていた。
求めていたのだ。苦悩していたのだ。そう、私だけでなく、お兄様もまた。
「私……好きなんです」
彼は何も言わなかった。ただ、そっと額に口づけを落とした。
それだけで胸の奥が熱くなる。
言葉にはしない想い。それでも確かにそこにある何かを感じていた。
【第四章 桜花、炎に舞う】
春の風が吹き始めたころ、ゲルマニア皇帝との政略結婚話が浮上した。
マザリーニ枢機卿の一存で進められた話だった。王女であれば国のために犠牲を強いられる。
それは分かっていた。けれど心のどこかで叫んでいた。助けて、と。
そして夜明け前、王都を囲む旗が翻った。指揮していたのは彼だった。
「王女アンリエッタの自由と尊厳を守る」
王都制圧は三日で終わり、粛清は迅速だった。
恋路を邪魔し、アンリエッタを政略の道具として差し出そうとしたマザリーニとオスマンは容赦なく排除された。
マザリーニは反逆罪で裁かれ、廷臣たちの前で断罪された。オスマンは逃亡を試みたが、捕縛されたのち王命により剥奪、学院長職も追われ幽閉された。
彼らと通じていた親ゲルマニア派の貴族たちもまた、その多くが所領を没収され、ある者は断頭台へ、ある者は流刑となった。
王女を、彼女の愛を、踏みにじった咎。その代償は決して軽くはなかった。
血に濡れた玉座の前で、アンリエッタは彼の手を取り、そっと呟いた。
「ありがとう。私は今ようやく、自分が王女であることを誇れるの」
その夜、王宮の一室でふたりきりになったとき。
彼はアンリエッタを静かに抱き寄せた。強くもなく、乱暴でもなく、ただ確かな力で包み込むように。
「アンリエッタ。これで君は、ゲルマニア皇帝の妃候補ではない」
彼の声が耳元でやさしく震えた。
「今日から──ぼくの女だ」
その言葉にアンリエッタは声もなく頷き、彼の胸に顔を埋めた。
涙は流れなかった。ただ、胸の奥が熱くて、ずっと抑えてきた想いが、静かに深く満ちていった。
【第五章 誓いの花は秘めやかに】
王宮の小塔に設けられた密会の間。誰にも知られぬ逢瀬。
「貴女はこの国に必要なお方です」
「でも、私は貴方が欲しいのです」
涙混じりの言葉に彼は言葉を返さなかった。ただ、そっと唇を重ね、彼女を抱きしめた。
その夜、アンリエッタは一つの願いを口にした。
「一度でいいの……お願い、抱いて」
彼は静かに、しかし確かに頷いた。
夜の帳がゆるやかに二人を包み込み、重なった心音がそっとひとつになった。
はじめは慎ましく戸惑いながらだった。けれど若い二人に一度だけで足りるはずもなく、ふたりは何度も互いを求め合った。
彼の瞳が揺れるたびに、アンリエッタは胸を締めつけられた。
「私は、あなたに迷惑をかけたくないの」
彼を困らせることはしたくなかった。
家庭を壊したいとも妻の座を奪いたいとも思わなかった。ただ、この愛だけは捨てられなかった。
「私は王女。……だから命令するわ。これからも私の前では……私のものになって」
彼は何も言わず、ただ彼女の手を強く握った。
その日から誰にも知られてはならない関係が始まった。
恋ではなく、政ではなく、王女の命令として。愛を隠しながら育てる関係。
それがふたりに与えられた、ささやかな幸福のかたちだった。
【第六章 月の水音に似て】
それから夜は幾度も訪れた。
逢瀬を重ねるごとにアンリエッタは、そのたび幸せの残り香に包まれた。
「寒くないですか、お兄様」
「君がいるなら、どんな夜も春のようだよ」
彼は変わらない。朝には去っていき、日中はただの家臣であり続けた。
それでもアンリエッタは満ち足りていた。
髪に触れた指、吐息の熱、眠りにつくまでの囁き。それらは花弁のように静かに降り積もり、心に温もりを刻んでいった。
「幸福、ね……。それは置き去りにされた余熱に似ているわ」
そう呟き、また彼の温もりを待つ夜が訪れる。
それでいいのだと、彼女は思っていた。
【エピローグ 永遠の誓い】
夜の帳が静かに王宮を包み込む。
アンリエッタは、王宮の小塔に設けられた密会の間で窓越しに月を見上げていた。
涼やかな風がカーテンを揺らし、彼の足音が近づいてくる。
「遅くなってごめん」
彼の声が響き、アンリエッタは振り返る。
変わらない。穏やかな瞳と優しい微笑み。
彼はそっと彼女の肩に自分の外套をかける。
「お兄様……」
アンリエッタはその胸に顔を埋めた。
彼の腕が強く確かに彼女を抱きしめる。
妻のいる彼の領地では決して触れられない温もり。
けれどここではただの男と女として寄り添うことが許される。
「君は僕の妹……そう言い聞かせてきた」
「でも私は……貴方の女」
甘く囁くような言葉が二人の間に交わされる。
唇が触れ合い、言葉のない時間が流れる。
彼の手が、アンリエッタの髪を撫で、そっと首筋に唇を落とした。
「愛している」
「私も……」
その囁きにアンリエッタは目を閉じた。
外の世界は遠ざかり、この部屋だけが二人の楽園だった。
妻の目を欺き、時間の隙間を縫って重ねる逢瀬。
禁断の愛だと分かっていても、二人の心は引き裂けなかった。
「お兄様……」
アンリエッタは彼の耳元に囁く。彼はその瞳を見つめ返し微笑んだ。
「君は僕の愛しい王女。そして僕の女だ」
その言葉にアンリエッタは胸の奥で涙が溢れるのを感じた。
彼の腕の中で永遠の夢を見ているようだった。
月明かりが二人の影を包み込み、ひとつに溶けていく。
この夜が終わっても二人の時間は終わらない。
たとえ朝が訪れても彼は彼女のものであり、彼女もまた彼のもの。甘く、優しい嘘に包まれて──。
愛は永遠に続く。彼の女で、私の男。
この夜だけは嘘でもいい。
せめて彼の腕の中で、夢を見させてほしい──。