東方新抗禍 ~A new Fantasy destroys devious vice~ 作:ねっぷう
鈴奈庵の娘、本居新子は両親から、禍王の”四人の歌姫計画”を知らされる。新子は仲間の茨木華扇と共に、歌姫計画を打ち破るために旅立った。
グリフォンの協力を得て、一人目の歌姫、”南の歌姫”を討伐することに成功した。
一行は次なる歌姫が隠されている”竜の墓場”を目指して、西へと歩みを進めるのだった。
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第11話 「西の歌姫」
今だ、話しかけるんだ!
西の領域に住む神獣、”竜”の一匹がすぐそこでこちらを見つめている。真紅の身体に、真っすぐ伸びた筋肉質な長い前足、すらりとした後ろ足、大きく広がった翼。綺麗な赤い鋭い目、歯茎と唇が一体化した口元に生えた牙。
新子は生唾を飲み込むと、一歩踏み出した。
竜が新子と華扇を見下ろす。厳しい顔つきに笑みが浮かんだように見えた。
「待ちかねたぞ」
竜の声は優しく、ささやくようだった。
「ようやくやってきたな、予言の女よ。まさに神の友が言った通りだ…」
「長い事探してた…ようやくアタシはお前を見つけた」
「いや、私のほうがお前を見つけたのだ」
竜は目を輝かせ、二股に分かれた尾をくねらせた。
「ここには邪悪が潜んでいる。邪悪と毒を感じるぞ。私が眠っている間に、お前たち…我がなわばりに侵入者を許したな」
「私達ではありません。邪悪が侵入したのは、200年前の事なのです。竜よ、私は貴方に、ここに巣くう邪悪を退治していただきたい。その番人を倒したように」
華扇は遠くに転がるコトを目で指しながらそう言った。
「さて、どうするか」
竜は答えた。
「予言の女、そばに来い」
新子は言われるがまま、竜に近寄った。歌姫の邪悪な力と、緊張とで膝がガクガクし、立っているのもやっとだ。
「隣のお前もだ、もっとそばに」
竜の声が響く。新子と華扇は竜の目の前まで来た。手を伸ばせば、赤くきらめく竜の鱗にとどきそうだった。竜の匂いが二人の鼻を満たす。熱い鉄と、燃える木の葉を混ぜたような匂いだった。
直後、新子の身体が光り出す。
「これは…!?」
「私とお前の力が共鳴している。このまま待ってくれ」
竜は翼を広げると目を閉じた。新子の光を全身で味わうように。
何分も経った。竜が目を開いた。二つの目が、さっきよりも深く濃い赤に輝いている。
「よし、行こう」
竜はさらに翼を大きく広げると、竜の墓場の窪みの中央に飛び込み、頑丈なカギ爪で底を掘り始めた。何百、何千という石が、窪みの周りに降り積もっていく。
飛び散る石が大粒のひょうのように降りかかる。腕で頭を庇いながら、新子たちはよろよろと窪みの縁から離れた。
充分な距離を取ると、二人は、おののきながら竜の仕事を見守った。穴から石が勢いよく飛び出しては、縁に積もっていく。
四人はしばらく固唾を呑んで見つめていたが、やがて不安に囚われ始めた。
穴が深くなるにつれて、空気がねっとりと重くなる。息が苦しい。辺りは薄暗くなった。ふいに、得体の知れない低い音が穴の底から響いてきた。音はどんどん大きくなっていく。
それは恐ろしい歌声だった。歌声にのせられてくるのは、絶望、かなしみ、疲れ、そして死。低く不気味な旋律は耳を塞いでも頭の奥に流れ込み、ふりはらおうにもはらえない。
もっとおそろしいことがある。この歌声に聞き覚えがあるのだ。
「これも、南の歌姫と同様に…ずっと聞いていたんだわ。しーんと静かだからって、全く音が無いわけじゃない…不安になるような静寂こそが、この歌声なんだわ」
華扇が口を開いた。
その時二人は、石の雨がやんでいることに気付いた。石を掘る音も聞こえない。
「どこにいる?二人とも、そばに来い!」
突然、竜の声が響いた。直接声を発したのか、二人の心に語りかけて来たのかはわからない。
でもどっちでもいい、とにかく行かなければ!
ねっとりと重い空気の中、二人はやっとのことで足を踏み出し、穴の入り口に積もった石の山を上り始めた。登りつめると、二人は中を覗き込んだ。
さっきまで平らだった窪みの中心が大きな穴をあけている。厚く積もった土や石、そして骨が退けられ、底岩が露わになっていた。竜はその底岩の中心にしゃがみ込んで、掘りあてた物体をじっと見つめている。
それは、卵のように見えた。卵のような物体が、ドクドクと脈打ちながら光を放っている。燃える炎のような毒々しい黄色で、あまりのまぶしさに目が焼けるようだ。
途切れることのない低い歌声が二人の頭を貫く。むき出しの邪悪にさらされて肌がひりひり痛み、息もできない。
「私のそばへ。でなければ私は負けてしまう」
竜の声はひどく弱弱しかった。新子は目を見張った。竜の真紅の鱗がじわじわと色あせていく。
二人は一気に竜がうずくまる穴の底へと、石の斜面を滑って降りていく。新子は竜の後ろ脚のそばに落ち、華扇は反対側の足のそばに落ちた。崩れた石が雪崩のように降りかかって竜の翼をうち、尾が石に埋もれていく。それでも竜は声を出さず、鱗も爪も動かさない。巨体はピクリともしなかった。
新子は立ち上がろうとしたが、できなかった。西の歌姫の歌声が新子の頭のなかでこだまする。その邪悪な力に打ちのめされ、新子は体の自由を失っていた。
立てない。歩けない。もがく新子の目の前で、竜はじっと横たわったまま、どんどん弱っていく。
西の歌姫は歌い続ける。絶望と恐怖をまき散らしながら。
新子は竜の体に触れないように地面を這い始めた。毒をまき散らす黄色い塊に向かい、あえぎながら進む。
なんとかして、この悪の源をなきものにしなければ…そうしなければ、全てが終わりだ。
だが、刻一刻と、全身から力が抜けていく。凍えるほど寒いのに、手足がまるで高熱にでもおかされたようにわなわなと震える。だめだ、もう動けなくなる…。
朦朧とする頭で、新子は無意識に竜の足首に触れた。温もりが指先から流れ込んでくる。と同時に、耳に何かが聞こえてきた。西の歌姫の低い歌声に、別の音が混じる。
ドン…ドン…
大きな太鼓をたたくような、ゆっくりと重たい音。聞いているうちに、新子は音の正体が分かった。これは竜の心臓の音だ。
新子は触れるだけでなく、足首を両腕でしっかりと掴んだ。
その瞬間、驚くべきことが起こった。竜の足首を掴む手が、まばゆいばかりの光を発した。
(今、お前と私は繋がっている。私の力がお前に流れ、お前の力が私に流れる)
竜が身を震わせた。新子の手が触れていた箇所がポッと真紅に染まり、真紅はどんどん面積を広げていく。ふと竜が頭をもたげた。赤い目に鋭い光が宿り、鼓動が雷のようにうちはじめた。竜と新子の力が合わさり、それが新子の腕を通って竜の体へと流れ続けている。
竜が目の前で脈打つ黄色い卵を、赤い目でじっと見つめる。それから一声吠えると、口から真っ赤な長い炎を吐いた。卵が炎に包まれる。竜は何度も炎を吐いた。炎に包まれた卵は燃え上がり、次の瞬間、真っ白に変わった。
ピシッ
だがその瞬間、目もくらむ閃光と共に邪悪の力を爆発させた。長年にかけて蓄積された、この地で死んだ竜たちの負のエネルギー。溜めこんでいたそれを、一気に放出したのだ。
あまりの邪悪にさらされ、炎を吐いていた竜は前足で両目を覆いながら雄叫びを上げ、横に倒れ込む。華扇と新子は、邪悪の爆発に吹き飛ばされないように竜の足に掴まっていた。その様子を前にした西の歌姫が、勝ち誇ったように笑い声をあげた。
竜と新子、お互いに力の供給源が断たれてしまった。白熱する歌姫はまだ燃えているが、歌声の力は衰える気配はない。
だが、華扇はその場で立ち上がっていた。竜の太ももの上に立ち、汗だくの真剣な顔で歌姫を見下ろしている。それに驚いたのか、歌姫の声が一瞬止まった。だが、何事もなかったように再び邪悪な力を放ち始める。
華扇の包帯の腕が解け、歌姫に向かって伸びていく。包帯は歌姫に巻き付き、絞めて潰そうと力を強める。燃える歌姫に触れた包帯がじりじりと焦げ、歌姫はそれでも歌い続ける。
それを見た新子は上体を起こした。
─ああ…竜が来ずとも、相手が歌姫だろうとその番人だろうとよ、アタシらでぶっちめようぜ!─
そうだ…敵が歌姫でも、竜が戦えなくとも、アタシらだけででも…!
新子は華扇の後ろから、歌姫に向かって飛びかかった。しかし、放たれる邪悪な波動によって跳ね返されてしまう。新子の”魔に対して力を発揮する程度の能力”を持ってしても、この歌姫にはいまひとつ通用しないようだ。
「新子、でも二人なら…!」
そう、新子と華扇の二人ならどうだろうか。
華扇の腕の包帯がほどけ、新子に巻き付きながら、その身体を持ち上げていく。
ある程度持ち上がると、華扇は勢いに任せて包帯をバネのように使い、新子をミサイルのように発射した。華扇の本気の力で撃ちだされた新子は真っすぐに歌姫に向かって行く。それを歌姫は迎え撃つようにさらに声を張り上げる。
そして右腕を大きく振り上げ、歌姫と激突すると同時に、その拳をぽっかりと空いた邪悪な口に突き刺した。バキリ、と音を立てて卵の表面がひび割れた。低く轟いていた笑い声が、突然耳をつんざく悲鳴に変わる。悲鳴は、まるで時がとまったかのように、だらだらと尾を引いた。後ろで起き上がった竜が口の端に二人を引っ掻け、その場から離らかす。そしてトドメの一撃と言わんばかりに真紅の炎を吐いた。余りの高温にさらされて、新子の体も溶けだしそうだ。
その時だった。卵のような西の歌姫が真っ白い炎を吹き出したかと思うと、次の瞬間、くしゃっとしぼんで炎の中に崩れ落ちた。その場には、南の歌姫を倒したときと同じように、灰色のシミがこびりついているだけだった。
新子の耳に届くのは、華扇が自分を呼ぶ声と、近くでゆっくりとリズムを刻む、竜の鼓動の音…。
…ふたたび目をあけた時、新子は自分がどこに居るのか分からなかった。
ここは竜の墓場の窪みの中心でも、縁でもない。新子は燃えるたき火の前で、毛布を掛けて寝かされていた。たき火の向こうで華扇と、竜が大きな頭を地面に付けて何やら話し合っている。2人の体は影に包まれていて、顔だけが揺れる炎に浮かび上がる。背後は薄暗いが、ぼうっとピンク色に光っている。
アタシの目は竜の炎の熱でおかしくなってしまったのか?
新子は慌てて視線をうつした。竿打が見える。そこで新子は自分がどこに居るのか分かった。ここは竜の墓場へ向かう時に通った、あの邪悪な石碑があった丘の上だ。竿打がとまっているのは、自分が蹴倒した石碑の上だったのだ。もう歌姫が滅んだあとでは、あの気味悪い石碑もただの石同然のようだ。
そうか、竜の墓場の西の歌姫は完全に滅んだのか…。安心が全身に広がる。火照った身体に冷水を浴びたように心地いい。
竿打は赤とオレンジに染まる空を背に、黒い影となっている。新子はほっと溜息をついた。アタシの目がおかしくなったんじゃなかった。いまは、夕暮れ時なんだ。
新子はおそるおそる体を起こした。体中が痛む。
「ずいぶんお休みだったわね」
華扇が言った。
「もう何時間も経ったわよ、穴から助け出して、竜にここまで運んでもらってから」
声はいつもと変わらなかったが、顔はよろこびに輝いていた。
「竜…─」
言いかけて、新子は口を閉じた。喉が焼け付くようだ。華扇が差し出した水筒を受け取ると、夢中でごくごくと飲む。
「目が覚めたか、予言の女よ。私も今さっき、仮眠から覚めたところだ」
竜は牙だらけの口の端を少し曲げた。どうやら笑ったらしい。
「竜…ありがとうよ。見つけてくれて」
「神の友は、私の一番の親友だ。あの言葉を忘れようはずがない。たとえ…我が仲間の死骸の中で眠っていたとしても」
ゆっくりと新子の方に巨大な体を向けると、足を折りたたんでうずくまった。
「さて、話でもしようか。他の神獣は?」
「南のグリフォンが一匹生き残ってる…南の歌姫を倒してもらったな」
「そうか。珍しいな…グリフォンは仲間意識と縄張り意識が強く、よそ者を歓迎しないと神の友に聞いたが。対して、私たち竜は仲間意識も縄張り意識もなく、よそ者を持て成す。だから私は、神の友に興味津々だった」
目を閉じて、囁くように二人に語り始めた。新子は竜を見つめながら黙って聞き、華扇は例の憲兵が落としたからくり小箱を弄りながら聞いている。
「不思議な女だったよ。奴は自分一人でも飛べるくせに、私の背に乗って飛ぶことを楽しんでいた。私は、神の友から唯一文字の読み書きを習ったのだ」
「あの」
華扇が小箱を弄っていた手を止め、目線を上にあげてそう言った。
「貴方の話を聞いてもしやと思いましたが、その神の友とは…まさか…」
「ほう、生前の神の友を知っている者がいるとは。そうだ、神の友の名は、レイムという」
新子には、その時の竜と華扇の言っている人物の事がよくわからなかった。ただ、二人が話しているのを黙って聞いているしかなかった。
「…今、この西の毒の根源が消え去っても、まだ根源は残されているな。この西の領域よりも外に。他の神獣がお前に手を貸してくれる、そうであろう?次は何処へ行くのだ?」
その時に感じた、溢れ出る安堵感を新子はこれから忘れることは無かった。竜はおだやかな口調で、気品に満ちていた。
「あ、ああ…この後、いったん里に戻るんだ。そこで休んでから、北の妖怪の山へ向かう」
「妖怪の山か。あそこは麒麟の領域だ。奴らは凶暴で怒りっぽい、私でも手が付けられないだろう。名誉と力の象徴の麒麟がお前たちに協力することを祈ろう。大丈夫だとは思うが。だが、万が一、お前たちを見捨てるようなことが有れば、その時は私を呼ぶが良い。我が力の及ぶ限り、私は行く。これも神の友を愛するが故。生きていれば、彼女はそう願っただろうから」
「ありがとうな」
「ありがとうございます」
余りの感動に、新子と華扇はそう言うのがやっとだった。
「私を呼ぶならば、予言の女よ。お前の声を聞き逃さぬために、私の本当を名前を呼ぶが良い」
竜は爪の先で、地面に文字を書いた。神の友に文字を習ったのは彼だけだった。そしてそのカタカナで書かれた文字を、自慢げに二人に見せた。
「我が名は…”ロック”」
その時、赤い砂丘でグリフォンに言われた言葉を思い出した。
神獣は名前を知った者の事を支配することができる。それは自分の名前を知られた時も同じこと。神獣であるこの竜が自ら名乗ったという事は、支配されても構わないという二人への強い信頼が込められている。
「ありがとう、ロック。お前の名前をむやみに呼ばない事、そしてその名を大切にすることを誓うよ。アタシの名前は…本居新子。人間の里の鈴奈庵の娘、本居新子だ」
「私は茨木華扇」
ロックは頷いたが何も言わず、眼を閉じて身体をもぞもぞと動かした。まるで、聞いた言葉を一字一句覚え込むように。
「まあでも、今夜はそれだけで十分だ。西の歌姫は死んで、アタシらは生き残った」
「そうね、先の事を心配して何になるの?どうせ未来なんてすぐにやってくるのに」
「確かにな!」
「さぁ、明日になったらすぐに里へ帰りましょう!温かいお風呂とからいスープ、おいしいお酒に、それに背中を叩いて喜んでくれる家族と友人。それ以上のものがあるかしら?」
その時、カチッと小さな音がした。華扇があっと叫ぶ。指が何かのはずみで小箱の秘密の仕掛けに触れたのだ。小箱の上部からツルツルした木の棒がもう一本飛び出した。
これで蓋の側面から二本の棒が飛び出している。華扇はさっそくふたを開けようとしたが、箱はまだ固く閉じたままだった。華扇がむっとして顔を上げる。
「う~ん、まだ開かないわ!ただのガラクタのくせに…!」
「ははは、諦めろ、仙人よ。お前にはからくりが解けないのではないか?」
竜がからかうように言う。
「いいや、解くわ。いつか解いて見せる、何としてもね」
新子の心は和んだ。華扇の言葉が蘇る。
─先の事を心配して何になるの?どうせ未来なんてすぐにやってくるのに─
満天の星空に、オレンジ色の月が一つ、まるで空を舞う竜のようにぽつんと浮かんでいた。