東方新抗禍 ~A new Fantasy destroys devious vice~ 作:ねっぷう
鈴奈庵の娘、本居新子は両親から、禍王の”四人の歌姫計画”を知らされる。新子は仲間の茨木華扇と共に、歌姫計画を打ち破るために旅立った。
そこで一行は幻想郷から姿を消したと思っていた河童たちと出会った。山に還れない河童たちを苦しめている妖怪について聞かされるのだった。
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第14話 「ケチャルコチル兄弟」
「ああ、私たちは毎晩、ふるさとの山を夢で見ているんだ。夢見の泉の水を飲むことで今の山の様子がわかって落ち着くの」
「今、山は荒れに荒れて、マガノ国の怪物たちの巣窟になっている。でもみんなで山に戻れるし、それだけでも希望が湧いてくるんだ」
夢見の泉はもとは湧き水でできた水溜まりで、そこを河童が整備拡張を施して泉にし、山への道を塞いでいる妖怪に差し出す人間をおびき寄せるのに使っているらしい。それに泉の水を飲むと眠っている間に魂だけが会いたい人のところや行きたい場所に行けるのだという。
つまり、アタシが見た父さんの夢は、その時実際に起こっていた出来事だったということ。あの男は何者なのだろう?父さんはあの後どうなったのだろうか?それに母さんの姿が見えなかったが、母さんは無事なのだろうか。
疑問がいくつも頭に浮かんできてめまいがする。
「大丈夫?顔色がすごく悪いわ」
華扇が心配そうに顔を覗き込んできた。
「いや…後で話す」
「何が妖怪の山よ!」
大勢で座っている河童たちの中から子供らしき声が響いた。
「大人だけ良い思いしやがって!僕らだけ仲間外れなんてずるい!」
「わたしは行けない、妖怪の山なんて行ったことないから!わたしはこの地下街しか知らないの…」
「だから泉の水を飲んでも夢で見るものが何もないんだ、ひどいぜ!」
「そうだそうだ!」
「こら、お前たち!」
にとりがその子供たちを怒鳴りつける。
「この通り、地下街で暮らすようになってから生まれた子供たちは妖怪の山を知らないのでな…無理もない」
長がやれやれと言ったようにつぶやいた。
「あの…”ケチャルコチル”さえ居なければなぁ…」
「ケチャルコチル?そいつがその妖怪か?」
その名を聞いたとたん、河童たちがざわめき出す。
にとりが再び新子たちに歩み寄り、口を開いた。
「そう、ケチャルコチル兄弟さ。一月に一人、生け贄を捧げられなければここまでやってきて河童を一人攫って行く…ケチャルは猿の妖怪、コチルはでかい蛇妖…アイツらさえ居なければ…!」
「じゃあいいわ、私たちがどうにかして見せましょう」
「ちょ、おい!」
華扇が急にそう宣言をした。それに対して新子が慌てた声を漏らす。
「まぁいいじゃない、どうせ私たちも山へ行くんだしその通り道だわ」
「う~ん、そうだけどよ…」
「本当かい?アンタらが何とかしてくれるのかい?でも、アイツは強力だよ…いくら技術水準が大きく衰えてるとはいえ、私たちが束になってかかってもどうにもならなかったんだ…」
「今の私たちを舐めないほうがいいわ。私たちは幻想郷を救うために旅をしているんですもの」
「…幻想郷を…救う?」
「じゃあそうと決まれば、早速行こうぜ」
「待った!」
地下街を出る準備を始めた2人を誰かが呼び止めた。
「私も連れていけ」
呼び止めたのは、両腕を枷で拘束された女憲兵だった。
「お前!そう言って逃げるつもりか…!」
「そんなつもりはない!」
女憲兵をとめようとする河童に向かって睨みながら怒鳴りつける。
「私も、隊長や三号の仇を討ちたいのでな。もし逃げようとしたり離反するようなことがあれば、すぐに殺してくれてかまわない。仙人、アンタなら私を殺すなど容易いだろう…」
「…ええ」
「河童、私の枷を外してくれ。それと武器は残っているか?」
にとりは女憲兵の枷を外し、仲間の河童が憲兵の武具を持ってきた。刃が大きく湾曲した短剣、火花棒、右半分が割れた小さな二本角の仮面。仮面は隊長がかぶっていたものだろう。その割れた仮面をつけ、その他の武器を装備する。
「アンタ、名前はあるのか?」
「…バン隊二号よ」
「バン、か」
それから10分もしないうちに3人の人影が、泉からたいぶ離れた地点から、地下通路を通って地上へ出てきた。隊長の仮面をかぶった女憲兵のバンに続いて、同じく河童たちが持っていた憲兵の制服を身にまとった新子と華扇だ。一見すれば、ただの憲兵団にしか見えないだろう。竿打は夢見の泉の場所へ残してきた。
そこは枯れ木が伸びる林の中で、真上に上った太陽が容赦なく照り付けてくる。
「にとりは山の麓にケチャルコチルは徘徊していると言っていたけど、ここからじゃたいぶ距離があるわね。日没までにたどり着けるかどうか…」
華扇がそう言った時、突然太陽の光が消えた。あの竜が3人の頭上をかすめたのだ。真紅の鱗が日光を反射し羽音が風のうねりをかき消す。
「あの影はガルルガか…!?」
バンが短剣を抜いて空に映し出されたシルエットを見上げる。
「待て、アタシらの仲間の竜だ」
「なに、竜だって…?」
竜は三人の前に降り立つと、悠々と居ずまいを正した。
「ごきげんよう、予言の女よ。どうやら無事であったようだな。北へ向かうのだろう?」
「北へ向かうんだけど、その道中でちょっと用事があるんだ」
竜は頷いた。
「そうなのか。丁度いいな、私もいい運動になりそうだ」
「丁度いい?」
と華扇が尋ねる。すると竜は歯を剥き出した。どうやら笑ったらしい。
「我が申し出がお気に召したかな?”神の友”はいつも言っていた。竜の背に乗ることは、最高の楽しみであると」
眼下に木々がビュンビュンと流れていく。頭上では傾き始めた太陽がややオレンジ色に輝いている。
新子、華扇、バンの三人は竜の首にしがみ付いていた。初め、竜はバンを見て彼女だけを拒否したが、新子がバンの事情を説明すると竜はしぶしぶ背中に乗せた。
もう二時間はこうして飛んでいる。その時、新子は突然、お腹がヒヤッとする感覚を覚えた。
落ちているのか!?
「うわああああああああ!」
新子たちは真っ逆さまに落ちていた。どす黒い地面がどんどん迫って来る。新子は叫びながら目をぎゅっとつぶった。
ふいに落下がとまった。風邪のうねりも止んでいる。今聞こえるのは、ゆっくりと一定のリズムを刻む音。竜の羽ばたきの音だ。
新子はゆっくりと目を開けた。
竜は、生垣に四角く囲まれた、空き地らしき場所の上空で止まっていた。こんもりとした生垣の三辺は森に繋がっていた。森の向こうでは妖怪の山があり、その奥には幻想郷とマガノ国の国境である棘のような薄い山脈がそびえている。
竜は地面に降り立つと翼を閉じた。
「ここで降ろそう。確かにここらで妖怪の匂いを感じる。ついさっきまでここでウロウロしていたようだ」
3人は竜の首から滑り降りた。
「ありがとう」
「私が下手に動いて敵に見つかるとよくない。今は里の監視で忙しいようだからな…」
ここで竜が言った敵とはガルルガの事だろう。ガルルガは今も七羽で里の上空に居るらしい。
「さあ、行きましょうか」
「うああああひあひあひあひ!”ケチャル”アニキアニキアニキどうするするどうする!!来るよ竜が来る竜竜竜!見たよ赤い影を見たよ見たよ竜が居るよ!」
「落ち着け”コチル”!いつも言ってることを忘れたのか!?俺は猿、お前は蛇、種族は違えど俺達ゃ魂のブラザー!ソウルブラザーってヤツだァ!俺たちケチャルコチル兄弟が、誰にも負けるはずはねぇんだ!」
森の木々の間を、首の上に何かを乗せた巨大な蛇のような妖怪が駆け抜ける。
「なんでだ、何で竜がいるんだ…いつもそうだ、ドイツもコイツも俺の邪魔しかしやがらねぇ」
「そうだそうだねアニキ、なんでだよおおお、山にはアイツが居るし向こうには竜が居たし、みんなオレ達を殺殺殺殺殺殺そうとよオオオオオ」
「しっかりしねぇかコチル!」
「アニキ~怖いよ怖い怖いよ怖い~!恐恐恐、怖怖怖…」
「狼狽えるんじゃねぇ!お前を信じる俺を信じろ、俺が信じるお前を信じろ!俺達ゃ無敵の兄弟だ!たかが絶滅した竜の生き残りだ、絶対に俺たちの方が強いぜ…!だけど、俺たちはこんなに強いのに…アイツらだけは別だった…」
200年近くも前、俺達は山に住むしがない妖怪だった。だがマガノ国の侵攻に伴って山に居られなくなり、山を下りた。
地底世界に続く穴ぼこの暗がりで身を潜め、たまに穴の外を彷徨って動物を捕まえて食べていただけだったのに…。
山を下りた俺たちは河童共から食べ物を奪っている。これからもそうだ、山が解放されるまでそうするつもりだった…
そのつもりだったのによ!
「…!この感じは…」
「なかなか勘が鋭くなって来たわね。微かに残っている悪意を持った妖気…」
新子の能力が、近くにいるであろうケチャルコチルの妖気に反応を示した。
「かなり強い、やっかいな感じだ…」
その時、向こうの方で木々がなぎ倒される音が聞こえた。音はどんどん近くなり、他にも地面を駆け回る足音も聞こえてくる。そしていよいよ、長くくねった身体の一部が木々の向こうに見えた。
「キャエエエエエエエ!!」
雄叫びを上げながら薄い緑色の胴体をくねらせ、工具のペンチのような形をした頭部にある丸いギョロ目を狂ったようにぎらつかせて3人に襲い掛かる。その首の上には茶色い毛を生やした、腕が異様に長く、象のように大きく広がった耳の猿が跨っていた。
ギザギザの牙が立ち並んだ口を大きく開き噛みつこうとしてくるペンチ頭を新子が防ごうとする。
「うお…!」
しかし、あまりの力にそのまま物凄いスピードで押されて行ってしまう。
「正面からぶつかったのね…あのバカ!」
「アニキアニキアニキ、憲兵の服着てるけど匂いがしないよ憲兵の匂いがしないよ!この人間何だ人間人間人間!」
「俺にもわからねぇ!こんな硬さと力を持ってる人間は初めてだァ!」
コチルの頭の先で新子を押して森を突き進みながらそんな会話をする。
「でもアニキこいつ全然怖くないよ怖くない怖怖…」
「そうだな、アイツに比べたらな」
「うんうんうん、アイツに比べたらね!」
コチルは頭を振るって新子を地面に向かって叩きつけるように投げ飛ばす。新子は受け身をとって着地し、そのまま起き上がって殴りかかる。
しかし、コチルは頭の付け根あたりから、折りたたんでいた4本の巨大な腕を伸ばし、逆に新子を殴って突き飛ばした。
「くっ…!このオオ!」
「ケケケ…」
その時、コチルの頭の後ろからケチャルが姿を現した。象のように広がった耳、同じく象のような長い鼻、コチルとよく似た血走ったギョロ目。更に耳には大きな目玉模様が描かれており、それをゆっくりと揺らしている。
新子はそれを見たとたん、足がすくんで動けなくなり、一瞬意識が飛ぶのを感じた。その隙を見逃さず、コチルの剛腕が新子を殴り飛ばした。
「アニキアニキこいつ弱いねえ弱弱弱弱いねぇええええ」
「ああ、こんな簡単に俺の術にかかっちまうたぁなぁ!」
「喰っ、喰っていいかアニキ、コイツ喰っていいかい?コイツ喰うぜ喰うぜ」
「ああ、喰っていいぞ。ただしハラワタだけは俺にくれよ」
コチルは倒れた新子をつまみあげ、大口を開けて今にも噛みつこうとしている。
しかし、それを阻止するが如く華扇がケチャルの頭上から飛びかかった。竜巻のように回転する包帯の腕を振るい、コチルの頭部を吹っ飛ばす。
「痛痛痛痛ててててえええ!」
「逃げるんだコチル、何か分からねえが、また憲兵の格好した憲兵じゃない奴がやってきやがった!…この匂いは仙人の類か!?」
身をひるがえして駆け出すケチャルコチル兄弟。しかし、その先で待ち構えていたのは…
「よう」
「…お前は憲兵かァ!お前だけは本物の憲兵の匂いがするぜぇ!」
「でも逃げ、逃げられないよアニキアニキ」
「そうだ、私はお前を逃がさない。隊長と、そして3号の仇を討つために、今一度力を振るうだけよ」
「このこのこの野郎ァアア」
コチルは怒りの声を上げながら、バンに向かって突進していく。だが、突然爆発が起こりコチルの突進は止められた。
「それは…!」
バンが地上へ出る前に河童たちから受け取った、過去に捕まった憲兵団が所持していた爆弾と地雷だった。何十年経ってもまだ使えるようだ。
「ぎぅえええええ」
コチルの頭部が爆発の衝撃で砕けて欠けてしまう。
「コチル、しっかりしろォ!こうなったら、この俺の幻術で…!」
兄のケチャルが、先ほどのように目玉模様の耳を大きく広げる。バンにも幻術をかけるつもりだ。
あの幻術は、ケチャルの両目と耳の目玉模様を見た対象の意識と動きを止めるものだ。
「おい、奴の目を見るな!」
「もう遅い!ソイツはもう動けな…!い!?」
しかし、バンは何ともないように駆け出し、コチルの頭を踏み跳躍してケチャルに短剣を向けた。ケチャルは両腕の長い鉤爪で短剣から身を守る。
「何ィ!?」
「幻術、ね。今まで河童から渡された生け贄をその術で動けなくして仕留めていたのだろうけど、この仮面をナメないほうがいいわ。通常の視界からサーモグラフィ、エネルギー探知まで切り替えられるんだよ。熱でものを見ていれば、お前の目や模様は見えることはない…」
「アニキアニキ!」
コチルは身体をくねらせてバンを振り落とす。
「幻術が効かなくても、どっちにしろお前らに俺たちは倒せねぇ!」
「げげげげげげ、そうだねアニキアニキ!」
ケチャルコチルの身体から邪な妖気が溢れ始める。
「殺してやらァ、雑魚共!」
ケチャルはコチルから飛び降り、新子に向かって跳躍した。自身の腕と同じほどの長さもある爪を広げ、今にもそれを振りかざそうとする。
それに対して、新子はギリギリまで動かなかった。ケチャルコチルから溢れ出す悪意ある妖気が、新子の能力に反応しているのだ。それによって新子の力は今まで以上に上昇している。
そして次の瞬間、腕を振り下ろしたケチャルの視界から新子の姿が消えた。空を裂いた爪は地面にめり込み、そこがめくれ上がる。
「どこだ!?」
当たりを見渡すが、横にも後ろにも居ない。もしやと思い上を見上げた時には、もう遅かった。ケチャルの鼻っ柱に新子のパンチがめり込んだ。そのまま腕にしがみ付き、ケチャルのバランスを崩して見せ、地面に押さえつけた。
そこにすかさずバンがワイヤーを取り出し、先端に短剣を結び付けて地面に伏しているケチャルを縛る。
「アニキ!」
それを見たコチルもケチャルのもとへ駆け寄ろうとするが、華扇が腕の包帯をほどき、それを頭部を固定するように巻きつけられたことによってその場から動けなくなった。
「げえええ、動けねぇええ…!」
しかし、頭の後ろにある4本の剛腕を使い、包帯を千切ろうとする。
が、その瞬間、上から颯爽とあの竜が舞い降りたかと思うと4本の脚でコチルの上に降り立った。腕も頭も地面に押さえつけられたコチルは諦めるようにうめき声を上げながら動きを止めた。