東方新抗禍 ~A new Fantasy destroys devious vice~ 作:ねっぷう
鈴奈庵の娘、本居新子は両親から、禍王の”四人の歌姫計画”を知らされる。新子は仲間の茨木華扇と共に、歌姫計画を打ち破るために旅立った。
南、西、北の歌姫を倒し、残る博麗神社の東の歌姫を目指して、2人は行動を開始するのだった。
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第19話 「帰還」
朝だ。部屋の外で、ドタドタと誰かの慌ただしい足音が聞こえる。こうして、この石の部屋で目を覚ますのも、5回目だ。
「朝ですよ、皆さん!」
子供の河童が部屋の戸を開け放ちながら叫んだ。横の布団から、華扇がむくりと起き上がり、大きくあくびをした。もう目を覚ましていたが、新子も一緒になって起き上がった。
あの子供は、例の仮面の化け物と鉢合わせしてしまった男の子だ。あの時のショックからもすっかり立ち直って、今は友達と一緒に元気に生活している。
「そんなうるさく言わなくてもわかるって…」
2人は朝食の席へと眠い体を引きずるようにして歩いていく。
「お。おはよう」
もう早々と席についていた、バンが2人に挨拶をした。元女憲兵で、ついこの間は新子と華扇と共に、北の歌姫を倒すのに奮闘した。彼女は河童に2か月間も牢に閉じ込められていたが、今や河童たちからも認められ、普通にここで生活をしている。
「ちゃーっす…」
眠たげに席に着き、机に置かれたサラダや魚をもぐもぐと食べ始める。
朝食を終えた二人は、朝の陽を浴びに外へ出た。昨日までの雨が嘘のように空は澄み渡っている。
さて、今日はいよいよ出発の日だ。十分に体も休めたし、怪我も良くなってきた。絶好の出発日よりだろう。
その日の午前11時ごろ、2人の人影が人間の里へ続く道を速足で歩いていた。2人とも憲兵団の灰色の軍服を着用している。背中に背負った荷物の中には、それぞれの衣服や道具など、必要な物が入っている。
一行は、いよいよ里の周りを囲っている外壁が見える位置まで近づいた。
「いよいよ、里に帰る時が来たわね」
帽子を深くかぶった華扇がそう呟いた。後ろに居た新子が軽く頷く。2人は憲兵団に扮装するため、河童のアジトにあった憲兵の制服を着ている。もう一度この制服を着ることになるとは思っていなかったが…。
河童の元を出発する際、にとりは言っていた。
『もしも最後の戦いが始まった時は、私たちもすぐにそっちへ向かうよ。私たちの故郷を解放してくれた恩はこれだけじゃ到底返せないと思うけど…』
だが、にとりたちの出番はないだろう。今回は新子と華扇の2人、そして東の領域で神の友の予言を受けて眠っている神獣の一匹、天狐に協力してしてもらって、残る最後の東の歌姫を倒すのだから。
天狐に関しては、少し不安が残る。今までの神獣は幸運にも一匹ずつ生き残っていたが、その幸運もここまで続くとは限らない。天狐も長い時の果てに、既に息絶えてしまっているかもしれない。
「止まれ!」
考え事をしているうちに、里の外壁のすぐそばまで来ていたらしい。憲兵の声が聞こえた。
「お前たち何隊だ?」
「私はバン隊よ。今山を下りてここまで来たの」
「バン隊、か。通っていいぞ」
「どうも」
2人は憲兵が開けた門を通って、いよいよ里の中へ踏み込もうとする。当初の予定では、竜の墓場の西の歌姫を倒した後にすぐ一旦里に戻る予定だったが、想定外の里の監視によりそれが出来なかった。だが、今は憲兵の制服を着こみ、憲兵に成りすますことで警部をくぐり、ようやく里に戻る事が出来た。
自宅である鈴奈庵に戻り、両親の安否を確認してから、いよいよ東の歌姫が隠されている博麗神社へと踏み込むのだ。
「あ、ちょっと待て。今工場は立ち入り禁止らしい。熱風のヤツが何か忙しいからな、近付かないほうがいいぞ」
「そうなのか」
熱風…あの背の高い色黒の男だ。夢見の泉の水を飲んで寝た夜、夢に出てきた男…。鈴奈庵に押し入り、仕事をしていた父さんを痛めつけた、あの禍王の手下の男。
拳を固め、怒りそうになるのを我慢しながら、新子は門をくぐった。
その時、空気が変わった。家々の開いていた窓はピシャリと閉じ、外に出ていた住民は素早く家に入った。ドアやカーテンの隙間からこちらを覗いてくる目には、明らかな恐怖、そして憎しみが込められていた。
─また、新たな憲兵が入ってきたぞ
頭上では1羽のみのガルルガが旋回しているが、もう偵察に飽きてしまっているのか、幸いにもあまり下は見ていない。
行くなら今しかない!
2人は前かがみになり、素早く家々の影に入った。そして速足で、なるべく音を立てないように進み始める。裏路地を通り、すれ違った人が何か行って来るのも無視して、ただ一心に、鈴奈庵を目指す。
ある裏路地を過ぎた時、畑の横道へと出た。すぐそこには黒い柵があり、柵の中にはリンゴの木が立ち並んでいる。丁度両親から歌姫計画の事を告げられたあの日、帰り道に通った例の果樹園だ。
ということは、すぐ近く…。
2人は、鈴奈庵の看板が見えるところまでやって来た。自分の鼓動がはやくなるのが分かる。
店側の戸に手をかけ、音を立てないようにゆっくりと開いた。
店の中は、どんよりとした空気が漂っている。あの夢の中で倒された本棚はもう一度元の位置に並びなおされてはいるが、ほとんどの本はまだ地面に散らばったままだった。電気も付けられておらず、人の気配は感じられない。
嫌な予感がする。不安に駆られた新子は思わず華扇の顔を見た。華扇はゆっくりと、カウンターの奥、自宅へ続くドアを顎で指した。そうだ、まだ自宅の方が残っている。
新子は走ってカウンターの裏側に入り、勢いよくドアを押し開けた。
部屋に入ったとたん、その音を聞いた母親がびくっと大げさに振り向いた。机に突っ伏していたようで、おでこが赤くなっている。その顔は前よりも痩せて、髪はぼさぼさ、目の下には大きなクマが残っている。
「母さん!」
新子は憲兵の帽子を床に投げ捨て、母の元へ駆け寄る。
恐怖と不安がない交ぜになった顔が、今度は驚いた顔に変わる。
「…新子、新子なの…?」
「そうだ、アタシだよ!」
母は新子の胸に飛びつき、その中ですすり泣いた。その様子を、華扇が少し遠くから見ている。
「無事でよかった…帰ってこないから、すごく心配で…」
「ちょっと想定外の事態で遅れただけさ、もう歌姫は3人も倒したんだ。あとは博麗神社の東の歌姫だけ…」
新子はハッとして言葉をとめた。
「…父さんは?父さんはどこだ?」
「お父さんは…あの人は工場に連れていかれたわ…だから早く、早く助けないと…!」
「ああ、分かった…」
新子と華扇は顔を見合わせると、ゆっくりと頷いた。今度は裏口の玄関から出て、里の中心にある工場へと向かう。華扇の口笛に呼び寄せられた竿打が舞い降り、2人を乗せて低いところを飛ぶ。
崩れた家々の残骸やテント、粗末に作られた小屋が並ぶスラム街だ。そこには人も居なければ憲兵も居ない。代わりに工場の嫌な煙の臭いが漂っている。
いよいよ工場が見えてきた。華扇が門の前に座って雑談をしていた憲兵団に上から襲い掛かり、すぐに叩きのめした。気絶した憲兵を適当に投げ捨て、門を壊して工場に入り込んだ。ドアは新子らが近づくと自動で開き、中は白い壁に、色々な絵が額縁に入れて飾られていた。
工場の入り口ホールには、何か巨大な塊が待ち構えていた。二つの首を持つ犬が前足を組んでしゃがみながら、じっとこちらを見据えていた。群青色の毛並みに、強靭な四肢、2つの頭は歯を剥き出して威嚇している。
双頭の犬はすくりと立ち上がると、新子たちを睨みつける。コイツは竜の墓場のニセモノの竜や、鬼人正邪の『仮面の反逆者』のような、邪な魔力の産物だ。
この工場に居る熱風という男は、アタシらを待ち構えていた。今度もアタシらの動きは敵に知られていた。
その時、双頭の犬が2人に飛びかかった。涎をまき散らし、口の端から泡を吹きながら群青色の巨体が迫る。
新子の目の前で、信じられないことが起こった。犬の胴体から、先端が刃物状に尖った黒いスライムのような触手がシュルシュルと伸びたのだ。2人は最初の突進をかわすが、その黒い触手が鞭のように襲い掛かる。
華扇が刃へと変じさせた包帯の腕で触手を斬りおとす。パラパラと地面に落ちた触手がまだのたうち回っている。そして形を変え、もう一度スライムに戻ると犬の身体に再び吸収された。
「何だコイツは…!」
「そいつは俺が魔力で作った魔獣だよ」
声が響いた。犬の背後にある階段の上に、背の高い影が立っている。白い髪の色黒の男が、ニヤニヤ笑いながらこちらを見下ろしている。
「俺は熱風。禍王様から授かった名前だが、良く気に入っているよ」
「テメェか…父さんにあんなことをしたのは…!」
「如何にも、本居新子。お前の父は今頃地下牢で死んでいるんじゃないか?」
「クッ…!」
怒りに震える新子が、床を蹴って一気に熱風の元へと向かう。しかし、目の前に立ちふさがった双頭の犬が牙を剥き、新子に噛みつきかかった。肩の骨に牙が当たり、ガリガリという音が体内に響く。
犬の巨大な顔を殴るが、犬は苛つくだけで特に気にする様子はない。噛みついたまま新子の身体を振り回し、床に叩きつけた。
「新子!」
華扇が犬から新子を解放しようと、犬の頭に飛びかかる。犬は前足を振り上げ、華扇の攻撃から身を守った。
二つの首がカタカタと震え、涎をまき散らす。
華扇は心の中で迷っていた。この勝負、勝ち目はないと。私が全力を出したとて、あの熱風という男には敵わない。あの男は見た目こそ若いが、邪悪さにおいてはかなり老成している。身から漏れだす魔力も並ならぬほど禍々しい。
なので、どうしようか…。さっきは、里の上空を見張っているガルルガは1羽しかいなかった。ならば、このタイミングで、あの名を呼んでもいいだろうか。
双頭の犬と戦う新子を見て、口を開く。
そうだ、呼ぶしかない。そうしないと、あの新子が死ぬことになる。
─来てください、ロック!新子が危ないんです、お願いします…助けてください!
華扇はそう心の中で念じた。
「よし…」
呼吸を整え、再び犬へと向かって行く。
「ドラゴンズグロウル!!」
華扇の包帯の腕が、龍のような気迫と共に敵へと伸びる。そして包帯が竜巻のように回転することにより、龍が撃ちだされた。龍の顔が犬の顔面にぶち当たり、犬の身体が横に吹き飛ぶ。
犬は倒れ込み、噛みついていた新子の身体を空中へと投げ出した。華扇が危うくそれをキャッチし、再び向き直る。
起き上がった犬は、身震いして後ずさる。怒りに燃える4つの目が、じっと華扇を睨みつけた。
工場の玄関ホールで戦いが繰り広げられている中、その工場の地下牢では、ある動きが有った。
地下牢では、憲兵団に捕まった人々が閉じ込められている。ここに居るほとんどが理不尽な理由で憲兵団に捕まり、連行されてきた人々だ。
その牢の一つに、新子の父親の姿が有った。虚ろな目で、食事にも手を付けずにじっと天井を見ている。
その時、見張りの憲兵が立ち上がった。
「な、何だお前たちは…!?」
憲兵は腰から電気棒を抜くと、それを手にして奥へ走っていった。何事だ、と思って新子の父親もそちらへ目を向ける。まさか、新子が来たのか?いや、それは無い。あの子が熱風を突破できるとは思えない。だと、すれば、何が有ったんだ…?
何かを殴る音と、むさ苦しい怒声、そして憲兵のうめき声が響いた。他の牢に押し込められていた人たちも、何だ何だと騒ぎ始め、牢の外を何とか見ようと鉄格子に顔を押し付ける。
気を失った憲兵を引きずったガラの悪い集団が続々と押し入ってきた。そしてナイフやニッパーなどを使って無理やり牢の南京錠を破壊しようと取り掛かる。
「あんた方…ここへ入ってきたのか、どうやって?」
新子の父親が声をかける。
「アナタ、新子の親父さんだろ?」
赤いモヒカンの大男が、南京錠を弄りながらそう言ってきた。
「あ、あぁ…!もしかしてツムグくんか…?随分変わったねぇ…」
「そういう話は後にしましょう。聞いてください、ついに帰って来たんだよ、本居新子がよ…反逆の引き金がよ!!」
ついに檻の錠が壊れ、牢が開けられた。他の檻の人達も牢から出た。何が起きたのか、これがどういうことなのか理解できずに、ただポカンとしている。
「俺がゴロツキとかチンピラを集めたんだ。全員マガノ国へのうっぷん晴らしに来てくれたんだぜ」
ニット帽をかぶった男が牢から出た人たちに自慢げに話しているのを、新子の父親は聞いた。
なるほど、このガラの悪い連中は、いくら街で威張っていても、憲兵団には手が出せない。それも当然、逆らえばすぐに殺されてしまうのだから。
だから、この騒ぎを利用して、日頃の恨みを思いきりぶつけているのだ。だがそれも、ただの自己満足ではない。こうして正義の為に勇気を振り絞り、立ち上がってくれた。
「よし、皆は俺達が通ってきた地下通路から外へ出るんだ!誰かが来たら俺達が叩きのめす!」
「なあツムグくん」
「あ、親父さんもはやく皆についていって…」
「私は行かなくちゃいけないところがあるんだ…新子に、絶対伝えなければいけないことがある!」
そうだ、私は間違っていたのだ。それを伝えなければ、幻想郷は終わってしまう。早く新子に会わなければ!!